第十八話「キレやすい若者と致死量の青春」
コナンハーゼンの一週間は日月火油木金土の七つの曜日からなる。実技テストの翌日は土曜日で、授業は無い。
シメリはピキータのお見舞いに、バクハーツ敷地内最高の医療機関――すなわち保健室へ向かった。
「ピキータさん、具合はどう?」
「あら、こんにちは、救世主さま。おかげさまでこの通りよ」
ピキータはベッドにすらおらず、寝間着姿のまま窓際でストレッチをしているところだった。
「三十分後にはピンピンしてたけど、経過観察のためって一泊させられたの。なんか大ごとみたいになっちゃってごめんなさいね」
「よかったぁ。火傷とか残っちゃってたらどうしようかと……」
「そんなの、先生がたの回復粉塵爆発で一発よ」
『命』属性は猫やネズミを創るだけでなく、怪我や病気の治療にも役立つのだ。
「私の怪我の心配をするのは、どちらかというと夜光禅の仕事ね。これ、あいつが今朝一番に押しつけてきた菓子折り。一緒に食べない?」
ふたりは仲良くベッドに腰掛け、異国情緒あふれる渋い焼き菓子をかじった。上品な風味がしてなかなかおいしい。
「昨日はちゃんとお礼を言えてなかったわね。改めてシメリさん、どうもありがとう。お陰で私のワガママにみんなを巻き込まずに済んだわ」
「ワガママ……?」
「夜光禅との真剣勝負よ。私が勝手に負けて死ぬだけならいいとして、流れ弾で同級生が傷つくのはイヤだもの」
ピキータの思考回路はどこまでも武人のそれだった。
「ピキータさんだって死んじゃだめだよぉ……」
「ふふ。そうね。せっかくシメリさんに救ってもらった命だものね」
「あ、あのさピキータさん」
「なぁに? シメリさん」
「えっと……『シメりん』で……いいよ……?」
ピキータは吹き出した。
「あなた、顔を真っ赤にして何を言い出すかと思えば」
「だ、だってぇ! この機会に仲良くなれたらいいなぁって! でも自分で言うの意外と恥ずかしくって……!」
「私にとっては、すでに友達どころじゃない何かなのだけれど。まぁいいわ。今後ともよろしくね、シメりん」
「ワ……ワァ……!」
シメリは語彙力を失い悶絶する。ピキータは隣で足をバタバタさせている小さくてかわいい生き物(身長はそんなに変わらないはずだがピキータにはそう見えた)を、たまらなく愛おしく思った。
「ついでに私のこともピキィとかピーちゃんとか呼んでくれたらいいわ」
「ふえぇ……」
あまりの急接近。シメリは照れくさすぎて顔から粉塵爆発が出そうだった。
「あっ!! そういえば気にしてるかもって、成績発表の結果をメモしてきたよ!!」
シメリは露骨に話題を変えた。
「ほら見て! 細かい点数は省略しちゃってるけど、順位だけでも」
ピキータはシメリの手元の紙を覗き込んだ。
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一位 ヴァイニン
二位 夜光禅 舞日
三位 シメリ・アクアミーズ
四位 クユル・タチノヴォー
五位 ピキータ・ライグルーヴ
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「は……? 待って待って待って待って」
ピキータは愕然とした。シメリはきょとんとする。
「どうしたの? ピ、ピーちゃん……?」
「色々聞きたいことがあるんだけど」
「自分の順位が予想より低かった?」
「そこじゃなくて。むしろそこは思ったより高すぎて」
ピキータは頭を抱え、炎龍と遭遇したときより困惑した様子だった。
「なんでシメりん一位じゃないの。最大の功労者なのに」
「いやあ、そんな大したこと……」
「というかそもそも、長く生き残るほど得点がもらえるルールなんだから、試合終了まで残ってた人はみんな同率一位のはずよね。たぶん十人ぐらいは居たはずだけど、なんでその人たちを押しのけて途中でバリア割れた私が五位になれるの?」
「あー、それはね、ドラフトドア先生が言うには――」
シメリは保健室に来る道中、仕入れた情報を暴露する。
「――『長く残れば得点アップとは言ったが、それ以外に加点減点の要素が無いとは言っていない』、だそうだよ」
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バクハーツは新入生を地獄の乱戦に叩き込むクレイジーな教育機関ではあるが、単一の尺度だけで生徒を推し量るほどアホバカな組織でもない。
実はあの実力テスト、試合形式を決めた先生と採点基準を決めた先生が違う。
ドラフトドア教授や男子寮の腰細メス男を中心とする「痛くなけれは覚えませぬ」主義の殺し合い推進派と、コニャーン先生や女子寮の終焉圧帝に代表される「若いうちにそんなこと覚えなくていい」という穏健派の議論が平行線を辿った結果、校長が折衷案を出したのだ。
――どっちもやろうよ!
