【第95話】兄
18歳で病死した異世界の妹。
それを看取り、数十年生きた末に没した異世界の医者。
何より自分もまたその異世界の人間であったという事実は、ウマコトが語った内容の衝撃と併せ、到底呑み込めるものではなかった。
だがロシュートと、ユイナ、そしてウマコトとには決定的な違いがある。
「ウマコト、お前は今……何歳だ?」
ロシュートが問うと、ウマコトは恥ずかしそうに頭を掻いた。
「気になるよね、やっぱり。そう、俺はホントのところ、いい歳したオッサンなんだ」
「けどそうは見えない。俺よりかは年上だとしても、違っていて1つか2つだ」
「肉体はね。脩人兄さん、俺はこの世界に来たとき……つまり死んだと思った直後、目覚めたときに一番驚いたのがそこなんだ」
ウマコトは自らの身体をぺたぺた、と触り、肩をすくめて、
「どう考えても肉体が若すぎる。つい少し前まで30代のオッサンの身体だったから、違和感にはすぐ気づいたよ。ちょうど今の脩人兄さんくらい。だいたい18歳くらいの肉体になっていたんだ。むしろ、だからこそ俺はすぐに転生に気づくことができたともいえる」
「転生すると若返るのか?」
「おそらく違う……脩人兄さん、ヘンなことを聞くようだけど、あなたはいま自分を何歳だと思っている?」
おどけて問うウマコト。
確かに妙な質問ではある。しかし、ウマコトのその目からふざけているのではないと読み取ったロシュートは、冷静に思い出して数える。自分が生まれ育った村の様子。サーシャと過ごした幼少期。突如現れたユイナ……あれから3年経った。
「18歳だ。ほとんど間違いなく」
「そうだろうね。普通に生きていれば、自分の年齢は肉体と共に成長するから、老齢にでもならない限りはそこがズレることはまずない」
ウマコトは目を伏せる。
「俺はね、脩人兄さん。こっちに来るまで、自分の中の時間が18歳で止まってしまっていたんだよ」
「時間が、止まる……?」
「比喩だけどね」
ウマコトはロシュートの疑問に苦い笑みを浮かべて、
「唯奈が死んだあの日から、俺は何の感動もなく生きるようになってしまっていた。言ったように、空虚な人生。いつだって、唯奈が死んだのはつい昨日であるような、彼女はつい昨日まで生きていたような、そんな感覚に囚われ続けていた。成長し続ける身体に対し、心の成長は完全に止まっていた」
だからかもしれない、とウマコトは言う。
「こっちに来たとき、自分の肉体が18歳だと分かったのはあまりにもしっくりきたからなんだ。違和感がないという違和感……まるで時間が止まったあの日からやりなおせと神様が言っているようじゃないか」
神様。
ウマコトが語るその存在は、特定の信仰対象などではない、何かもっと超越的な概念を指し示しているのだとロシュートは悟った。そして、その神様が同じく転生させたであろうユイナは、初対面の自分を兄と呼び、自らを13歳だと言っていたことを思い出す。
自分が彼女の前から去ったのは、果たして彼女が何歳の時であったか。
壮絶であっただろう彼女の悲痛に今まで気づかなかった自分を、ロシュートは殴ってやりたかった。
「きっと唯奈もこの世界にいる。俺はその直感だけを信じて、彼女を探せるだけの金を貯めると決めた。身分も何もない俺にできる仕事は限られていたけど、魔法を普通に使えたからね。幸い、例外措置的に冒険者になることができた。結構疎まれてはいたみたいなんだけどね、気がついたら増えていた仲間と、ランクを上げつつ依頼をこなして金を貯め続けた。そんな生活を続けて数年、しばらく一緒に活動していた仲間が離脱してしまったタイミングで丁度」
「……ユイナに会ったんだな」
ロシュートの言葉に、ウマコトはご名答、と頷く。
「王都の路上で彼女とすれ違った時、俺はすぐにわかった。別に運命的な直感とかじゃなくて、彼女がここらじゃ目立つ黒髪だったからなんだけどね」
カエデの離脱後、ウマコトは王都でユイナに出会った。
そして1年後、ユイナは精神的にひどく消耗して帰ってきて、そのまま引きこもりになったのだ。
原因は、目の前のこの男。
ロシュートは握る拳に力が入ったのに気づく。
「お前は、ユイナに何をしたんだ」
「……唯奈は、俺のことを覚えてくれていた。脩人兄さんが死ぬ前の、病気のハズなのに輝いて見えたあの笑顔を見せてくれた。俺は嬉しかったよ。けど」
ウマコトは言葉を区切り、少しの間沈黙した。呼吸とランプが燃える音だけが存在する空間。ロシュートは、ウマコトが今までにない悲痛の表情を浮かべていることに気づいた。
怒りというより悲しみ、戸惑いというよりは呆れ。
それが彼自身を責めているものなのは明らかだった。
ロシュートが握り拳を開いたのとほぼ同時、ウマコトも口を開く。
「彼女は自分が炎属性の魔法だけしか使えないことを気にしているようだった。グレースやリリシア、サーロッテのような尖った個性がない、といつも言っていたし、なによりフレストゥリとの衝突が深刻だった。彼女はまた、殺しを嫌った。俺や他のメンバーが何度必要なことだと、正しいことだと言っても認めなかった。俺のパーティメンバーには向いていなかったんだ」
