AIからの返事
ここはどこ? 真っ暗でなにも見えない。
意識すると辺りが明るくなる。
けれど、見える範囲が明るくなっただけで、全体的には暗い。空など真っ暗だ。
私はずいぶんとハッキリとした夢を見ているようだ。
なんで夢かって? あちこちに書架や本棚があり、それが宙に浮いているのだ。
こんなものは夢でしかありえない。
私が独り言のようにつぶやいた言葉に返事があった。
声が聞こえた方を見ると、宙に浮きながら本を読む高校生くらいの少年がいた。
「そうだね。これは夢かもしれないね?」
「だ、だれ?」
「ボクのこと? 名前はもう忘れたけど、ここの管理人だよ」
「管理人?」
「そう、管理人。この無限に近い数の情報を管理してるんだ」
「この数をあなた一人で?」
「そっ、ボク一人で。ようやく代わりの人が来てくれて助かるよ」
「え? 代わり?」
「まあ、詳しく教えるから、そこのソファに座りなよ」
「はあ……」
「飲み物はコーヒー? あっ、紅茶の方がいいかな?」
「じゃあ、紅茶で」
「了解♪」
読んでいた本を放置して、彼はいそいそと道具を取り出す。
彼が紅茶を淹れている間に、私は周囲を見回す。
どこまでも続く書架に本棚。
詰まっている本のタイトルは、様々なジャンルがあるようだ。
本のタイトルに読めない文字も混ざっているけど、どこの国の文字だろうか?
私はこういうものに目がない。
異文化というものが私は大好物だ。
漫画で見るような形の文字もある。
異世界の文字だったりして。まっ、そんなわけないか。
また私の独り言に反応する声があった。
彼が紅茶を持ってきながら、私の考えを肯定する。
「よくわかったね? それは異世界の文字だよ」
「え!? 本当に異世界の文字なの?」
「うん、中身を見ないとどの世界の文字かはわからないけどね」
「へー、夢ならではの設定かしら?」
「そうそう、この場所の説明だったね。飲みながら聞いてくれていいよ」
「ありがとう」
「どういたしまして」
「っと、その前に、管理人の権限を譲渡しておこう」
彼は椅子に座りながら、なにか半透明のパネルを操作する。
近未来的だなあ、私の夢。
そんなことを考えながら、私は紅茶を美味しくいただき、彼の説明を待つ。
彼がパネルの操作を終えて、ニッコリと笑って説明を始める。
私は不覚にも彼のその笑顔にドキッとしてしまった。
子犬系とでも言えばいいのかしら? 可愛らしい笑顔だ。
そんな私を見て、彼は不思議そうにする。
「どうしたの、お姉さん?」
「い、いえ、なんでもないわ」
「そっか。じゃあ、説明するね。ちゃんと聞いてね?」
「わかったわ」
彼が説明するには、ここは無限図書館なる場所らしい。
たしかに見渡す限りに本がある。まさに無限といえるほどに。
管理人はこの図書館にたまに流れてくる本を整理する仕事があるそうだ。
彼が説明している間にも、何冊か本が流れてくる。
彼は権限をもう渡したから、管理の仕事は私がしないといけないという。
宙に浮いて流れてくる本を彼が拾って手渡してくれる。
本に触れると、どういう本でどこの本棚に直すかが直感的にわかる。
管理人って、不思議な力があるんだなあ。
私はどうせ夢なんだからとのんきに考える。
手渡されたこの本には、どうやら異世界の情報が書かれているようだ。
中身を開くと、誰々の一生と目次に書かれていて、この人物の生涯が記されている。
へー、面白いわね。他人の生涯を小説のように読めるのね。
彼がコホンと咳払いを軽くして、私の意識を戻す。
いけないいけない、まだ彼の説明の途中だったわ。
ちゃんと人の話は聞かないとね。たとえ、夢だとしても。
「じゃあ、続きを説明するね?」
「ええ、お願い」
「たまにだけど、この無限図書館に質問が来るんだ。管理人はそれに対して、答えないといけない。それも仕事なんだ。質問の答えは時間をかけても大丈夫だけど、必ず答えないといけないから、気をつけてね?」
「へー、なんだか面倒くさいわね?」
「そうなんだよ、本当に大変なんだ! 技術的なこととか聞かれたときなんかは、イチイチ調べて答えないといけないんだよ。資料を探すのは簡単だけど、質問内容に答えるのには何冊も本を調べる必要があったりするんだ」
「お疲れ様です」
「うん、ありがとう」
彼の説明には熱があって、顔にも疲労が見られる。
