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ライト  作者: ツナ川雨雪
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無量

             ライト


 不安を煽る、事件ばかりが、私の心をかき乱す。情け容赦なく、雨は降り続け、感覚はこうあれとばかりに、太陽への憧れを小さく、もろい物へと変えてゆく。十七になった。高校へは通うが、いまだ何も見つからない。見つけられると信じていた。中学のころが懐かしい。年老いた婆になった気分だ。後は墓場に行くのみ。「青春」そんなものはどこにも無かった。あるのは、むき出しになった性欲と、功名心だけだった。こんなことなら、生まれることなく、戦線離脱を決め込んでいたほうが、かっこいい。それが地獄であっても、こんな生易しい苦しみは、無様なのだ。宗教などこれっぽっちも信じていない。ミッション系ハイスクールと、人は言うが、何がミッションなのだ。教壇に立つ、すべてが神を信じてなどいないだろう。「神」に見放されて、この世に生まれてきたことが、自身の経験から、明白なのだろう。私は言う「神への尊い想いなど、笑いの種でしかない。すがろうとするものには、私が神となって、いくつかの助言をしてやろう」と。今度、宗教の授業の時には何を、発言してやろうか?「我が前に立っているのは、内なる我が心の同志、のっぺらぼうなのです。そうでしょう?あなたは・・・上辺だけの言説など聞きたくは無い。そんなのは、地獄に落ちる大罪を犯した苦しみの淵に立つものに、役に立つのでしょうか?あなたは、私に憐れみと慈しみの心で接したことがありますか?教壇の前に机並べている生徒は、そんなものを一度たりとも、感じたこと無いでしょう。さあこんな祭りは終わりだ。そうでしょう」教壇に立つ君はたぶんこんな風に言うんだろう「そんなことを言うのは、罰あたりなのですよ。天にいる神は全て見ているのですよ。神はその清い目と心で、あなたの悪態も、あなたの恐ろしい目や口をも見られているのですよ。悪魔であっても、棺に入らなくてはなりません。それは皆同じことなのです。ここに机を並べている皆の、寿命の無い世界への階段を昇る可能性を、はぎ取ることを許すことはできません。あなたがタトエその道を外れ外道の魔界を選んだ悪魔の手先であったとしてもです。わたしは天使でも神でもない、天界から使わされた真実の聖命体でもないですが、神に仕える卑俗な人間として、その言に命がけで立ち向かわなくてはなりません」「グーの音も出せない。私の問いかけに対する答えですね。それでは、その天界へと導くという授業とやらを始めてください。卑俗な人間の話とやらを、じっくり聞かせてもらいますので、まあ、紙にグラファイトで一生懸命写し取る者もいると思いますのでね。もちろん、先生の出す、精神性を試す試練ではなくて、紙切れに書かれた空白の重大事項というやらを埋める、中間期末テストという記憶を試すだけの試練で良い点を取るためにですが、彼らが、天界とやらの鍵を手に入れられるかどうかは、知りませんが。まあ、ママにおしりを叩かれることは無いでしょう。では、大司教よろしく」「私は大司教ではありません・・・そもそも、この宗派は・・・」 「わかってますよ、枢機卿」それで私の話は終わる。そんなことを考えながら、休みの時間は過ぎて行こうとしていた。「おーい、おり」ビン底のように分厚いめがねを、かけた、嗚咽する迷妄クラスで勉学を共にする生徒は、私の名前を呼びながら、あちらこちらの机の角に太ももを打ち付け、がこんがこん、いわせながら、こちらにやってくる。彼の名は、柴田正太郎、私の唯一の友人である・・・と私は勝手に思いこんでいる。「その顔はまた、女の中で射精もしたこともないのに、妊娠させた女をどうするか、考えあぐねているな」と正太郎は挨拶してきた。