第七話「空前絶後のユニーク・オリジナル・テクノロジー」
初日の残りの授業、休み時間、食堂でのランチタイムもずっと、シメリの頭にはクユルの言葉が引っかかっていた。おかげで好物のはずのコフキイモ(料理としての粉吹き芋ではなくそういう名前の植物)もろくに味わえなかった。
――せめて僕を巻き込まないようにやってくれよ。
『火』や『風』といったメジャー属性からの差別とはまた違う、同じマイナー属性からの反発。シメリだって入学前に想定しなかったわけではない。
『水』属性の使い手の大半は、その圧倒的扱いの悪さから、そもそも学校に入ることを考えない。どのコミュニティにも属さず、家族や同属性の仲間による閉じた社会のなかで、誰にも目をつけられないよう息を殺しながら生きていく。そういう道を選ぶのだ。
だから歴代のバクハーツ卒業生にも『水』属性の使い手はほとんどいない。下手すれば今期はシメリだけという可能性もある。
とはいえ『水』ほどでなくとも、『煙』や『泥』といった弱く立場の低いマイナー属性の使い手は少数ながら在籍している。シメリが悪目立ちした結果、彼らにシワ寄せがいき、そのせいで反感を買い、背中を刺されるような事態も考えられる。
そんなことを思いながら皿のなにもないところをフォークでツンツンしていると、黒ずくめの怪しい小男(いちおう同級生)ヴァイニンに声をかけられた。
「ゲヒヒ、食が進まんようでゲスな。差し支えなければ分けてもらっても?」
「あ、うん……どうぞ」
食べ残したコフキイモがヴァイニンの『鼠』たちのお腹に消えていくところをボーッと眺めつつ、シメリは物思いにふける。
「あの、ヴァイニンくん……さん?」
「ゲヒッ! あっしのことは『ヨゴレ』とでも『モグリ』とでも、好きなように呼んでもらって構わないでゲスよ」
「ヴァイニンくん。変なこと聞いてもいい?」
「ほぅ……あくまで『同級生』として扱いますか。興味深い……」
「えっ、何……?」
「いえいえ、お気になさらず。質問くらいお安いご用でゲス。なんでゲショう?」
シメリは『鼠』の背を指でくりくり撫でつつ、ぽつりと言った。
「わたしもさ、ゼイタクなことは考えず……おこぼれを貰って生きていくような、おとなしい人生を送ったほうがいいのかな」
ヴァイニンは「ふぅむ」と唸り、しばらく品定めをするように沈黙した。たっぷり五秒後、ようやく口を開いたかと思えば
「その答えは当店で取り扱っておりませんな」
と、にべもなく言った。
「とりあつかって……?」
「要するに、それほど複雑な質問ということでゲス。面目ない」
「だよねぇ……ごめんね変な質問して」
「滅相もない! しかし余程のことでゲスよ、このあっしから敗北宣言を引き出すとは」
「そ、そんなに?」
ヴァイニンは肯定の意味でゲヒヒと笑う。
「ご注文とあらば、砂漠の戦場にも爽やかなジュースをお届けしてみせるんでゲスがねぇ」
「えっと、よくわかんないけど、すごいんだね? ヴァイニンくん……」
「ゲヒヒ……滅相もない! では、あっしはこれにて」
ヴァイニンは両手をこすり合わせながら恭しく礼をして、『鼠』を引き連れ滑るように去っていった。目を離したつもりはないのに彼の姿はいつの間にか日陰に溶けて消えていた。
「答えは……自分で見つけるしか、ないか」
シメリはとりあえず、目先の課題をひとつひとつこなしていくことにした。
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バクハーツは全寮制だ。たいてい同級生とペアになって、二人でひとつの部屋に寝泊まりする。これぞシメリが憧れたドキドキスクールライフの一端、「ルームメイトとなかよしこよし」!
ちょっぴり沈んでしまった気持ちも、これから始まるワクワクタイムのことを考えれば、少しは上向いてきた。
初日の授業をすべて終えたシメリは、女子寮のエントランスでウロウロしながら、部屋割りが発表されるときを待つ。
――ぐわおぉーーーん!!
突然、爆発するような鐘の音が聞こえた。当時のシメリは知らないことだが、それは『音』の粉塵爆発によるものだった。
「集まってるかい、新入りども! 集まってなくても勝手に始めるよ!」
恰幅のいい中年女性がずんずんと軽い地響きを起こしながら歩いてきて、エントランスに集結した一年生をじろりと見渡す。
縮こまるように肩を寄せた新入生たちのひと組が、ひそひそと言葉を交わす。
「あ、あれが噂の……!」
「女子寮の終焉圧帝、マダム・マーダー……!」
マダム・マーダーは「聞こえてんだよ小娘ども」とでも言いたそうな目つきでギロリと睨んだ。
「アタシの名前なんざどうだっていいんだよ! 新入りが覚えるべきは寮のルールと自分の部屋だけ!」
マダムはごつごつとした手に黄色い物体を掲げて号令をかける。
「これから部屋割りを決める! 端から順番にこいつを頭にかぶりな! チンタラしてる奴は強制的に屋根裏へ放り込んじまうからね!」
シメリはおずおずと手を挙げた。
「えっと、寮母さん? その黄色いものは……」
「ああん!? なんだいアンタ、このありがたい素敵アイテムを知らないってのかい!?」
「ふえぇ、ごめんなさいぃ!」
「フン、まぁいいさ。あまりにご威光が強すぎて見えないってこともある。教えてやろう、これはかの偉大なるバクハーツ初代校長さまが創りあげた奇跡の爆発道具……」
マダムはその圧だけで人を殺せそうな笑みを浮かべ、黄色い半球状の物体を手に叫んだ。
「その名も『部屋割りヘルメット』! かぶった者の思考や適性を読み取り相応しい部屋を教えてくれる、誰も思いつかなかった前人未到の画期的な発明品さ!!」
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部屋割りヘルメット――それはバクハーツ初代校長の極まりし粉塵爆発により、かりそめの魂と知性を授けられた『自我をもつ帽子』。
脳みそもないのにモノを考え、喉もないのに言葉を喋る、奇妙奇天烈摩訶不思議な生物的無生物。
説明を聞いたシメリは「ほぇー」と間の抜けた声を出しながら感心した。
「なんだか魔法みたい」
「無礼者ッ!!」
「ぴいっ」
それは「絵本に出てくるようなすごいもの」という称賛のつもりで言ったのだが、マダムは牙めいた歯をむき出しにして激怒した。
「なんッッッて罰当たりな!! 粉神さまは粉塵爆発を『魔法』と一緒くたにされることを何よりも嫌っておられる。粉塵爆発は女神さまが創りたもうた唯一無二の奇跡の御業。魔法とかいうありきたりなファンタジーとはワケが違うんだ!!
