第二十話「精神攻撃絶対殺すウーマン」
サブタイで若干ネタバレしちゃってるんですけど、イジメっ子が撃退されるお話です。
安易なざまぁ展開……やっぱり水属性ってクソだな!(ヘイトスピーチ)
「おトイレ、おトイレ……」
シメリ・アクアミーズは呑気に自分の行き先を口ずさみながら(おそらくなんも考えず無意識に呟いているのだろう)女子トイレにぱたぱたと駆け込んだ。
――やっと来た!
バクハーツの二年生、リリコ・ハーミールはようやく巡ってきたチャンスに拳を握る。毎日少しずつ授業をサボり掃除用具入れに身を潜めること、のべ四時間半にもわたる苦闘の末につかんだ勝利であった。
その目的は、当然、あのいけすかない水属性のガキに一発カマしてやるためだ。
リリコはここしばらくシメリ・アクアミーズの行動を観察していた。外では『火』や『雷』使いの同級生が護衛についていてやりづらいし、他の生徒や教師の目もある。休み時間も、食堂でも、寮でも風呂でもお友達とベッタリ。一対一で確実に仕留められる状況なんて、トイレくらいしか無かった。
だからリリコは女子トイレで待ち伏せすることに決めた。幸い、ピキータとかいうお友達に「連れション」の趣味はないことが分かっている。
バクハーツの敷地内には複数のトイレが有るけれど、一年生のホームルームと教室移動の経路からして、日中トイレに行くならここだろうという場所を絞り込むことができた。
だがそれも決して楽な道のりではなかった。
――あいつ、どんだけトイレ遠いんだよ!
そう、シメリ・アクアミーズは極端にトイレの回数が少なかった。水を飲んでもお茶を飲んでもジュースを飲んでも一向にトイレへ駆け込む気配がない。あいつの膀胱バケモンかよ。こちとら張り込みのお供にミルクを飲むだけでも気を遣ってんのに。
排泄にだけは困らないが、排泄以外のすべてに不便する厄介な空間で、リリコは不毛な長期戦を強いられた。
珍しくトイレに来たかと思えば、たまたま無関係の生徒が邪魔で狙いがつけられなかったり、運悪くリリコ自身がちょうど……その……催してしまったときとかで……なかなかタイミングが合わなかった(だってトイレに居るんだからしたくなることもあるじゃん!)。
だが今度こそリリコは万全の状態で一人っきりのシメリを迎えうつことができる。
こっちの粉塵爆発さえぶつけられれば、あんな膀胱がデカいだけのガキ、簡単にぶちのめせる。
――長い闘いだった……。
リリコは降ってわいた幸運にうっすらと涙を浮かべる。地獄のトイレ待機を耐えられたのは、ひとえに水属性への嫌悪感と、あとは個人的な事情もあった。
リリコの脳裏に、いつかの授業での模擬試合、タチノヴォー三兄妹の妹のほうにこてんぱんにやられたときの記憶が蘇る。
ああ、思い出すだけでイライラする……そのときのトラウマのせいで、リリコは実技の授業に顔を出せなくなってしまった。それどころか、あの女の兄貴たちを見かけるだけで、胸がぞわぞわしてしまう。
お貴族様ってやつは無駄に子沢山で困る。最近では四人目の末っ子も入学したそうじゃないか。四兄妹と名を改めてより一層暴れ回るつもりか。まったく目障りだ――まぁいい、そっちは後回しだ。
今はとにかく、水属性のくせに何らかのズルをして実力テスト三位とかいう高得点を手に入れやがった生意気なメスに、己の立場というものをわからせてやらねばならない。
――まずはシメリをぶっ潰して、ストレスフリーなスクールライフを取り戻す!
