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第9話『私は今、朝陽と話をしているんだ!! 話しかけるな!!』

奇妙な電話と、強く激しく降り始めた雨。


それは私の不安を掻き立てるには十分な威力を秘めており、私は急いで車から外に出る事にした。


無論出来ることならこの場所からすぐにでも逃げ出したい。


しかし、このキャンプ場には陽菜やジョージが居る。


朝陽の子供がいる。


もし私が逃げ出してあの子たちに何かあれば、私は明日生きる希望を失うだろう。


そんな事になるくらいなら私が怪しげな何かに襲われる方がマシだ。


だからこのキャンプ場の陽菜たちから離れたどこか違う場所へ……。


「急いで行かないと」


「どこに、行くんですか?」


「っ!?」


車から離れ走り出そうとした私は、すぐ後ろから話しかけられ、思わず呼吸を止めてしまった。


そしてゆっくり振り返り、そこに立っていた少女と少女が持っている物を見て言葉を失う。


その立花幸太郎に似た見た目の少女は姫乃さんや朝陽に似た雰囲気を持ちながら、かつて朝陽が持っていた人形を抱きかかえ、私をジッと見つめていた。


「はじめまして。と言うべきでしょうか。陽菜ちゃんのお母さん」


『私は初めましてじゃないけどね!』


「あれ? そうなんだ」


『そ。とは言っても会ったのは大分前のことよ?』


「ふぅん。そうなんだ」


子供の時に出会った強烈な体験が、この年齢になって急激に蘇る。


黒い何かに囲まれた経験や、人形が突然話しかけてくる体験、そして……朝陽の両親が殺された事件。


恐怖だけでなくその時に感じていた苦しみさえ私は思い出していた。


「わ、私を呪いに来たの?」


『なんで?』


「だって、貴女が言ったんじゃない。朝陽から離れるなって、朝陽を幸せにしろって」


『あぁ、その事かぁ。それなら誤解というか言い間違えたというか。本当の所はさ』


「メリーさん。話が長くなるなら、後にしよう。今はとにかくここから離れないと」


『そうね』


「ここを、離れる? ここに何があるっていうの?」


『あぁ、ここに天野が来るから。早く離れないと』


「メリーさん! それは言っちゃ駄目」


『あ、そうだったね。ごめんごめん』


「天野……?」


何処かで聞いたことがある様な名前だ。


確か、デザイナー仲間の誰かが言っていた様な……。


あぁ、そうだ!


願いを叶える代わりに命を奪うという悪魔の名前だったハズ。


いや、普通に誰か人の名前という事もあり得るけど、でも、わざわざ人形が言うような名前だ。


普通の奴の筈がない。


「さ、話は向こうでしましょう。車を用意していますから。陽菜ちゃんのお母さんの車は修司さんに」


もし、もしだ……。


陽菜やジョージがその悪魔と接触したら?


もし、二人にどうしても叶えたい願いがあれば、どうだ。


どうしようもない母親を普通に母親にしたいとか。


願いを持っていたら、どうなる。陽菜は、ジョージはどうなる!


二人の命が無くなってしまう!!


