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【第9話】好きこそ妹の上手なれ

 南門で竜の襲撃騒ぎがあった翌日。


 一人で宿泊している安宿で目覚めたロシュートがギルドに行くと、受付と依頼掲示板の前に行列ができている。


 依頼の受注処理を大量に捌いているようで、行列を各窓口に配分する職員さんに加えていつもはどこかひとつは空席になっている3つの窓口全てにギルドの職員が配置され書類の処理に追われていた。並んでいる冒険者の装備から察するに竜の襲撃騒ぎに関係する調査やそれに伴う護衛依頼を受ける高ランクの冒険者たちだろうとロシュートは理解した。


 素直に行列に並ぶこと数分、彼はいつも通りマリーのいる受付口に案内された。忙しさのあまり冒険者の顔を見る余裕もない様子の彼女はロシュートが出した冒険者証に気がつくと顔を上げ、安堵の微笑みを浮かべた。


 なお、目は笑っていない。


「ああロシュートさん。あなたに回すのはDランクの依頼だから安心できて良いわね」

「実際細かい気づかいがあんまり要らないだろうから労力は少なくて済むでしょうけど面と向かって言われるとさすがにちょっと傷つきますね。やっぱり今日も山のように依頼があるんですか?」

「いやそれが実は王都のギルド本部から今回の騒動がひと段落するまでは一般依頼の登録を制限しろとお達しがあって、端的に言えばしばらくはあなたがこなしていたようなDランクの依頼は名指しのもの以外は受けられないの。ごめんなさい」

「そうですか……」

「まあそう気を落とさないで。今は停止しちゃっているけど、王都からの緊急調査依頼なら非常事態条項を適用してCランク相当でも回してあげるから。お金には困らないし評価(スコア)も稼ぎたい放題。明日には準備できると思うわ」


 稼ぎがなくなると知ってしょぼくれるロシュートを気遣ってマリーはフォローするが、なるべく自分が動けなくなる状態は避けたい彼にはあまり効果がない。それを知ってか知らずか、マリーは一枚の依頼書を取り出した。


「まあでもDランクの依頼がないことはないの。さっきも少し言ったけど、名指しの依頼なら受けさせてあげることができる。今日はひとつだけあるわ」

「本当ですか!いやぁ、街のあちこち駆けずり回った甲斐がありました。Dランクの依頼に指名ってのもヘンですけど、一体だれが……」


 指名依頼は冒険者として相当信頼されている証でありロシュートは思わぬ評価に喜んだが、その感動を静かに真っ二つにしながらマリーは依頼書の依頼主の欄をそっと指差した。


「指名依頼にはそれ相応の手数料もかかるのに愛されてるわね、()()()()?」




 その日の午後、ロシュートは『リンドベルトの憩いの宿』を訪れた。


「こんちわーっす」

「ひゃあっ!?」


 受付にいたサーシャは扉を開けて入ってきたロシュートを見るなり『生命力』の身体強化魔法でも使ったのかと思う速度で従業員部屋の奥へと消え去った。


 想像するに昨日の大衆浴場の出来事を思い出し恥ずかしくなったのだろう、彼女が真面目な性格であり自身の失敗を極端に恥じがちであることは彼も昔からよく理解していた。それゆえに昨日はどうにか彼女が傷を負わぬよう立ち回ろうとしたがどうやら上手くいっていなかったらしい。


 ロシュートがどうしたものかと考えていると、サーシャが消えていった扉から立派な白いひげを整えた老紳士が入れ替わるように現れ、丁寧に頭を下げた。


「これはロシュート様、サーシャがとんだ無礼を働きました。お詫び申し上げます」

「い、いやいいですよ。俺にも原因はありますから……」


 いつもの穏やかなお爺さんの顔が引っ込んだ宿屋の主モードのフォートにロシュートは思わず気圧された。老いを完全に忘れさせる厳格で若々しいそのオーラに彼はいつものことながら、この紳士は本当に自分の3倍以上も生きた老人なのだろうかと疑いたくなってしまう。


