第十九話「逆ハーに挟まるイジメ描写」
わたしのために争わないで――なんてセリフ、言う機会が無いし、あっても恥ずかしくて絶対言えないと思っていた。
使わざるを得ない状況に陥るまでは。
「それじゃあ軽く対戦形式でやっていくから、近くの人とペア作ってー」
みんな大好きコニャーン先生の粉塵爆発実技、休み明け月曜日一発目の授業からそれはやって来た。
「おお、ピキータ殿。これは奇遇な」
「あら、夜光禅。ペアは決まったの?」
シメリを挟んで赤髪男子と金髪女子が向かい合う。一見にこやかだが、その目は全く笑っていない。
「うむ、ちょうど今から我が魂の恩人、『泉の聖者』シメリ様に教えを乞おうと思っていたところだ」
「泉のナントカって何よ、なんかの称号?」
「然り。冷たく冴え渡る水の妙技をもって、邪神ヨクネの使徒、古代より生きる『叛逆の魔王』すら討ったといわれる伝説の――」
「あんたの国のよくわかんないおとぎ話はどうでもいいわ。シメりんは私と組むの」
ピキータはシメリに腕を絡めた。シメリは突然のラブコールに「えっ?えっ?」と困惑することしかできない。
「なッ! 女子にしか許されぬゼロ距離スキンシップ! 実力行使に出るとは卑怯だぞ!」
「いいえ。これは女子だからじゃなく『友達だから』よ」
「じゃあ我も友達になる! 今日から友達になるぅ〜ッ!!」
「いまさら追いつけっこないわ、なにせ私はシメりんに初めて命を救われた女」
「わ、我は……我は初めて尻拭いをしてもらった男!!」
不毛な『初めて』合戦を両耳に浴びて情緒がパンクしそうになったシメリは、救いを求め『初めて肩を並べて戦った仲間』へ視線を向ける。
「やあ、ワカリミアさん。僕とペアを組まない?」
「えっ……うちの名前……覚えてくれてたん……?」
「当然だよ。確かアシュビ連邦の生まれだっけ」
クユルは面倒ごとに巻き込まれないようさっさと適当な女子を捕まえているところだった。
貴族社会で鍛えた外ヅラの良さはこういうときに役立つ。炎龍騒動でのブチギレ絶叫は混乱もあってか直接聞いた人間は意外なほど少ない。彼は依然として「シメリの手を引いてみんなを救ったクールなイケメン」の立場を確たるものとしているのだ。
「自己紹介で一回言うただけやのに……記憶力……ええんやね……」
「どうだろう? きみのお話が面白かったせいかもしれないね」
「えへへ……そっかな……」
紳士モードを発動した銀髪美少年が巧みなトークスキルを発動しながら迫ってきたら、振り切れる女子などそうはいない。
もしシメリがピキータだったら、きっとこう叫んでいただろう――あの変態壁ドン飲み残し顔面ぶっかけナンパ野郎!
「はいそこケンカしなーい。シメりん大好きなのは分かるけどさ、だからこそ本人の意思ってやつを尊重しなきゃダメだよ――」
見かねたコニャーン先生は助けてくれる、かと思いきや
「――シメりんはウチの子の『初めての友達』なんだからさ」
余計な爆弾を投下して、争いを激化させるのだった。
「あっあのっ、わたしのために、争わ――」
「シメりんは黙ってて!」
「ふえぇ……」
結局三人で組むことになった。
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例の実力テスト以降、シメリは良くも悪くも注目の的になっていた。
休み時間になると、学年も性別も関係なくひっきりなしに生徒が寄って来て質問責めにあったかと思えば、不意に人ごみの死角からゴミや小石を投げられる。
悪意ある攻撃はだいたい夜光禅かピキータが撃ち落としてくれる。ただ、なまじ相手にも『何もないところから物質を生み出す技術』があるだけに、なかなか根絶には至らない。
持ち物を"うっかり間違えて"持っていかれることもよくある。数分後にはヴァイニンが「うちのネズミが"うっかり"どこかから盗んできてしまったようでゲス」などと言いながら秘密裏に取り返してきてくれるので大事には至っていない。
『妬み嫉み僻みやっかみ、めんどくさい厄介ごとが一気に押し寄せてくるぞ』
先日のクユルの指摘は、早くも現実と化していた。
不快なシーンをじっくりねっとり書き起こしても楽しくないから普段は省いているだけで、シメリは結構しっかりイジメられているのだ!
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「畜生! キリがねぇな」
そんなことが一週間も連続し、忠実なるボディガードとして働いてきた夜光禅もいい加減嫌気がさしてきた。
高所の窓から投下された生ゴミを焼却処分しつつ、近からず遠からずの距離で傍観しているクユルに水を向ける。
「やい、そこの魂の友! 少しは手を貸したらどうなんだ」
クユルは壁に背を預け、紳士の仮面を脱ぎ捨てて心底ダルそうに吐き捨てた。
「だいたいシメリさんに自衛能力がなさすぎるんだ」
身も蓋もない批判にシメリは「ふえぇ」と鳴いた。
「きさま! なんという真実をッ!!」
「認めてるじゃないかきみも」
フォローしようとした夜光禅であったが、追い討ちをかける結果となってしまった。ますます肩を落とすシメリ。
「だってぇ……粉気ならともかく、硬さのあるモノが飛んできたら『水』じゃどうしようもないんだもん……」
一応シメリも考えてはみた。前方に水の膜を張って身を守る『ウォーターカーテン』とか、勢いよく水流をぶつけて弾丸を弾く『ウォーターショット』とか、いくつかの新技を編み出した。
でも結果は大きめの石ころひとつでパシャっと突き破られて終わり。ウォーターショットに至ってはビチャビチャ反射した水しぶきが自分にもかかって散々だった。
「まぁ防御力に関しては僕もひとのこと言えないけどさ。もっとこう――素早く動いて避ける! とか、そういう努力の証は見せてほしいよね」
「運動オンチですみませぇん!」
シメリ・アクアミーズ、射的はわりと得意だがそれ以外のすべての運動能力において微妙に平均を下回るくらいの女。死角から発生する不意打ちドッジボールに対応できるはずもなかった。
「こら壁ドン男、それ以上シメりん泣かせたらビリビリの刑に処すわよ」
「わかった、わかったからその粉気しまってくれ」
クユルは降参とばかりに両手をあげて三歩下がった。
「……イジメ対策については僕にも考えがある。要するにシメリさんを強くすればいいんだ。誰も手出しができないほどに」
「できるの? わたし、強くなれる?」
詰め寄るシメリ。やんわりと押し返すクユル。
「不確定要素が多いし、もうちょっとビジョンが固まってから話すよ。どうせ一朝一夕にできることでもない。今はとにかく」
クユルはシメリの両肩を掴んで忠告した。
「できるだけ単独行動は控えること。いいね?」
「うん!!」
――シメリがひとりでトイレに行くまで、あと五分。