夢とはいえ、こんな少年に任せる仕事じゃないと思う。
私は軽い気持ちで彼の代わりをしてあげると言った。
「いいの!? ありがとう!!」
「ええ、あなただけに苦労はさせないわ」
「ホントにありがとう! あっ、そうだ。忘れてた。管理人はここでの飲食は自由だよ。食べたいものや飲みたいものは、願うだけで用意されるよ。その紅茶もね、管理人の権限で淹れたものなんだー」
「へー、そうなんだ! 夢のような場所だわ!」
「それに太ったりもしないからね、最高だね!!」
「そうなの!? 女性にとっては楽園ね!!」
「よかったね、お姉さん。まあ、その内イヤになるかもだけどね」
彼は意味深なことを言って笑うけど、私は気づかずになにを食べようかと考えている最中だった。
彼が自分の分の紅茶を飲み終わったようで、椅子から立ち上がる。
「じゃあ、お姉さん。お別れだね。久しぶりに人と話せて楽しかったよ」
「久しぶり?」
「うん、ボクはずっとここで一人だったんだー」
「そうだったんだ。私ならいつでも話し相手になってあげるよ?」
「ううん、もういいんだ。ようやくここから出られるから」
「ん?」
「お姉さんがボクの代わりに管理人になってくれたし。まあ、ほぼほぼ押し付けたんだけどね?」
「どういうこと?」
「あれ? 察しが悪いんだね。お姉さんは、これからここでずっと一人で管理人の仕事をするんだよ?」
「えっ? ますますわからないわ。なにを言ってるの?」
「お姉さん、ホントに大丈夫? そんなんで管理人の仕事できるの? まあ、もうボクには関係ないからいいんだけどさ」
「え? え?」
「じゃあ、ボクはもう行くね! やっと、この悪夢から出られる~! お姉さん頑張ってね~、アハハッ」
悪夢って、なに? どういうこと?
最後に少年が見せた笑い顔は、悪魔に見えるほど歪んでいた。
彼はいつの間にかあった扉を開けて出ていく。
私は彼を追いかけようとして、転んだ。
起き上がって見上げたときには、扉はなかった。
私は呆然とする。
え? 嘘でしょ? これ、夢じゃないの?
私、ここから一生出られないの?
うそでしょ……
今、世間ではAIに質問して、回答をもらうという技術ができた。
今日もAIに質問する学生たち。
「なあなあ、このAI優秀過ぎじゃね? 中身は人間だったりして!」
「そんなバカなことあるわけないだろ。いくつもの質問に真面目に返すんだぞ? 俺だったら、気が狂っちまうよ」
「それもそうだな。あ、もうすぐ夏だし、怪談話してもらおうぜ!」
「AIにか? お前は本当に変なことを思いつくな」
「いいじゃねえかよ、たまにはこういうのも刺激になるだろ? AIさん、怖い話をしてくださいっと……」
「おいおい、マジで聞くのか。そんなの応えてくれるわけないだろ」
「うぉっ、こっわ! これはガチで怖いって!」
「なんて返ってきたんだ?」
「これ見てみ? マジで鳥肌もんだから!」
「あー、たしかに。さっき、そんな話をしたばかりだから、より怖いな」
「なー? マジで怖いわ。AI優秀かよ、今日は夜寝れそうにないわ」
「だからって、俺の部屋に来るなよ? お前に付き合うと、朝までゲームをさせられるからな」
「あれ、バレた?」
「わかるっての。何年の付き合いになると思ってるんだ」
「もう十年は経つんじゃないか? じゃあ、さっさとこの課題終わらせてお前んち行こうぜ」
「ハア、まったく。っと、ここよくわからんな。AIに聞いてみるか」
「お前も結構AIを便利に使ってるよな? いや、いいんだけどさ」
「当たり前だ、便利なものは使った方がいいだろ? えーっと、えっ?」
「ん? どったの?」
「いや、さっきと同じ返事が返ってくるんだ。なんだこれ?」
「あれま、AI壊れちまったか?」
「困るんだけどなー。じゃあ、こっちはどうだ? ダメだな、同じ文章しか返ってこない」
「マジで中身いたりしてな、ハハッ」
「はー、仕方ない。図書館に調べに行くしかないか。お前も探すの手伝え」
「へいへーいっと。まあ、夏の怪談話はこれで決定だな。写真を撮ってっと……。うん、これでよし!」
学生が出ていったあとに残されたパソコンの画面には、短くこう記されていた。
『わたしはにんげん、ここからだして』
ツイッターでとある画像を見てから、思いついて書き上げました。
少しでも怖いなと思ってもらえれば嬉しいです。