第5話『その。この家で、私も生活して良いかなぁ!?』
もしこの世界に、タイムマシンがあるのなら、今すぐ私の前に持ってきて欲しい。
もしこの世界に、どんな願いでも叶える事が出来る物があるのなら、何を犠牲にしても良いから、それが欲しい。
だから、どうか。この私の願いを叶えて欲しい。
「あ、あぁ……なんで」
「……少しばかり、油断しましたね」
朝陽のお父さんは地面に倒れたまま動かない。
周囲の道路は赤く染まっており、それら全ては朝陽のお父さんから出てきた血だ。
そして、私を抱きしめながら、いつもの様に笑う朝陽のお母さんもまた、朝陽のお父さんの様に全身を赤く染めているのだ。
お願い。
お願いだから、誰でも良い。
二人を助けて。
私は、どうなっても……。
「そこまでです。里菜さん」
「っ」
「それは願ってはいけない願いです」
「っ、なん、で」
「世界には運命という物があります。私たちがここで命を落とすのも、また運命なのです。だから嘆き悲しむ事はありませんよ」
私は姫乃さんの言葉にただ首を振った。
だって、二人は良くたって朝陽はどうなのだ。
このままじゃ朝陽が独りぼっちになってしまう。
「里菜さん。貴女は本当に優しい子なのですね。貴女が居るからこそ。私たちは安心して、この運命を受け入れられます」
「や、やだよ。やだ」
私は姫乃さんに縋りながら、その服を強く掴んで、首を振った。
しかし、姫乃さんは柔らかく微笑むと、不思議な力で私を少し離れた場所に転がしてしまう。
痛みはない。
でも、胸の奥にある苦しみはジクジクと私の体を蝕んでいた。
そして姫乃さんはボロボロのまま立ち上がると、白い光の物体に向かって話しかけた。
「あなたはきっと、裏切者を粛清した様な気持ちなのでしょうね。それが、あなた自身の首を絞めるとも知らず」
「天上に住まう神々だとうそぶいて見せたところで、所詮あなたが持っている力なんて借りものでしかありません。いずれ大きな力を持った存在に奪われる事でしょう」
「何も気づいていないあなたに、一つ教えてあげましょうか。どの様にしてあなたが破滅に至るのか。興味がありますよね?」
「ふふ。そう焦らないでください。切っ掛けなど単純な物です。蝶の羽ばたきが竜巻を起こす様に。些細な事から大いなる災いへと至る」
「私がここで果てる事で、西宮院は大きく力を落とします。そうなれば、西側の妖は大いに活気づく事でしょう。しかし彼らは狡猾です。あなたがいくら天使を送り込んだ所で、彼らを捉える事は出来ません」
「そして、この神秘のほぼ消えかけた世界で、助けを求める人々の嘆きが、祈りが、届き、人類史において最も力を持つ存在が東の家。東篠院で生まれる。そうなればもはや破滅は止まりません」
「あなたの未来はおしまいです。無論彼女を消したとて意味はありません。妖にあなたが喰われるだけ。いえ。あるいはあなたを討つのは、小さな天使の願いかもしれません」
「いずれにせよ。あなたの未来は終わり。ただあなたはあるべき世界へ還る。私と同じ様にね」
「話は終わりです。さぁ。あなたの未来に、祝福を」
「……あぁ、忘れていました。実は私一つ得意技があるんです。正直あまり好きでは無いんですが、今のあなたにはちょうど良いですね」
次の瞬間、姫乃さんは右手を振り上げて、どこか挑戦的に笑った。
「あなたと本体の縁を切りました。どこへも還れず朽ちて消えなさい」
しかし、姫乃さんは突如胸から血を流し、やけにゆっくりと地面に倒れてしまった。
力なく、仰向けで。
私は白い光の事など頭から消え失せて、姫乃さんの所へ走っていった。
姫乃さんは私が来た事に気づくと、いつもの様に微笑んだ。
その笑顔にはあまり力が入っていなかったけど、それでも笑う力があるのなら、と私も笑う。
「あぁ……里菜さん。巻き込んでしまい、申し訳ございません」
「違う、違うの! 私が変な神社に行ったから」
「どの道、遠くない未来に気づかれていましたよ。貴女の責任ではありません」
