第四話「ファースト・インプレッション」
「よぉーっす、新入生の諸君。あたしが粉塵爆発実技の担当教官、みんな大好きコニャーン先生だよ。いま大好きじゃなくてもそのうち超好きになるから。ヨロシク!」
コニャーン先生はパンツスタイルのスーツに身を包んだ、すらりと細い長身の女性だった。
何を食べたら、いや、何を我慢したら腰があんな芸術的な感じになるんだろう。シメリは思わずため息をついた。
「そして君たちの学年は運の良いことに、この実技教室がホームルームになるから、卒業するまでずっと担任のコニャーン先生と一緒にいられるよ! やったね! ほら、せーの、やったね!!」
よくわからないけどコールアンドレスポンスみたいなことを求めてきたので、シメリはとりあえず控えめに「や……やったね……?」と呟いておいた。
「まぁそうは言っても致命的に担任とそりが合わないってこともあると思うし、ときどき味変したくなったらドラフトドア先生の研究室に突撃すればなんだかんだ文句言いつつ面倒見てくれると思うよ。あたしも常連だった」
なんか無責任なことを言っている。とにもかくにも、ユーモアと思いやりに溢れた愉快な先生であることに間違いなさそうだ。
「ちなみにあたしは『命』の粉塵爆発使い。人間っていうか生き物はみんな『命』なんだから何を当たり前のこと、とか思ってる人もいるかもしんない。
でもね、無意識に生命を維持することとソレを技術として扱うことには違いもあって……わかりやすく言うと回復とか身体強化とかお肌のケアに便利だよ」
いまコニャーン先生が言ったことには少し先の学習内容も含まれている。入学前に予習を進めていたシメリには辛うじてそれが理解できた。
粉塵爆発使いは誰しも、己が得意とする『属性』をひとつ持っている。『火』の粉塵爆発使いは爆発的な炎を生み出すことができ、『風』の粉塵爆発使いは爆発的な暴風を巻き起こせる。これらは意識的に扱う技術としての粉塵爆発だ。
それとは別に、コナンハーゼンに生きとし生けるもの、すべては無意識に『命』の粉塵爆発を燃やして生きている。呼吸して心臓を動かして血を巡らせるのはすべて粉塵爆発のエネルギーによるもの。犬も猫も人間も母親のお腹の中で粉塵爆発から生まれてくる。
なにせ最初の生命は原初の星の粉塵爆発から出現したのだから、親から子へ命を繋ぐその仕組みもまた、はじまりの奇跡を模倣するのが道理といえよう。
コニャーン先生は生物として当たり前の『命』のほか、技術としての『命』属性も二重に使いこなしている。おのれの生命力を活性化させ、美と健康を保つことなど造作もないというわけだ。
「あたし自身に関してはこれぐらいか。次はみんなのことが知りたいな。ひとりずつ自己紹介お願い! 名前、得意属性、あと自由項目で」
コニャーン先生に促され、順番に前に出て挨拶していく。初日ゆえ大半がガチガチに緊張して小声になってしまうなか、たまにいる堂々とした新入生の自己紹介は、本人のキャラや見た目もあいまって記憶に強く残った。
「発ァーッ発ッ発ッ発ッ発ッ!
我こそはコノカミ塵國が御三家の末裔、名を夜光禅 舞日という! 燃える『火』属性の粉塵爆発使いだ! 血湧き肉爆ぜるアツアツの日々を求めて海を渡ってきた!
同志たちよ、我と一緒に、これから毎日魂焼こうぜ?」
室内なのに派手なサングラスをかけている真っ赤なツンツンヘアーの少年、夜光禅。
シメリはちょっと、仲良くなるには時間がかかりそうだと感じた。
あと魂を燃やすのはともかく、肉が爆ぜたら痛いと思う。
「ピキータ・ライグルーヴ。『雷』の粉塵爆発使い。人口の少ないマイナー属性だけれど、実力で劣るつもりはないわ。ともに切磋琢磨しましょう」
ハキハキとした口調で喋る金髪の少女、ピキータ。
マイナー属性という響きだけで、シメリは「アッ、友達になりたい……」と思ってしまった。
ただシメリの知る限り、『雷』は珍しいだけで差別的扱いを受けている話は聞かない。ピキータの見てきた景色は自分とだいぶ違うかもしれない。
「ゲヒヒ……あっしは『鼠』の粉塵爆発使い、ヴァイニンと申します。いやしい身分ゆえ名乗るべき家名もございやせんが、引き受けた仕事は完璧にやり遂げてみせるでゲス。今後ともご贔屓に……ゲヒヒヒヒ!」
せっかくの制服の上からボロボロの黒コートをかぶり、フードを目深に被って顔を隠した怪しい小男、ヴァイニン。
妙にしゃがれた声だったけれど、本当にこの人はわたしたちと同い年なんだろうか……シメリは訝しんだ。
「初めまして。僕はクユル・タチノヴォー、『煙』の粉塵爆発使いです。よろしくお願いします」
さらさらとした銀髪の、育ちのよさそうな少年クユル。
彼の自己紹介は取り立てて特徴のあるものではなかったが、コニャーン先生が反応したので印象に残っている。
「もしかして、あのタチノヴォー三兄妹の弟くん?」
「はい。兄ふたりと姉ひとりがお世話になっております」
「すっごーい、全然似てない! もちろんいい意味でね。こっちのほうが貴族のお坊ちゃんて感じするもん」
「あはは、どうも」
柔らかく応対しているように見えて、その実ほとんど表情を変えていない落ち着き払った態度に、シメリは感心してしまった。
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そうして一年生ほぼ全員が顔見せを終えたあと、シメリは最後に歩み出た。
授業はいつだって最前列、と決めていたシメリ。そんな彼女でも自己紹介だけは憂鬱で、可能な限りほかの子に順番を譲っていたのだ。
言うべきは、名前と、自由項目と……属性。
同級生には『火』や『雷』のほか、『風』『土』などの有名どころは複数人、珍しいところでは『綿』なんて子もいたけれど、ついぞ『水』は現れなかった。シメリが己の属性を明かせば、間違いなく注目を集めることだろう……おおむね、悪い方向で。
本当は自分の番が来る前に、チャイムが鳴ってしまえばいいとも思っていた。が、残り時間を見るに、尺稼ぎで乗り切るにはちと辛そうだ。
「どしたん、ラストガール? 雨の中の捨て猫ちゃんみたいな顔してるよ。言いづらいコトあったら『プロフィール:ヒ・ミ・ツ★』で許されるお年頃なんだから気楽にやりな?」
コニャーン先生は助け舟を出してくれる。けれどシメリにはわかっていた。どうせ今をしのいでも、いつか逃げられない瞬間はやって来る。
「いえ、大丈夫です。ちゃんとやれます」
シメリは腹を括った。そしてはっきり言った。
「シメリ・アクアミーズ。『水』の粉塵爆発使いです」
教室が、文字通り水を打ったように静まり返った。