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【第97話】奪還作戦

 空を割くような轟音と光。


 遠くリンドの空に浮かぶ黒雲から雷が地面へと駆け下った余波は、ロシュートたちのところまで届いた。


「最初は少し不思議だな、ってくらいだったんだ」


 眼に涙を浮かべたミモザの顔には暗い影が落ちている。


「3日くらい前から、衛兵たちがたくさんリンドにやってくるようになった。半分くらいは毒の浄化のために森の方に行ったけど、もう半分は街に残っていた。違和感はあったけど、それがまさか……今朝、ブラッドワイバーンに乗った兵士が来て、街の出入り口を封鎖した。ハルベルトたち門番も抵抗しようとしたけど、先に来ていた衛兵たちに抑えられてしまって」

「それでお前はウィンドライダーを使って、ひとりで王都まで行こうとしたのか」


 ミモザはゆっくりと頷いた。


「実は、昨日ちょうどカエデが来てたんだ。ロックスの方が落ち着いてきたから、リンドに来た俺たちの様子を見に来てくれた。そして今朝竜の襲撃が始まる前、カエデは真っ先にそれに気づいた。俺は様子を見るために急いでウィンドライダーの準備をしたけど、間に合わなくてっ。カエデは自分が気を引いている間に、俺だけでも逃げるようにって……!」


 ぼたぼたと、翡翠色の宝石のような目から大粒の涙が零れ落ちる。


「家に衛兵が来て、槍をこっちに向けながら俺たちを広場の方に集まるように言ってきた。その時、カエデが一歩前に進み出て、その槍を掴んで怒り始めた。カエデはふつう怒らないから、それが作戦だってことはすぐにわかった。俺はなんとかウィンドライダーで飛び立って、追いかけてきた竜を振り切ってここまで来たんだ」

「そうだったのか……ブラッドワイバーンを振り切るなんて、すごいぜ、ミモザ」

「すごいのは俺じゃないよ。ユイナが作ったコイツがすごいんだ」


 涙でぐしゃぐしゃになった顔で、しかしミモザは傍らのウィンドライダーをぽんぽん、と叩いて笑った。それが気丈に振舞おうとしているだけだとは分かっていても、いま必要なのは慰めあいじゃない。ロシュートは彼を信じて話を進める。


「ミモザ、そのリンドを襲っている兵士たちは王都の衛兵だ。いま王都ではクーデターが起きていて、衛兵たちが王城を乗っ取っている。いま王都に行くのは危険だ」

「えっ……!そ、それじゃあ、どうしたら」

「俺が行く。正確には、俺ともうひとりが」


 ロシュートは背後から視線を感じてひとこと付け加えた。


「ミモザくんだよね?覚えてるかな、俺は」

「ウマコトだろ。あの事件のとき、ロシュートを助けたっていう」

「……まあこの際名前のことはいったんいいか!とにかく、王都へはロシュートと俺で行くよ。ユイナと、俺の大事な仲間を助けなきゃいけないからね」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 ウマコトの言葉を聞いて、それまで我慢していたサーシャは慌てて割り込んだ。


「私も連れて行ってください!ロシュートお兄ちゃんだけを危険には晒せません!それに、私だってユイナさんを助けたいんです!」

「気持ちはわかるよサーシャちゃん。けど、これは優先順位(トリアージ)の問題なんだ」


 ウマコトはロシュートに目くばせしつつ、ウィンドライダーを指さす。


「あの乗り物、ユイナが作った空飛ぶバイク。俺が『エンジェルウィング』でロシュートやキミを飛ばして王都に行くより、アレに乗って行く方が体力が温存できていい。それにあの飛行速度。俺も振り切られるかと思ったし、話ではブラッドワイバーンを凌駕する機動力を持っている。ただ、乗れて2人までだろう。なら俺ともうひとりだけをアレで王城に連れて行った方がいい。そしてそれには、最近いちばん王城に出入りしていたロシュートが適任なんだ」

「でも……!」


 食い下がるサーシャ。ロシュートは彼女の両肩に手を置き、その目を真っすぐに見据えた。


「サーシャにはリンドに向かってほしい。リンドに行って、少しでも街の人を助けるんだ」

「……」

「いまリンドには多くのけが人が出ているはずだ。サーシャの【生命力】の魔法が最も必要とされている。ミモザもここに置き去りにするわけにはいかない。ユイナもフレストゥリも、リンドのみんなも助けるには、こうするのが一番いいんだ」

「わかり、ました。けどっ」


 サーシャは頷き、しかし眉をつり上げて、涙をあふれさせながら両手でロシュートの襟首を掴んだ。


「絶対に無理をしないでください!無理をするとしても、絶対に生きて私のところまで帰ってきてくださいっ!ユイナさんを助けられても、もし勝手に死んだりしたら、絶対に許しませんからっ!」


