第二話「世界のはじまり、常識のオワリ」
粉塵爆発という単語を知らない人は、まずネットで調べてください。
そして一回ぜんぶ忘れてからこのお話を読んでください。なんも役に立たないので。
バクハーツの新入生は、決まって初授業で神話の講義を受ける。
それは人類が扱う粉塵爆発技術の根源であり、生きとし生けるものが住まうこの大地、『粉爆世界コナンハーゼン』の成り立ちにまつわるお話。
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はじめ世界には命なき塵が無数に漂うのみであった。
愛情深き創世の女神、粉神エクスプロディアはこれを寂しく思われた。
かの女神は塵のひとはしに祝福の火を灯した。
聖なる炎は塵から塵へ燃え移り、やがて宇宙規模の大爆発となった。
火、風、土、光、闇、命……ついでに水も……
あらゆるものが爆発より生まれ、我々の知る現世を形作った。
これを原初の星の粉塵爆発と呼ぶ。
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ここまでを教科書の通りに朗読したバクハーツ副校長――アーケルナ・ドラフトドア教授は一旦言葉を切り、緊張した様子の一年生たちに語りかける。
「よいか、重要なのは、『あらゆるもの』が原初の星の粉塵爆発より生まれたということ」
ドラフトドア教授は耐爆仕様の黒板に、高熱でも溶けないチョークを用いて『あらゆるもの』と書きつけた。
「我々人類の扱う粉塵爆発は、すべて女神の原初の星の粉塵爆発を模した技術。であるからして、理論上は同様に『あらゆるもの』を創ることができる。
火も、風も、土も……ともすれば両手に収まらぬ金銀財宝や、果てなく続く永遠の命すらも、手にすることができるやもしれぬ――」
教授は二度、三度と手を打ち鳴らした。すると講堂の後ろのほうから、背の高い男女――上級生だ――が六人ぞろぞろやってきた。みな、成績優秀者であることを示す龍炎絹のマントを羽織っている。
彼ら彼女らは、それぞれ異なる『属性』をもつ、若き粉塵爆発使いだ。
六人は教壇の前に立つと、いっせいに左腕を掲げた。宙にかざした手のひらから、白くもやもやとした気体が噴き出す。
これこそ『粉気』。すべての粉塵爆発の源となる、万人共通のエネルギー。
粉気が各自の頭上に滞留し六つの球体を成すと、今度は右腕を掲げ、指先から色とりどりの火花のようなものを撃ち出した。
これぞ『爆力』。人それぞれ異なる属性をもち、粉気を現象へと変化させる着火剤。
粉気に爆力が触れた途端、それらは一気に――爆発する!!
『火』の粉塵爆発使いは、燃え盛る爆発的な炎を生み出した。
『風』の粉塵爆発からは、吹きすさぶ爆発的な暴風が巻き起こった。
『土』の粉塵爆発は一瞬で弾け、爆発的な岩の弾丸をまき散らす。
『光』の粉塵爆発が爆発的に空間を照らし、
『闇』の粉塵爆発が爆発的にそれをかき消す。
そして『命』の粉塵爆発は爆発的にかわいいネコちゃんに姿を変え、ニャーと鳴き声ひとつ残し、開いた窓から中庭のほうへ逃げていった。
あまりに鮮烈なデモンストレーション。新入生たちの瞳が、爆発によるものだけでない輝きでキラキラと揺れている。
しかし華やかな演出とは裏腹に、ドラフトドア教授の表情は険しく、たっぷりとした白い髭が猛獣のようにわなないている。
「――だが、ゆめゆめ忘れるでないぞ。もし生半可な技と覚悟をもってこの術を扱えば、望みを叶えられないばかりか、粉塵爆発より生じた『あらゆる悪しきもの』の洗礼を浴びることとなろう」
教授は板書におどろおどろしい形状の吹き出しを書き加え、『あらゆるもの』の意味がどちらとも解釈できるようにした。
「粉神はいかなる属性をも操れるが、ヒトの身で扱えるのは一種が限界。工夫次第で多少の応用は効いても、生まれ持った得意属性を変えることはできぬ。
我々が望むものを手にする、あるいは望まぬものを退けるためには、他の属性の粉塵爆発使いとの協力が不可欠なのだ。
属性の多様性は、すなわち人類の粉塵爆発多様性に他ならない。決して無用な争いを起こし、可能性を潰すような真似をせぬこと――」
ドラフトドア教授はことさらに深刻な表情で言った。
「――たとえ相手が『水』属性の使い手であっても、な」
そこで終業のチャイムが鳴る。
――ズガーン、ドゴーン、ボガーン、バゴーン……
敷地内で最も高い塔から粉塵爆発で響かせた轟音のメロディ。なにかと時間を忘れて没頭しがちな生徒や教員たちに、規則正しいリズムを教えてくれる優しい爆発だ。
「これにて初回の講義は終了とする。質問のある者だけ残るように」