「でも」
「……そうですね。もし、もし、少しでも気になっているというのであれば、朝陽ちゃんの事を、お願いできますか?」
「あさ、ひ?」
「そう。あの子は強い様に見えて脆い。貴女が支えてくれたなら、私たちも、安心できます」
「分かった! 私が、支えるよ! 朝陽を!」
私の言葉に姫乃さんは深く、穏やかな笑みを浮かべた。
「ありがとう、ございます……。なら、そうですね。祈りの巫女として、最期に、残しましょうか。呪いではなく、祈りを捧げましょう。貴女方の未来の縁が確かなものになる様に」
「里菜さん。貴女と貴女が愛した人に祈りの加護を。どの様な困難でも生き残り、貴女の元に帰ってくる様に」
「朝陽ちゃん。貴女の世界には愛が溢れる様に。貴女を想い。貴女が想えば、きっとどの様な奇跡も叶うでしょう」
「互いが想い、信じあえばどの様な呪いも悪意も、困難も、全て乗り越えられる」
「里菜さん」
「貴女の人生には多くの困難が訪れる事でしょう。ですが、どうか貴女自身の中にある愛を疑わない様に」
「貴女が信じる事が出来るのであれば、きっと世界は応えてくれます」
「どうか、それを忘れないでください」
姫乃さんは、そう言い残すと、ゆっくりと目を閉じて、もう二度と開く事は無かった。
私は姫乃さんにしがみついて、泣きわめきながら、大人たちが来るまでそうしていた。
世界の終わりを、受け入れる事が出来ず、苦しみの中で泣き叫んでいた。
姫乃さん達が『交通事故』で亡くなってから二カ月ばかりが過ぎた。
あっという間に時間は過ぎて、朝陽も少しは元気になってきたように思う。
私はと言えば、そんな朝陽の傍に居ながら、朝陽を支える生活だ。
朝陽の遠い親戚は、お金だけは出すと言って、朝陽を引き取ろうとはしなくて、朝陽は一人広い家で生活をする事になった。
寂しそうに笑う朝陽を見ているのが耐えられなくなって、私は朝陽の傍になるべくいようと、朝陽の家に通うようになったのだ。
相変わらず、朝陽の家には何だか奇妙な物で溢れているけれど、不思議と落ち着けるから、今は気に入っている。
「ごめんね。わざわざ来てもらって」
「ううん。やっぱり親友だしね。気になるもの」
「……ありがとう」
「それにさ。朝陽の傍に居ると、聞こえないから。落ち着くんだ」
「聞こえない?」
「あ、いや。何でもないの。幻聴っていうのかな。なんか最近変な感じで」
「そっか。気になる様なら、相談してね」
「うん。分かったよ」
そう。
姫乃さんが亡くなった日から、ずっと頭の中に響いている声がある。
それは起きている時も、寝ている時も強く、何かを刻みつける様に聞こえていた。
『呪われた子』
『お前が関わらなければ、西宮院姫乃は死ななかった』
『お前が殺した』
例え寝ている時であっても、学校に居る時であっても。
その声は絶えず響き続けていた。
だから、何も聞こえない朝陽の近くはとても安心出来る場所になっていたのだ。
「でも、あんまりこっちに来てて大丈夫? ほら、里菜ちゃんのお婆ちゃんも気にするでしょう?」
「ううん。全然。むしろ友達が困っているのなら助けに行くのが当然だって、言われたくらいだよ」
嘘じゃない。
まぁ、お婆ちゃんの考えはもっと他の所にあるのだけれど。
朝陽が困っているのなら、家に泊まり込んで暮らすくらい何とも思っていないはずだ。
「それにさ」
「うん?」
「最近お婆ちゃんも普通の家で暮らすのが大変らしくて。老人ホームに入るって話もあるんだ」
「そうなの? 大丈夫?」
「うん。むしろお婆ちゃんが乗り気で。だから、その。朝陽が良かったらなんだけど」
「なぁに?」
「その。この家で、私も生活して良いかなぁ!?」
勇気を振り絞って言った。
朝陽の背中の向こうで立ち上がり、手を叩くいつかの人形が見えたが、気にしない。
「……里菜ちゃんは、良いの?」
「何が?」
「私。多分結構甘えん坊だけど」
「じゃあ私も負けないように、朝陽以上に甘える!」
