episode6 狂れ帽子屋は演じる
テント越しに声をかける。
返事を待ってジャバウォックは垂れ幕をはらい中へと足を踏み入れた。
大テントで雑魚寝をする下っ端たちと違い、演者には数人で1つの個別テントが割り当てられている。そのテントの住人である一人はベッドに腰かけ本を読んでいた。
肩の辺りで切りそろえられたプラチナブロンドに繊細な美貌。薄幸の貴公子といった雰囲気の儚い青年。
その正体は化粧をしてない狂れ帽子屋だ。
「おおっ!我らが王よ……こんな早くからなんの御用かな?」
まだ早朝とあって奇抜なメイクはなくとも、芝居がかった大仰な動作と口調は健在だった。
……ぶっちゃけ、外見との違和感がすごい。
脳がバグる。
「…………。ニール見かけなかったか?」
「あの新入りくんかい?居ないのかい?」
「ああ、ロキたちが探してるけど見つからねぇらしい」
「まさかまた資金を持ち逃げなんてされてないだろうね?」
「それはねぇ」
結局、昼前になってもニールは見つからなかった。
「どこ行っちゃったんだろう?」
「どこ行っちゃったんだろうねー?」
大机に並んだご馳走を頬張りながらトウィードルダムとトウィードルディーは首を傾げる。昨日までの公演が大成功だったこともあり、昨夜に引き続き今日の昼食も豪勢だった。
「最後に見たのは?」
「昨日の片付けのときに見かけたのが最後です」
分厚いハムステーキをナイフとフォークで切り分けつつ狂れ帽子屋は尋ね、それにロキが答える。
「ふむ、仕事が辛くて逃げだしてしまったのかねぇ?」
優雅にハムを口へと運ぶ彼は、すでに奇抜な衣装(私服)とメイクを装備済みだ。
基本的に彼は公演がない日でもしっかりとメイクを施す。もはやアイデンティティ。
ちなみにジャバウォックも道化師の恰好をしているが…………彼の場合は公演がない日でも仕事で人と会ったりするので必要にかられて。
特徴的なメイクは名刺代わりでもあるし、なによりお偉方相手でも無礼が許される道化師という立場は意外と便利なのだ。
昼過ぎ、サーカスの撤去作業をしていた団員たちは物々しい雰囲気に包まれ騒然とした。
突如として警察が押しかけて来たのだ。
「勝手に入るんじゃねぇよっ!!」
「何様のつもりだっ!?国の犬がっ……」
「なんだとっ貴っ様ぁ!!公務執行妨害で逮捕されたいかっ?!」
ズカズカとテントに入り込もうとする警察に喧嘩っ早い団員たちが叫び、それに警察が叫び返し、たちまち喧噪に包まれる。
慌てて呼びに来た下働きたちの言葉にジャバウォックたちが駆け付けた頃にはちょっとした人混みが出来ていた。
一足早くサーカスは閉演したとはいえ移動遊園地は営業中なので当然ながら人は多い。そんなところで騒ぎが起きれば、なにかのイベントかと野次馬たちが集まってくるのは当然で…………。
「……これは一体なんの騒ぎです?」
進み出たジャバウォックをじろりと見た太っちょの警部はフンと鼻を鳴らすと、ちょび髭を撫でながらもったいぶって口を開いた。
「さる方からの情報提供があってな。このサーカスにはある疑惑がでている」
「疑惑……?一体なんの嫌疑が?」
「死体の損壊・遺棄罪だ!!」
まるで周囲に聞かせるかのように声を張った警部の言葉に団員や野次馬たちは目を見開く。
「中を調べさせてもらう」
「令状は?」
そのまま押し入ろうとした警部が対峙したジャバウォックの言葉に怯む。
どうやら正式な令状は持っていないらしい。
「証拠隠滅の恐れがある。令状など待ってられるか」
「そもそもどっから死体なんて話が出てきたんだい?!」
「情報提供と言ったね。告白者はどこの誰かな?」
「「イタズラじゃないのー?」」
黙ってられなくなったミラたちも口々に口を挟む。狂れ帽子屋の問いにトウィードルダムとトウィードルディーが口を揃えれば、それを聞いた若い警官がいきり立つ。
「失敬なことを言うな!子爵位にある貴族のお方からの……」
「黙れっ!」
その言葉を遮るように警部が叫んだ。
「プライバシーの観念から情報提供元は開示できない」
焦りを取り繕うように咳ばらいをしてから告げる警部をジャバウォックは冷ややかに見据える。
「こちらのプライバシーには配慮しないくせに、お偉方には素直に従う、と。ご立派なことだ」
「貴様っ!」
「ともかく、敷地への立ち入りはご遠慮願います。それとも……無理に立ち入る権限が?」
「捜査に協力しないことこそ後ろ暗いことがある証拠だろう!」
「好き勝手に踏み込まれて備品を壊されでもしたら大変ですので。捜査なら正式な手順を踏んでからどうぞ。そもそも嫌疑からして不確かすぎる。一体誰の死体を損壊・遺棄したというんです?」
「白を切るか……!ならば奇術師のマルコリーニという男は何処にいる?」
「マルコリーニ……?」
「そうだっ!昨日の公演の最中、事故が起こったのだろう?そして貴様らはそれを隠蔽した!!違うというのならその男は何処に居る?!この場に居ないのがその証拠だっ!!」