リリコは便座から流れる音消しのメロディをBGM代わりに、悠々と粉気を練り上げる。
リリコは『心』の粉塵爆発使い。人の精神を操り、感情を揺さぶることに長けた属性だ。極めればペットを失い悲しみに暮れる少女をハイテンションパーティーピーポーにすることも、口の固いテロリストに仲間の居場所を吐かせることもできる。
たがリリコはもっと「面白い」やりかたを好んでいた。こいつが何を嫌い、何を恐れ、どう泣き叫ぶのかを間近で見たい……リリコは自分が扱えるなかで最も回りくどく、もっとも「楽しめる」技を選択した。
――最近見た中で、いちばん怖かった悪夢を見せる技。
技名などない。わざわざ自分の行動を相手に告げるリスクなど、リリコ・ハーミールは冒さないのだ。
リリコはシメリが用を済ませた瞬間を見計らい、所定の位置で粉塵爆発を起こした。
「ほひょぉー」
とか言いながら個室を出てきたシメリの顔面に、暗赤色のやわらかな爆煙が浴びせかけられる。
「ふぇ――?」
シメリはわけもわからないまま煙を吸い、立ったまま気を失った。
「いい子、いい子。さて、どんな悪夢を見てるかなーっと」
術者であるリリコは相手と心を繋げ、シメリが見ている景色を覗くことができる。舌なめずりしながら意識を集中させた先は――
――なにも無かった。
「ハァ……?」
真っ黒。一面の闇。あるいは闇すら存在しない、ひたすら「何もない」だけがそこにある世界にリリコは潜っていた。
「嘘、でしょ……ありえ、ない……」
これが単に「殺風景な部屋に閉じ込められる悪夢」であるなら、リリコにも理解できた。
だが、違う。これはそもそも「必要な情報を取得できなかった」結果、見せるべき悪夢が用意できず、「無」が出力されてしまったのだ。
リリコの脳内に恐ろしい推論が浮かぶ。
――シメリ・アクアミーズは夢を見ない!?
空虚。虚無。それは頭カラッポのやつか、あるいは人間と次元の異なる上位の存在、すなわち『神の意識』に他ならない――と、リリコは小説か何かで読んだことがある。
正常な人間なら、一晩に数回は夢を見る。起きたら忘れてしまうだけ。リリコの『心』の粉塵爆発なら、記憶の隅に押しやられてしまった悪夢だって拾える。だから本人が覚えていなくとも問題ない、はずだった。
リリコは困惑する。こんな膀胱がスゴいだけのクソガキが、バケモノみたいな精神構造をしているなんて信じられない……。
もちろんシメリは神ではない。頭カラッポでもない。水属性以外に特別な能力を持っているわけでもない。当然カラクリがある。
シメリは最近、夢を見ているが、夢を見ていないのだ――『自力では』。
ずる……
ずる……ずる……
何かを引きずる音がした。
「誰!?」
リリコは叫んだ。「何もない」の向こうから、「何者か」がやって来る。
「それ」は少女の姿をしていた。シメリともピキータとも違う、白っぽい髪の、やわらかそうな体つきをした、リリコより少し小さいくらいの女の子。
そんな小柄な少女が、立つでも歩くでも走るでもなく、虚無の地平面に横たわり、匍匐前進よろしく這い寄ってくる。
「やめろ……来るな……近寄るなっての!!」
リリコが声を荒らげても、這い寄る少女は止まるどころか、怯むそぶりも見せない。
ここは自分の縄張りだ。退くというならお前のほうだ――そんな無言の主張が伝わってくるほど、そいつは堂々としていた。
「まさか……そんな……そんなことが……」
ここでようやくリリコは"正解"に辿り着いた。
リリコは人の悪夢を呼び起こせるくらいには粉塵爆発を真面目に勉強してきたから知っていた。精神干渉系の粉塵爆発は、『より上位の』精神干渉に阻まれる。
そして上位の精神系粉塵爆発使いは、相手の心のなかに、残留思念、すなわち自分自身のコピーのようなものを残すことがあるのだという。
この少女は、シメリの心の中に染みついた残留思念。リリコの精神干渉に反応して現れた、より上位の術者の写し身。
要するに。
シメリ・アクアミーズの『夢』は、リリコよりずっと強力な精神系粉塵爆発使いの手で、もはや第三者の踏み入る余地もないほど、徹底的に塗りつぶされていたのだ。
『夢』の粉塵爆発使い、コムギ・コニャーンの残留思念は頭だけ持ち上げて唸る。
「シメりんに、手を、出すな」
それは「私の友達をいじめないで」という純粋な正義感からの発言だったし、ずるずる身体を引きずっていたのもビビらせるためではなく、単に一日中寝てばかりの本体の習慣が反映されていただけなのだが。
リリコにとっては自分の完全上位互換みたいなやつが異常な挙動で迫ってきて「俺様の獲物を横取りするとは良い度胸だな?」と睨みつけてきたようなもので――
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!?!?」
――と叫び、術を中断して逃げるしかなかった。
「ふぇ……?」
目を覚ましたシメリは何事もなかったようにとぼけた声を出す。「悪夢を見せる技」が不発して「何も見せず意識だけ奪う技」になってしまったので、実際シメリ視点では何も起こらなかったのだ。
「わたし寝不足なのかな……」
気付いたらトイレにぼーっと突っ立っていた、という状況がいまひとつ理解できず、シメリは不思議そうに目をこする。
「今夜はコムギちゃんとゆっくり寝よっと」
こうしてシメリは今日も今日とて、精神攻撃限定の爆発反応装甲を無自覚に補強するのであった。