粉塵爆発だ、ふ ん じ ん ば く は つ。にどとまちがえるなくそが」
マダムは初代校長のシンパであり、同時に粉神エクスプロディアの敬虔な信徒でもあった。シメリは半べそをかきながら後ずさりして端っこへ逃げた。
一部始終を見ていた『部屋割りヘルメット』は
「ヘルヘルヘル……今年の新入生もなかなか、部屋割りのしがいがあるメットねぇ……」
とせせら笑った。
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みんなが手に汗握って見守る目の前で、次々とヘルメットの裁定がくだされる。
「嬢ちゃんは『土』属性、読書が趣味、喘息の持病があるメットか……なるべく階段の登り降りは減らしてあげるメット。114号室!」
「こっちの嬢ちゃんは『風』属性、小鳥が好き、暇さえあれば空を眺めてボーっとしてるメット? よしよし、見晴らしのいい部屋をやるメット。514号室!」
「『雷』属性、筋トレが日課、激しく運動しても迷惑かけない部屋が絶対条件――安心するメット、そういう子ばっかり固めたエリアがあるメットねぇ。上級生と相部屋になるメットけど大丈夫? オッケーね。810号室!」
ヘルメットは趣味嗜好や心の中だけで念じた要望まで汲み取り、個々に応じた最適な部屋をあてていく。
「ンン? 嬢ちゃんは少しばかり変わった癖が――おっと大丈夫、言わないヨ! プライバシーは守るメット。ちょうどさっき『素質』がありそうな子がいたからねぇ、存分に布教するメットよぉ――114号室!!」
そればかりか同室のルームメイトどうしの相性も考慮し、明らかに性格のあわない組は作らず、逆にうまの合いそうな二人は積極的にマッチングしていく柔軟性すら有していた。
しかしこのヘルメット、恐ろしいのは単純な知性だけではない。
シメリがかぶった途端、ヘルメットはこう言い放った。
「あン……? 嬢ちゃんもしかして水属性かイ? まだ生き残りがいたんだナ。ザコのくせして案外やるメット」
なんと世間一般の属性差別に関する常識まで持ち合わせているのである!!
「どうしよっかナァ……? 普通の部屋にしてやってもいいんだが、やっぱ水属性には水属性の、お似合いの場所ってのがあるメット……」
シメリは焦った。ヘルメットに意地悪されて、とんでもない部屋に放り込まれたらどうしよう。まかり間違って階段下の物置なんかをあてがわれてしまったら、みんなの足音でおちおち寝てもいられない。壁ドンのトラウマが蘇ってしまう!
(物置は嫌だ、物置は嫌だ……)
シメリは心の中でヘルメットに懇願する。
「ヘェ、物置はイヤか。嬢ちゃんならどこでもたくましく生きていけそうな気がするメットけどな……まあいっカ。その健気さに免じて、最高の部屋をやるメット」
シメリが胸を撫で下ろしたのも束の間、
「屋根裏」
「えっ」
無慈悲な宣告がくだされた。
「屋根裏」
「あっ……」
大事なことだから繰り返しますとばかりに、二度も。
シメリは救いを求めて恐る恐る『女子寮の終焉圧帝』を振り返る。
「ちなみにキャンセルとかって」
「ヘルメットの決定は絶対だよ」
シメリは膝から崩れ落ちた。
ちなみに同時刻となりの建物では『男子寮の腰細メス男』の異名をもつ優しい寮父が普通にくじ引きで部屋割りを決定していた。寮父が長袖タートルネックのニットを着た儚げな美青年であること以外特筆すべき事項もないので割愛する。
【どうでもいいTIPS】
★コナンハーゼンの代表的なお野菜★
・コフキイモ
イモっぽい植物。掘り起こそうとすると大量の粉をまき散らすのでこの名がついた。粉そのものは無害だが、燃えやすいので火気厳禁。雨の日に収穫するのがオススメ。
・爆菜
シャキシャキ食感の葉物野菜。色鮮やかな葉っぱがまるで爆発したように広がるのでこの名がついた。加熱するとしんなりして味がよくしみるので、鍋物にぴったり。カラフルすぎて他の食材が目立たなくなるのが玉にキズ。
・フンジンニンジン
栄養満点の根菜類。粉神さまの髪のように美しいオレンジ色をしているのでこの名がついた。これを食べれば一晩じゅう闘い続け、獅子奮迅の活躍ができるとかできないとか。