第五話「嫌いじゃないけど爆発的に無理」
シメリの堂々たる水属性宣言を受けて、最初に動いたのは夜光禅だった。
「オオゥ……? お嬢さん、そいつァ穏やかじゃねぇなぁ……」
サングラスを傾けて裸眼で睨む姿が、サマになっていて迫力がある。
「言っておくがな。漢・夜光禅舞日、ミソッカスみてぇなイジメ根性でケチつけてんじゃあないぜ。相手がクソ属性だろうとウンコ属性だろうと、仲良く手を繋いでみせるさ。
けどなぁ! おのれが『水』属性だと、わざわざ衆目の前で宣言するたぁどういう了見だい?
隠したりウソついたりも出来たのに、あえてひけらかすっつーのは、『みんなの粉塵爆発ジャマしますよぉ』って挑発してるようなもんじゃないのか、ンン!?」
シメリは気圧され指をモジモジさせながらも気丈に答えた。
「そっ、そんなつもりないよ。ただ、何というか……『負けないよっ!』て、意思表示かな」
夜光禅は腕を組み、殺気を収めた。
「なるほど、気に入った。見上げた根性だ。あんたとは灼熱のBattleができそうだぜ」
「いや戦うのは得意じゃないかな……」
「なンだよ! やっぱクソじゃねぇか! 前言撤回、水属性なんて大っ嫌いだ!」
「え、えぇー」
真っ向から差別されないのは助かるけども、代わりに謎の個人的な基準で嫌われてしまった。
「ま、誰の邪魔もしないなら良いんじゃない」
『雷』のピキータにはクールに受け流された。可もなく不可もなく、さらりとした反応。
「ゲヒヒ。興味深いモノが見られそうでゲスなぁ」
『鼠』のヴァイニンは……よくわからない。ものすごくえげつないイジメ計画を立てているようにも見えるし、本人的にはふつうに笑っているつもりかもしれない。
「…………。」
『煙』のクユルは穏やかな微笑みを一ミリも崩さず佇んでいる。
――第一印象は悪くない、かな?
シメリは最悪の場合、四方八方から石を投げられることすら覚悟していた。口にするのも憚られる汚い言葉でけなされる事態だって考えられた。ネガティブな想像が現実とならなかったことに、ひとまずは安堵。
――だけど無傷でもない。
パッと目についたのは、あくまで一年生のなかでも「目立つひとたち」の反応だけ。初日からどっしり構えていられる傑物たちは、独自の哲学と人生観を持っていて、多数派の動向を見るサンプルとしては適さない。
もっと視界を広げてみれば、あっちの女子はさりげなく距離をとっているし、そっちの男子は無言で持ち物を鞄にしまっている。
――やっぱり、そうなるよね。
水属性というだけで盗人や犯罪者予備軍みたいに扱われる風潮は、あからさまに表面化するよりも、まず目立たないところから現れるのだ。
これには過去、一部のよからぬ『水』使いたちが犯してきた歴史上の罪も関係していて、シメリ個人がイメージ戦略につとめたところですぐにどうこうできる問題でもない。
「おつかれシメりん! 大トリ務めてくれてありがとねー」
シメリの物憂げな表情に気付かぬのか、あるいは知っていてわざとそうしているのか。コニャーン先生は軽やかにシメリを労った。
「し、シメりん……?」
「親しみを込めて、ね。嫌だったらやめるけど」
「むしろいいです! ちょっとかわいいし」
「よかったぁ」
コニャーン先生は花のほころぶように笑った。
――ズガーン、ドゴーン、ボガーン、バゴーン……
「残念、楽しい時間ももう終わり。次回からはホントの粉塵爆発『実技』に入っていくから、期待して待っててねー!」
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
生徒も、先生も、教室から去っていく。シメリは緊張の余波で高鳴りっぱなしの心臓を落ち着けるため、しばらくその場で深呼吸していた。
最後に残ったのは、シメリと……いっそ不気味なほど穏やかに微笑んでいる、クユル・タチノヴォーの二人きり。
「シメリ・アクアミーズさん、ちょっと」
心の深いところまでするりと溶けこんでくるような、柔らかい声だった。おかげで実はホラー小説が大の苦手だったりするシメリも飛び上がらずに済んだ。
シメリもちょうど、クユルが――恐らく自分と話す機会を狙ってわざわざ待っていたのであろう、このアルカイックスマイルの少年が――何を考えているのか知りたいと思っていたところだ。
シメリはクユルに招かれるまま、出入口と反対側の壁際に寄った。
どん。
音がして、一拍遅れて、自分の頭のすぐ隣、クユルの手が壁に叩きつけられたのを理解した。
「ぴゃあっ!」
シメリは叫んだ。防御本能からとっさに出たものであろうその声は、目の前のソフトな襲撃者を退けるにはあまりにも弱々しすぎた。
「ひとつ忠告しておく」
逃げ場がない。シメリに覆い被さるような格好になって、クユルの顔が近付いてくる。その声にはもはや先刻までの柔らかさは無かった。
「調子に乗ったら、死ぬよ」