私は、その事実に気づいて走り出していた。


「陽菜ちゃんのお母さん!?」


陽菜たちは確か川遊びをしていた筈。


この雨で増水してくるだろうし、どちらにせよ危険だ。


陽菜たちがちゃんと避難したか確認しないといけない。


そんな事を考えて、キャンプ場を走っていた私は、目の前にある光景に目を見開いて、立ち止まってしまった。


ジョージが見知らぬ少女を抱きかかえて濁流の中に立っていたのだ。


まだそこまで水位は高くない。だが、このまま放置すれば助からないだろう。


「行かなきゃ!」


「はぁ、はぁ、走るの、はやい」


『綾が遅すぎるんだよ! 急いで、間に合わない!』


「わ、わかって」


後ろから聞こえてくる声を無視して、私は近くにある人が何人かいる建物に駆け込んだ。


そして人が川の中に取り残されていると叫び、救助の人を集める。


救急にも連絡し、救助を呼んだ。


私は急いで動く人々と共に動こうとして、人込みの中で誰かに手を掴まれた。


振り払って先へ行こうとするが、その手の主はそれを許さず、逆に私を引っ張るのだった。


「なにをっ! 邪魔しないで!!」


「里菜」


「っ!!!? そ、その声」


私はここに居るはずのない声に、まるで金魚の様に口をぱくぱくと開閉させながら、振り返り、やや怒っている朝陽に目を合わせた。


直接会うのは何年ぶりだろう。


陽菜を預けた時以来だから、本当に久しぶりだ。


でも、朝陽は昔と殆ど変わっていなかった。


優し気な顔つきも、その柔らかい表情の奥に隠れている意思の強い瞳も。


聞いているだけで安心させるような声も。何も、何も、変わっていない。


私はその懐かしさに、今日までの日々の苦しさに、思わず縋ってしまいそうになった。


しかし、声がするのだ。


【早く離れなければ呪われるぞ】


「っ!!」


今度は本気で手を引き抜き、朝陽から距離を取る。


ややよろけた朝陽には立花幸太郎が寄り添っていた。


その姿はとてもよく似合っていて、私やジョージが入り込む隙間なんて無いのだと思い知らされたようだった。


でも、朝陽が幸せそうだから、きっとこれが正しいのだと素直に思う事が出来た。


そして、こんな二人の元で生活で来た陽菜はきっと幸せだっただろうと思えた。


私の様な母親に育てられるよりもずっと、ずっと幸せだっただろう。


これからはジョージだっている。二人なら、きっと、もっと幸せになれる。


私が居なくなったとしても。


「里菜? 泣いているんですか?」


「泣いてなんか、ない!」


「里菜……」


「今は、貴女と話をしている時間は無いの。ジョージを助けないと」


【そうだ。ここから離れろ。すぐ近くに大きな神の気配を感じる。それを呼べ。そうすればどの様な奇跡も叶うぞ!】


「奇跡が、叶う?」


自分の中から聞こえてきた声に、私は小さく言葉を呟いた。


そして、その声が聞こえたのか、朝陽は私に向かって手を伸ばしてきた。


私はそれに気づき、すぐにまた距離を取って、ついでに近くにあった棒を手に持って朝陽を牽制する。


「近づかないで!!」


「里菜。貴女は誰と話をしているのですか。貴女の中には」


【黙らせろ!】


「煩い!!」


【よし、それで】


「私は今、朝陽と話をしているんだ!! 話しかけるな!!」


【っ!?】


「里菜……!」


「朝陽。今はジョージを助けなきゃいけない。何をしたって。だから、朝陽と話をするのは後にしたいの」


「里菜。貴女は何をするつもりなんですか?」


「このキャンプ場に奇跡を起こせる奴がいるって聞いた。だから、そいつにジョージを助ける様に、願う」


「そんなもの! 危険ですよ!」


「関係ない! もう私は必要無いもの。この命が陽菜やジョージの幸せに繋がるのなら、十分だ!!」


「里菜、貴女はやっぱり」


「だから……さよなら!!」


私は棒を立花幸太郎に向かって投げ、そのまま建物を飛び出した。


そして私は川に向かって走りながら、神に助けを求めた。


どうかジョージを救ってほしいと。


「神様……っ!」


【その願い、届けてやろう!】


私の中から声が聞こえた瞬間、私は走っている勢いのまま地面に倒れてしまった。


起き上がろうとするが、力が入らない。


声も出せない。


「里菜!!」


悲鳴の様な朝陽の声が聞こえる。


でも、私の体は動かず、返事をする事も出来ない。


「里菜さん!?」


遠くから朝陽の娘、綾ちゃんの声が聞こえた。


しかし、私の体がやっぱり少しも動く事は無かった。


「しっかりして、里菜!!」


朝陽が私を抱き上げるが、私は朝陽を見る事は出来なかった。


ただ視線は空に向かっていて、どんよりとした雲の合間から私に向かって差し込む光をただジッと見ていた。


虚ろな意識の中で。




「機は熟した!!」


「今こそ天上に帰還し、大いなる計画を実行する時だ!!」


灰色の翼を広げ、空に浮かび上がったソレは、両手を広げながら喜びを示していた。


そして、その喜びのままに声を上げ、天へと手を向けた。


「さぁ、神たちよ集え!! 神々よ! 集え!!」


「どうした!? 何故、来ない!! 神たちよ!!」


現れた当初は歓喜の声を上げていたソレだったが、時間が経つにつれ焦りと共に周囲を見渡すようになった。


しかし、何も姿を現す事はなく、次の瞬間、ソレの背後から現れた存在により、ソレは光る刃にその身を貫かれていた。


「がっ、な、なにが……?」


「ようやく会えたな。神の生き残り。お前をこうして引きずり出すのに苦労したぜ」


「お、お前は……人間、か? なぜ、神の力を、持っている」


「さて、なんでだろうな。これから消えるお前には関係のない話さ」


「き、消える? 我が、そんな」


「消えろ」


「ばか……な」


天空で行われた戦いを見た者は多くない。


それは妖怪の総大将であったり。


東篠院家の疎まれた娘であったり。


西宮院家の姫から力を受け継いだ娘であったり。


ただ家族を……愛を守ろうとした結果、神にその命を弄ばれた一人の女性であったりした。


そう。夢咲里菜はただ愛する者と共に居られる事が幸せであったのだ。


だが……大いなる力を持つ存在によって、願いは歪められ、その歪められた代償を彼女自身が支払う事になる。


これはただの理不尽だ。


しかし、この世界のどこにでも転がっている、ただの理不尽に過ぎない。

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