諸葛亮先生降臨セレモニー(主催・電通 運営・パソナ 大会総理事・竹中平蔵)
202X年。
日本国は湧きに沸いていた。
京都大学によって開発されたゲノム再現技術により、三国志時代の英雄「諸葛亮」の召喚を控えていたからである。
「いよいよですな。」
役人たちが顔を合わせてほくそ笑んでいる。
「孔明さえいれば、孔明さえいれば!」
財界人達も熱にうなされるような目で祭壇に祈りを捧げている。
「馬鹿! アザナで呼ぶんじゃない! 失礼でしょうが! 諸葛先生と呼びなさい!」
学者衆が愚民共に古代中国的なマナーを躾けて回ってる。
「コンパニオンさーん! 派手な化粧はやめて! メイク控え目! メイク控え目!」
「おい、チンク共のデモ隊叩き出せ! もう政府同士で合意してるんだからね!」
「日本のミナサーン! 文化侵略はやめて下サーイ! 諸葛亮は我々中国人民の同胞デース!」
「おい入管! 不逞外人だ! 早く叩き出せ! ブっ殺せ!!」
「泥棒! 泥棒! 貴方タチ文化泥棒ネ!!」
「うおーー!!! 殺せー!!」
「はい、後30分!! 吹奏楽隊、リハ終了して!」
「皆さん、諸葛亮先生が降臨されたら全員土下座で歓迎の意を示しましょう!」
「うおーーーー!!! 孔明孔明!!!」
「総理、三顧の礼の精神ですぞ?」
「うむ、わかっておる。 我が国に残された最後の希望だからな。」
オリンピックも万博も非常任理事国選挙も全て失敗。
膨大な国富も遂に底を尽いた…
だが、日本国にはここまで隠していた最後の切り札が存在したのだ。
「諸葛亮愛用の羽扇」
これを京都大学が生み出したゲノム再現技術で解析再現すれば、あの!諸葛孔明を召喚出来るのだ。
当初、反発していた中共政府も羽扇入手の歴史的正当性が明らかにされるにつれて抗議のトーンを落とし、今では留学生を使って散発的なデモ活動をさせるくらいしか出来ていない。
唐代に阿倍仲麻呂が皇帝玄宗から下賜された、「諸葛亮の所持品とされる羽扇」
吉備真備によって他の仲麻呂の遺品と共に我が国に持ち帰られ、光仁天皇に献上された。
正倉院に収蔵された羽扇は1300年の時を経て、日本国の総力を挙げた「諸葛先生召喚プロジェクト」の触媒として用いられる事となったのである。
全国民が… いや全世界がこの瞬間を固唾を飲んで見守っていた。
『諸葛亮の性格が正史通りのものだった場合。
諸葛亮は日本国の顧問位にはなってくれる。』
どのシミュレーターもその結論を出していた。
不世出の英雄とは言え、遥か昔の人間が現代政治の役に立つのか?
いや、そもそも現代のそれも異国に適応出来るのか?
わからない。
が、政府はプロジェクトを断行した。
五輪誘致の失敗を始めとして失態続きであるにも関わらず、3か月後が総選挙だからである。
余程の大金星でも挙げない限り、与党の下野は避けられまい。
などと皆が考えている間に、いよいよ召喚まで1分を切った。
この召喚イベントを取り仕切っている電通やパソナの社員が会場中を走り回る!
「ボランティア(無給)の皆さーん! カウントダウンまであと30秒でーす!
各自持ち場について下さーい!」
「10秒前になったら会長(竹中平蔵 大会役員手当年間17億円)が合図をされます!
そこからコールですよー! リハーサル(無給)通りにやって下さーい!」
「はーい! 銅鑼鳴らしてーーー!!!!」
ジャーン! ジャーン!
電通が選抜した良心的ミュージシャン達(税金と親のカネで芸大を卒業した上級国民のバカ息子共)が一斉に銅鑼を鳴らす。
狂乱と共に国民のコールが始まる!
10!
9!
8!
7!
6!
5!
4!
3!
2!
1!
0!
ドカーン!!!!!
派手な爆煙が立ち上る!
音も本来は派手な音が鳴っている筈だったが、大衆の怒号にかき消された。
禁止されているにも関わらず、皆がスマホを構える。
日本人が最も愛する歴史上の英雄・諸葛孔明を一目見たいのだ!
目に焼き付けたいのだ!
心に刻みたいのだ!
子々孫々に語り継ぎたいのだ!
薄れゆく煙霧の中から長身の男性のフォルムが徐々に浮かんでくる!
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!
全ての日本人が満面の笑みで、歓迎の絶叫の為に身構える。
そして煙が晴れ…
──無論、写真技術が誕生する遥か昔の人物である。
当然、現代人は誰も孔明の容貌を知らなかったが、それでも…
現れた人物が孔明では無い事は、何故か皆が理解してしまった。
本来ならば「熱烈歓迎 諸葛亮先生!」と絶叫歓迎する予定ではあったのだが…
誰一人コールを行う者は居なかった…
歴史にさほど詳しくない者ですら、何故か理解してしまったのだ…
その男が諸葛亮ではないことを。
その男は誰もが想像していた優美で謹直な風貌とはまた異なり…
何というか、心理的圧迫感とでも言おうか…
「鷹視狼顧ッ!!!」
あ、司馬懿呼んじゃった…
皆が何となく悟ってしまった。
多分、あれは司馬懿…。
風貌を知っている訳では無いのに、何故か全国民が悟ってしまった。
この配信をチェックしてた日本国内外の漢人たちが「啊! ??」と声を一斉に漏らしていた事からも事態は明白。
え?え?え?何で?何でなんでぇええええ?
何故? 孔明を呼んだつもりなのに…
厳重に厳重なゲノムチェック・最新史学に基づく分析・AIによる超年代測定…
絶対に孔明を呼べる筈だったのに…
ニコニコやひまわりにいち早く弾幕が飛ぶ!!
『司馬懿?』
『司馬懿?』
『孔明じゃなくね?』
『いや、司馬懿だろ!』
『あれ絶対に怒ってるよね?』
『え? 司馬懿? なんでなん?』
『司馬懿』
『うわあ、凄い顔で会場を睨んでる。』
『しばい』
『怖い怖い怖い。』
『あれ? 竹中は?』
『竹中逃げた?』
『顔が凄く怖い。』
一瞬で司馬懿弾幕が画面を覆いつくす。
まだネット観覧民は良いのだが、会場は完全に事故だった。
祭壇上の男(恐らくは司馬懿)が物凄い殺意オーラを放ちながら会場をゆっくりと睨視しているからだ。
万が一顔でも覚えられたら怖いので、誰も目を上げれない。
丁度祭壇の背部に「熱烈歓迎 諸葛亮先生!」の横断幕があり、異変を察知したパソナスタッフ(派遣時給955円)が幕を隠そうとした。
物音に気付いた壇上の男はゆっくりと首を捻り、そのまま180度首を回転させて、無言で横断幕を見た。
腰が抜けたのかパソナスタッフは悲鳴を挙げてしゃがみこんでしまった。
やばい…
司馬懿呼んじゃった…
202X年。
五輪誘致と万博誘致と非常任理事国選挙の全てに失敗した日本国は…
孔明と間違えて司馬懿を召喚してしまうという人類史上に燦然と輝く大失態を犯してしまう。
余談ではあるが。
人類はその奮励刻苦により古の英雄を召喚する技術は獲得したものの、送還する技術までは未だ獲得出来ていない。