「いや、占い師と祈祷師がくっついて、子供を産んだら、生まれたときから神の子と囃やされる霊媒体質の厄介者が生まれてくるんだろうなと、想像していたところだ。ところで何用だ。眼鏡っ子くん。君は二次元の世界で流行している、眼鏡を取ると、あーらまー美人じゃないの・・・の男ばん、なのだから、眼鏡を取って生活すればよいじゃないか?」「そんなことをしたら、霞んで何も見えなくなるじゃないか。まあ見るべきモノなんてこんなところには、ほとんど無いけど」「コンタクトは?」「野獣に犯されて、疣痔にはなりたくないから」「そのときは、きちんと供養してやるよ」「おまえに、供養されると良いところにいけそうだ。ところで、次の日曜日は暇かな?利草としぞう君」「いや、暇ではないな、何かしらやることは、あるはずだ。年の瀬だからな、海に行って、クラゲ漁の手伝いでもすることにしよう」「今は二月だぞ。暇なんだな」正太郎君は勝手に判断する。「礼拝が午後十一時にあるんだ。みんなと一緒に礼拝でもするよ」「それでだ。中学校の時一緒だった、おんなに、会う。相手は友達を連れてきて、といっている」俺の言葉を無視する正太郎、の言葉に、胸をなで下ろす。俺は友達だったんだ。「フテイ女だ。私は難攻不落の要塞城・・・動きもしなければ、息もしない。孤高の存在・・・孤高の存在感だ・・・孤高の存在漢だ」「女の話になると君はどうも思考が麻痺するようだな」正太郎がいう。否、違うのだ。我が友よ、私は君が友達と言ってくれたその言葉に、感動しているのだ。それで麻痺しているのが正しい。「まあ、落ち着け、正太郎、日曜日は、クラブ活動がある」「何のクラブ?」「クラブの名はいえないが・・・大まかな趣旨は、駐車監視員を監視しようというものだ」「それじゃ、駅前のドーナツ屋の前に十時・・・午前、十時・・・派手な格好はしてきても良いが、落ち着いた雰囲気を醸し出すこと、いいな。言い忘れていたが、相手も仲の良い高校の友達を連れてくるそうだ。俺は中学が同じだった、おんな、にしか興味はない。友達のほうの相手はおまえに任せる」「わかったよ。午前十時だな、結構早いな。お前は朝が早いほうが、得意だものな」「向こうの都合に合わせただけだ」「何処へ行って何をする?」「まだ決めちゃいないが、俺はその娘に会えればいいだけ、相手に任せて適当ってところだな」「それなら俺に任せろ、分刻みスケジュー・・・」「ヒモに五円玉通してやろうか?」正太郎は、私が綿密な計画の計画案を言葉にするのを遮って、気味の悪いことを言う。「せめて、この親指の先にともされた、ちいさな灯火をじっと見ろってことにしてくれ」「そろそろ授業が始まりそうだ。俺は今年決められた定位置というやつに戻るよ」「なぜ、お前は前が好きなんだ。川谷に聞いたことがあるが、一年の時もそうだったという話だったぜ」「おまえ、俺のビン底見てもわからないのか?」「ビン底で見てもよくわからないと言うことはよくわかってる」「お前は良いよ、こんな学校の勉強なんか聞く前からわかってるだからな」「そんなことはない。勉強なんかする前から答えが解ってる気がするというだけだ。お前は俺の成績表をじっくり見たことがあるのか」「ある。お前の親から見せられた。全て5だった」「あの親、勝手に見せびらかしやがって、自慢したい気持ちも解るが・・・天才だからな」「あほ。お前の親は何であんなに馬鹿なのに、こんなに成績が良いのか、心配そうだった」「・・・・・・俺のほうが心配になる」「おいっそこ。授業は始まってるぞ、柴田さっさと席に着け」いやらしい感じの教師が、我が友に、勉強の仲間に入りなさい、そこは危険だ、言わんばかりの口調で、柴田の着席をうながす。しょうがないので、ぴかぴかひかる、透明の板越しに、外の風景を見る。別段何も変わったとこはない。昨晩、私はニュースを見た。いつものように、人知れず放送される、十一時からの報道番組。テレビの画面というものには、慈悲はない。無慈悲だ。