集まった団員達の姿を見渡して勝ち誇ったように警部が叫ぶ。
「…………マルコリーニは……昨夜から出ているだけです」
「白々しい嘘を言うな!その男は死んだんだ!そうだろう?!!」
「誰が死んだって?」
「あっ、マルコさん!!」
「おかえりー」
長い髪をかきながらひょっこりと姿を現したのは当のマルコリーニ本人で、それにトウィードルダムとトウィードルディーが明るく手を振る。
「なんだよ、この騒ぎ?」
「キミが昨日の公演で死んで、その死体をワタシたちが損壊・遺棄したとかいう容疑だそうだよ」
「はぁ?!オレはこの通りピンピンしてっし、足だってちゃんとあるつーの」
交わされる軽いやりとりを見ながら警察の面々は目を見開いている。特に警部は「嘘だ……そんな、バカな……」と蒼白だ。
そんな彼らへと向かってジャバウォックはとびっきりの慇懃無礼な笑みを浮かべる。
「くだらない嫌疑は晴れた、と理解しても?」
ここ数日、世間を騒がせた人気のサーカス団への暴挙に野次馬たちが警察への不満を口にしはじめる。
非難一身に受けうろたえる警察と盛り上がる野次馬。そこへさらに油を注ぐように狂れ帽子屋は口を開いた。
周囲の視線が集まれば、そこはいつでも彼の舞台だ。
「先程、諸君らはさるお方……子爵が警察に情報をリークしたと言ったね?それは、ソワソン子爵ではないだろうね?」
演劇のように大仰な身振りで語る狂れ帽子屋が口にした名に、マルコリーニが顔を顰める。
「ああ?それってシルフィを狙ってるあの貴族か?」
「そうとも!我がサーカスの姫君にご執心の彼も子爵だっ!!まさかとは思うが……情報提供者は彼ではあるまいね?」
その問いに警部は口を堅く結んだままなにも答えない。だがその顔は蒼白だった。
「おいおい、じゃあもしかして昨日の事故も?」
「冗談だろう?!」
「やっぱりニールは子爵の手下だったの?」
「だから居なくなっちゃったのかな?」
交わされる団員たちの会話に置いてけぼりな警察と野次馬たちは顔を見合わせあう。
「な、なんのことだ?じ……事故はなかったのだろう?」
たまりかねたように口を挟んだ警部へとジャバウォックは説明した。
「昨日、実際に事故は起きたんです。脱出マジックに使う箱に細工がされていて……しかも先日入ったばかりの新入りがその後に姿を消しました。事故といっても顔に水がかかった程度のアクシデントで深刻な被害はありませんでしたが。ですが…………水でメイクが悲惨なことになって、それが昨日の舞台挨拶でマルコリーニが居なかった理由です」
「すごかったよねー」
「すごかったねー」
「おい、笑ってんじゃねぇよ」
ピエロよりもある意味ピエロな水も滴るいい男(笑)なマルコリーニの姿を思い出し、団員たちは肩を震わせる。
不機嫌そうな本人に発作は益々強まった。
「問題は、だ!!」
大きく両腕を開き、狂れ帽子屋は声を張り上げる。
集まった観客たちを見渡し、客席で見かけた覚えのある数人へと微笑みかけながら言葉を続けた。
「団員、しかも一部の演者や関係者しかそのことは知らないはず!!ああ、被害の度合いを知らなければ舞台挨拶に出なかったマルコリーニが事故にあったと勘違いしても可笑しくはないだろうね。そして……状況を知らないのに事故が起きたことを知りえるのはただ一人!!」
いまや周囲の誰もが狂れ帽子屋の言葉に耳を傾けていた。
「細工をした犯人だけだっっっ!!」
騒めきは波紋のように広がっていく。
警部たちが止めようとしようが、津波のようにどよめく彼らの声を止める術などもはやなかった。
疑惑の対象はすでにサーカスではなく他に向いていた。
煽るように狂れ帽子屋は演説を続ける。
「もしサーカス内で死亡事故が起こり、それを我らが隠蔽したとなれば……サーカスの評判はガタ落ちだ。犯人はそれが狙いだったのかも知れないね」
「つまり嫌がるシルフィを手に入れるために、オレを殺してサーカスをピンチに陥れようとしたってことか?」
「「うそー!?」」
「全部子爵の差し金だってのかい?」
「……お前ら、憶測でごちゃごちゃ言うのはやめろ」
「そ、そうだ!なんの根拠があって……!」
庇いたい相手ではないが相手は貴族だ。おざなりにジャバウォックが止めれば、息を吹き返した警部へと狂れ帽子屋は一歩、二歩……と近づく。ギリギリまで近づくと覗き込むように顔を近づけ、笑みを浮かべた。
歪んだ、どこか見る者の不安を掻きたてるような晴れやかな笑みだ。
「おやおや、根拠もなしに我がサーカスへ事実無根の嫌疑をかけたのは諸君だろう?それに無責任な憶測を収束させるためにも答えてはくれないかい?」
ニィィィと赤い唇が持ち上がる。
「警察に圧力をかけたのは誰かな?」
『狙われた人形姫!?人気サーカスの歌姫を巡ってソワソン子爵に黒い疑惑!!』
翌日の新聞記事のトップを飾ったのは、ソワソン子爵のゴシップだった。




