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第二十一話「げに恐ろしきそいつらの名は」

 今更ながら、バクハーツは粉塵爆発だけを教える学校ではない。語学数学理科社会……人間が文明的な生活を営むにあたり必要な一般常識だって、並程度には勉強する。

 ただ、この世のすべては粉塵爆発で成り立っているから、何を学んでいても必ずどこかに粉塵爆発が挟まってしまうだけで――


「粉塵爆発だけ出来りゃあ、生きていけるってもんでもねぇぞぉ」


――と、いうことなのだ。


「おっといけねぇ、自己紹介がまだだったぜ」


 教壇に立つは、片手で猪を投げ飛ばしたと言われても信じてしまいそうなほど、がっしりとした筋肉質の老人。


「おれは地理の担当、山海(やまうみ) 千千衛門(ちぢえもん)っちゅうもんだ。コノカミ出身でなぁ、発音が難しかったら『ヤマさん』でも『チー坊』でも、まぁ好きに呼んでくれや」


 地理は実力テストの翌週から開講された選択授業で、一年生との顔合わせも今日が初めてだ。

 ちなみに他にはドラフトドア副校長の歴史、ミッツ・カゾウェル先生の経済といった選択肢がある。シメリが地理を希望したので、当然とばかりにピキータも。クユルも「ザコ属性同士固まっといたほうがいいから」と渋い顔で追従。

 一方、夜光禅は何か思うところがあるようで歴史を選び、ヴァイニンは迷わずミッツ先生の教室へ向かった。


「アーさんでもミッチーでもなく、わざわざおれの授業をとってくれたみんなに感謝を込めて、ドゥンドゥン教えていくぜ!」


 千千衛門はニカッと白い歯を見せた。その笑顔にはシワのみならずいくつもの古傷が刻まれており、歴戦の勇士といった風格を感じさせる。


「早速だが……お前さんらは『こわいもの』といったら何を思い浮かべる?」


 千千衛門がふと向けた視線は、最前列に座っていた少女――シメリ・アクアミーズにぶつかる。


「お、オバケ……とか?」


 シメリの答えに千千衛門は頷いた。


「うん! そうだな! オバケは怖い! あいつら物理攻撃ほとんど効かねぇもんなぁ!」


 まるで実際にやりあったことがあるような言いぐさである。シメリは背筋を震わせた。まだ「そんなもん居るわけねぇだろガハハ」と笑い飛ばしてくれたほうが気が楽だった。


「おれもなぁ、いい歳こいたおっさんだけど、こわいものが山ほどある! ケガ! 病気! 借金! 嫁さん! 地震! 雷! バクハーツの寮母さん!」


 一部の女子から小さな笑い声があがった。


「でもよ、そんなかでも飛びぬけておっかねぇもんが二つ……」


 千千衛門は声を落とし、ドスの利いた口調で言う。自然、次なる言葉に生徒たちの関心が集まる。


「ひとつはダンジョン。迷宮って言ったほうが伝わりやすいか? コナンハーゼンのあちこちにある、罠だらけの危険地帯のことだ。昔は『魔境』なんて呼ばれてたこともあったな。『魔』の字が不適切だっつーんで廃れたが、言葉だけ変えたところで恐ろしいトコだって事実は変わらん。毎年アホみたいな数の人が死んでる。お前さんらみたいな子どもが準備もなしに迷い込んだら、まず助からんだろう。

 ……それでも突っ込むバカがいるから、犠牲が減らないんだけどな。いわゆる冒険家ってやつだ」


 千千衛門は天井を仰ぎ、ここではないどこかへ思いを馳せる。


「おれも昔はそんなバカどもの一員だった。島を飛び出して海を渡り、大陸を縦横無尽、ダンジョンと聞きゃあ手当たり次第に挑戦しまくった。地下深くに眠るお宝を探し当てたこともある。自慢みてぇで嫌だが、迷宮攻略専門のスペシャリストってわけだな。

 周りもそんな奴らばっかりだった。おれよりすごいやつらがゴロゴロいた。徒党を組んだらどんな魔境だってヘッチャラな気がした。そんでどうなったと思う?」


 千千衛門は肩を落とす。


「みんな死んじまった。生きててもケガやら後遺症やらで動けなくなった。ひとり、ふたりと脱落して、おれはいつの間にか一人ぼっちになっちまった。

 四つの大陸を踏破した頃、蓄えたお宝や財産と、空っぽになった酒の瓶を見比べて、心の底から、あぁ、失敗したなぁと思った。うまい言葉が見つかんねぇけど、ホント……『割に合わねぇ』んだよ、ダンジョンってやつぁ」