 乙女の訴えに、ロシュートは首を縦に振った。


 ユイナを助けて、自分も生きて帰る。


 それが俺と、川野脩人とを分ける存在証明だ。


「大丈夫大丈夫。ロシュートのことは俺がなんとしてでも守ってみせるよ。守護騎士のように!」

「そんなこと言って、もしロシュートお兄ちゃんに何かあったら例えウマコトさんでも容赦しませんよ」

「……いや、大丈夫!マジで!守れると思う!」


 いつもの調子でウザい軽口を言ったウマコトが怯まされているのを、ロシュートは初めて見た。


「さて、じゃあそろそろ出発したいところ。話の流れで分かってるかもしれないけど、リンドへはグレースとリリシアとサーロッテ、君たちに行ってもらおうかな」

「まあそうなるよニャア。となると手段は」

「げっ、まさかアレを使う気じゃ……」

「みんな!コレ使うよな!持って来たぞ!」


 リリシアのイヤな予感の通り、いつのまにかアジトとなりの農具倉庫に行っていたグレースが何か大きなものを抱えて戻ってきた。


 ドスン、と大きな音を立てて地面に降ろされたソレは座席のついた巨大なソリだ。


 ただし、妙なベルトがついた座席の前にはこれまた奇妙な棒が横向きに取り付けられており、足元にある箱には頑丈なカギがくっついている。


「ありがとうグレース!それでミモザくんとサーシャちゃんをリンドに連れて行こう」

「がってんだぞ!」

「サーシャさんっ!大丈夫です!わたくしがあなたを守りますから!それと、そこのエルフの子供も」

「はぁ、よろしくお願いします?」


 事態を飲み込めていない様子のサーシャは首を傾げている。ロシュートの目にもそのソリと意図はよくわからなかったが、ソリの形状そのものはなんとなく見覚えがある気がした。特に座席にくっついているベルトはなんというか、座った状態でそれをつけなければひどい目に遭うような、そんな予感がする。


「そして、ウィンドライダーの操縦はロシュートに任せようかな。ユイナの発明なんだし、たぶんできるよね?」

「お、おう!たぶん。ミモザ、アレって俺にも操縦できるの?」


 話をここまで進めてしまった手前、いまさら初操縦だと言うこともできなかったロシュートは傍らのミモザに耳打ちする。そして彼が頷いたことに、ほっと胸を撫でおろす気分だ。


「ウィンドライダーは前よりだいぶ改良されてるんだ。最初はユイナの【炎属性】の魔力でしか起動できなかったけど、今はだいたい全部の属性に対応しているはず。ユイナは魔力コンバートって言ってたけど」

「なるほど。操縦の方法は?」

「グリップを握って、前にひねると速度が出る。あとはなんとなくハンドルを押したり引いたりしてたら大丈夫だよ」

「大丈夫じゃないだろそれ!?」

「大丈夫だって。キアツチョウセイとシセイセイギョのしすてむ?を組み込んだって、ユイナが言ってたから。やることは魔法陣に手をかざして起動して、ハンドルを握るだけ。降りると自動で出力は切れる。俺もそれで操縦できてるし」

「そ、そうか……」


 いや、別に妹のことを信用していないわけではないのだ。


 ただ、ロシュートの記憶では確か試作段階だと勢い余って壁に突っ込むとかしていたような、そんな気がするだけで。


「準備できたぞ!ミモザさん、こっちに来てくれ!」

「あ、はいっ」


 呼ばれたミモザは声がした方へと反射的に駆け出す。つられてロシュートもそちらを見れば、なんとも不思議な光景がそこにはあった。


 まず、ソリの座席に左からリリシア、サーシャ、ひとつ空けてサーロッテの順で座っている。彼女らは皆座席にくっついていたベルトを腰に巻き付けており、リリシアがサーシャに目の前の棒を両手で持つように教えている最中のようだ。ミモザはサーロッテに迎えられ、空いていた座席に座らされておなじくベルトを巻いている。


 そしてグレースはというと、なんとソリの前に堂々と立っていた。彼女が身に着けた太くて頑丈そうなハーネスにはさらに太い鎖が6本も取り付けられており、それらは全てソリと結ばれている。