この国には、非常な惨劇を映し出さないという、教育的配慮がある。しかし、隠された部分があると、いうことに、想いを向けるだけで、これは、悪魔的所行の一端でしかないということが、リアルに、私の脳内を知檄する。日本人の想像力の欠如が言われて久しい、明治大正時代ぐらいからその事が言われている。そう、今生きている日本人全てが欠如していることになる。現在、想像力が必要と考えられている職業についている人間であったとしても、欠如していることになる。日本人は遺伝的に脳が損傷しているのだ。私のごときも、想像力のない人間だ。ついでに言うと創造性なんてものも持ち合わせていない。もう一つ言っておくと、考える力なんてものもない。妄想妄念の人間だ。別段それを鼓舞するつもりはないが、空恐ろしい不条理という名の悪魔的所行があることは、想像力ではなくリアリズムを追求した書籍から知ることが出来る。現在、現代人の現実感のなさも、指摘されているが、いちいち、実体験をしなければならないというならば、各諸処に飛び、恐ろしい事実というやつを、勝手に、体験してこればいい。そして、自分の垣間見た現実というものを、大手を振って、世間というやつにせいぜい、見せつけてやればいい。一部分という、アンバランスで、完全無欠なリアリズム。幼い子供、女人、非力な老人、に苦境のある世界が、厳然と「ある」のだということを、知らせに来た、人道主義者を気取れ。せいぜい、この安穏な日本というやつを、蔑み、己を完全肯定して、ほかの奴らを愚劣な人民だと哀れみ、無国籍を気取って、じつは自分は、陽気なのだが暗さを持った、変人、アメリカンジャパニーズだといえばいい。そう、海外に出て、どれだけ、世界が広いか知っているのは、あなただけなのだから、いや、あなたと同じような無国籍な同胞だけなのだから。 ほら知っているでしょう、地球の外に出た人がどれだけ、深い知恵を得たか。解らないですか。地球の外に出てご覧なさい。漆黒の闇に、宇宙服なんて暑苦しいものを脱ぎ捨て、独り浮かんで、地球のまえに立ちつくしてごらん。そこの闇には、親も子もなく、あなたが生まれ出てきた産道からすら切り離され存在しない。生まれ来る場所もなく、死に行く場所もない。無限の世界なのです。枠がありません。非常な孤独でしょう。無音の中で、視覚だけが美しい地球をとらえることが出来る。ほかの器官は、休止中、実はそれは視覚さえにも言えることだけどね。目に見える生命というヤツがない。だけど、地球ってヤツは、無数の青とともに、無量大数に近い生命を、自転とともに生死を繰り返させている。時間という概念に生命を縛り付けながら・・・。地球に住んでいた頃、あなたの周りには、いつも気を落ち着かせてくれる、動植物が、これでもか、これでもか、というくらい、はっきり存在を示してくれたでしょう。でも宇宙に出て、それすらも、知覚できない人が出てきた。それははっきり言って、大宇宙の自然の荘厳さを忘れる人間次元的洗脳を受けた、うつけ者と言えるでしょう。うつけ者もたくさん居るが、創造主の存在を信じ切ってしまう、うつけ者の方がよい。そう私が通う、このミッション系高等学校という、枠の中で、ひたすら神を説く、あの人達の方がまだマシと言えるかもしれない。「おいそこの、あほ坊主。この問題に答えてみろ」いやらしい教師が、私に自分の思想をたたき込む、脳快楽の時間をさえぎる言葉を、私にかけてくる。「すみません、何の授業でしたか・・・・・・生物の授業・・・クローン人間を作ったら、もとの細胞を持った人間の魂が宿るかという問題ですね・・・そうですね、あり得ませんね。魂の消滅と発生と、生命の肉、いわゆる肉の発生と消滅は別離しているものだと思います。そうでなかったら、イニシエの賢者が頭を悩ますことはないし、我々が死の恐怖を感じ、怖じ気づく事もないでしょう。」私は寝ぼけ眼をこすりながら答えた。「何の話だ。