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その道化師は夢を見ない  作者:


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2/11

episode2 新入りは紹介される

 

 予想以上に重さにニールは腕に力を込めた。やや覚束ない足取りながらも前に見える背を必死に追う。どうにか目的地までたどり着き、最後の洗濯物籠を運び終える頃にはクタクタだった。


 しゃがみこみ荒い息を吐くニールを隣に立つロキは呆れた目で見降ろす。


「おっまえ体力ねぇなぁー。こんなんまだ序の口だぞ?いまはいいけど冬場なんて水も冷たいから洗うのも大変だし」


 マジか……心の中で呟きつつ、息ひとつ切らしていない年下の少年を呆然と見上げる。


 サーカスの下働きがこんな重労働だと思わなかった…………。


「ロキ!」


 軽く手を上げ呼ぶ声にロキが「はーい!」と元気よく返事を返す。


「なんですか団長?」


「新入り紹介するからそいつ連れてこい」


 そこに集まっていたのは昨日舞台で輝いていた面々だった。

 肩を丸め、全身を縮こませつつ上目遣いでそっと彼らを盗み見る。


 三日前にニールはこのサーカスに入団した。


 団長であるジャバウォックとは当然言葉も交わしたし、面倒を見てくれるロキをはじめ下働き仲間とは互いに自己紹介もしあった。

 だが華々しい彼らと言葉を交わすのは初めてだ。


「ニールのことは初日に紹介したから知ってるな?しばらくはロキが面倒見る。ニール、いきなり全員覚えるのは無理だろうからまずはコイツらから覚えろ」


 前半は団員たちに、後半はニールへ向けてジャバウォックが告げる。


「おら、とっとと自己紹介しろ」


「えぇ~?こぉ~いうのはぁ~まずは団長からでしょ?」


「雇い主だぞ?俺は済んでんだよ」


 それでもやいのやいの言う連中に「あ~もう、面倒臭ぇ」と髪を掻いたジャバウォックがニールへと向き直る。


「俺が団長のジャバウォック。見てわかる通り道化師だ」


 おどけた仕草の一つもない、簡潔かつ素っ気ない自己紹介だった。


「ちっともピエロらしくねぇんだよ。大体ピエロならピエロらしく赤っ鼻に黄色のモフモフでもつけておどけろや!なんでイケメン路線なんだよ!!女性客の人気はオレのもんなの!!」


「知るか。文句なら団長に言え。大体それはクラウンだろ」


 ニールを無視してジャバウォックへ突っかかる男は軟派な色男、といった風情だ。

 そんな男にうんざりした表情を向けながら男装をした美女が紅の引かれた唇を開く。


「自己紹介だって言ってんだろうに。この男は奇術師のマルコリーニ、見ての通り女好きのロクデナシだよ。そんでアタシはミラ。演目は綱渡り」


「はじめましてぇ~!ニールくん。わたしはシェルフィーリアだよ、よろしくね。演目は主に歌や踊りでぇ~、お客さんには“人形姫”って呼ばれてるよ」


 こちらへ視線をくれもしない男と、代わりに紹介をしてくれたことからも親切ではあるのだろうがやはり素っ気ないミラに不安を感じていると、ミラの隣に居た女性がにっこりと笑いかけてくれた。


 人形姫という名前がピッタリな可憐な女性は喋り方までどこかふわふわと甘い。

 はじめての好意的な反応にほっと胸を撫でおろしつつ、シェルフィーリアを眺めればひょこっと左右からよく似た顔が現れた。


「ぼくはトウィードルダム」


「ぼくはトウィードルディー」


「「ぼくたちの演目はサーカスの花形、空中ブランコさっ!よろしくね、新入り君」」


 ニールのまわりを二人はくるくると回り、「ど~ちだ??」と問いかけられるもまったくわからない。

 直感で答えれば「はずれー!」とケタケタと笑われるが、呆れた表情のミラと苦笑いをしているシェルフィーリアたちの様子を見るにただからかわれている可能性もある。だが見分けなどつかないので真偽は不明だ。