 元冒険家は生徒たちを見据えて語る。


「おれらみたいな、自分から危険に飛び込んだバカは自業自得だけどよぉ。ダンジョンのなかには入口とか境界線がわかりづらい、開放型ってやつもある。近所の森で遊んでたら三歩先からダンジョンだったってことも珍しくねぇ。

 熟練の冒険家でも死ぬときゃ死ぬ。知識も準備もねぇ素人が迷い込んだら……分かるよな?」


 シメリが涙目になっているのを察して、隣のピキータが机の下で手を握ってくれた。それくらい、千千衛門の話は真に迫っていて恐ろしかった。


「だからおれはセンセイになった。おれなんかの知識でも次の世代に繋げば、いつか役に立って若者の命を救うかもしれないからな。まったく夢があるよな、学校ってところは!」


 ガハハと無垢に先生は笑う。千千衛門自身も童心に帰ったようだった。


「……と、脱線しちまった。怖いものの話だった。ダンジョンは一つ目。それとは別にもう一つ、おっそろしいモンがあるんだなぁ……」


 シメリは手汗でピキータの指をビチャビチャにしてしまわないかと不安になる。


「人間と同じように、()()()()()()粉塵爆発を操るバケモノ。その悪魔的な能力から、かつては『魔獣』や『魔物』と呼ばれ――やっぱり『魔』の字がダメっつーことで呼び方が変わって――まぁその辺はいいか。

 とにかく恐ろしい怪物だ。さて、そんなおっかねぇ奴らを何と呼ぶか、その由来まで、知ってる奴はこん中にいるか?」


 シメリは勇気を振り絞り、繋いだ手を離してそのまま挙げた。


「おっ! 嬢ちゃんが最近ウワサの、アクアミーズさん()のシメリさんかい」


 実力テストでの勇名は、千千衛門先生までしっかり届いていたらしい。シメリは期待に恥じぬよう、精一杯胸を張って答える。それは教科書を予習して覚えた知識。


「はい。その能力の原理が粉塵爆発であることが判明すると、『魔獣』という呼称は廃止されました」

「うんうん、そうだな。どうぞ続けておくれ」

「粉気は古い言葉で『粉力(コナヂカラ)』ともいうことから、粉力を操る獣という意味で『粉獣(コナケモノ)』、あるいは『粉物(コナモノ)』と呼ばれるようになりました」

「おうおう! それでそれで?」


 シメリは息継ぎして言う。


「でも……『粉物』という言葉からは、『魔獣』の時代にあった恐ろしいニュアンスが薄れ、危険性を伝えにくくなってしまいました。だからその()()()()強さを思い出すために、近代の学者たちは新たな呼称を提案しました。粉力(コナヂカラ)を操る、モンスター。略して――」


 先生の見守る前で、シメリは口を開く。ごくごく真面目に、


「――コナモン」


と。




★ ★ ★ ★ ★ ★ ★




 火を噴くドラゴン。雷を呼ぶ大蛇。駆けた大地を()てつかせる狼。ファンタジーのお約束にして、旅に危険という名のスパイスを添える立役者。女神がロマンを追求して創り出したコナンハーゼンの世界には、当然こうしたエキサイティングないきもの達が生息している。


 そして炎も雷も冷気も、ぜんぶ粉塵爆発である。


 ドラゴンは喉の奥で粉気と爆力を混合して『火』の粉塵爆発を起こしているし、雷の大蛇は空高く粉気と爆力を打ち上げ天候を操作している。理解しがたい奇妙奇天烈摩訶不思議な現象もすべては粉気から始まる、ゆえに(コナ)モンと呼ばれるのだ。

 決して……決してどこかの世界の屋台に並ぶ、安くてお手軽なB級グルメのことではない。共通するのは圧倒的熱量(カロリー)だけ、侮れば末路は無様な屍。


 コナモンとは、恐ろしいモンスターなのである!