こら、今は古文の授業だぞ、きみ、『夜の鶴』『うたたね』の作者、鎌倉中期の歌人は誰だ」いやらしい古文の教師らしい男が、私に訳のわからない問題を出してくる。「アボリジニー」面倒だったので適当に答える。「けっ、いけすかねぇガキだ」と言わんばかりの表情で私を見てから、クラス全体をめまいを起こしたような視線で見回す。「アボリジニーとアブツニ。彼は馬鹿です。アブツニ。先生相手にしないでさい。時間の無駄です。僕があたった事にしてください」優秀そうな生徒が、答える。たしか名前は「雨乞あまごい政治」先行き不安な名前だ。でも政治家になるという夢を持っている。最近の若者にしては良くできたヤツだ。でも父さんは、この町の歓楽街で、「ションベン占い師」という仕事をしているらしい。場所柄、酔っぱらいながら、立ちションベンをする人が後を絶たないため、客の勧誘はしやすいらしい。「死尿が出ている」とか言うらしい。うちの父親も、去年の忘年会で引っかかって「尿が地面に、たれ落ちるときに不協和音が出ている。あなたの家族関係が心配だ。オードリー・ヘップバーンとの不倫は、やめるように。奥さんはあなたがキャバクラに通い詰めていることを知っているよ、その理由も問い詰められる前に白状しておきなさい・・・この先が聞きたければ、三千円払いなさい。そうすれば、あなたも天国へ昇天するよ。よかったね」父は帰宅してから、「雨乞の父親の先行きが不安だ。あの商売は長続きしないな・・・」私は、良くできた父を持つ、幸せな名犬「アンとラッキー」のテレビに熱中していたので、後の話がよく聞き取れなかった 。そして、父親は母親に後頭部を太くて真っ白な大根でゴツンと頭を打たれた。どうせ、三千円払ったんだろう。母にしてみれば、年末のフトコロが寂しくなる時に、占いにその金額は許せなかったのだろう。その時初めて大根で人を殴ると、人は気持ちが落ち着くんだと言うことを、知った。「おいお前、おり近代秀歌は誰が書いた歌論書だ。答えてみろ」また古文の教師らしい中年が、私に向かって 、問題を出す。誰か助け船を出してくれないかな。今度は雨乞も沈黙を続ける。仕方なく口を開く「無名秘抄は鴨長明の歌論書です。定価はありません」教師の目に、生気の灯りが点った。ぎらぎらと揺らめく、私にかまうことをやめる意識の光が辺りを照らす。しかし、次回来るときは、男には諦めが肝心だと言う学習をしたことを忘れてやって来るだろう。それでなくては、教師は務まらない。しばらく私は、机に自分の顔拓をとろうとした。すると、ガタンという音ともに、部屋全体が揺れた気がした。顔拓を机に記録させるのを止めて、顔を上げると、ビン底の柴田が目の前に立っていた。「今日は弁当か。それとも、購買で、パンか、おにぎりでも買うのか」正太郎が聞いてきた。「いや。学食で揉みくちゃにされながら、のびきってる上に、古い油のぽつぽつポツと浮き上がってくる、らうめんを食すつもりだよ」「あらゆる面で異常なしだな」「まあ、病気治療院には成人するまで入院するつもりはないよ。自分の為に千羽鶴を折りながら、看護師のお姉さん目をごまかせないまま、ウオッカみたいな具合の良いアルコールをチビリチビリとやる快感を感じるのはのは、まだ先だということだな」「おい利草、病院というヤツは、正式名称を、病気治療院と言うのか」「しらねえよ。そのほうが、利用者の精神衛生上、良さそうだろ。だから、そう言ったまでだよ」「購買にパン買いに行くか」「付き合うよ」「いつものとおり、俺はうちの弁当だ。付き合うのは、俺の方だよ」「そんなことを言っても、バイキング社の紙パックジュースは買いに行くんだろ。醤油風味か、ソース風味、明太子風味か、なんだかしらねえけど」「高血圧になるぜ。メタボリック症候群はごめんだ。セーフ・ティー・スポーツ、に決まってるだろ」「あれ、カルシウムがたくさん、取れるらしいな」「飲むことはおろか手に取ったこともないくせに、よく知ってるな」「校長の銅像の顔に書いてあった」「行くぞ」教室を出て、夏の昼間でも薄暗い廊下を通り、出口に向かう。