「えぇー? それは困ったなぁ」
「ふふ。覚悟しとくと良いよ」
「はいはい。わかりましたー。ふふっ」
「なーに。笑ってんの?」
「そうやってジョージ君にも甘えれば良いのに。って思ってさ」
「は、はぁ!? ジョージは関係ないでしょ!」
「そうかなぁー。どうかなぁー」
「もう! ジョージの話は禁止!!」
「そうですか。そうですか。甘酸っぱいですねぇ」
「禁止って言ったでしょ!」
「はいはい。分かりましたよ」
私は何だか熱い頬を両手で触りながら、深呼吸をして落ち着こうとした。
しかし、朝陽が背中から私に抱き着いて囁く様に喋った言葉に動揺してしまう。
「ねぇ。いつ告白するの?」
「なっ!?」
「やっぱりバレンタインデーが良いと思うんだよねー。ほら、手作りチョコとか作ってさ」
「そ、そんなの! ジョージにはまだ早すぎ!」
「ふぅーん。じゃあいつなら良いの?」
「い、いつって」
「いーつ?」
「そ、それは、その……ジョージが、私よりも凄い人間になったらよ! 世界中の誰もが知ってる人になって。お金持ちになって、誰よりも凄い人になったら! そしたら、その、ジョージの事、認めてあげる」
「ふふ。その頃には里菜ちゃんも素直にならないとね」
「……私は、いつだって素直だもん」
「そうですか。まぁ期待してますよ」
「別に私がジョージを支えなくたって、私がバンバン稼げば問題ないもんね! そうだ! そしたら朝陽がご飯作ってよ! それで完璧じゃない!?」
「いや、二人の生活に入るのは邪魔じゃない?」
「全然邪魔じゃないよ! ほら。私ってばきっとすっごい有名になって、大忙しになるから。家の事は朝陽とジョージに任せた!」
「ふふ。しょうがないなぁ。そしたら頑張ってあげる」
「へへ。やった」
「まぁ里菜ちゃんとジョージ君の子供なら可愛いだろうしね」
「こ、子供って何言ってんの!?」
「え? 欲しくないの?」
朝陽の言葉に、私は頭が熱くなっていくのを感じながら、何となくの未来を想像した。
私がジョージと私の子供を抱いて、朝陽が一緒に笑ってる。
そんな未来を。
「そ、それは……その、欲しいけど」
「ほら。なら決まりね。二人は不器用だし。私が手伝ってあげる」
「……なら、なら。子供に、陽菜って名前、付ける」
「もう名前まで決まってるの? アツアツだねぇ」
「私とジョージの間に子供が出来たら! 私と朝陽から名前取って、陽菜!! これなら、私たち三人の子供! そうでしょ!?」
「……里菜ちゃん」
「ホントは、朝陽もジョージと子供作った方が良いと思うけど」
「それは、どうかなぁ。正直ジョージ君は好みじゃ無いし」
「えぇ!? なんで!? あんなに格好いいのに!!」
「だって、線が細いんだもん。もっとオラオラしてる感じの方が良くない?」
「えぇ……? 私は怖くて無理」
「里菜ちゃんはお姫様タイプだからね。相手は王子様タイプが良いって事でしょ。私はほら。あんまりそういうの向いてないから」
「そうかなぁ。朝陽はお姫様向きだと思うんだけど。昔は結構そんな感じだったじゃない。何かに悪影響受けたんじゃないの!?」
「どうだろ。でもお父さんが結構ヤンチャだったみたいで、お母さんと会う時はいつも返り血で真っ赤だったって言ってたし。お母さんがそういう人を格好いいって言うのも、なんか分かるからなぁ」
「うぇー。二人ともそういうのが良いの? でも、そんなんじゃ朝陽も虐められちゃうよ?」
「大丈夫。私ってば強いから」
「何も安心出来ないんだけど!」
「アハハハ」
「しょうがないなぁ。朝陽もジョージも私が全部守ってあげる!」
「期待してるよ。里菜様」
「任せなさい!」
私は朝陽と笑い合いながら、心が温かくなる様な未来予想図を話した。
夢の様な未来だ。
本当に来ればいい。
しかし、現実には難しいだろう。
それでも、朝陽と過ごした時間は。
こんなありもしない未来を話し合えた時間は、かけがえのない宝物なのであった。




