【第89話】因果の再会
「……よし」
夜更け。ロシュートはランプもつけず、月明かりだけを頼りに自分の装備をいま一度確かめた。
腰に下げた短剣に【地属性】魔法の魔導書。軽弓に防具。ポーチに詰めた諸々。
まるで魔物討伐にでも赴くかのような装備だが、ある意味では、魔物討伐よりもヤバいことをしようとしているのだから仕方がない。
あとはこっそり部屋を出て階段を下り、外に出るだけだが……。
「あ、やっと出てきましたね。ロシュートお兄ちゃん」
ドアを開けるとそこには、不気味なほどにこやかにほほ笑むサーシャが立っていた。
「さ、サーシャ。起きてたのか」
「ええ。ここのところ様子がおかしいロシュートお兄ちゃんが、グレースさんたちと別れた後からずっと険しい顔をしているのを見てイヤな予感がしていたので。こんな夜更けに一人でどこに行くつもりですか?」
いつもの小動物のような彼女からは想像もできないほどの威圧感。ロシュートはこめかみから脂汗が走るのを感じつつ、しかしその華奢な肩を掴んで押しのけた。部屋を出て行こうとする彼の右腕をサーシャが掴む。
「どこに行くつもりなのかと聞いているんです」
「悪い、サーシャ。放してくれ。俺にはいかなきゃいけないところが」
「『エンアムレス』」
「いでっ!?いだだだだだだ!!!」
サーシャは腕力強化の魔法によって強引にロシュートを部屋の中へと引っ張り戻した。半ば放り投げられる形でやっと腕が解放されたロシュートが顔を上げると、月明かりに輝く銀色の刃が鼻先に突きつけられていることに気づく。
「いいですか、ロシュートお兄ちゃん。もう一度聞きますよ?」
薙刀を握り直しつつ、サーシャはにこやかにほほ笑んで、
「こんな夜更けに、どう考えても危険な場所に無謀にもひとりで赴こうとしているようにしか見えない装備で、どこに行くつもりなんですか?」
その目は笑っていなかった。
「さ、ロシュートお兄ちゃん。これでも飲んで落ち着いてください」
ロシュートは宿の部屋の中、ローテーブルを前にセイザさせられていた。サーシャが手にした保存容器から、目の前に置かれたカップにいい香りのするお茶が注がれていく。
「これ、今日ちょうどロシュートお兄ちゃんと合流する前に見つけたんです。中に入れたものの温度が下がりにくいんですって。お茶も新しいんですよ。飲めば頭がすっきりして、魔法が使いやすくなるとかなんとか」
「……あの」
「飲んでください」
「はいいただきます」
早くもびりびりと痺れてきた足を組みなおしつつ、お茶を啜る。甘さは控えめで、温かいがすこし爽快感がある。効能はどうやら本当らしい。
ロシュートがふぅ、と息を吐くのを見て対面に同じくセイザしているサーシャは満足げに頷くと、
「さて、ロシュートお兄ちゃん。実は私、ロシュートお兄ちゃんがどこに行こうとしていたかなんて、察しがついているんです。王城でしょう?」
「いやその、はい」
「日中に通っても追い返されるから、夜に侵入してしまおうとしているんですね?」
「なぜそこまで分かるんですか」
「逆にロシュートお兄ちゃんは自分がどれだけ街で認知されているかを知らないんですか?噂になっていますよ。Bランクのくせに雑用ばっかりこなす『お人好しのロシュート』が、毎日王城に行ってはとぼとぼ帰ってきているって」
王城に通っていることはサーシャに言ってなかったのになぜバレたのかと思ったら。
ロシュートは自身の知名度を恨みかけたが、それが筋違いな恨みだということもまた自覚していた。
「……ユイナさんに会いに行っているんですよね」
「……」
「ロシュートお兄ちゃんが『コール』でユイナさんと話していたあの夜のことは、正直どういう状況だったのか私は把握し切れていません。ロシュートお兄ちゃんが話さないから。でも、喧嘩になってしまったのでしょう?」
無言で俯くロシュートに、サーシャは軽くため息をつき、月光の差し込む窓の方に目をやる。
「ロシュートお兄ちゃんは、なぜユイナさんを怒らせてしまったのか、分かっているのですか」
「……実は、あんまり。でも、会って話さなきゃいけないんだ。そういう、気がするから」
「私には、ちょっと分かります。そして、ユイナさんの怒りの原因の一端は、たぶん私です」
「サーシャが……?なんで?」
「私が逆の立場だったら、きっとすごく寂しいからです」
サーシャは視線を戻し、ロシュートの顔を真っすぐ見つめた。
「ユイナさんはきっと、自分が思っているよりもずっと、ロシュートお兄ちゃんと一緒に居たいんだと思います。それを、私やロシュートお兄ちゃんが追い出してしまった」
「それは、確かにそうだけど……でも、あいつはマギ研に居た方がずっと安全だし、大好きな魔法のことだってたくさん研究出来る。俺なんかとリンドにいるよりは、王都にいた方がアイツの将来のためになるって」
「私もそう思っていました。でも、ユイナさんの気持ちに、全然向き合えていなかったんです。いや、でも本当は……」
「サーシャ?」
ぼた、ぼたとサーシャの目元から涙がこぼれる。だが彼女はそれを素早く拭い、表情を引き締めた。
「私は、私がしたことの責任を取りたい。ユイナさんに会いに行くと言うなら、私も一緒に行きます」
