第三話「パンドラの箱、爆破したら開けたことにならない説」
コワモテの老粉塵爆発使いをつかまえて、初日から質問をぶつけに行ける一年生はそうそう居ない。いるとすれば、よほど熱心、あるいは切羽詰まった生徒だけ。
流れる川のように透き通ったライトブルーの髪の少女――シメリ・アクアミーズは最前列の机からそのまま教卓へ飛びついた。
「ドラフトドア先生! お聞きしたいことがあります!」
「む。君は入学試験の……」
「えっ! 覚えててくれたんですか」
「あのようなひねくれた粉塵爆発を見せられては、忘れるなどできようものか」
ドラフトドア教授は苦虫を嚙み潰したような顔で、しかし一定の敬意も込めてシメリに応じる。
「それで、何が聞きたいのだね」
「どうして『水』属性は邪魔者扱いされてるんですか」
教授はわずかに沈黙してから言った。
「……授業でそう明言した覚えはないが」
「言い方でわかっちゃいますよ。そもそも神話からして、水だけ『ついで』扱いですもん」
「ぬぅ……」
これだから若者は侮れぬ、と吐き捨てて、教授は持論を展開し始めた。教科書に載っていないことも含め、長年の経験から得た知識を。
「『水』は生物にとって不可欠なもの。命に溢れる賑やかな世界を望んだ粉神は、仕方なく、嫌々、渋々、やむにやまれず『水』をこの世に創ったのだ」
「どうしてそんな……」
水を目の敵にしているのか。半分涙声になってしまったシメリの疑問を引き継ぎ、教授は語る。
「古い聖典によれば、粉神エクスプロディアはとある異界を旅した折、宙を舞う小麦粉に火がつき爆発するさまを見て感銘を受け、粉塵爆発の御業を思いついたのだという。
粉神の扱うそれは物理現象としての粉塵爆発と異なる点も多いが、一部の性質を引き継いでいる――たとえば『湿気が多いと火が点かない』などが最たるもの。
水は湿気の源。ゆえにコナンハーゼンの『水』は、粉塵爆発より創られしものでありながら、粉塵爆発を阻害する矛盾した性質を孕んでしまった。
水属性が混じると、ほとんどの粉塵爆発はその威力を減衰させてしまうのだ」
そこにシメリがさらなる疑問をさしはさむ。
「女神さまはどうして、自分の粉塵爆発にそんな『弱点』を残したんですか。もとの粉塵爆発とは全く違う、無敵のオリジナルパワーにしてもよかったのに」
発想としては『ぼくのかんがえたさいきょうの必殺技』を妄想する子どものそれと変わらないが、神という存在には実際にそれを叶えるだけの力がある。なぜそうしなかったのか。
無垢な指摘に、ドラフトドア教授は深く息を吐きながら憶測を返す。
「……あるいは『残ってしまった』のやもしれぬな。神とはそこに在るだけで世の理に影響をおよぼすもの。
神が『光よ』と言えば昼と夜が分かれ、神が『よし』とすれば善悪の概念が生まれる。
ここでいう『夜』と『悪』は必ずしも神自身が望んだものではないが、対となる存在を願ったがために引き寄せられてしまったのだ。
だがら粉神が粉塵爆発を創ったとき、同時に『粉塵爆発ならざるモノ』『粉塵爆発を打ち消すモノ』も現れねばならず――皮肉にもその役割はエクスプロディアが最も嫌った湿気の象徴、すなわち『水』に与えられたのだ……と、私は考えている」
神がそうと決めたから、火は熱く風が吹くように。
神がそう思ったから、水は爆発の邪魔をするのだ。
「結果は知っての通り。粉塵爆発において湿気は禁忌とされ、『水』の粉塵爆発使いは冷遇されておる。
実際には、あくまで水である以上、触れたり飲んだり日常生活に供するにあたっては無害であるし、『水』の使い手がすぐ隣に立ったところでさしたる支障もなかろうが……イメージ的な問題から必要以上に忌避されている、というのが現状だろう」
しかし、と教授は続ける。
「シメリ・アクアミーズ。君なら、その呪縛を打ち破る方法を見つけ出せるとも思うがね」
シメリは、てへへ、とはにかんだ。
「はい、きっと。楽しみにしててくださいね!」
「ふん……そのしまりのない顔、タタエルとナーガスに瓜二つだな」
「ママとパパを知ってるんですか!?」
「元担任だ。やつらには手を焼かされた……物理的に手を火傷したこともあった」
教授は思い出すように右手をさする。
「だが昔話はまたの機会に。次の授業に遅れるぞ」
「そうだった! ありがとうございましたー!」
シメリは微妙に丈の合っていない長めのスカートを揺らし、ぱたぱたと教室をあとにした。