第4話『今この瞬間だけは、この時だけは。』
日常は変わってゆく。
私の毎日に、お母さんが加わって、ジョージが少しだけ遠くに離れた。
どこからお婆ちゃんにバレちゃうか分からないから、学校ではなるべく話さないように。
でも、学校が終わって、山の中で遊ぶときはコッソリと朝陽やジョージと遊んだ。
幸せだと何も考えず喜ぶ事は出来ないけれど、不幸だと喚くほどに最悪という訳でも無かった。
何とも言えない日々だ。
しかし、私以上に歪んだ世界で生きている二人は、ある時からよくぶつかる様になった。
あの時よりもずっと激しく互いを罵り合っている。
それが怖くて、悲しくて、辛くて。
私は家からコッソリと抜け出して、近くの公園に来ていた。
夜も遅い時間だからか、公園には私以外誰もおらず、私は一人でブランコを漕ぎながら夜空の星々を見て、遠くに思いを馳せた。
とは言っても行きたいところも、叶えたい願いも私には何も無いのだが……。
「おやおやー? こんな所で不良少女発見ですよっ!」
「……っ!?」
夜空を眺めながらボーっとしていた私は、不意に聞こえた声に驚き、ブランコから落ちそうになってしまった。
痛いのがくる! と目を閉じて体を固くしながら痛みを待ったが、それはいつまで経ってもこない。
不思議に思って、目を開けてみると、知らない男の人が私を受け止めてくれていた。
「こらっ」
「ご、ごめんなさい!!」
「あ、いや。君に言った訳じゃ無いんだ。大丈夫かい?」
「はいっ。大丈夫です。ありがとうございます」
「いやいや。ウチの困ったさんが悪かったね。急に話しかけて驚いたろう?」
「い、いえ」
「ちょっとちょっとー。困ったさんってもしかして私のことですかぁー?」
「他には誰も居ないだろう?」
「居ますよっ! そことか、こことか! あそこにも!」
やたらと綺麗な女の人は子供っぽい仕草で、何もいない空間を指さして、頬を膨らませながら怒っていた。
なんだか怖い人だった。
「あー。ごめんね。ビックリさせちゃったねー。この女の人はちょっとアレな人なんだ。気にしないで」
「アレな人だなんて、酷い! 私を連れ出した時はあんなに情熱的でしたのに! 君が居ないと僕の世界は全てが灰色なんだ。って、私を抱きしめて、それから服をはだけさせて情熱的に! モガモガ」
「おっと。それくらいにして貰おうか。お姫様。子供に言う事じゃ無いからねー」
私をサッと立たせると男の人は凄い勢いで、綺麗な女の人の口を塞いでいた。
いつ移動したのか分からないくらい凄い早さだった。
しかし女の人も負けておらず、男の人から抜け出すと、私のすぐ近くにあるブランコに座って、話を続ける。
「残念ですけど。お姫様は卒業しました! 今のお姫様は朝陽ちゃんですよっ」
「よく言うよ。箱入りで世間一般の常識なんか何もない癖に」
「ありますぅー! 最近はスーパーの安売りを覚えました。もう死角はありません。節約王とお呼びください」
「いや。正直お金は大して困ってないから、そこまで節約は気にしなくても良いけどね」
「え!?」
「むしろ僕としては、米を未だに洗剤で洗おうとする方が心配だよ。朝陽も呆れていたよ?」
「そ、それは、ちょっと忘れていたというか。洗剤使った方がピカピカになるんですよっ!」
「ピカピカの米なんて僕は食べたくないけどね」
「んもう! しょうがないじゃないですか! あんまり意地悪言わないでください!」
「分かったよ。朝陽の友達の前で、あまり格好悪い姿は見せられないもんな。お母さん」
「え!? 朝陽ちゃんの、お友達!!?」
先ほどから出ていた朝陽という名前に、もしかしてと思っていたが、本当に朝陽のお母さんとお父さんだったらしい。
朝陽から聞いていた特徴にはよく似ていたけど、まさか本当にそうだとは思わなかった。
