episode5 奇術師の消失
この地でのサーカスの公演も最終日を迎えていた。
テントの撤去や後片付けもあるのであと3日ほどはこの地に留まることとなるが、サーカス自体は今日で最後。
そしてまたいつものように次の場所へと移動する。
最終日である今日もチケットはすでに完売。
華々しく最後を飾るために団員たちは準備と練習に明け暮れていた。
ダンッ!ダンッ!と的を外すことのないナイフの音が響く。
精密機械のように狙いを定めるベレッタの斜め後ろでは、美しいバランスを保たれた人の群れがそびえ立っていた。無事に怪我も治り、最終日の今日は人間ピラミッドもお披露目だ。
「「帽子屋さん、今日は団長大技しないの?」」
「どうやらそのつもりのようだね」
「えぇー!最終日だから派手に決めればいいのに!」
「なんならぼくらと一緒にブランコやればいいのにー!」
ストレッチをしながらトウィードルダムとトウィードルディーが問いかければ、狂れ帽子屋はさも残念そうに肩を竦める。
本日彼はシェルフィーリアの相手役を任されている。ジャバウォックと組む話はないから、人間ピラミッドが復活したいま派手に活躍する気はないのだろう。
ロキとニールは生肉を運んでいた。
「サムさーん!お肉もってきましたー」
「…………ああ」
檻に手を伸ばしライオンを撫でていたサムがひとつ頷く。
瞳を細め、大人しく撫でられているライオンはネコ科というのを納得させる表情をしていた。……が、ニールはいまだに怖くてたまらない。
頑丈な檻で隔たれているとわかっても近寄りがたく、腰が引けてしまう。
なんなら猛獣たちだけでなく厳つい猛獣使いも怖い。
それでもロキが話しかけていることもあり去るわけにも行かず……視線を彷徨わせながら窺っているとふいにバッチリと目が合ってしまった。
慌てて逸らすのも露骨かと思い、はじめて自分から話しかけた。
「あ、あの……その顔の傷って猛獣に……?」
勢いで口を開いたものの、その内容に顔が青くなる。
気になっていたこととはいえ、いきなり失礼だったかもしれない……。
ダラダラと冷や汗を流すニールに興味なさそうに猛獣へと向き直ったサムが「違う」と答える。
「コイツらの爪や牙より、人を傷つけるのは人の方だ」
テントに入るなりロキはシェルフィーリアに呼び止められた。
「あっ、ロキく~ん!さっきララちゃんが探してたよぉ~!焦ってたし早く行ってあげて」
「マジっすか?!あ…………」
「それってマルコへのお届け物?じゃあ~そっちはニールくんとわたしに任せてぇ」
パチン、と愛らしくウインクするシェルフィーリアに頭を下げ、ロキは手にした衣装をニールが持つ小道具の上に乗せる。
シェルフィーリアに荷物持ちをさせる気はないらしい。
「ありがとうございます!じゃ、お願いします!」
慌ただしくそう言い、駆け足でロキはテントを出ていく。
「じゃ、行こっかぁ~」
雑談しながら歩く途中、他の演者たちに比べ話やすいシェルフィーリアにニールは思い切って問いかけてみた。
「シェルフィーリアさんは貴族とかなりたくないんですか?」
「ぜんぜん」
「でもほら、お金持ちになれるしっ。贅沢できますよ?」
「興味なぁ~い」
「あの貴族の人、顔も悪くなかったし……」
「そう~?」
笑顔と優しい声音ながらも全否定され、マジマジと可憐な顔を見つめる。
「もしかして……他に好きな人がいる、とか?……ジャバウォックさん、とか……」
「人間の男の人、興味なしって言ったでしょぉ?」
聞き分けのない子をなだめるような笑みでシェルフィーリアは笑った。
「でも、ミラさんとかは好きですよね。ジャバウォックさんのこと」
「ニールくん」
腰に手を当て、プンプンと頬を膨らませたシェルフィーリアがニールの胸元に指を突きつけた。
「女の子の気持ちを暴こうなんて、イケナイことなんだからっ!そんなんじゃあ~モテないよ?」
そしてこの話は終わり!とばかりに違う話題に切り替えた。
ニールの手にしたマルコリーニの衣装や小道具を指し、クスクスと思いだし笑いを浮かべる。
「そういえばぁ~、マルコが前に大失敗したことがあるのぉ。脱出マジックで失敗してぇ……ふっ、あはは」
「え?笑いごとじゃないですよ!大変じゃないですか!」
「うふっ……ズボンがね、ビショビショになっちゃったのぉ~」
思わず慌てたが……わりと笑いごとだった。
