攻略対象謎の登場!ゲームの運命が狂い始めた!?
「……本当にごめんね」
ベラは俯いたまま、震える声でそう呟いた。
「私のせいで……この指輪を持ってるせいで、みんな私たちを疑って……リアまで巻き込んでしまって……」
ベラは両手を胸元でぎゅっと握りしめ、肩を小さく震わせている。その視線は地面に落ちたままで、涙がぽつりと頬を伝った。
「そんなことないよ」
私は小さく息を吐き、そっとベラの頬に手を伸ばして涙を拭った。
「どうしてベラが私を巻き込んだなんて思うの?」
少しだけ微笑みながら、私は冗談めかした口調で言った。
「むしろ逆だよ。バカ、私がベラを巻き込んじゃったんでしょ?マルタ院長のあの目、完全に私のこと嫌ってる感じだったしね。」
「え……?」
ベラは驚き、顔を上げた。
そして、私は彼女の肩にそっと手を置き、笑いかける。
「だ、か、ら――大丈夫!私たちは何も悪いことしてない!堂々としてればいいんだよ!」
私はわざと明るい声でそう言いながら、肩をすくめてみせる。
「それにさ、もし本当にマルタ院長が私たちを追い出したら、二人で支え合って生きていくしかないじゃん!だから元気出さなきゃ……どうする?首都のイカロスに行って、新しい生活でも始める?」
ベラは一瞬ぽかんとした表情を浮かべた後、小さく吹き出した。そして、少しだけ微笑んで、そっと頷いた。
「ありがとう、リア」
潤んだ瞳の奥には、私には理解できない感情が静かに揺らめいている。
「あなたがそばにいてくれて……本当によかった」
二人で励まし合った後、私たちは手分けして探すことにした。私は庭の中央付近、ベラは後ろ庭へ向かうことになった。
「何かあったら、すぐ呼んでね!」
「うん!」
ベラはすぐに返事をすると、一度だけ振り返りながら暗闇の中へと消えていったいく。
その背中が見えなくなるまで、私はその場に立ち尽くしていた。
夜風が冷たく吹き抜け、草むらがざわざわと揺れる音だけが耳に響き、不気味な静けさが辺りを包んでいた。
私は深呼吸を一つして、自分の胸を軽く叩き、小声で呼びかける。
『……ソル?』
『おーっす!リア、元気してる?』
すると、いつもの軽い調子の声が耳元に響いてきた。
『元気なわけないでしょ!』
私は思わず声を荒げた。
『聖杯が盗まれたとか言われて、私とベラが犯人扱いされてるんだよ!?』
『えー、それってめっちゃ面白い展開じゃん!』
ソルは悪びれる様子もなく言い放つ。
『だってさ、普通の乙女ゲーなら「王子様と秘密の庭でロマンチックな出会い」とかでしょ?でもリアの場合は「修道院追放の危機!」だもん。これ、めっちゃ新鮮だよね!』
『ふざけるな!!!!!!』
私は力なく額を押さえた。
『こっちは命懸けなんだけど。こんな状況なのに、どうしてあんたはそんなに能天気でいられるのよ……』
『リアが元気じゃないと僕まで困っちゃうし、楽しくないでしょ?』
ソルは全然気にする様子もなく、笑いながら言う。
『まったく……』
その無神経さに腹が立つけれど、どこか安心する自分もいるから不思議だ。
『……それより』
私は顔を上げ、肝心な問題を尋ねた。
『なんでストーリーがこんな風になってるの?ゲームでは聖杯が盗まれるなんてイベント、なかったよね?』
『僕も知らないってば!』
ソルは肩をすくめるような調子で答える。
『多分だけど、リアがこの世界に来たことで、元々の演算結果がズレちゃったんだと思うよ』
『演算結果?』
私は眉をひそめた。
『うん……今は詳しく言えないけど、その演算結果がズレてるのは間違いない』
『え?』
ただの乙女ゲームだと思ってた。でも、どうやら話はそんなに単純じゃない……。
そしてソルは、話を続けた。
『例えばさ、ルースって本当ならベラにちょっと嫉妬するくらいで済むはずだったのに、今や完全に悪役化しちゃってるよね?』
『……確かに。でも、一体どういうこと?』
私は思わず唇を噛んだ。
ルースの嫌がらせ――あの冷笑や挑発的な言葉を思い出すと、ゾッとする。
『それに、聖杯が盗まれた理由も気になる』
ソルは急に真剣な声になった。
『単なる偶然か、それとも誰かが意図的に仕組んだのか……君には心当たりない?』
『心当たりとか、むしろあんたが教えてほしいよ!神様なのに!』
『ああ……それはちょっと無理だな……今後の流れはもう完全に予測不能だからさ』
『予測不能って……そんな無責任な!』
私は痛そうに頭を抱えた。
『まあまあ、リアならきっとなんとかなるって!ほら、君には魔力もあるし、しぶといところもあるしさ!頑張れよ!』
無神経にそう言い残して、ソルの声はふっと消えた。
……まったく、本当に頼りにならない神様だよ!