「えっと、そっくりな双子ですね」


「ちがうよー」


「ぼくらは双子じゃないよ。年子」


「そっくりな、ね」


「ワタシは狂れ帽子屋(マッドハッター)、帽子は被ってないいないがね。演目は……まぁ色々だよ」


「ハッターはジャグリングから奇術、時にはシルフィの相手役までこなすんだ。脱出系の大がかりな奇術がマルコ、小道具を使った手品の類がハッター」


「帽子やさんは多才だよねぇ~」


「多才というなら我らが王のことだろう?ワタシはただ小器用なだけさ」


 女性二人の言葉に狂れ帽子屋(マッドハッター)は肩を竦めた。


 やたらと目立つ男だった。まず、なにより目立つのはその出で立ち。

 顔立ち自体は美しいのだが……やたらと派手で奇抜なメイクに極彩色の衣装。大変目に優しくない。

 ただ、奇抜は奇抜なのだが妙に似合っているのは元の素材の良さとセンスのおかげか。

 そして仕草や口調もやたらと芝居がかっている。


「…………」


「こっちの方がよっぽど道化師っぽいだろ?」


「え、えっと……」


 無言で狂れ帽子屋(マッドハッター)を見つめてしまえば、まさに思ってたことをマルコに言われて慌てる。


 やたらとジャバウォックに絡むマルコリーニを指して兄弟がケタケタと笑った。


「マルコさんが団長と帽子屋さんに絡むのはいつものことだよ」


「二人とも顔がいいからねー」


 ねー?と顔を見合わせて笑う二人はやはり双子にしか見えない。


「うるせー!!そもそもピエロのくせに名前から恰好つけすぎだっつの!」


「知るか。だから団長に言えよ」


「あ、あのっ。さっきも言ってましたけど団長って?」


 団長は彼自身なのでは?と疑問を口にすれば話題を出した当人たちでなくまわりが答えてくれた。


「前団長のことだよ、もう亡くなったけど。よくあるピエロのスタイルじゃなくてマルコ曰くイケメン路線なのも前団長の方針。ジャックは女性受けするからね」


 毎回誰よりも補足を入れてくれるミラは素っ気ないがやはり根は親切なのだろう。


「先代は見る目があられたのだろう。我らが王はご婦人方を虜にしてやまないからね」


「王ってジャバウォックさんのことだったんですね」


「ああ、彼こそが我らが王!このサーカス『fantasia(ファンタジア)』が我らの家にして国!夢と魔法の国だ。ワタシたちは地図上のどこの国にも属していない。ここはある意味で治外法権なのだよ」


「ちなみに『fantasia(ファンタジア)』っていうのは音楽用語さ。形式にとらわれることなく自由に作曲された楽曲のことさね」


「ジャバウォックさんは前団長の息子さんなんですか?」


「俺はガキの頃に買われただけだ」


 あまりにもさらりと返された答えにギョッ!とするも、当の本人は欠片も気にした素振りは見せない。

 気まずくなったニールは慌てて違う質問を口にした。


「え、えと……皆さんの名付けも前団長が?アリス関係の名前が多いですけど……」


 ジャバウォックに、狂れ帽子屋(マッドハッター)、トウィードルダムとトウィードルディーとメインキャストの約半数がアリス関係だ。


「芸名は人による。自分でつけてもいいし、つけなくてもいい。団長はそういうの好きだったけどな」


「ジャックは苦手だもんねぇ~」


「遊び心がねぇんだろ。このエセピエロは」


シェルフィーリアとマルコリーニの揶揄(からか)いに顔をしかめたジャバウォックは、自分でも自覚はあるのか特に反論はせずに説明を続けた。


「アリス関係が多いのは単に登場人物が多いからだな。ちょうど良かったんだろ、童話でも主人公の名前はつけたくねぇみたいだったし。ティンカーベルやウェンディなんかもいたぞ。あとオズとか」


「ぼくらの前の空中ブランコがティンカーベルだっけ?」


「男女ペアだったんだよねー?」


「そうそう、ガキん時に見たのはそいつらだった!懐かしー。オレが入団した時にはメンバーほぼ入れ替わってたしなぁ。ま、年も年だししゃーねぇか。……あっでも綱渡りはまだガキだったよな。あいつも辞めたの?」


「ペラペラ、ペラペラうっせぇ。お前のおしゃべりに付き合ってんじゃねぇんだよ。ほら、お前らもとっとと自己紹介しろ」


 脱線しはじめた会話に嫌な顔をしつつ、ジャバウォックが残る二人を(あご)で促した。


「……サム。猛獣使い」


「ベレッタ、演目はナイフ投げ」


 これまで一言も口を開かなかったことと、乏しい表情からも社交的な性格でないことは察していたが……愛想の欠片もない自己紹介だった。


 ジャバウォックやミラがマシに感じる素っ気なさ。

 サーカスの主要メンバーがこんな人たちばっかでいいのか。


 サーカスってもっと明るい人たちばっかだと思ってた……。


 心の中でニールがそう呟いたのも仕方ない。


 ……とはいえ、舞台の上ではジャバウォックも道化を演じて観客を笑わせたり、ミラやマルコリーニも観客に愛想を振りまいている。マルコリーニは女性客には特に。


 それに引き換え……サムとベレッタは舞台上もこのままだ。


 厚い体に長身、なにより厳つい顔に刻まれた一直線の傷跡。

 全身から発されるどこか陰鬱な雰囲気と手にした鞭が一層その迫力を増しているサムはぶっちゃけ怖い。顔が合わせられずそっと視線を逸らしつつ「どうも」とニールは頭を下げた。


 そしてもう一人、ベレッタと名乗った彼女は10歳になるかならないかという幼い少女で怖くはない。怖くはないが……あっちによろしくする気配が全く感じられない。


 流石はサーカス、濃い人多いな…………。


 初の顔合わせの感想はそれに尽きた。



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