第2話 「ソロ初任務と異変」
【シーン:王都下水遺跡・入口】
【エステル レベル25】
石造りのアーチの奥から、
湿った空気が流れ出している。
鼻を突くのは、
腐った水と苔の匂い。
エステルは、
杖を強く握りしめた。
ここが、
初めてのソロ任務。
胸が、
きゅっと縮む。
「……初心者向け、
だよね」
依頼書の文字を、
もう一度思い出す。
下水遺跡の掃討。
スライム、
小型ラット、
たまにゾンビ。
それくらいのはずだ。
深呼吸をして、
足を踏み入れる。
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通路の壁は、
ぬるぬると湿っている。
水が滴り落ちる音が、
規則正しく響く。
「……静かすぎる」
それが、
逆に怖かった。
少し進むと、
水面が揺れた。
ぽこり。
緑色の塊が、
浮かび上がる。
スライムだ。
「よかった……」
小さく安堵する。
杖を前に突き出す。
「小回復」
淡い光が、
自分の体を包む。
いつもの、
自分にかけるおまじない。
そのまま、
腰の短剣を抜く。
スライムは、
ゆっくりと近づいてくる。
エステルは、
横に回り込み、
短剣を突き刺した。
ぶしゅ。
緑色の体液が、
飛び散る。
スライムは、
溶けるように消えた。
「……倒せた」
たったそれだけで、
少し自信が湧く。
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通路を進む。
ラットが二匹。
ゾンビが一体。
慎重に、
一体ずつ処理する。
短剣の刃が、
骨に当たる感触。
腐肉の、
嫌な感触。
吐きそうになるのを、
必死にこらえる。
「……冒険者、
なんだから」
自分に言い聞かせる。
奥へ進むほど、
空気が重くなる。
湿気だけじゃない。
嫌な、
圧。
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角を曲がった瞬間だった。
水面が、
大きく波打つ。
ごぼり。
黒ずんだ影が、
ゆっくりと立ち上がる。
人型。
だが、
ゾンビよりも、
大きい。
皮膚は溶け、
骨が露出している。
目の奥が、
赤く光った。
「……腐蝕グール」
思わず、
呟く。
依頼書には、
書いていなかった。
上位魔物だ。
逃げなきゃ。
そう思った瞬間、
足がすくんだ。
腐蝕グールは、
地面を蹴る。
水しぶきが、
弾ける。
一気に距離を詰めてくる。
「っ!」
エステルは、
とっさに杖で防ぐ。
ぐしゃり。
嫌な音。
杖が、
ひび割れた。
衝撃が、
腕を貫く。
体が、
後ろに吹き飛ぶ。
背中から、
水面に叩きつけられた。
肺から、
空気が抜ける。
「……ぐっ」
起き上がろうとする。
だが、
右足に力が入らない。
見ると、
太ももが、
黒く爛れていた。
腐蝕。
肉が、
溶けている。
「……やだ……」
恐怖が、
喉を締めつける。
腐蝕グールが、
ゆっくり近づいてくる。
逃げられない。
戦えない。
「……小回復……」
震える声で、
唱える。
淡い光が、
足を包む。
だが、
腐蝕は止まらない。
回復が、
追いつかない。
「……お願い……」
涙が、
溢れる。
腐蝕グールが、
腕を振り上げた。
視界が、
暗くなる。
――終わる。
そう、
思った。
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次の瞬間、
胸が、
焼けるように熱くなった。
心臓が、
強く脈打つ。
体の奥から、
何かが、
溢れ出す。
光。
白でも、
金でもない。
言葉にできない、
透明な光。
足の腐蝕が、
逆再生するように戻る。
溶けた肉が、
形を取り戻す。
骨が、
皮膚に包まれる。
痛みが、
消える。
腐蝕グールの爪が、
胸を貫いた。
はずだった。
だが、
貫かれたはずの胸は、
無傷だった。
エステルは、
立っていた。
自分が、
生きている。
「……え?」
腐蝕グールが、
一瞬、
動きを止める。
理解できない、
というように。
エステルの体から、
光が溢れ続ける。
「……戻れ」
無意識に、
そう呟いていた。
腐蝕グールの体が、
軋む。
黒い体が、
崩れ落ちる。
存在が、
消えた。
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静寂。
水音だけが、
戻ってくる。
エステルは、
膝をついた。
呼吸が、
荒い。
何が、
起きたのか、
わからない。
胸の奥が、
熱い。
ステータスウィンドウが、
浮かび上がる。
【スキル変化】
小回復 → 存在回復
「……そんざい……?」
文字を、
読むことしか、
できなかった。
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【シーン:王都下水遺跡・出口】
【エステル レベル27】
外の空気が、
やけに美味しく感じた。
生きている。
それだけで、
胸がいっぱいになる。
エステルは、
まだ知らない。
このスキルが、
世界の理を壊すほどの
力であることを。
ただ、
思う。
「……帰ろう」
小さく、
そう呟いて、
歩き出した。