「して、今日はどのようなご用件で?」

「そうでした。実は今日来たのは冒険者としての依頼でして、中身は結局いつものことなんですけれども」


 ロシュートは厚い数冊の本とよくわからない物品が多数入った袋を抱えた両腕を軽く持ち上げてみせ、肩をすくめた。その動作だけでフォートは彼の言いたいことを理解した。


「なるほど、あの(ふみ)はそのためのものだったのですな」

「あの文?」

「ユイナ様から預かった文です。昨日ギルドまでお届けしたのですが、あれが依頼文だったのやも」

「いつの間に……あいつ、サーシャが居ないときを見計らってたのか」

「201号室の鍵は必要なさそうですね」

「そうですね、気づかいどうもありがとうございます」

「では、ごゆっくり」


 再び見事なお辞儀を披露するフォートにロシュートは階段を上り201号室の前に立つと、右手に持った本を一時的に左手に移して扉をノックする。


「ギルドからの依頼で来ました、ロシュート・キニアスです。怠け者で引きこもりの働かない妹にご依頼の意味わからん物品の数々を届けに来ました」


 彼が棒読みでそう呼びかけるといつもは中々開かない扉が素直にガチャリと開いた。


「おーおーお疲れですなあアニキ。ささ、中に入ってくださいよ、どうせ今日はもう仕事のなさそうなDランク冒険者さんを歓迎いたしますぞ」

「くっ……なぜ知っているのか分らんが痛いところを突いてきやがる!」

「ふふん、このユイナ様に口喧嘩(レスバ)で勝とうなど100年早いのだよ」

「こないだは泣いてたけどな」

「くっ……」


 口喧嘩はとりあえず引き分けにしつつ、ロシュートはユイナの暮らす201号室に入る。


 フォレストクラブ討伐依頼の折にサーシャが懸命に掃除しただけあってゴミなどはほとんどなくなくなっていったが、それでも床には紙や本が散乱しており、布団も蹴り飛ばされたままであった。それらはユイナが昨日の一日で散らかしたものだとロシュートは即座に理解し、ため息をつく。


「お前こんなに散らかしてさぁ、せっかくサーシャが片付けてくれたのに申し訳ないと思わないのかよ」

「私は客だし、どこに何が置いてあるかも分かるからいいの。それより適当に座ってよ、頼んだブツはその辺に置いといていいから」

「ブツって、別に違法なモノじゃないけどな」


 言われたとおりに荷物を適当な本の山の隣に置き、ロシュートは丸く低いテーブルの前に座った。そのテーブルは以前ユイナが別の冒険者に頼んで作らせたもので、チャブダイという名前がある。彼女曰く故郷の伝統的な家具だとか。


 ユイナは何冊かの本を拾い集めて兄の向かい側に腰を下ろすと、チャブダイに肘をついて手を組み、ニヤリと笑った。彼女曰く『司令官のポーズ』、これをするときの妹は機嫌が良いと兄は知っている。


「さて、まずは何から話そうか。アニキは何がいい?」

「何って、そうだな。お前がどうやったらまともな職に就けるかを」

「そうだ!こないだ聞きそびれたスケジュール表の使い心地を教えてよ。どうなの?」


 露骨に就職の話をぶった切った妹にロシュートはいつも通りで安心するやら呆れるやらだが、彼自身スケジュール表の話をできていなかったことは気がかりだったのでまずはその通りにすることにした。スケジュール表を取り出し、机の上に置く。


「ずっと使ってたのに言ってなかったけど、正直すごく助かっている。特にこのチップを貼れるのがいい。おかげで依頼を全く忘れずに済んでいるよ」

「でしょう?イヤーやっぱこの私が考えたものだからね!前時代的な世界に差す一筋の文明、稀代の天才魔法使いユイナ・K・キニアスとは私のことよ」

「これの仕組みには魔法関係ないって自分で言ってなかったか?」

「頭の良さは魔法の強さにも通ずるって言うじゃない」


 ロシュートの突っ込みも意に介さず、ユイナは鼻高々に話を続ける。


 ちなみに、いわゆる学術的な成績と魔法の強さにはあまり関係がなく、魔法の出力は持っている魔力量と本人の才能によるところが大きいというのが王都の魔法研究所の公式見解である。


「それよりもさアニキ、実はそのスケジュール表をアップグレードする案があるんだけど、ちょっと私に預けてくれない?」

「アップグレード?」

「要は改良するってこと!ね、どうせしばらくはあんまり依頼受けないんでしょ?お願い」

「……変なことはするなよ」


 満面の笑みを浮かべつつ上目遣いでちょっと首を傾げるのは妹がよからぬことを企んでいる証であることを兄は見抜いていた。しかしながら彼は現在やや手持ちのお金に余裕があり、また先日の一件の後ろめたさから素直にスケジュール表を差し出した。


「ご協力感謝する!アップグレードといっても数日あればできるからそんなに待たせないつもり」

「それで、そのアップグレード?をすると何が変わるんだよ」


 ロシュートが尋ねると、妹は指を一本唇に当てつつ言った。


「それはまだ秘密!楽しみにしててよ」


 にしし、と彼女は笑う。


 その悪だくみをしているような、それでいて無邪気な笑顔を見てロシュートは毒気を抜かれてしまったような気分だった。こんなに機嫌のよさそうな妹を見るのは久しぶりで、彼は彼らが二人で街に来たばかりのころを一瞬思い出した。