途中、「芹沢」と私が呼んでいる教師に出会ったが、今日は何も言わず会釈だけをして、にこやかな、遭遇と別離を楽しませた。「あの先生、今日も桃色のシャツだった」正太郎が私に話しかける。「春は桃色さ、梅も桜も桃色だ。春が待ち遠しいのだろう。たぶん。正気じゃねえよ。だが、我々の前に立ち現れる、自然現象で表現できる春の桃色じゃあないとも思うな」「じゃあ、なんなんだ」「あれは我が世の春を待ちわびてるのさ。かわいそうな芹沢君、もうとうの昔に、人生の春は終わってるのにな。もし再来したら、俺がこの手で全部抜いてやる」「何の話をしてるんだ」「芹沢人生の春の話だ」「あまり人の身体的特徴についてとやかく言うなよ」「事実を無視したり、虚言することは、私の記者魂が許さないのだ」「明日は我が身だぞ」「それでは、あんまり効果の激しい整髪料は使わないようにしよう」「しかし、芹沢先生って言うのは止めた方が良いぞ。吉家淳三よしいえじゅんぞう先生って呼んでやれよ」「ああいう傲慢でいて、おつむが良いと思っている馬鹿は、芹沢って呼ばれても仕方ない」「そうは言うけどな、あいつはこの学校の教師の中でトップクラスの知恵を持つと言われているんだぜ」「傲慢なヤツにに頭の良いなんて言える人間いないな」「そんなことはないと思うけれどな」「そうかな、とりあえず俺にはカモにしか見えない」「超特大級の教師達のカモがよく言うよ」「カモにも色々ある」「まあ、餌の悪いカモだろうな」「顔色は良いぜ。ツヤがすげえって言われるんだ。子供に」「子供は訳がわかってねえ」「そうなんだよ。スキー板に塗る固形のワックス塗ったくらいツルツル、スベスベ、だね。オジサン。と、きたもんだ」「しかし、今日の日差しは何となく柔らかで良い」「そんな言葉に、相づちをうつほど、俺は属性を変えたい願望は取りあえず無い」「それは、若干差別発言だ。政治家を目指すなら控えるようにした方がいい」「政治家なんて目指さない。俺が目指すのは宇宙を股にかける銀行家だ」寒さを地球は忘れつつあり、肌をこすっていくような寒さを残す初春の陽気とともに、わが高校の生徒達が金銭で買える餌場に群がっている。争い事の大好きな我々は、ふくらはぎの裏側の裏側を酷使して、購買へと走り込んでいく、訳はない。「利草、かなり込んでいるな」「結構早めに出てきたつもりなんだけれどな。やはり、昼前の授業が体育のお兄さん達には負けるな、仕方ない」「それはいつでも一緒だ。雨降りの時は別だが」「正太郎、質問だ。いいか」「この学校は何で、冬でもプールがあるんだ」「温水プールがあるからだろ」「せっかく水を温めるなら、銭湯にでもすればいいのになあ」「お前みたいに、かゆくなってきてからしか風呂に入らないヤツがよく言うよ」「失礼だな。地球環境のために、浴槽の水を汚さないように日夜努力している結果、痒くなるんだ。不潔みたいに言うなよ」「俺は慣れているから良いが、日曜日の前日には風呂に入れよ。相手は、おんな、だぞ」「ゴメンな、日曜日にしか風呂釜が直らない」「じゃあ、それこそ銭湯だ銭湯」「行きたくない」「俺も一緒に行って、コーヒー牛乳を奢ってやるから」「持ち帰り用に二本買ってくれる?」「良いだろう」「煙突が立っている二丁目の日鋭瓦斯で良いかな」「三丁目の、湯けむりランドだ」「解ったよ。そこには滝はあるか」「ないよ」「じゃあ褌はいらないのか」「いらない。利草、お前褌なんて持っているのか」「持っているよ、死んだ祖父が頭にしていたやつ」「お前には、死者を悼む気持ちはないのか。まして、実の祖父だろ」「ある、あまりにも寂しすぎて」「ごめん」私が亡き祖父のことを思い出そうとしていたら、いつの間にか、購買の最前列にたどり着いていた。現時点で残っているパンの種類を観察すると、甘いパンばかりが売れ残っていた。妥協できるパンを探していると、味噌アンドクリームパンというのがあったので、それを買った。