第四紀完新世の展覧会
ある日、突然世界が滅んでしまいました。
たったひとりだけ生き残った女の子は、誰もいない世界をあちこち歩き回ります。
彼女が、見て、考え、思ったことは、彼女ひとりのものであると同時に、人類という種の最後の息吹でもあります。
*
▼都心の廃墟
8月のうだるような空気に頭が変になってコンクリートの瓦礫をよじ登ってみたら、西風のびゅーびゅーいう音しか聞こえなかったよ。
遥か遠くの奥多摩の山並みまで延々と続く廃墟の海。自分の意思で動くものなんて、何ひとつない。でも山の形や空の雲はぜんぜん変わらないんだね。
▼駅ビルの書店
壊れた駅ビルのなかの本屋さん。ひび割れた床にいっぱい本が散らばってる。
このたくさんの本一つひとつのなかに、誰かさんの夢がいっぱい詰まってるなんて、何だか信じられない。しばらくすれば全部塵になって吹き飛んじゃうなんて、ちょっともったいないかも。
あたしの夢はどこにあるのかな。きっとあたし自身が夢のなかに入っちゃったのかな。
▼首都高速
高速道路の上に歩いて登ってみたら、ひっくり返ったり潰れた車がいっぱい転がってた。道路は、ビルの廃墟の間をするするくねくねと通り抜ける白い帯みたいで、楽しくなってどんどん歩いていったら崩れて落ちてた。
ざーんねん! もうここから先はありません、ここでおしまい! つまんないの。
▼夕暮れ
あたしひとりだけのための夕暮れ。真っ赤に染まった薄雲が絹のように重なりあって、そのグラデーションがとってもきれい。
死ぬって、これが見れなくなっちゃうことだと思うと、ちょっとさみしいね。
もしあたしもいなくなって、だれも見る人がいなくなったら、きれいじゃなくなっちゃうのかな? それとも夕暮れもなくなっちゃうのかな?
まあその時はあたしもいないんだから関係ないけど。
▼駅のポスター
ねじ曲がった切れ切れの線路の上をずーっと歩いてみたら、小さな郊外の駅だけ、きれいに残ってた。古い木造の駅舎や、白いベンチ、色褪せた観光用ポスターもそっくりそのまま。
ポスターのなかの白いブラウスのきれいなおねえさんは、にっこり微笑んでる。あたしも真似てにっこり笑ってポーズをとってみたよ。
このおねえさん、いつまでここで微笑んでるつもりなんだろ。なんかうらやましいな。
▼森に埋もれた街
森に呑み込まれていく廃墟は濡れた緑のコケで一面覆われてて、まるで古い古い遺跡みたい。きっとこのコケは時間の結晶を養分にして育ったのかも。道理で育ちが早いと思った。
ふわふわしたコケは座ると気持ちいいけど、水っけがじわーっとしてきてびしょ濡れになっちゃうよ。ひやっとしてて気持ちいいけど、なんかやな気分。虫がいっぱいいそう。
▼星空
世界が滅びたあとの夜空はびっくりするくらい星がいっぱい。あたし天の川なんてそれまで見たことなかったよ。あのシミみたいなのが全部ちっちゃな星の集まったものだなんて、とても信じらんない。「星屑」って言葉の意味がわかったかも。いつまでも飽きないで眺めてられる。
この星空を見るためなら世界が滅んでもつり合いはとれてるかもね。
▼海沿いの工業地帯
海近くに広がる工業地帯は打ち捨てられた夢の残骸でいっぱいで、すっかり乾いちゃった心の内側が、なんか甘酸っぱいものでゆっくりと満たされてく。直線の道路のへりにまだちゃんと残ってる、等間隔に並んだ緑の街路樹。まるでプラスチックでできてるみたい。
人の動いてない世界って、なんでこんなにきれいなんだろ?
▼横浜の街
誰もいない横浜のベイエリア。半分に欠けて不格好になっちゃったパシフィコや、土台から外れて引っかかり、どこかに転がっていきそうな観覧車。ランドマークタワーは傾いて今にも倒れそう。なんてすてきな風景!
赤レンガ倉庫は赤いレンガの破片が山みたいになってた。記念にレンガを一個持っていきたかったけど重いから諦めた。ばっかみたい。
▼砂に埋もれる街
砂漠に飲み込まれていく街をうろつくのが好き。
なにもかも砂で浄化されてくみたい。
体のなかで脈打つなんかどろどろしたものも全部砂みたいにさらさらになればいいのに。
そしたらあたしの心もきれいになるかも。
浄化された世界の中で、自分の身体だけが不釣り合いで、みにくい。
▼七里ヶ浜
小さいころ遊びに行った鎌倉の海とか、なんか汚くて入りたくない感じだったのに、人がいなくなったらあっという間にきれいになっちゃった。びっくりかも。
どうして海って懐かしいのかな。はるか昔先カンブリア時代?とかのころから、ずーっと続いてきた遠い遠い思い出が、あたしの中にもあるのかな?
ねえ昔の変なかたちのご先祖さま、人間も滅んじゃったよ。次はあの白いうみねこの番かなぁ?
【注】
タイトルは、世界が滅ぶ日の女の子を描いた曲から。多分、この子は同じ子です。
https://www.nicovideo.jp/watch/sm6411851
J. G. バラードとか、連歌・連句(寺田寅彦)あたりに影響されて書きました。短い小文を連ねて、モンタージュする感じ。
昔、音楽、詩、動画で似たようなことをしようとしたこともあります。
https://www.nicovideo.jp/watch/sm10598433