かくして【新入生実力テスト! 演習場にさて実戦形式、粉塵爆発ガチンコバトル!!】は下手すりゃ死人が出るイカれた舞台設定をそのままに、温情ある評価基準が設けられることとなった。
当初は単純に「倒した敵の数」や「『耐爆防護』のバリア残量」で優劣を決するつもりだった殺し合い推進派に、穏健派は「生存時間を評価に入れる」ことや「それを公開して協力プレイの道を暗示する」ことを呑ませたのだ。
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「つまりそれが……順位にどう影響したわけよ!?」
シメリは興奮して顔を近づけてくるピキータにドギマギしながら、カラクリを解説していく。
「夜光禅くんはとにかくたくさん倒してたから順位が高くて、ピ、ピーちゃんっ……も、バリア割れてたけど同じ理由で高得点。
逆にわたしとクユルくんはギリギリまで戦わず隠れてるだけだったからポイント低めになっちゃった。あの燃えるドラゴン? を消したのでボーナスポイントがもらえてなかったら、ベストテン入りすら無理だったよ」
ピキータは腕組みしながらゆっくりと頷く。
「なるほど、あらかた理解できたわ。でも! それを踏まえてまだ納得できない点がある……!」
ピキータは順位メモの一行目に指を叩きつけた。
「ヴァイニン一位はマジで何なの!? あいつに敵の『耐爆防護』を割る手段なんて無いわよね!?」
シメリは頬に指を当て、あー、うんうん、とか言いながら呑気に答える。
「意外だよねー。なんか『鼠』をうまく操って敵を探したり、仲間割れを誘ったりして間接的に一番多くの生徒を脱落させたらしいよ。すごいよね」
「あいつ何者よ……ほんとに同級生なの? 絶対どっかの闇の奴隷商人とかでしょ」
「か、陰口はダメだよ! 今回だって助けてくれたんだから!」
シメリはネズミたちが飲み物を運んできてくれた一連の出来事を説明する。
「えっ? じゃあまさか、クユルが私の顔にかけたのって――」
「そうだよ。クユルくんが飲んだあと、まだ半分くらい残ってたから」
ピキータは感情の抜け落ちた声で呟く。
「飲み残し……そう。あいつ飲み残しを女子の顔面に」
シメリはまずいことを言ってしまったと気づき、数秒遅れて自分の口を手で押さえた。
「ち、違うの! 緊急時だったから! 一刻も早く水分をあげなきゃだったし!」
「シメりんが『水』をかけてくれるだけで事足りたと思うのだけど」
「焦ってたんだと思うよクユルくんも! うん! きっとそうだよ!」
「ビリビリ娘とか罵倒する余裕はあったのに?」
「あうぅ……そ、それは……」
ピキータは手をひらひらと振った。
「冗談よ。流石に私もあんな状況で飲み残しがどうのと文句を言うほど子どもじゃない……けれど」
ピキータはとてもいい笑顔で言った。
「変態壁ドン野郎の汚名が晴れるまで、もう少し時間がかかりそうね」
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お見舞いを終えて保健室を出るとクユルがいた。
「あっ、クユ――ぷぇ」
「しーっ!」
シメリは『煙』を顔面にぶつけられ、発言をキャンセルされた。
クユルは小声で叫ぶという高等テクニックを披露する。
「ピキータさんの様子を行こうとしてたけど、飲み残しがどうとか言ってるのが聞こえて、入るに入れなくなったんだよ! シメリさんまた余計なこと言ったろ!」
「ふえぇ、ごめんなさいぃ」
クユルはため息をつく。シメリは『煙』がおさまると、頬に手を当てて呟く。
「ううぅ……ここ最近、クユルくんに会うたび変な汗かいてる気がするよぉ……」
「あー……ごめん。たぶん僕のせいだな」
「ほんとだよ! クユルくんが怖くて、わたし冷や汗ダラダラなんだからね!」
「冷や汗じゃない。それは水だ」
「ふぇ?」
クユルはばつが悪そうに言った。
「僕の属性……『煙』って言ってたけど……ほんとは『霧』なんだ」
シメリはぽかんとする。
「霧って、あの霧? ミスト? 水の粒子の細かいやつ?」
「あんま大きい声で言うなよ……見栄張ってんだからさ…………そうだよ……」
クユルはぶすっとした表情で、くしゃくしゃ銀の髪をかく。
「……僕も水属性だ」