「なあウマコト。まさかとは思うが……」

「すごいでしょ」


 ウマコトはあえてなのか、その続きの言葉を言わない。そうこうしているうちに、グレースが雄たけびを上げた。


「ッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!気合十二分、最高のコンディションだぞ!」

「あああ始まってしまう。主よ、どうかわたくしとサーシャさんをお救い下さい……」

「あのう、一体何をそんなに怖がっているんですかリリシアさん」

「ワクワクしてきたニャア。かなり久しぶりだし。少年、口はしっかり閉じておくことだニャ」

「……?」


 困惑と期待と恐怖とが入り混じった座席の皆がベルトを装着していることを確認し、グレースは胸部に描かれた魔法陣に手をあてる。


「『マスルアップ』!『マスルアップ』!『マスルアップ』ゥ!」


 彼女の唸るような詠唱に呼応して、岩のような巨体を構成する筋肉はさらに膨張し、血液のめぐりが肌に赤くにじんでオーラのようなものを纏う。


 うおー!と興奮のあまり叫んだのは座席のサーロッテだ。


「出たニャ!禁断の三重詠唱!破壊力も3倍ニャ!」

「大急ぎだからな!今日はオイラの気合もマシマシだぞ!」

「あの……もしかして、さっきのは力を強化する魔法ですか?」

「そうニャ。いままで【炎属性】だと思われていた【生命力】魔法『マスルアップ』は呼吸と血流を強化・最適化して限界を超えた筋肉運動を可能にする、ロックベルト家が代々受け継いでいる身体強化魔法なんだニャ」

「それじゃあ……」

「まちなさいサーシャさん、これ以上はっ」

「『エンレグレス』っ!」


 リリシアが止めるのも間に合わず、サーシャが詠唱した魔法の光がグレースの背中に直撃する。


「むむ……おお!これは!」

「脚力を強化する魔法です。もしかすると、さらに力が出せるかもしれません」

「なるほど!多重強化で禁断のさらに先をお望みとは……やるニャ、サーシャ!」

「ありがとうサーシャ!おかげで元気いっぱいだぞ!」

「ななななんてことを!サーシャさん、あなた今から何が起きるか分かってるんですか!?」


 決死の表情のリリシアにガクガクと揺さぶられるサーシャだったが、にこやかに笑って、


「リンドの街の人を助けるってロシュートお兄ちゃんと約束しましたから。早く着くに越したことはないでしょう」

「まさか貴女最初からすべて分かっていて……!」


 その目は笑っていなかった。


「ベルトよし!安全バーよし!グレース、出発するニャ!」

「ごめん、一体何をするのか教えてくれないか?」

「あ、少年。本当に今すぐ口を閉じた方がいいのニャ。うっかり舌を噛み切っちゃうぜ」

「舌をっ!?」


 ミモザが今更青ざめるがもう遅い。


 地響きがするほどの勢いで地面を踏みしめたグレース・ロックベルトは咆哮する。


「出発っ!進行ォっ!!!」


 もはや風切り音すら聞こえない。


 ドパァン!とまるで爆発したかのような音と共にグレースが走り出し、それに引きずられるソリ諸共あっという間に遠くへ小さくなっていく。


「あの状態のグレース、ソリを引いてるのに馬より速く走るんだぜ。オリンピックなら確実に優勝どころか殿堂入りだと思ってる。ドーピングで捕まりそうだけど」

「そりゃあソリもちょっと浮いてたしな、速すぎて……乗員の安全は保証されているんだろうな?」

「すくなくとも死者は出てないよ。今のところは」


 悪い冗談のような話だが、今は信じるしかない。


 ロシュートは自身の頬をぱしぱし、と叩くと、ウィンドライダーの座席に跨った。


「じゃあ、俺たちもそろそろ行こう。言っとくが、俺もあんまり快適な操縦ができるとは思わないでくれよ」

「もちろん。バイクでドライブデートにいそしむカップルのように、いざって時はぎゅって抱きつかせてもらうから心配しないで」

「……ユイナを助け出すまでは我慢してやる」


 言い合いつつ、背後にウマコトが乗り込んだのを確認したロシュートは目の前に浮かび上がっている魔法陣に手をかざす。すると手が吸い付くような感覚と共に、ウィンドライダーがフィイイイイン、と高い音を発し始める。そして間もなく、4つのウデの先に取り付けられた円盤から風を噴出し、2人を乗せて浮かび上がった。


「なるほど、確かにこれならいけそうだ」

「あーそうなってるんだ。巨大ドローンと化した原付ってところかな」

「くそっ、ドローンもゲンツキもなんだか分かんねえのに微妙に分かる気がするのが気持ち悪いな!それよりお前は大丈夫そうか?」

「問題なし。いつでも大丈夫だぜロシュート」

「それじゃ……」


 ロシュートは思い切りグリップを捻る。


「ユイナを助けに行くぞっ!」

「フレストゥリも忘れないでえふっ!?」


 とてつもない加速力で急発進したウィンドライダーはウマコトの言葉を置き去りにし、強風を切り裂いて空を駆ける。

 悲劇の開始から少し遅れた曇天の下、それぞれの奪還作戦が始まった。

読んでいただきありがとうございます!

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