 あちらこちらを見て驚いたり、わけのわからないことを言ったり、なんだかんだ村から出てきた田舎者丸出しだが活力にあふれていた頃を。


「そうだアニキ。この間のお詫びとして特別に教えてしんぜよう」

「何を?」

「『パラボラ魔力吸収砲』だよ。あのドラゴンのブレスを吸収して撃ったやつ。アレの詳しい仕組み」

「あれか……なあ、あんな魔法って名前を言わなくても使えるものなのか?」


 妹の言葉を受け、ロシュートの脳裏にブラッドワイバーンの下から見た光景がよみがえる。


 彼にとっては正直冷や汗もので思い出したくない記憶だったが、確かにあのよくわからない魔法の正体は気になるところだ。その直前の魔法もそうだったのだが、妹は魔法の名前を言わなかったり、適当につけたような名前で詠唱を完了していた。彼の知識では、そのようなことはあのウマコトですら低ランクの魔法でしかできないはずである。


「目のつけどころが鋭利ですな、アニキ。とりあえず詠唱の名前が省略できるのは低ランクの魔法を並列で発動して魔力負荷を分散させたあとに集約するやり方で発動したからだよ。あっちの本棚にその基礎理論が載っている魔法陣研究の本があるけど読む?」

「えっと……?」

「まあとりあえず魔法陣の組み方を工夫すればできるってこと」


 ユイナが元々いたというニホンとかいう異世界の話をしているわけじゃなく魔法の話をしているのにロシュートには妹の言っていることがサッパリ理解できなかった。彼女がいつも読んでいるよくわからない本の話のようだと、とりあえず彼は飲み込むことにした。


「で『パラボラ魔力吸収砲』のことなんだけどね、まず元の発想は『マジックジャーナル』に載ってた魔力の属性とエネルギーを分離する理論なんだけど……」


 そこからの話もまた、正直ロシュートには理解できなかった。


 魔法の理論、最新の研究……ユイナが今日買って来るように依頼した本はロシュートが街中の書店や行商を見て回ってようやく一冊ずつ見つけたものだったし、袋の中のよくわからない品々もそれらの実験に使うものだ。


 冒険者としてずっと生計を立ててきたロシュートには、そういう()()()()()()()()()を部屋に引きこもってやり続けている妹がひとりで生きていける未来が想像できず、だから離れるわけにはいかないと考えている。


 だがいろんな本や道具を次々見せながら頬を紅潮させて喋るユイナは、ロシュートが過去に見たような……もしかすると過去に見たよりも輝いて見えた。


「と、まあそういうわけで相手の魔法を吸収して反射するような使い方ができるの。すごいでしょ、最後の部分は私が考えたんだから!」

「んあ?ああ、なるほど。そりゃ凄いな」

「アニキ、さては聞いてなかったな?この私の素晴らしい発明をせっかく披露してあげたのに!」

「聞いてたよ。ごめんごめん」

「聞いてたならなぜ謝る!?」


 ムキャーと怒り出した妹をなだめつつ、ロシュートは部屋の中を見渡した。彼は部屋中に散乱した本やら紙やらを片付けてやろうと考え、それらを拾い始める。


「あ、勝手に動かさないでよ!」

「どれがなんだか覚えているんだろ?けどちゃんとと分類してまとめておいた方がいいぞ、こういうのは。どうせこういうところに重要な書類が……ほら。ぐうの音も出まい」

「ぐぅ」


 彼が『冒険者証更新手続き・最終通告』と題された一枚の紙を拾い上げて見せると、ユイナは観念して兄が手渡す書類をチャブダイの上で分類し始めた。


 その間にロシュートが他に重要な書類がどこかから出てこないかと見渡すと、もう夕日が差し込み始めた窓のそばにある机の上、ところ狭しと積まれた本の隙間に作業用だろうか、少しだけ天板が見えているスペースにユイナの失効した冒険者証を見つけた。


 他のものが乱雑に床に投げ捨てられている中、もう失効したはずの冒険者証は机の上に丁寧に置かれている。それはユイナが冒険者としての未練を捨てられていない証なのではないかとロシュートは考えた。


 妹は冒険者を辞めることになった理由を多く語らない。確かなのは所属したパーティ内でトラブルがあり、その解決としてメンバーの中からユイナが選ばれ、追い出されたこと。それを決めたのがパーティのリーダーであるSランク冒険者、自称異世界から来たというもうひとりのニホン人、ウマコトであるということ。


 頭でっかちの使えないやつなんかじゃないんだから!


