学園のマドンナが、平凡な俺に恋をした理由(わけ)
恋愛モノって、ドキドキするよな。でも、その「好き」って感情の正体って何なんだろうって、ふと思ったんだ。今回は、人気ジャンルの学園ラブコメを、ちょっと理屈っぽく、不条理に解体してみた。
俺の人生は、良くも悪くも「平均」という言葉でできている。
名前は田中誠。テストの点数はいつも学年平均点プラスマイナス3点の範囲。体力測定の結果は、各種目の全国平均とほぼ同じ。身長も体重も、この年齢の平均値そのものだ。親の年収だって、日本の平均世帯年収と大差ない。鏡を見れば、可もなく不可もない、どこにでもいる顔がそこにある。
そんな俺の平均的な日常は、ある日の昼休み、唐突に崩壊した。
「田中くん、好きです! 私と、付き合ってください!」
学校の屋上で、学園のマドンナ・如月玲奈に告白されたのだ。
如月さんといえば、俺とは対極の存在。全国模試トップの頭脳、モデルもこなす完璧な容姿、大企業の令嬢という盤石の家柄。まさに非の打ち所がない、雲の上の存在だ。
そんな彼女が、なぜ俺に? ドッキリか、罰ゲームか。俺が呆然としていると、彼女は真剣な瞳で続けた。
「私は、ずっとあなたのことを見ていました。あなたのその……『普通』なところに、どうしようもなく惹かれたんです」
普通。それは俺にとって、コンプレックスですらあった言葉だ。だが、彼女の口から紡がれると、まるで特別な響きを持っているように聞こえた。俺は、夢見心地でその告白を受け入れた。
こうして、俺と如月さんの不思議な交際は始まった。だが、デートはどこか奇妙だった。
初めての映画デート。俺が選んだのは、その週の興行収入ランキング1位のハリウッド大作。
「うん、やっぱりあなたはこれを観るのね。素晴らしいわ」
彼女は映画そっちのけで、俺の表情を観察し、しきりに何かをメモしていた。
遊園地に行けば、各種アトラクションに乗るたびに俺の脈拍を測り、「ふむ、恐怖に対するストレス反応は、やはり平均的な数値を示すのね」と感心している。
彼女が作ってきてくれた手作りクッキーも、「甘さ、食感、満足度をそれぞれ100点満点で評価してほしいの。あなたの味覚は、日本人全体の平均データとして、とても参考になるから」と真顔で言われた。
彼女の「好き」という言葉は本物なのだろう。だが、その視線は恋する乙女のものではなく、貴重なサンプルを観察する研究者のそれに近かった。
違和感が確信に変わったのは、付き合い始めて一ヶ月が経った頃だ。俺はついに、彼女に問い詰めた。
「如月さん……君は、本当に俺のことが好きなのか? 俺の『普通』なところが好きなのか?」
すると彼女は、きょとんとした顔で、そして、恍惚とした表情で頷いた。
「ええ、もちろんよ。田中くん、あなたは奇跡なのよ」
「奇跡……?」
「そう。私はね、人の感情や行動を数値化して分析するのが趣味なの。でも、個人の主観や環境バイアスが多すぎて、正確な『基準値』が取れなくて困っていた。でも、あなたは違う」
彼女はカバンから分厚いファイルを取り出し、俺に見せた。そこには、俺のあらゆるデータが、グラフや数式と共にびっしりと書き込まれていた。
「見て。あなたのテストの平均点、選択するランチのメニュー、一日の平均歩数、笑う回数、そのすべてが、この国の同世代における完璧な『平均値』なのよ! こんなに純粋な平均サンプル、世界中どこを探しても存在しないわ! あなたは、生きた基準点! 歩く中央値なのよ!」
彼女の瞳は、狂気的なまでの探求心で輝いていた。恋する瞳ではない。新発見をした科学者の目だ。
「あなたという『絶対的な普通』を基準にすれば、人類のあらゆる感情や行動パターンが、誤差なく解析できる……! ああ、田中くん! あなたのその存在自体が、私の研究にとって、何よりの愛すべき対象なのよ!」
俺は、血の気が引くのを感じた。俺が好きなのではない。俺の「平均値」が好きなのだ。俺は、彼女の研究対象でしかない。
「……ふざけるな!」
俺は、生まれて初めて、平均的ではない大声を出した。
「俺は、お前のデータじゃない!」
俺はファイルを突き返し、彼女に背を向けて走り出した。涙が溢れて止まらなかった。それは、平均的な悲しみなんかじゃなかった。
屋上に一人残された如月さんは、俺の去っていった方向をじっと見つめていた。その手には、ペンとノートが握られている。
「……面白い。実に、面白いわ」
彼女は、俺の叩きつけたファイルと、ノートに書き留めた新しい数値を恍惚と見比べた。
「『平均値』に『感情』という変数を投入した際の、予測不能なエラー値。これが……これが『心』というものの正体なのね。ああ、田中くん。あなたのデータは、なんて奥深くて、美しいのかしら」
彼女の俺に対する探求は、まだ始まったばかりのようだった。
どうだ? 怖いだろ、こういうの。恋じゃなくて「観測」されてるって。でも、何かに熱中してる女の子ってのは、ある意味魅力的だよな。たとえそれが、俺の平均値だとしても。