聖杯を探せ!追放までの猶予は一晩
「このまま黙っているなら、あなたたちが犯人だと判断せざるを得ません。早く答えなさい!」
マルタ院長が苛立った声で促し、重々しく杖を床に打ちつけた。
――もう、言っちゃえば!
私は胸を張り、ルースをまっすぐに見据えた。
「ルースが言ったことには、何の根拠もない」
私は冷静にそう言い切り、周囲の視線が集まるのを感じながら続けた。
「まず、もしベラが本当に聖杯を盗んだのなら、
どうしてわざわざそんな目立つ指輪を身につけるの?
本当に犯人だったら、普通は目立たないようにするでしょ?」
私は一度間を置き、ルースの反応を伺いながらさらに言葉を重ねた。
「それに、ルース。あんた、『保管室の近くで見かけた』って言ったけど、
それだけで犯人だって決めつけるなんておかしいよね?
誰だってそこを通ることくらいあるでしょ?
証拠もないのに人を犯人扱いするなんて、それこそ無責任だよね?」
その言葉に、一瞬だけ場の空気が変わった。子どもたちのざわめきが止まり、視線がルースに集まる。
ルースの顔には動揺の色が浮かんだが、すぐに冷笑を浮かべて肩をすくめた。
「へえ、そうやって必死に庇うんだね。でも……」
彼女は私の方に目を向け、その視線には明らかな悪意が込められている。
「そういえば、前にもあったよね?」
ルースは意味ありげに言いながら、周囲を見回した。
「ベラのあの大事な指輪が無くなったこと。あれ、結局どうなったんだっけ?」
私は思わず息を呑む。
その瞬間、みんなの視線が一斉に私に集まり、圧力を感じた。その目には、疑いと軽蔑の色が混じっている。
「確かに、その時は私が見つけたけど……」
私は慎重に言葉を選びながら答えようとしたが、その言葉を遮るように、ルースが声を張り上げた。
「ほら!やっぱりあんたでしょう!」
ルースは勢いよく叫んだ。
「聖杯だって、あんたが盗んで隠してるに決まってる!だって、リアっていつも暗いし、嘘つきで性格悪いから!ほら、みんなもそう思うよね!」
その言葉に、子どもたちの囁き声が広がった。
「確かに……」
「なんか怪しいよね……」
そんな声が耳に飛び込んできて、胸が締め付けられるようだ。
私は拳をぎゅっと握りしめ、俯いたまま唇を噛み締めた。
――どうすればいい?何を言っても信じてもらえない……
このままじゃ、本当に私たちが犯人にされてしまう!
「静かに!」
その時、マルタ院長の鋭い声が薄暗い食堂に響き渡った。
食堂内の空気は一瞬で凍りつき、誰もが口を噤む。
「聖杯が見つからない限り、この修道院全体が神殿の怒りを買うことになる。しかし、その責任を誰かが取る必要があります」
そして、彼女の視線がゆっくりと、私を捉えた。
その瞳には怒りではなく、冷徹な侮りだけが宿っている。
目が合った瞬間、何故か私は、背筋が凍るようにぞっとした。
「やはり……劣等な血筋の者は、手も足も穢れているものですね」
――なっ……!
その言葉を聞いた瞬間、私は驚きのあまり勢いよく顔を上げた。
どうして院長はこんなにも私を嫌うの?私が何をしたっていうの?私だけなのか、それとも私とベラの両方に敵意を持っているの?
マルタ院長は冷ややかな目で私たちを見下ろし、厳しい口調で言い放つ。
「もう十分です……もし明日までに聖杯が見つからなければ――あなたたち二人には、この修道院を出て行ってもらいます」
その声には、どんな弁解も許さないという決意が込められている。
隣にいたベラは震える手でスカートを掴み、小さな声で「そんな……」と呟いた。
私は唇をきつく噛みしめ、震える拳を握り直す。
――このままじゃダメだ……何とかして、この状況を変えないと……!
……
結局、夕食はそんな険悪な空気の中、慌ただしく終わった。
その後、みんなはそれぞれ役割を与えられ、修道院とその周辺の隅々まで聖杯を探すよう命じられた。
「全員、持ち場につきなさい!」
マルタ院長の冷たい声が響き渡ると、子どもたちは不安げな表情を浮かべながら立ち上がり、それぞれの担当場所へと足を向けていく。
食堂を出る際、私は周囲から向けられる怨嗟の視線を全身に浴びるように感じた。
まるで「お前たちのせいでこんな目に遭っている」とでも言いたげな冷たい目が、私とベラを無情に刺してくる。いや――正確には、その大半は私に向けられていた。
ベラはもともと男の子たちの間では人気者で、彼女に向けられるのは怨嗟というよりも、むしろ心配そうな目だった。少し離れた場所から、ベンが『大丈夫?』と声をかけてくる。ベラは驚いたように一瞬顔を上げ、小さく頷くだけだったが、その控えめな態度に、彼らはほっとしたように微笑み合った。
しかし、私に向けられる視線はそれとはまるで正反対だった。
それは疑いと怒りが入り混じった、冷たい刃のような視線。「どうせお前が何かしたんだろう」とでも言いたげな目が容赦なく私を刺してくる。その圧力に胸が締め付けられるように息苦しかったが、それでも振り返ることはできなかった。
私とベラには、庭の捜索が割り当てられた。
外に出ると、すでに日は沈み、あたりは薄暗くなっていた。庭には荒れ果てた雑草が生い茂り、草むらが夜風に揺れるたびに、不気味なざわめきが耳に響く。遠くではフクロウの鳴き声が断続的に聞こえてきて、不安を掻き立てた。
足元はぬかるんでいて、一歩踏み出すごとに靴底が泥に沈む感覚が伝わってくる。
暗闇の中、月明かりだけを頼りに進んでいると、私はふと隣を歩くベラの顔を見た。彼女は少し俯き、どこか怯えたような表情を浮かべていた。その小さな肩が時折震えているのがわかる。
「……ごめんね」
突然、ベラが小さな声で呟いた。
「え?」
私は立ち止まり、彼女の顔を覗き込む。