 ロシュートはフォレストクラブ討伐に言ったあの日、妹が言った言葉を思い出した。


 ユイナの心の内にある暗い部分の発露、彼女が引きこもり続けている理由がもしそのそこにあるのだとしたら、と彼は考える。兄である自分にこそ、言ってやれることがあるんじゃないかと。


「ユイナ。俺はお前のこと、すげえなって思ってるよ」

「何、急に」

「あんな危険なことは二度としてほしくないけど、ブラッドワイバーンのブレスを防ぎ切った上に倒すなんてさ。しかも即興のよくわからない魔法で。普通出来ることじゃない」

「ようやく気がついたの?ユイナさんは元Aランク冒険者の天才魔法使いなんだって」

「そうだ。しかも色々道具も作れる」

「そ、そうだね。なんか急に素直に褒めるじゃん」

「お前の作ったもので俺は何度も助けられているんだ、本当に。前に出ていなくたって、ユイナは道具を作って俺と一緒に日々の雑用や魔物と戦ってくれている。そういう意味じゃ、お前は今でも立派な冒険者だよ」

「……」


 書類整理に集中しているのかロシュートの後ろから聞こえてくる妹の声はどこかうわのそらで、最後に至っては返事すらなかった。


 彼は別に返事を期待していたわけではなく、言いたいことを言っただけなのでそれでよしとする。


 と、そこでロシュートは冒険者証の下になにやら紙きれが下敷きになっているのに気がついた。見ればそれは、小さく折りたたまれているものの彼が先日ユイナに詫びとして渡した菓子の包み紙であった。きれいにしわが伸ばされており、妹は何やら考えがあるようだ。


 しかしただのゴミという可能性もあるため、彼はぶつぶつ呟きながら書類を分類している妹に振り返って聞いてみる。


「なあユイナ、この菓子の包み紙は捨てていいやつ?」

「えっ!?あ、いやそれは取っといて!てかなんで触ってんの!?」


 立ち上がり手を振り回しながら慌てふためく妹を不審に思いつつ、ロシュートはやはり自分の一存で捨てなくてよかったな、と確信した。


「なるほど、さてはこれも魔法の何かに使うんだな?」

「そ、そうそれ!あとで実験に使おうと思って!!」

「遊ぶのはいいけど、散らかすんじゃないぞ。サーシャがかわいそうだからな」

「だから研究は遊びじゃねーし!ちゃんとしまっておくから触んないでね!」

「あいよ。それじゃ、俺はそろそろ行くから。ちゃんと片付けはしておくんだぞ」

「わかってるってば!」


 ロシュートは菓子の包み紙を机の上に戻すと、念押しするように妹の肩をポンポンと軽く叩きドアに向かった。そして彼がドアノブに手をかけたとき、ねえ、と妹から声がかかる。


「アニキはさ、ずっと昔から優しいよね。なんでなの」


 彼が振り向いて顔を見ると、ユイナはどこか寂しそうな表情を浮かべていた。夕日が陰影を強く映しているからだろうか、その怒りとも悲しみとも違う雰囲気にロシュートは一瞬面くらったが、胸を張って返答する。


「そりゃ大事な妹だからな。お前が抱えている事情は関係ない、兄なら妹を大事にするのは当然だろ?」

「……だよね、うん。こんなに優秀な妹、そうそういないよ」

「それを自分で言っちゃうのはやっぱりお前らしいよ本当に。じゃ、またなんかあったら顔出すから、サーシャやフォートさんに迷惑をかけるんじゃないぞ。あと、働く方法も少しは自分で考えておけよな。頼むから」

「何回言うのそれ、わかってるって」

「そっか。んじゃまたな」


 今日は長いこと一緒にいたから別れ際に寂しくなったのだろうかと思いつつ、これもひとり立ちのためには乗り越えらえなければならない試練なのだと自分に言い聞かせたロシュートは201号室を出た。




「これでいいのだロシュート・キニアス。かわいい子は谷底に突き落とせってユイナ自身も言ってたし……いやなんか違うような」

「ロシュート様」

「うわっ!?」


 宿の廊下でブツブツと独り言を言っているところに突如隣に現れた(ように思える)フォートに声を掛けられたロシュートは飛びあがった。見れば、フォートの手には一通の手紙が握られている。


「失礼、驚かすつもりはなかったのです。お許しを」

「う、うん。それで、もしかしてその手紙は俺宛て?」

「左様でございます。なんでも急ぎだとか」


 ロシュートはフォートが差し出した手紙を受け取る。厚さはそんなにないが立派な封書であり、ギルド印の蠟で閉じられている。その中身は開けるまでもなく予想がついたが、彼は開封し一枚の紙を取り出した。そこに書かれていたのはただ一言。


「ロシュート・キニアスは明日よりDランク冒険者としてギルドの召集に応じること」


 夕焼けの晴れた空に似つかわしくない強風が廊下の窓を揺らし、大きな音を立てる。

 それはまるで嵐の前触れのような、不吉な風だった。

読んでいただきありがとうございます!

次話は3日ごとに投稿する予定です!

評価や感想をもらえると嬉しいです!

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