飲み物は、紙パックのサイダーにした。正太郎は希望通りの飲み物を手に入れたようだ。「今日はどんなパンがあった」「味噌アンドクリームパン」「ご愁傷様」「いえいえ、どうぞお構いなく」教室に戻り、空いている席を探す。昼飯の時になると、仲間達でまとまって話しながら過ごしたいので、定位置などは無視される。ドアの近くの席がちょうど二つ空いていた。ドアの近くは、すきま風が吹いてくるので皆が倦厭するようだ。私も正太郎も寒さが応える他のクラスメイトほど老いてはいないので、喜んでその位置に座る。「正太郎、お前食べることについてどう思うよ」「そんなに特別な意見は持っていないよ」「アフリカの子供はかわいそうだなあ、とか思って食ってるのか」「そんなこと思っていないよ。確かに食べられない人のことを考えて感謝して食べなきゃいけないなと思っているけど。普段は完全に忘れているね。でも、飢えて苦しんでいる子供達のテレビ番組を見た後なんかには、非常に後ろめたい気がするよ」「ふーん。お前コンビニの募金箱にお金入れたことあるか」「あるよ。少し余裕があるときだけど」「ふーん」「なんだよ。その気のない返事は、お前がした質問だろ。もっと反応しろよ。俺は真面目に答えたんだから」「平等意識って解るか」「解るよ」「不平等意識ってのは解るか」「解るよ」「平等を求めるには、下方が上方を、もしくは、上方が下方を意識する必要がある。正太郎、おまえ平等意識と不平等意識の両方が解るって言ったよな」「ああそうだよ」「お前の世界には下方も上方もある。お前の世界、正確にはお前が蓄積してきた記憶と思考形態は有無を言わさず、あることを自分に囁いているということだよ。上方も下方もある。それは平等なんてどうでも良いと言っているんだよ。お前には平等な世界は作れやしないし、理想の世界として想像できる社会もないということだ。願わくば、正太郎が真ん中の上方よりにいて下方を認識できない人間ではないことを祈る」「世界建築なんて俺には出来ないことは初めから解っているけど。平等世界を想像できないというのはどういう事なんだ。ちょっとむっとするぞ」「お前は、平等不平等両方の意識を持つているし、理解できるんだよな」「ああそうだ。それが。どうしてそんな風に受け取られるんだよ」「君の世界は、完全な世界。パーフェクトワールド。お前はそこの住人だ」「そんなに俺の世界は完全ではないよ。人間が平等だと思う部分はもっと当たり前のこととして認知されて世界に広がっていくべきだと思うし、理不尽な不平等さは無くなっていくべきだと思う。ほら不完全だろ」「そう。そうやって両方想像できるということは、世界の真ん中にいるということだ。真ん中は半分の享楽と半分の苦痛を持っている。捨てるものがない様に思え日々の少しの苦労と少しの幸福で漫然になりやすいんだ。真ん中は。誰もがそうだと思ってはいけないよ。真ん中の者は自分の一歩が大事と思っているが、さして世界には影響がないから容易く、ああしたらいい、こうしたらいいと、信じられないくらいボーッとしながら言うんだ。そいつは。一概に現実的にとか思想的にとは言えないが、上方の者が下方へ歩み寄る一歩と、下方の者が上方へと歩む一歩と比すると、全然違うんだ。下方と上方の自ら行う変革というのはすごいんだよ。それに比べて真ん中の者の変革なんて電動スロープをあくびしながら下るのと一緒だ。無意味なんだよ。思想的にも現実的にも。彼らに追いつくには中庸の人間は下がるか上がるかの為に、何万歩も歩かなければいけない無いんだよ。強く世界を体感するために。ただし、上方の思想の一歩なんてものは効果は小さく、無感覚に等しい。マイナスだ。上方の者ははよく思想を説くが、これは幼稚すぎて見ていられん。真夏の羽布団みたいに暑苦しいんだよ。しかしな、思想を取っ払った現実の第一歩は効果は大だ。一歩目だけは無感覚だがな。二歩三歩進んでいくとまともに呼吸できないくらいつらいものになるんだ。