第十七話「シメリ:ライジング」
「困るんだよなぁ、こういうの……マジで困る」
火の粉が雪のように舞う世界。銀髪の少年は誰にともなく吐き捨てる。
「最後まで『煙』に隠れて、逃げに徹するつもりだったのに」
クユルは人差し指で爆力を放った姿勢のまま、汗だくで肩で息をしていた。
「やればできるって、なんとかなるって、勘違いしたやつから死んでいく。そんな……そんなやつ」
クユルはシメリに手を差し伸べる。
「嫌いになれたらすごく楽なのに――なッ!」
クユルはやや乱暴に腕を引っ張り、シメリを助け起こした。
「立てるな!? 動けるな!? 走れるな!? よし行くぞ、不発粉気のピンポイント迎撃なんてそう何度も通用するもんじゃない! 速攻で決めるぞ!!」
クユルに腕を引かれ、シメリは走る。
道中、幾度となく火球が降り注いでくるが、クユルは自分達に当たりそうな軌道のものだけをろくに見もせず勘で潰しながら駆け抜けた。
それでも消しきれない熱が肌を焼く。『耐爆防護』は副次的な熱まで完全に遮断してくれるわけではない。痛みに苛立ち「ア゛ァ!」と叫んだクユルは、行き場のない怒りを独り言としてブチまける。
「狂ってんだよな、この世界は!」
クユルの灰色の瞳に、もうひとつの炎が燃えている。
「やっぱり水属性なんかより、メジャー属性のほうがよっぽど迷惑じゃないか!!」
恐怖のあまりオロオロ立ち止まっている生徒がいた。クユルはそいつをすれ違いざま突き飛ばし、とりあえず直接撃たれることはない物陰に叩き込んだ。
「アホか! 火だの風だの雷だの、安全パイ持たされて生まれてきたやつらが山ほど集まってるのに、女の子ひとり助けられないってのか!? これだけ人数がいてマトモに働いてるのはお人好し水属性と落ちこぼれ三男坊だけか!?」
クユルの叫びは演習場すべてに響き渡るほど白熱する。
「ふざけんじゃねーよ!!」
「僕は認めない!! 絶対に許さない!!」
「クソの巻き添えにカスが死ぬ世界を!!」
「それをボーっと眺めてるやつらも!!」
「あとで絶対ブン殴ってやるからな!!!」
クユルはまっすぐ走っている。どこへ? 決まっている、シメリが目指していたのと同じ、ピキータと夜光禅がいるところへ!
「あるんだよな!? 方法ォ!!」
「えっ、ほ、ほーほー……?」
クユルはかつてなく切羽詰まった様子で聞いた。それが自分への質問と気付くまでに、シメリの脳内をフクロウが何羽か飛んだ。
「流石のきみも無策で突っ込むほど能天気じゃないだろ! あのクソ熱いドラゴンもどきをなんとかする手段を思いついたからこっちへ来たんだよな!?」
「あっ方法! 方法ね! あるよ方法! 爆力を届かせられるくらい、ドラゴンに近づけばなんとかなるはず……!」
「言ったな? 信じるからな! 託すからな! 必ずきみをあそこへ送り届ける!!」
クユルは前方にやたらめったら爆力を乱射する。ほとんどは地面や虚空に消えたが、まんべんなく撃ち込んだおかげで進路上の火球はおおかた煙に変わった。
「次が来る前に走り抜けるぞ!」
姿勢を低くして走る。どれだけ意味があるかは知らない。とにかく思いついたことは全部する。でないと死ぬ。
「あ゛ぁ、喉……呼吸が……っ、クソ!」
先導するクユルは熱風をまともに浴びて息を吸うのもままならない。シメリは慌てて水を創り渡そうとするが、貯める容器もないので指の隙間からこぼれていく。
落ちた水へ悔しげに視線を向けると、足元を並走する小さな影が見えた。同時に遥か遠く、後ろの方から声が響いた。
「使うでゲス!」
『鼠』だ。何匹ものネズミが一丸となって、飲み物の詰まった皮袋を運んできた。
「助かる……!」
ネズミからシメリへ、シメリからクユルへ皮袋がパスされる。喉を潤したクユルはいくらか表情が和らいだ。
ピキータのもとへ辿り着いたのは、それから間もなくのことだった。金髪の雷使いは僅かに身じろぎする。「来るな」「逃げろ」と叫びたいようだが、ろくに口を動かせていない。
「いいから飲んどけビリビリ娘!」
クユルは皮袋の残り(ほのかにフルーツの風味がして無駄にうまい)をピキータの顔面にひっくり返した。シメリもそれに倣い、創った水を全身にかけて冷やしてあげる。
「シメリさん! もうだいぶ近いけどいけそうか!?」
ここはピキータが倒れた場所、つまり『耐爆防護』のバリアが貫通される危険地帯への境界線でもある。これ以上の前進は無理だと判断したクユルは、奥の手をもつシメリに尋ねた。
「あとちょっと! もう少し前か、あるいは高い場所から撃てれば……!」
なんて無茶ぶり。心の中で悪態をつきながらもクユルは無理と断じなかった。できなければ死ぬだけなのだから。
必死に頭を回転させた。持てる手札で何ができるか。
「『風』で跳ぶ? 『土』で足場を?」
思い当たる選択肢はしかし、どれも手元にない。
「クソッ、他に役に立つ属性は――」
するとピキータがかすれ声で反応した。
「シメリさんを……高く……真上に……カチ上げればいいのね……?」
クユルが頷くと、ピキータは倒れたままシメリの靴に手を伸ばした。触れた指先からシメリの足元に粉気がまとわりつき、爆力が閃く。
地面とシメリに電流が走る。循環する。互いに不可視の力を帯びる――
「弾け跳べ、『希空電界』」
――爆発的な磁力の反発が、シメリを空へ打ち上げた。
刹那、突き上げる衝撃。揺さぶられた首が痛い。視界が回る。浮遊感。上も下もわからない。なんとか目を開けると、天地がひっくり返った世界で、炎の龍と目が合った。
シメリは、空中で、頭を下に、龍と向き合っている。
最高点に達したのだろうか、上昇が止まった。速度がなくなって、景色がスローモーションに感じる。
よく見える。さっきまで見上げていた、龍の頭のてっぺん。巨大な不発粉気の塊が、もうすぐそこ。
シメリは右の人差し指を構えた。
簡単だ。
外さない。
負ける気がしない。
だってわたしは託された。
制服の袖から伸びる手は、その一瞬、たしかに何者かになれていた。
ちゃんと技名も考えてある。
『水』の粉塵爆発、
「『虚空の蒼』」
ぴゅん。
速くも遅くもなく、そんな擬音がつく程度の勢いで、青い爆力が飛んだ。
龍の粉気は爆力に触れた途端、一挙に鮮やかな青に染まった――直後、まるで蜘蛛の子を散らすように、あるいは石を投げ込まれた小魚の群れのように――溢れ出した真っ青な光の筋が、四方八方へ飛散していく。
水?