「しかもぉ~原因は女性トラブル。箱のね、星マークがついた三角の出っ張りを引き抜いちゃうと~お水がねチョロチョロって入っちゃうんだってぇ~。彼女を寝取られた団員の仕返しだったの。それでぇズボンの前のとこだけビッショリ!」
口元に手を当て、クスクスとシェルフィーリアは笑い続け、テントを突っ切ってマルコリーニたちのいるテントへとたどり着くと、細い指を唇の前へと添えて片眼をつぶった。
「内緒だよっ」
最終日の公演はいつも以上に熱気に包まれていた。
すでに何度目かの観客もいるようで、演目がはじまる前からお目当ての団員へ声援を送ったり、グッズを手にしたファンも居る。
「レディース・アンド・ジェントルマン!!」
変調する軽やかな音楽と開幕のベル、いつも通りのジャバウォックの挨拶で最後の公演は幕をあけた。
「さぁ、勇敢にして華麗なる男装の美女に盛大な拍手をーー!」
腕を大きく広げ、綱渡りを終えたミラを称えながらジャバウォックが観客を煽る。
鳴り響く拍手の合間にクラウンの恰好をした数人が進み出て、大きな箱や小道具を運びつつ準備をはじめる間にジャバウォックは道化師としてジャグリングや軽い手品を披露し、時にはワザと失敗して観客の笑いを誘う。
そうこうしている間に準備は整い、煌びやかな装いのマルコリーニが登場した。
「お次は我がサーカスの奇術師・マルコリーニにおける希代の脱出劇!皆さまとくとご覧ください!!」
舞台の中央で足を止めたマルコリーニが客席へ向かって投げキッスを贈れば、きゃぁーー!と女性客からの歓声が漏れた。
「マルコリーニ様ーー」
客席から届く悲鳴に愛想よく笑顔やウインクを振りまく様子は、ある意味客商売という点では一番相応しい態度だ。
彼の場合はただの女好きかつ、愛想がいいのは女性客限定だが。
「こちらにあるのはデザインが奇抜なだけのただの箱。ご覧の通り、タネも仕掛けもございません」
ある意味マジックではお決まりなセリフを口にしつつ、マルコリーニは自ら箱を開く。箱の中に手を入れたり、台座ごと向きを変えたりして、中が空洞であることと仕掛けがないことを観客へとアピールした。
「いまからオレがここに入って、10秒したらコイツらがこの剣をブスッ!ブスッ!と容赦なく刺していく。んでもって挙句の果てには天井開けて水をぶち込まれるってきたもんだ。まったく、ひでぇ話だぜ」
箱の周囲を取り囲むいくつかの台には何本もの剣が並んでいた。
クラウンたちがその剣を次々に構える。
切っ先をむけられたマルコリーニは「おーおーヤル気満々だな」と大袈裟に怖がりながら降参とばかりに両手を上げておどけた。
箱へと足をかけ、客席へ向かいウインクを一つ。
「愛しい子猫ちゃんたち、オレの無事を祈っててくれよな!」
マルコリーニが完全に中へ入ると箱は閉じられ、さらにはクラウンたちが箱を鎖でグルグル巻きにしてしまった。
まずは一本、二本……とどんどんと剣が突き刺さる。
その間にも別のクラウンが水タライを手に箱の両側からハシゴをのぼっていき、箱の上部を破壊するとバッシャバッシャと容赦なく水を流し込んでいく。剣が刺された部分からはダバダバと水が台座へと零れだし、箱はもはやハリネズミ状態だった。
「おおっ……我らが奇術師は哀れ、亡くなってしまったのか……」
ヨヨヨ……とジャバウォックが顔を覆い泣きマネをする横で、クラウンたちは箱をゆび差しケタケタと笑ったり、ジャバウォックの肩をポンポンと叩いては慰めるマネをしてみせる。
「さぁ……!奇術師の運命はいかに……?!」
観客へのカウントダウンを求めれば、会場中から「10、9、8、7……」と声がこだまし、「3、2、1、0!!」の声と共に箱が開かれた。
途端、白が飛び出す。
箱の中から現れたのは10羽程の鳩だった。
わあ!きゃあ!と歓声が漏れる。
全ての鳩が飛び立つと、濡れた形跡のある箱の中には空白だけが残された。
その後もシェルフィーリアと狂れ帽子屋によるロマンティックな歌劇、猛獣たちの手に汗握るショーに、大トリの空中ブランコと演目は全て終了し、鳴りやまぬ拍手と歓声を受け、サーカスは無事終演した。
ただひとつ異変があるとすれば、演者らが集う舞台挨拶に奇術師の姿はなかった。
そして…………。
公演を終えた次の日、入団したばかりの新入りは忽然と姿を消していた。