自らの孤独の死さえも覚悟しなければならないくらい。それから、下方の者だ。下方の者が一歩前に行くのは現実的に効果が薄いが。下方のままで理想を追い続けるのなら、その思想は余分な肉付けの無い涼しく美しい素晴らしいものとなる。皆を幸せな顔にさせるだろう」「うん。うん。うん。お前の説は当たっているのかそうでないのか解らんが。この日本ではあり得ん事を言ってるような気がする。否、もはやこの地球上でも当てはめることが可能なことなのか、解らないくらいの独説のような気がする。俺は賞賛するけどね」「ははは、それくらい大雑把に捉えられなけりゃ、現代の知識と知恵を百科事典的に披露する頭の良いヤツに飲み込まれて、いつも俺は馬鹿です、あたしは馬鹿です。なんて思いながら迎合して、先の見えない混沌へと導かれ変なところにはまりこむぞ」「混沌はお前の方じゃないのか。ははは」「否、そうじゃない」と私は神妙な顔つきで言った。「なんだ違うのか。ごめんごめん。解ってるよ」私はパンをビーフジャーキーを食いちぎる様に口に入れて、メガマックを頬張るようにムシャムシャ食った。あっという間の食事だった。「正太郎。花は好きか」「好きだよ」「じゃあこのドライフラワー、お前にやるよ」と言いながら、他人の机の中から菊の花の枯れているのを取り出した。「おい、それ大丈夫か」「いや大丈夫じゃない。机の中にいっぱいはいってる。気持ちわりぃ。腐って臭うのもある。虫も飼ってるよ。お前持って帰るか」「そうじゃなくて、そこに普段座っているヤツは大丈夫か、という意味だ」「あまり大丈夫じゃないと思うよ。でもイカレテルなんていったら駄目だぞ。人にはそれぞれに個性というものがあるからな。そういうのは尊重しなければならない。それが本当に気持ち悪くても『気持ちわりぃ』なんて言うのは駄目だぞ。生命上の法規の問題だ。うーん、遵守しなければならない」「違う違う。この席のヤツはいじめにあっていないかということだ」「いじめか、最近はネットをつかったものが横行しているらしいぞ。机の中に菊の花か。もしかしてヴァーチャルな世界のいじめは、リアルさを求め、現実世界にまで浸食してきているって事か。大発見だぞ」「冗談はそこまでだ。お前の座っている席は誰のだ」「鞄に貝田と書いてある」「豆腐屋の貝田か」私はパックソーダをちゅるちゅるやって、「おいしい」と言って、一息置いてサイダ飲みたい欲求を少し我慢して「間違いなく豆腐屋の貝田だろうな。貝田はこのクラスに一人しかいないし。貝田豆腐店の豆腐食いたい」とあらたな願望を口にした。正太郎はクラス全体を見回している。「教師に言うのか」「ああ、貝田の状況によっては」「貝田は教室にいるのか」私はサイダーのパックを見つめながら、聞いた。「いない」「だろうな」「誰だろう」「お前の肩をさっきから叩いているヤツか?」正太郎は気持ちのよさそうな顔はしなかった。「利草。貝田を捜さないか」「わかった。俺に考えがある」そう言って、私は席を立ち上がりながら、教室にいる生徒を見回す。「どうやら、二、三組、いそうだな」「何の話しだ。又いつもの冗談か」「そうだ。と言ったらどうする」「無視する」「しかし、体育会系の人達というのは何で群れているんだ」「知らないよ」「どうして異性交遊に群れて行くんだ。猿でも群れて女に近づいて、後日談として、交尾の時、その女の身体はどうだったかなんて話し合わないないぞ」「確かにそんな変な話しはしないが。猿は基本的に群れてると思うよ」「確かに」「猿の話なんかして、何のつもりだ」「元気の良いヤツ、って言うのは意外と固まって居るということを言いたかっただけだ。そうそう元気の良いヤツ、体育会系のヤツっていうのは、青春力を持て余している人々のことだからな」「お前何するつもりだ。いざこざは好きじゃないぞ」私は正太郎に向かってニコリと微笑んだ。「なんだその何か企んでいるような顔は」「失礼」と私は言って、教室の真ん中あたりで雑誌を広げてそれを取り囲んでいる連中の所まで、ゆっくり歩む。