★ ★ ★ ★ ★ ★ ★




「コナモンは飼育小屋にいるウサギやニワトリとはわけが違う。基本的に人となれ合うことはねェ。縄張りへの侵入者とみれば即座に襲ってきやがる。交渉はほとんど無駄。()るか()られるか、それがすべてだァ」


 千千衛門の腕や顔面に残る痛々しい爪痕を見るだけで、彼の言葉を信じるには十分だった。


「もっと厄介なことに、コナモンはダンジョンを(ねぐら)にしてることもある。ただでさえ罠だらけの迷宮の奥地に、かつて魔と呼ばれた暴力の化身がいるんだ。ひとつのミスが死に繋がる……」


 千千衛門の隻眼は遠くを見ていた。いつか旅した遥かな地、あるいは、いつか失った仲間を想って。


「お前さんたちもバクハーツで一人前の粉塵爆発使いを目指す以上、いずれはそういう危険に遭遇するかもしれねぇ。そんときゃ思い出せ」


 世界を旅した冒険家は、若き才能に語り継ぐ。


「逆境をブチ破るのは、フワッとした諦めや絶望じゃなく――自分(てめぇ)が確かに積み上げてきた、知識と技術と経験と、それから少しの、ヤケクソ根性だってな」




★ ★ ★ ★ ★ ★ ★




――ズガーン、ドゴーン、ボガーン、バゴーン……


「シメリさん、シメリさんや。ちょっと悪いんだけどよぅ」


 授業終了後。千千衛門に呼び止められたシメリは、風呂敷包みを受け取った。


「これをルームメイトさんに届けちゃくれねぇか」

「ルームメイト……コムギちゃんですか?」

「そ。あの子の宿題さ。頼めるかい?」

「もちろん! 友だちのためですから」


 コムギは通常授業へ出席できない代わりに、寮で起きていられるわずかな間、こうして先生方からシメリ経由で与えられた課題をこなしている。

 現実世界での活動時間こそ短いものの、コムギはその気になればノートや筆記用具を『夢』の世界に再現することもできるため、ひとつの課題にかけられる時間は意外なほど多い(持ち出しはできないので起きてから覚えているうちに必死で書き起こさなければならないが)。

 熟考のすえ練られたレポートは先生方からの評価も上々。コムギはコムギなりの方法で着実に成績を稼いでいるのであった。


「『夢』の粉塵爆発使いは一時代にひとり居るか居ねぇかの希少な才能だ。ちっとばかしお寝坊さんなくらいで教育の機会を奪っちまうのは、あまりにもったいねぇだろ?」


 ダンジョン、コナモン、そして人間。危険に溢れるコナンハーゼンは、誰かさんの言葉を借りれば「クソの巻き添えでカスが死ぬ」狂った世界。さりとて希望がないわけでもない。


「コムギちゃんのお勉強には、協力してくれる友だちの存在が欠かせねぇ」


 シメリにも友達ができた。コムギ、ピキータ、それからたぶん、クユルと夜光禅も含めていいだろう。彼ら彼女らと互いを高め合い、一緒にスクールライフをエンジョイしていくことが、今のシメリにとって唯一の光明。


「バクハーツのさらなる発展のためにも、ぜひ力を貸してやってくれぇ」


 シメリは不安の向こうにきっと明るい未来があると信じて、


「はい!」


と笑顔で頷くのだった。




【役立つかどうか分からないTIPS】

★粉モン★


爆雷(ばくらい)大蛇(だいじゃ) コナアンダ


 雷を落として獲物を丸焦げにする大蛇。体内に保有できる粉気の量が平均的な人間の数百倍もあり、災害級の現象を引き起こせる。反面、爆力の量はさほどでもなく、無駄撃ちさせて息切れになったところを狙えば勝機はある。

 ただし天候操作能力を抜きにしてもシンプルにデカくて硬くて速くて強い。


粉凍(ふんとう)氷狼(ひょうろう) フンリル


 フェンリルではなく、フンリル。でもイメージはだいたいフェンリル。

 『氷』の粉塵爆発を操る狼。近寄るものを凍らせる。近寄らなくてもフンリルのほうから寄っていって凍らせる。常に全身を粉塵爆発由来の冷気で包んでいるため、粉気と爆力の消費が激しい。回復するため頻繁に巣穴で休むので、狙うとしたら睡眠中。ただし寝ているときも冷気は止まっていないのでうかつに触れたら凍らされる。

 余談だが『水』と違って『氷』はさほど差別されない。エクスプロディアいわく『凍結能力者ってかっこいいじゃん』。

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