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第八話「幸せになるために生まれてきた生き物」

 自室に入るためにドアを開けるのでなくハシゴを登ることになろうとは、流石のシメリも想定外だった。

 屋根裏に入ったシメリは、そこが思ったよりまともで、ベッドやタンスなど最低限の家具も用意されていることに安堵した――直後、壁ドン脅迫に続く本日二度目のホラーを味わうことになる。


 女の子が落ちていた。こう、ボトッて感じで。


「ふえぇっ! 何、誰っ!?」


 シメリは思わず叫んだ。白っぽい髪をした女の子が、つまんでから落としたみたいに、無造作に床に転がっているのだ。近くで大声を出したのに、その子はなんの反応も見せない。

 シメリと同じ部屋、ということは自分と同じ一年生なのだろうけど、授業で見かけた覚えはない。自分以外に屋根裏行きを言い渡された同級生が、果たしていただろうか。そもそもなぜ床に寝転んでいるのか。体調が悪いのか。


「こんにち……だ……大丈夫……?」


 挨拶するべきか救護するべきか困り果てていたところ、助け舟がやってきた。


「あーゴメン、それうちの娘。ルームメイトには事前に伝えとこうと思ったけど間に合わなかった」

「コニャーン先生!」


 みんな大好きコニャーン先生、数時間ぶりの再会である。


「みんなと同じ一年生だけど、裏口入学みたいなもんでさ。通常授業には出られなくて、ずっと寮でゴロゴロしてたの」


 そういうとコニャーン先生は、あーまたこんなところで寝て、とボヤきながら女の子の頬を優しくぺちぺち叩く。


「名前はコムギ。コムギ・コニャーン。あたしが付けたの。かわいいでしょ?」


 コムギは娘というがあまり似ておらず、スレンダーなコニャーン先生とは対照的に、その子はなんというか、全体的にもっちりしていた。

 太っているわけではない。ただ、身体各部が柔軟で丸みを帯びているのだ。コニャーン先生が脇の下に手を差し込んで持ち上げると、みょーんって伸びた。

 なんだか、思わず触ってモチモチしたくなるような気持ちがわいてくる……。


「はいコレ。スキンシップに役立ててね」


 シメリの欲望を見透かしたのか、コニャーン先生は一枚の紙を寄越した。そこにはデフォルメされたコムギのイラストとともに、撫でると喜ぶ場所・嫌がる場所が色分けして描かれていた。

 コムギの心の声を表現しているとでもいうのだろうか、頭や手には「わるくない」「つづけたまえ」、お腹や脚には「ぶちころすぞ」「やんのかきさま」などとコメントが添えられており実にわかりやすい。


「血は繋がってないの。捨て子でね。名前ももらえず箱の中に置き去りにされてたんだ」


 コニャーン先生は娘をベッドに移しかえながら――コムギは着地した先で再びモチみたいに丸まった――しみじみと語る。


「箱には恨み言満載の置き手紙があるだけで、身元がわかるようなものは何もなかった。名札すらないんだよ。ひどくない?」


 コナンハーゼンに暮らす全てのヒトの子は、粉神の友、命名神ミナミンにより、はじめから相応しい名を授かって生まれてくる。産声をあげたその瞬間、金の糸で刺繍された祝福の名札が天より舞い降りてくるのだ。

 そのまま名を頂くのが一般的だが、親は気に入らなければこれを無視することもでき、自分で考えた名前をつけたり……あるいは元より育てる意思がなければ、名無しのまま捨てる酷い親もいる。


「だからあたしが名前もなにもかも、この子がもらうべき全部の幸せをあげることにしたの」


 コニャーン先生は白魚のような指先で娘の脇腹をくすぐる。そこは図によると「かくごしやがれ」のエリアで、コムギは寝たままヴヴヴヴヴと獣のような威嚇音を発した。コニャーン先生は「うひょーこっわーい!」とハシャぎつつ手を離した。


「でも友達だけはプレゼントできない。だから校長にかけあってバクハーツに入れてもらったってワケ。ズルいとか思わないでね、ちゃんと別日に試験は受けたから」

「大丈夫です!」


 シメリは今更これしきのことで不平等を感じたりしない。むしろ屋根裏にひとりぼっちで暮らすはめにならずラッキーとすら思った。

 しかし裏口入学というからには確認すべきこともある。


「コムギちゃんのことって、みんなには秘密にしなきゃダメですか?」

「うんにゃ、全然。ぜひみんなで可愛がってくれたまえ。

 あっ、授業に出られないってのは後ろめたい意味じゃなく、体質の問題でめっちゃ居眠りしちゃうからって理由ね」


 そういうことなら何も気にする必要はない。もしコムギちゃんがいじめられても、自分が助けてあげ……ることは無理でも、最優先ターゲットになりかわることくらいはできる。だってわたしは水属性。

 シメリ、華のティーンエイジャー、この若さにして平然と悲壮な決意ができる女であった。


「もし良かったら、シメりんが最初の友達になってあげてくれる?」

「はい! もちろんです!」

「あんがと。この子もきっと夢の中で喜んでるよ」


 コニャーン先生はそういうと、シメリに年季の入った巾着袋を手渡した。


「身の回りのことは一通りできるようにしつけたつもりだけど、もし困ったらこのへんの道具を活用してね」


 袋の中を覗いてみると、どうやらコムギのお気に入りらしい、他愛もないおもちゃや生活用品、どこかで拾ってきたらしい轟団栗(ドーングリ)の種などがコロコロと入っていた。


「あ、そうそう。コムギの粉塵爆発はちょっと特殊だから、呑まれないように気をつけてね」


 シメリはいまひとつ意味を理解しないまま、とりあえず善意百パーセントで頷いた。




???「愛に飢えた捨て猫系女子と差別に耐え忍ぶ健気な水属性女子のカプ……

    『ある』メット!!」

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