episode7 人形姫は夢を見る・Ⅰ
書類に収支に関する数字を書き込み終えペンを置く。
ずっと細かい文字や数字を眺めていたために凝った肩をほぐすように伸びをしていると声をかけられた。
帳簿を片付け返事をすれば、顔を覗かせたのはシェルフィーリア。
「お仕事中だったぁ?」
微かに漂うインクの香りにシェルフィーリアが首を傾げる。
「いや、ちょうど終わったとこ」
「良かった~。じゃあ…………デートしよ?」
煌めく照明に包まれた移動遊園地は昼とは違った華やぎに包まれていた。人々は時間も寒さも忘れて笑い合う。
「急になんなんだよ」
「あっ!チェロスが売ってるよっ」
連れ出された人混みのなか、眉をしかめるジャバウォックの腕を掴みシェルフィーリアは屋台へと足を向けた。
揚げたてのチェロスに「おいし~」と噛り付きながら唇についた砂糖をぺろりと舐めとる。
「だって折角の遊園地なのに、一回も遊んでないんだよ?」
「お前は外、嫌いだろ」
「ここは同じ敷地内だも~ん」
身バレを警戒してか、シェルフィーリアの喋り方はいつもよりふわふわしていない。
特徴的なメイクをしていないジャバウォックと、おとぎ話のお姫様のようなドレスを脱いだシェルフィーリアは美男美女の似合いの恋人同士にしか見えなかった。
特に騒がれることもなくこの地での最後の夜を満喫する。
ぐるぐるまわるコーヒーカップ、舟形の乗り物が左右に揺れる空中ブランコ、転がしたボールでビンゴを狙うビンゴ・ビンゴやダーツなどのミニゲーム…………はしゃぐシェルフィーリアに引きずられるように園内をまわる。
「次はあれっ!」
細い指が示すのはメリーゴーラウンドだった。
豪奢に飾り付けられた屋根の下を上下に揺れる馬たちがゆっくりと回る回転木馬。
煌めく電飾の中で回転する木馬たちは幻想的で、並んでいるのは若い女性や子どもが多い。
音楽に乗せて目の前を現れては消え、消えてはまた現れ……という馬たちを見るともなしに眺めている間に順番がまわってきた。
お目当ての白馬を選んだシェルフィーリアを抱き上げ乗せてやる。
自身は適当に隣の馬にでも……と思ったところで腕を掴まれた。
「一緒に乗ろう?」
「……」
「ほら、早く。動き出しちゃう」
鳴りだしたメロディーに諦めて同じ白馬に飛び乗った。
ゆっくりと命を持たない木馬たちが動き出す。
上下に動く白馬に揺られながら周囲の風景が音楽とともに軽やかに通り過ぎる。
まるでゆっくりと時を巻き戻そうとするかのように…………。
「知ってる?メリーゴーラウンドが時計の針と逆回りが多い理由。左回りの方が本能的に落ち着くっていうのもあるけど、童心に戻るためって説もあるんだよ。貴族たちが時を戻して子どもの頃に戻るために時計の針と反対回りにつくられたんだって。夢があるよねぇ」
決して巻き戻せない時の代わりに夢を駆ける木馬たち。
「わたし、メリーゴーラウンドって大好き。綺麗で可愛くて、ロマンチェックで切ない……。まさに夢の乗り物!って感じでステキじゃない?」
「あぁ、まぁな」
若干気のない素振りで同意したジャバウォックにシェルフィーリアはクスリと笑う。そしてその額をコツリと目の前の背中へと預けた。
「嘘ばっか。「どこにも行けない馬なんてなんの意味があるんだよ」って思ってる癖に」
「…………」
図星ではあったので思わず黙った。
お前が振ってきたから同意したんだろと思わないでもなかったが……。
「夢見がちなわたしと違って、現実主義者だもんね」
やがて音楽が止まり馬たちが偽りの歩みを止めると、降ろしてとばかりに軽く腕を広げられる。
細い腰に手を伸ばし、軽い体を持ち上げて爪先を地面へと降ろす。
原動力を止められた回転木馬たちはしばし静止し、やがて流れ出したメロディーと共に新たな乗客を束の間の夢へと誘っていった。
湯気の立つ温かなホットワインを飲み干し、カップをゴミ箱に投げ入れたジャバウォックは傍らに立つ時計を見上げた。
時刻はじきに日付が変わろうとしていた。
「満足したか?」
「ねぇ、最後はアレに乗ろう」
遊園地の中でもひと際大きなアトラクション。
観覧車のゴンドラに二人は乗り込む。狭い座席に向かいあうように座り、扉が閉められるとゴンドラはゆっくりと動き出す。
「あれお前の仕業だろ」
主語のない問いに戸惑うこともせずシェルフィーリアはただ笑みを浮かべた。
「ジャバウォックったらいきなりそれ?せっかちはモテないよ?」
「……ったく」
悪態をつくジャバウォックだが、その声や態度に怒りはない。シェルフィーリアもそれがわかっているから特に慌てもせずひょうひょうと問いかけた。
「ちなみにあれってなんのこと?」
無垢にも見える笑顔で首をこてりと傾げられ、まず返したのはため息。
それから質問への返答を。
「ニールをそそのかしてマルコの事故を起こさせたこと。そっからの小細工に、プシェルケ行きのチケットを渡してあいつを逃がしたことだな」
瞬きに長い睫毛が震える。
パチパチと瞬きをするシェルフィーリアは純粋に驚いていた。
「……すごーい。なんで行先までわかるの?」
「お前が汽車のチケット持ってんのベレッタが見た」
「見られちゃってたかぁ。ベレッタちゃんはジャバウォックに懐いてるしねー」