シメリはたまらず彼の肩をパーンと叩いた。嬉しすぎてもう、感情のぶつけ方がそれしか思いつかなかった。クユルは突然アグレッシブになったシメリに困惑しながら抗議する。
「いったいなぁ! なんだよもう!」
「ふへへ、なかま! わたしたち、仲間だね! ふへ、ふへへへへへ!」
しまりのない笑顔でまとわりついてくるシメリに、クユルは思わず強めにツッコんでしまった。
「やめろよ気持ち悪い!」
「えっ………………」
シメリは一瞬でトーンダウンした。
「あっ気持ち悪いは言いすぎた。ゴメン」
「…………。」
「いやゴメンって……」
「…………。」
「いてっ」
シメリは脇腹ちょいパンチで許してあげた。
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シメリとクユルは並んで廊下を歩く。保健室を離れられればどこでもいいとクユルが言うので、行くあてもなくぶらぶらと。
静かな休日の校舎には、差し込んだ春風と、ふたりの足音だけが響く。
「……僕から言わせればな」
「うん」
「細かい『霧』しか創れない僕と違って、シメリさんはまとまった量の『水』を創れるんだから、その時点で恵まれてるんだぞ」
「そうかな?」
「そうなんだよ」
クユルは力説する。
「なのにさぁ、僕以上に、なんだ、その……努力とか……善意とかで……自分を危険にさらすのは……あー……とにかくダメだ! 見過ごせるわけないだろ、バカ!」
恐らくそれこそ、あのときクユルが駆けつけてくれた理由なのだろう。
シメリはまたしてもにやぁーっと笑った。
「バカって。ふふふふふ」
「なんでバカにされて笑うんだよ」
シメリはからかうように言う。
「クユルくんさ、たぶん、半分キレてるときのほうが話しやすいよ」
「はぁ? なんだよそれ…」
「少なくとも、最初の『お坊ちゃんです!』みたいなキャラよりずっといい」
「アレは、まぁ……よそ行きの仮面だからな」
「今のが断然、『男の子』って感じするもん」
「きみに男子のなにが分かる」
いつの間にか、ふたりは校舎を出て中庭に来ていた。散りかけの炸裂桜がまだ眩しい。
クユルはふと呟く。
「これからどうするよ」
「うーん。お花見?」
「違う、今日に限った話じゃなくて」
シメリはいそいそとベンチに座った。クユルもなんだかんだ言いつつ、反対側の手すりに腰掛ける。
「シメリさん、これ以上ないほど目立っちゃったろ。成績上位にも食い込んじゃったし。妬み嫉み僻みやっかみ、めんどくさい厄介ごとが一気に押し寄せてくるぞ」
「でも助けてくれるんだよね?」
「あてにするなよ。こちとらきみと同じカス属性だ」
クユルがなんとなく開いた手のひらに、花びらが一枚落ちてきた。
「……まぁ、だからって折角上がった成績を下げるのも癪だ。このまま突っ走って、突き進んで、誰も文句がつけられないほど、高みに登ってやるしかない」
クユルは花びらごと決意を握りしめた。
「悪いけどシメリさんも巻き込むよ、僕は。全部きみのせいなんだから、責任もって最後まで付き合ってもらう」
「ごめん、お付き合いとかはちょっと」
「そういう意味じゃねーよ!! わかってて言ってんだろお前ぇ!!」
シメリは腹の底から笑った。
【第一章 ふみだす一歩】
完
ここまでシメリを見守ってくださり、ありがとうございます。
いちばん書きたかったシメリの龍殺しまで一気に駆け抜けられたので、ホッとして燃え尽きています。
早くも若干ネタ切れ感があって、二章以降何を書けばいいんだ? と悩んでます。更新頻度も下がっちゃうかも。あらかじめお詫びしておきます。
一応、ちょっとだけ、
ダンジョン攻略とか夏休み編とかコノカミ塵國まわりの話とか月からの侵略者とかまだ見ぬ上級生との絡みとか名前だけ出てきてさっぱり出番を与えられなかったタチノヴォー三兄妹のこととか他校との交流とか学校にテロリストが襲ってくるド定番のやつとかコニャーン先生の必殺技とかマダム・マーダーと腰細メス男の話とか時間旅行とか謎の宗教組織との因縁とかコムギの『夢』の行く末とか、
その程度ならご用意できるんですけど……
ほんと、ぜんぜん思い浮かばないですね!!
今後は週一回、油曜日に定期更新、できたらいいなぁ……と思ってます。
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レッツ・エンジョイ・バクハーツライフ!!