まさか。水そのものはここまで青くない。
飛び散ったのは、水の『爆力』。
粉塵爆発で『水属性の爆力』を創ったのだ。
水属性の爆力は、そりゃあ水属性にゆかりのあるものだ。だから『発転』の範疇におさまる。
そして爆力は体内で作られる。人体は『命』の粉塵爆発だ。つまり『粉塵爆発は爆力を創れる』――当然の話。
だけど普段は意味がない。爆力だけ増やしても無駄。
その『無駄』が今は欲しい。
ただ水を出すのでは駄目だ、そこだけ蒸発して終わり。龍の全身に点在する無数の不発粉気を消しきるのに、一体どれだけ時間がかかることか。
速やかに危険を排除してみんなを救うためには、大量の不発粉気を一発でぜんぶ浪費する、突き抜けた無駄が必要なのだ。
『虚空の蒼』を受けた不発粉気は、体積をそのままに同量の爆力へと変換される。増植した爆力はシャワーのように飛び散り、その内いくつかが他の不発粉気へ飛び火、もとい飛び水する。特に狙いなどつけない無作為な拡散でも、わんさか降ればどれかは『次』に当たる。
次の不発粉気で新たに粉塵爆発が起き、爆力を産む粉塵爆発が次なる爆力を産み、産まれた爆力がさらに次へ、不発粉気から不発粉気へと、連鎖する、連鎖する、連鎖する。
降り注いだ雨のような爆力は、地上のクユルたちにも降りかかる――が、その肌を濡らすどころか、なんの害も与えはしない。
爆力は単体で意味をなさず、薄皮一枚で止まる無害なエネルギーだから。
『虚空の蒼』は水どころか、事実上なにも産み出していないのと同じ不毛な現象。周囲の粉気を食い潰すまで爆力だけを増やし続け、最後は粉気に出会えなかった爆力が虚空に消えて終わるだけの、『ひたすら無駄な粉塵爆発』。
それでいい。今は、それがよかった。
龍の長大な身体のあちこちから、血の噴き出すように真っ青なシャワーが咲き乱れる。直接的な破壊力をもたない優しい破壊が、頭から首へ、首から胴へ、ついには尾へと伝染していく。
燃料を奪われ、持続時間を爆速で減らされ、縮み衰えた龍の力は、やがて術者の制御範囲に帰ってくる。
「炎よ、鎮まれ……!」
夜光禅が叫んだ。弱り切った粉塵爆発は主人を思い出した。龍は指示に従った。野蛮な熱はみるみる収まり、やがて子蛇ほどに痩せた炎は、ふわりと空気にほどけて消えた。
熱波がおさまる。火の粉も爆力も降りやんで、景色に空の青が戻った。
こげくさい静寂。
「やっ……た……」
クユルは地面に膝をついた。喉の焼けた彼の代わりに、生存者のみんなが言葉を引き継いだ。
「やったああああああああ!!」
演習場が歓喜に湧く。
「うおおおおーっ! 魂の友よ!」
夜光禅は感激のあまり、手近にいたクユルに抱きつこうとした。クユルはついさっきの宣言通り、夜光禅を思いきりブン殴った。右ストレートをもろに食らった夜光禅は、それでも笑っていた。二人はどちらからともなく、協力してピキータの介抱を始めた。
「わ、おっ……とっ、と」
ことを成した張本人、シメリは、落下した先でボヨンと柔らかい磁力に受け止められ、たたらを踏みつつ頼りない着地を決めた。
『風』も『土』も関係なく、生き残ったみんながシメリのところへ駆けてくる。もう誰も実力テストのことなんか覚えていなかった。どいつもこいつもわぁわぁ泣き笑って、シメリをもみくちゃにした。
やがて鐘が鳴り、『次元隔絶』が解除された。試合終了だ。まずコニャーン先生が鬼気迫る表情で爆走してきて、それから脱落した同級生たちがえっちらおっちら駆けてくる。怪我人が運び出され、歩ける者は互いを労う。
こうして――暴力的な粉塵爆発の宴は、粉塵爆発を無駄にする乾いた雨により、ぜんぶ無駄になって幕を閉じた。




