修道院追放の危機!?無実を証明せよ!
夕食の時間、修道院の食堂はいつも通り、穏やかな雰囲気で満ちているはずだった。
この修道院は王国の辺境に位置し、物資の供給は決して潤沢ではない。特に冬が近づくと、保存食が主となり、夕食も質素なものが多い。それでも、孤児たちは夕食を楽しみにしていた。昼食はパンとチーズだけで済まされることが多く、夕食には少しだけ温かいスープや野菜の煮込みが出されるからだ。
今日もテーブルには、黒パンや硬いチーズ、キャベツと豆を煮込んだスープが並んでいた。時折、運が良ければ塩漬け肉の小片が入っていることもある。子どもたちは早めに席につき、スープの湯気が立ち上るのを眺めながら手を合わせ、静かに祈りを捧げている。
私とベラも、長い木製のベンチに並んで座った。
ベラはいつものように手を合わせ、小声で祈りの言葉をつぶやいている。その横顔は穏やかで、どこか神聖な雰囲気が漂っていて、まるで修道院そのものの清らかさを象徴しているかのようだ。私はそんな彼女を横目で見ながら、『さすが主人公』と心の中で思わず感心してしまった。
だが、次の瞬間、その静かな空気は一変する――
食堂の奥から、硬い靴音が響き始め、規則正しいその音は徐々に近づいてきた。
院長マルタが食堂の中央に立ち、手に持った杖を床に力強く叩きつける。
「聖杯が、無くなりました!」
その一言に、食堂の空気が一瞬で凍りついた。みんなは一斉に息を呑み、食器を持つ手がピタリと止まる。
私の心臓も止まったかのように、急激に重くなった。
聖杯――それは修道院で唯一の銀製品であり、最も貴重なものだ。
それだけではない。
毎月、太陽神への祈りには欠かせないこの聖杯は、最も神聖な祭具祭具で、各大区神殿から特別に配布されたものだ。聖杯を失うことは、神への冒涜と見なされ、修道院、特に院長マルタ自身にその管理責任が重くのしかかっている。
だからこそ、院長の顔色は今、これほどまでに悪いのだ。
「これは修道院にとって非常に重大な問題です。全員で協力して探してください!もし見つからない場合……」
彼女は一瞬言葉を切り、目を閉じた。そして再び瞳を開けると、その中に鋭い光が宿っている。
「修道院全員に罰を与えます!泣こうが叫ぼうが、容赦はしません。神の名のもとに、罪は必ず償わせます!」
その言葉は重く、冷たい刃のように突き刺さった。
場面は次第にざわつく。
子どもたちは不安げに顔を見合わせ、年長者たちはひそひそと囁き合い始める。その中に、ルースの姿もあった。彼女は椅子にもたれかかり、唇の端にかすかな笑みを浮かべている。
そして――
ルースがゆっくりと立ち上がり、一歩前に出た。
「マルタ院長、一つお伝えしたいことがあります」
彼女はわざとらしくため息をつき、私とベラの方を冷ややかな目で見た。
「実は……あの二人、保管室の近くで何度も見かけたんです」
その言葉に、子どもたちの視線が一斉にこちらに向けられる。私は思わず拳を握りしめた。
「そんなこと――!」
私は立ち上がりかけたが、その言葉を遮るように、ルースが続けた。
「それに、みんなだって気づいてるんじゃない?」
彼女はベラの方に向き直り、その指先でベラの手元を指し示す。
「その指輪、どう見ても高そうだよね?孤児なのに、そんな高そうな指輪を持ってるなんて、変じゃない?」
ベラは驚いたように目を見開き、慌てて手元の指輪を隠そうとする。「これは……お父さんとお母さんが残してくれたものなの!」
「へえ~」
ルースは冷笑を浮かべながら肩をすくめた。
「そんな話、誰が信じると思ってるの?証拠は?どこにあるの?親にもらったなんて、同情を引きたいだけの作り話じゃない?」
ベラは唇を噛みしめ、俯いたまま何も言えなくなった。彼女の手は膝の上で小刻みに震えている。目には涙が浮かんでいるようだったが、それでも必死に耐えていた。
「ベラ……」
私はベラを支えながら、自分の胸が締め付けられるように感じた。
そんな時、男の子たちが座るテーブルからざわざわとした声が聞こえてきた。
「やめろよ!」
立ち上がったのはベン――修道院で最も人気のある少年だ。
「ベラはそんなことしない!彼女は優しくて、正直な子だ。絶対に盗みなんてするわけがない!」
その言葉を聞いて、子どもたちの視線が再びベラに集まった。ベラも驚いたように顔を上げた。
「確かに……ベラってそんな子じゃないよね?」
「でも……あの指輪、やっぱり変じゃない?」
ルースの頬は怒りで赤く染まり、その瞳には嫉妬と憎悪が浮かんでいる。
「……ベン」
彼女は拳を握りしめ、声を震わせながら絞り出すように言った。
「どうしてそんなこと言うのよ!?泥棒なんか庇うつもりなの!?」
「静かにしなさい!」
マルタ院長の怒声が食堂全体に響き渡った。その声には容赦の欠片もなく、子どもたちは一斉に口をつぐんだ。
しかし、静寂の中でも、子どもたちの疑いの視線だけは消えることがなかった。周囲から向けられる冷たい視線は、まるで無数の針となって私たちを容赦なく刺し続けていた。
「それでは」
マルタ院長の鋭い目線が、刃物のように私とベラに突き刺さる。
「あなたたちに聞きます。聖杯について、何か知っていることがあるなら今すぐ話しなさい!」
その声は冷たく、まるで私たちが既に犯人であると決めつけているかのようだ。
ベラは再び俯き、その肩が小刻みに震えている。
は彼女の手をぎゅっと握り返しながら、焦る心を抑えつつ必死に考えを巡らせた。
――どうする?このままじゃ、私たちが犯人扱いされてしまう!
この状況を打破するには、一体どうすればいい?
聖杯が本当に無くなったのなら、それを盗む理由がある者がいるはず。でも……それは誰?なぜそんなことを?
私は唇をきつく噛みしめ、周囲の様子を注意深く伺った。
子どもたちの中には、不安げにこちらを見つめる者もいれば、目を逸らしている者もいた。その中で、ルースだけは相変わらず薄ら笑いを浮かべている。その目には明らかな満足感が宿っていて、まるで「これで終わりね」とでも言いたげだ。
――落ち着け……ここで感情的になったら終わりだ。
ベラを守れるのは、この場では私しかいないんだ!
私は大きく深呼吸をして、心の中で自分に問いかけた。
――どうすれば、この場で私たちの無実を証明できる?