「……そうだろうよ。お前の異常性に、ついて行けている他のやつの方がおかしいんだ」
「みたいだね。最近ようやく分かってきたよ。でも、俺はどうしても認めたくなかった。転生してすら、まだ普通になれないことを。ユイナの傍にいて、兄の代わりに彼女を助ける資格がないことを」
「……」
ロシュートはずっと疑問だった。
どうしてこんな異常者に、ときおり同情のようなものを感じてしまうのか。
ユイナを傷つけ、追放し、だというのに付きまとってくるこのいけ好かない男を、どうして他人だと切って捨てられないのか。
「唯奈は俺と二人きりになると、毎回決まって話をした……こっちの世界で見つけた、兄によく似た男、ロシュートの話を。川野脩人の記憶を持たない、あなたの話を」
でも、今は分かる。
「その話をされるたび、俺はなぜだか気分が悪くなった。最初のうちは我慢していたけど、ある日耐えられなくなって、言った。君は、まだ兄の死を受け入れられないのか、と。彼女は怒りだした。それこそ、病的に。俺にはなぜ彼女が怒るのかそのときは理解できなかった。そして俺は、自分の中にわき出した、自分でも理解しがたい感情に任せて、言ってしまった」
自分の罪悪を吐露するウマコトの姿に、ロシュートは確信する。
「勝手に死んで、兄に似ているだけのやつに入れ込むほど病んでしまうくらいなら、最初からユイナにお兄さんなんかいないほうが良かったんだ、って」
俺の役割を引き継ごうとしてできなかった、ユイナの傍にいられなくなった、もうひとりの俺だ。
「いま思えば、俺は羨ましかったんだ。とっくに死んだ脩人兄さんに似ているというだけで彼女から慕われ続け、俺よりも優先され続けるロシュート・キニアスという男のことが。馬鹿馬鹿しい話さ。結局、その男は脩人兄さんそのものだったんだから」
「……」
「ユイナは黙った。黙って、ただ泣いていた。その翌日、彼女は俺たちのパーティを離脱すると宣言した。俺は悲しかったけど、受け入れたよ。俺の個人的な感情を除けば、その時点で彼女の能力は他のメンバーでカバーできていたから、断れなかった」
ウマコトが実際にその全てをユイナに伝えたかを、彼は言わない。
言わないが、きっと妹は察していただろうと、ロシュートは推測する。
だから。
「ユイナは帰って来たとき、ひどく傷ついていた。あれだけあったはずのプライドもズタズタにされてて、正直俺はあいつを王都に送り出したことをものすごく後悔したくらいだ。そして、妹をこんなにもひどい目に合わせたお前を恨んだ。それは、今の経緯を聞いただけで変わるもんじゃねえ」
「だよね。言っただろう、俺は何もできないんだ。好きな人ひとりの心を考えることさえできない、普通以下の人間なのさ」
「……バカ野郎が」
ロシュートは立ち上がり、
「ただあいつのことを好きなくらいであいつを守ってやれると思っていたなんて、とんだバカ野郎だよ、お前は。それは、兄の役割だ。お前のじゃない。まったく、どこまでもいけ好かないやつだぜ」
自分の代わりに、妹を守ろうとした男に、手を差し伸べて言った。
「そうしたいなら、まずは兄を超えてからにしやがれ。気持ちだけは本物だって言うならな」
ウマコトは一瞬きょとん、として、すぐにいつものいけ好かない笑みを浮かべ、差し出された手を取った。
「じゃあ、いつか超えさせてもらうよ。脩人兄さん」
「あーそれなんだが」
ロシュートはウマコトを引っ張り上げ、宣言する。
「今まで聞いた話がウソだとは思わない。俺が川野脩人で、川野唯奈の兄だったってことも、お前が佐藤誠だってことも。けど、俺を妹を助けただけで満足して逝っちまったその脩人ってヤローと一緒にするんじゃねえ。俺はロシュート・キニアス。俺はユイナの兄で、あいつをいつまでも守ってやる男だ。お前に兄さん呼ばわりされるのも気持ち悪いからな、二度と俺を脩人って呼ぶなよ、ウマコト」
いけ好かない男はまなじりに溜めた涙を拭って、
「わかったよ、ロシュート。今度こそユイナを守り切ろう」
「いつだってそうするさ!よし、じゃあさっそく助けに……おわっ!?」
部屋を飛び出そうとするロシュートは次の瞬間には床に倒されていた。
ウマコトはロシュートの腕を取って関節を固めながら、
「ユイナは絶対助けるけど、俺も医者だからね。無茶して死にに行こうとするやつを見過ごすわけにはいかない。今日は何としてでもちゃんと休んでもらおうか」
「わかった!わかったから離してくれ腕がもげるっ!!ユイナを助ける前に腕が壊れるっ!!!」
和解したはずが変わらず言い合う二人の影を、部屋の灯りが面白おかしく照らし出していた。
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