私は深いため息をついて、考えを巡らせる。
――まずは、これまでの情報を整理してみよう。
この事件には、不自然な点が多すぎる。何か裏で動いている気がしてならない。
ルースのあからさまな敵意、そして聖杯の失踪――どう見ても偶然とは思えない。ルースの態度や言動からは、明らかに何か意図が感じられる。
もし彼女が聖杯の失踪に関与しているとしたら……その目的は一体何なのか?
さらに気になるのは、マルタ院長の態度だ。
彼女は明らかに私を嫌悪している。リアの記憶によれば、孤児院で暮らし始めて以来、マルタ院長は常に厳格で冷たかった。それでも他の子どもたちには公平だった。しかし……私にだけ異様なほど冷酷だと感じる。そしてベラも、私と親しいからこそ嫌われているかもしれない。
正直言えば、以前は深く考えたことがなかった。
リア(この体の元々の持ち主)は性格が暗く、『問題児』と見なされていた。それはルースが挑発的な噂を流したせいでもある。マルタ院長に特に厳しく扱われていた理由も、それだけだとずっと思い込んでいた。
しかし、今日院長が口にした「血筋」という言葉――それが頭から離れない。
リアの出自……ゲーム内でもほとんど触れられていない謎。
その背後には、果たしてどんな秘密が隠されているのだろう?魔力が稀少なこの大陸で、魔力を持っているということ自体が異常だ。さらに、最終的に魔女になる運命を辿る存在――普通の孤児とは到底思えない。
私は唇をきつく噛み締めながら、自分自身に問いかける。
――リアの出自には一体何がある?そして、それが今起きている事件とどう関係している?
ああ!
私はふと思い出した。
イグニス兄弟――彼らがカルサ城に現れたことも、ゲームにはなかった出来事だ!
本来なら、彼らが登場するのは三日後のはず。ベラと運命的な出会いを果たすタイミングで、初めて姿を見せる予定だった。
それなのに、どうして今日なの?
私は眉をひそめ、困惑しながら小さく呟いた。
「……あれ?元々のストーリーでは、あの兄弟はどうしてカルサ城に来たんだっけ?」
その瞬間――
「俺たちが何だって?」
低くクールな声が、闇の中から静かに響く。
「ひっ――!」
私は思わず後ろに飛び退いた。胸がドクンと音を立てる。
振り返ると、庭の囲いの上――その角に、一人の少年が座っていた。
月明かりが彼のシルエットを淡く照らし、まるで絵画から抜け出したようだ。
黒い髪は微かに乱れ、額に垂れる前髪が、その深い青の瞳をさらに際立たせている。その瞳は冷たくも美しく、だが今は鋭く、こちらの心を見透かすように私を射抜いてきた。
私は思わず、息を呑んだ。
どうしてヴィクトル・イグニスがここにいるのよ――!!!