「あ?普通だろ」
全部バレているのなら誤魔化す必要もない。
ジャバウォックの言葉通り、あえて過去の失敗談を話題にして遠回しにニールをそそのかしたのもシェルフィーリアなら、彼を逃がしたのもシェルフィーリアだ。
「マルコとハッターも共犯か」
「まぁね。マルコは全部知ってるわけじゃないけど」
事故など起きたら一大事だ。当然、サーカスで使う道具は事前に厳重なチェックを行っている。
それなのにあまりにも凡ミスな事故が起きたということは……チェックを行ったマルコリーニも共犯者。
警察とのやり取りからして狂れ帽子屋も同様だろう。
実際、二人はシェルフィーリアの共犯者だ。
ただし、ニールが仕掛けに細工をしたのが彼女の言動によることは知らない。
脱出マジックの仕掛けに細工を施すという一歩間違えれば大事故なことをやらかしたニールを排除するために協力したにすぎない。
一方……狂れ帽子屋の方は何も言わないがきっとその辺も気づいているだろう。
「だってニールくん、ソワソン子爵の手先でしょぉ?」
そんなことをした理由は言わずもがな。
ニールがただの新入りでないことは団員みんなが気付いていた。
そもそもつい先日新入りによる資金の持ち逃げあがあったばかりで余所者を入れるのがおかしい。
それにロキは完全な下働きでなく、クラウンの一員として時には演者もこなすのだ。
無害そうな少年に見えて実は荒事も得意なロキをただの下働きと偽って彼につけていた理由など一つしか思いつかない。
「相手は貴族だぞ?逆恨みでもされて面倒なことになったらどうしてたんだよ」
窓枠に肘を置き頬杖をつくジャバウォックの呆れた表情にシェルフィーリアは唇を尖らせる。
「けど子爵はなんか罪に問われるって……」
「他の容疑もあるからな。あの件だけなら嫌疑不十分で逃げられて終わりだ」
「他の容疑?」
「色々後ろ暗ぇことに手を出してたみたいだからな。結果的になんとかなったから良かったものの、危うく折角の苦労がパァになるとこだったつーの」
軽く睨まれ、パチパチと瞬きする。
「そもそもなんでニールくんを雇ったの?」
「そっちのが都合がいいから。あのしつけー子爵は簡単にお前のこと諦めねぇだろうし、強硬手段に出られる前に潰しときたかったしな」
「説明。ちゃんと説明して」
「まず金貨500枚でお前を売り払うことにした」
ピッと長い指を突きつけられてもシェルフィーリア動じない。
彼がそんなことをするわけがないと知っているからだ。
それは別に“自分だから”なんて自惚れだけではない、団長として彼がサーカスの団員たちを庇うし、守ることを知っている。
顔色一つ変えないシェルフィーリアをつまらなそうに見やり、ジャバウォックはソワソン子爵を排除するための計画を説明しはじめた。
「お貴族様に権力や財力にものを言われたら面倒だ。……で、力で敵わないならもっと強い力を借りることにした」
まずジャバウォックはソワソン子爵の弱みと、それから敵対勢力を調べた。
そしてグラットフォード侯爵に目をつけたジャバウォックは彼に接触し、ある協力をすることにした。
先に言ったようにソワソン子爵は色々と後ろ暗い商売にも手を出しており、グラットフォード侯爵はそれをついて彼を失脚させたいものの肝心の証拠が掴めない。
そこで彼を嵌めることにしたのだ。
貴族というのは金は持っていてもそう気軽に個人資産をホイホイと使えるわけでもない。さらに少し前から疑惑は一部では囁かれており、監視の動きが強くなっているいまソワソン子爵は裏商売で得た金を迂闊に使うことも出来ない。
そこへ相当な額の現金が必要となればどうなるか?
ジャバウォックの役目はシェルフィーリアにご執心なソワソン子爵に多額の現金を要求することただ一つ。
資金が必要となったソワソン子爵は裏の金を動かす危険を冒すか、金策に走るかするだろう。裏金を動かせばそこを突き、金策に走ればタチの悪い金貸しをそれとなく斡旋する。
そうして首根っこさえ掴んでしまえばあとは容易い。叩けばいくらでも埃の出る身だ。
「つーわけで、資金盗まれたあれも計画どーり」
ポカンとシェルフィーリアは目だけでなく口もあける。
「全部演技ってこと?」
「や、子爵が嫌がらせ目的で団員送り込んだのは事実。けど実はそいつはグラットフォード侯爵の手先でしたってやつだな。二重スパイ的な?ほら、派手に資金持ち逃げされたって噂が立った方が金と引き換えにお前を売るのに信憑性があるだろ?なんせ即金で現金要求すんのが肝だし。んで……何もかもうまく纏まる予定だったんだけど…………事故のこと知って金貨500枚が惜しくなったんじゃね?」
「…………だからあんな警察の動きが早かったんだ」
呆然としながら呟く。
サーカスが危機に陥れば金を値切れると思ったのだろう。
契約日が迫っており既にソワソン子爵が悪徳金融に金を借りた後だったし、警察との癒着も取りざたされて叩けたから良かったようなものの……事故が金を用意する前だったら計画が全部パァになってた可能性もあった。
「なぁんだ」
ズルズルと背もたれに背を預け、両手を体の横についたシェルフィーリアは脱力する。
「上手くいったと思ってたのになぁ」