でも、私が朝陽の友達だと気づいてからは、サッとブランコから立ち上がり、どこから出したのか手鏡で身だしなみを整えて、温和な雰囲気でニッコリと微笑むのだった。
「あら。ご挨拶遅れまして。大変申し訳ございません。私。藤堂朝陽の母でございます」
「あ、こ、こんばんは! 朝陽の友達で、里菜って言います。夢咲里菜です」
「とても可愛らしいお名前ですね。私は藤堂姫乃と申します。旧姓は西宮院姫乃です」
「旧姓まで言うと余計な輩に引っ掛かるかもしれないから、言わない約束だろう?」
「あら。そうでしたか。うっかりしておりました。里菜さん。私の名前は藤堂姫乃で覚えてください。他は忘れてしまって構いませんよ」
「は、はい。姫乃さん。あ、いや。朝陽のお母さん」
「はい。そうですね。私も名前より、そちらで呼んでいただける方が嬉しいです」
「多分知っていると思うけど、僕は朝陽のお父さんだ。よろしくね里菜ちゃん」
「はい。よろしくお願いします」
「大変利発そうな方で、私は安心しました。朝陽ちゃんの事はよろしくお願いします」
「はい。私も朝陽にはいつも助けられているので」
「うんうん。良いですね。子供同士の友情。素敵です。お二人が大人になっても良い関係を築ける様に私も微力ながら祈っておりますよ」
「姫乃。言っておくが、祈りの力は」
「んもう。使いませんよ。私はそんなに無粋じゃありません。これは西の巫女ではなく、一人の母親としての純粋な祈りです。何も特別な事はありませんよ」
「なら良い」
「まったく。信用がありませんね」
「そりゃ。朝陽の遠足に力を使おうとするくらいだからね」
「それは! だって、しょうがないじゃないですか。朝陽ちゃんは本当に楽しみな様子でしたし。あの子の悲しむ姿は見たくありませんからね」
「そういう所があるから、信用できないと言っているんだ」
「大丈夫。今回はただ祈るだけです。里菜さん。手をお借りしても良いですか?」
「は、はい」
「では失礼して」
朝陽のお母さんは私の手を両手で優しく包むと、額に当てながら微笑む。
そして、祈りの言葉を呟いた。
「朝陽ちゃんと里菜さんの未来に、どうか幸が多くありますように。そして願わくば、二人の友情が永遠の物になります様に」
言葉は、ただの言葉だ。
でも、私はその時ようやく、私と朝陽の関係が真っすぐに認められた様な気がした。
お婆ちゃんの言うように、真実の愛という様な関係でもなく。
お母さんの言うように、いつか敵対する相手としてでもなく。
ただ、同じ景色を見て、感動し、同じ物を食べて笑い合う。
いつかそれぞれが別々の道を歩むのだとしても、過ごしてきた時間が大切な思い出になる。
そんな関係に。
私が願う。未来の私と朝陽の姿が。
ようやく見えたような気がした。
認めて貰えたような気がした。
だからだろうか。
私は堪えきれなくなって、朝陽のお母さんの手に自分の額を押し当てて、涙を溢れさせてしまった。
ずっと、ずっと我慢していた気持ちを。
苦しみ、もがいていた世界で、ようやく息が出来た様な気がしたから。
私は、縋りつく様にして泣いてしまっていた。
でも、朝陽のお母さんは私に対して、何か怒るでもなく、言い聞かせるでもなく、優しく抱きしめて大丈夫ですよ。と囁いてくれるのだった。
ここに居ても良いのだと。
貴女の考えは正しいのだと。
そう言ってくれるのだった。
それから。
私は何かある度に公園に来て、朝陽のお母さんとお父さんに色々な話をするようになった。
でも、朝陽には恥ずかしいから内緒で。
二人は私のどんな話も喜んで聞いてくれて、これが親子とか、家族という姿なのかもしれないと思う様になっていた。
現実には、この二人は私の家族では無いのだけれど。
今この瞬間だけは、この時だけは。
そう思っていたいのだ。
そう。この瞬間だけは……。