その途中で連中の一人と目が合う。殆ど会話などした覚えはないが愛想の良い顔をする。そして、連中の囲みの中にたどり着き輪の中に入る。別にエロイ雑誌を見ている訳ではなさそうだ。私はあまり興味はないが、若いぼくらが見るファッションを中心とした雑誌のようだ。別に私は雑誌の鑑賞をしに来たのではない。昼中一番に騒いでた、まとめ役っぽいヤツを見ながら「君たちここどいてくれないか。俺と柴田が暖かいここでしばし寛ぎたいんだ。君たちが居ると邪魔だから寒いところで申し訳ないが今柴田が座っているところへ移ってくれないか」私は、正太郎の方へ視線を向ける。「嫌だね。お前がみんなに千円くれたらあそこに移ってやっても良い」「そうか。わがままなことを言ってすまん。悪かったね。諦めるよ。ところで君らは千円もらったらのあの席の周りでも良いんだね」「別に良いよ」その答えを聞いて私は立ち去った。他の体育会系の群れにも同じような対応を受けた。「あとは体育会系ではない他の小さな群れしかないようだ」正太郎に向かって言ったつもりだが聞こえないらしい。彼は心配そうな顔でこちらを見ている。数分後、私は「残念だよ」と言いながら、太ったある金満家のボクを椅子から立ち上がらせて、「俺にはこの学校で失うものはない。いつでも、君を力ずくで自殺させることも出来るし、バレナイように君を精神的に追い詰めて自殺まで持って行くことも出来るよ。そして、手荒な殺し方もできる」と言いながら、そのボクちゃんの体育用のシューズで、ボクちゃんの頬を数回ポポポと軽く叩いてから、思い切りと叩いた。金満家は泣きはじめた。「俺は、貝田豆腐店の豆腐を愛してる。君みたいな自己中心的な金満家の頬を叩く事のようにね」私は昼食の間座っていた席に戻った。正太郎は「何やってきた」と聞いたので、「やくざ」とだけ答えた。私は、はっきり言って生命は如何に生かすかで頭がいっぱいで日々悩んでいる居る。如何に殺すとか、如何に苦痛を与えたら効果的とかには興味ない。外から見る私はそう見えないだろう。もっとも正太郎だけは別だが。しかし、憂鬱だった。「なあ、利草。貝田。捜しに行かないか」「いいよ。図書館かな」「他の教室かもしれない。貝田の豆腐は結構愛されてるんだぜ。中身、あいつ自身も結構いいから。他のクラスだったら楽しくやれて居るかもしれない」「じゃあ。他の教室を捜しに行くか」「他の所を見ているうちに憂鬱なんてぶっ飛ぶさ」「そもそも憂鬱なんてのは、普通の状態を体感し」正太郎には私の気持ちが手に取るように分かってもらえる。その事に喜びながら、憂鬱について話そうとした。そして遮られた。「行くぞ。お前の考えも良いが、いまは豆腐屋のせがれのことだ」「ちょっと待て、貝田の机の中を掃除してやらなくちゃ」「おまえが教室を徘徊している間にキレイにしておいた」「何処に捨てた」「何処にってゴミ箱に決まってる」「もっと良いゴミ箱を知っているぞ。そこにしないか」「あのさっき吊し上げてた暑苦しいヤツの机の中か」「いや」と言って、私は教師の使う机を指差した。「やばいぞ。又にらまれるからやめておけ」「見逃してたんだぞ」「それはそうだが。生徒である俺たちも気づかなかったんだ」「正太郎、おまえは教師は超能力者ではないという考え方の持ち主だろうだろう」「当たり前だ」「それは違う。教導行為というのはある種の超能力を作用させること出来るものが志願すべきなんだ」


注 季節の誤り  設定 二月くらい

              主人公の名前 おり 利草としぞう

              友人の名前  柴田正太郎

           サブタイトル・「僕があいつによって作られた懺悔録」

正太郎 最後の言葉「お前は神を信じるのか」とわたし「ああ」と正太郎


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