「ま、待てサーシャ。今晩は俺ひとりで」
「ロシュートお兄ちゃんのパターンなんかとっくに読めているんです」
サーシャはロシュートが腰に下げた短剣を指さす。
「その装備。まだ、そしてまた、何か隠していますよね?」
「……」
「もう何回も言っていますよ?大事な話には私……いえ、私たちを巻き込んでくれって。それとも、またお仕置きを受けたいんですか?」
怒りの滲む口調、しかしロシュートを見つめるまなざしに浮かんでいるのは不安。
「……そうだな。本当に、俺は成長しないやつだ。ダメなアニキだな」
自嘲は本気だった。
自己犠牲という悪癖。自分ひとりでなんとかしようとするのは結局、周りの人間を信頼していないと宣言するのと同じなのだ。
過去二度も指摘され、それでもまた同じことをしようとしていた自分には反吐が出る思いだが……今なら。
「サーシャ、嫌なら嫌と言ってくれ。俺はその決定を恨まないし、本当ならお前をこんなことには巻き込みたくないんだけど」
「ええ、言ってみてください」
ロシュートは深呼吸する。まるで隠していた失敗を親に打ち明けようとする幼子の様な緊張感。
今こそ、その幼稚な泥沼から抜け出す時だった。
「国ぐるみの陰謀からユイナを助け出したい。手伝ってくれるか?」
「ええ、もちろんです」
亜麻色の髪の少女は、そんなことなんでもないと言わんばかりに即答した。
「お城のブラッドワイバーンを操る特殊な衛兵さん、竜騎兵隊がリンドに集まっていて、人質を取られたヴェルヴェットさんがその技術を提供している、ですか」
「正確には人質じゃなくて、竜らしいんだけどな。呑み込みが早くて助かる」
王都の大通りには深夜でも多少の人通りがある。雑用をこなすうちに覚えた路地裏を使って王城を目指しつつ、ロシュートはサーシャに事情を説明していた。
「いま王城を封鎖している理由、竜の暴走事故はおそらく俺が巻き込まれたやつとは別件だ。そしてユイナの『コール』があったタイミング。確信はないけど」
「ユイナさんも何らかの形で関わっていると?」
「おそらく。ユイナは動揺してたんだ。もっと話を聞いてやれば……」
路地を区画する塀を乗り越え、着地した衝撃でブーツが石畳を打ち鳴らす。だが幸いにも吹き荒れる強風がロシュートたちの足音をかき消し、表通りの誰もそれを聞くことはない。
「竜騎兵隊の指揮をしているのは俺が知っている限りカーネイルだけど、ヴェルヴェットの言うことを聞く限り、おそらくアンリットも関わっている。そしてユイナを王城に、マギ研に呼び寄せたのはアンリットだ」
「ヴェルヴェットさんが言ってたという狼の仮面の男は?」
「分からない。俺たちの知らない第三者か、あるいは、あまり考えたくないけど……」
ロシュートは口をつぐむ。もしその展開だった場合、最悪だ。
「俺たちが今できることはユイナに状況を伝えること。そして、どうにかしてユイナ脱出の作戦を練ることだ。マギ研は入ってから3年間は辞められないっていうけど、せめてこの陰謀がどうにかなるまでの間は避難させたい」
「その場合、ユイナさんはマギ研を辞めさせられることになるんじゃないでしょうか」
「さあな。曲がりなりにも国の研究施設だし、案外気前よく復職させてくれるかもしれねえ。もしクビになっちまったとしても」
握る拳に力がこもる。だが、ロシュートは言葉にしておきたかった。
「その時はその時だ。考えてみれば当たり前だよな。どんなところにいようがどんな職に就いていようが、俺が守ってやればいい。俺はヤツのアニキなんだから。それを俺は、安全と安定だけを考えて……」
「ロシュートお兄ちゃん、今は」
「ああ、そうだな」
ロシュートはようやく見えてきた王城の門を睨みつける。
「とにかくユイナに会うことを考えないとな。それだけじゃなく、陰謀のことを教えてくれたヴェルヴェットとの約束もある」
「だったらなおさら、ユイナさんも巻き込まないといけませんね!いま私たちの中で王城にいちばん詳しいのはユイナさんですから」
「だな。クソッ、やっぱ結構やることが多そうだ。なんにしても手早く済ませないと」
城門へ続く跳ね橋の手前の路地から少し顔を出し様子をうかがう。
跳ね橋は降りていた。特別な警戒態勢が敷かれているわけでもなく、城門の方に衛兵がいるいつもの警備態勢だろうとロシュートは推測する。
「よし。中に入るのには俺が前に使った抜け道を使うことにしよう。城門を通ったすぐのところに入り口があって、時計塔の方まで繋がっている。鍵は俺が開けられるはずだ」
「となると、城門の警備を潜るのが第一関門になりますね」
「まさしくな。サーシャ、前に森で使ってた暗視の魔法、まだ使えるか?」
「『梟の眼』ですね。使えます」
「よし、じゃあ俺が肩車するから、城門の方の様子を見てくれるか」
「かっ……!?」
「どうした、何か問題か」
「い、いえ。えっと、『梟の眼』!それから、重くありませんように重くありませんように……」
「?」
サーシャは魔法とその他の願いを小声で詠唱すると、ほら、としゃがんだロシュートの背に恐る恐るまたがった。
「よっ、と」
「やっぱり重かったですか!?」
「別にそんなことはないと思うけど。それより、城門の様子はどうだ?見えそうか?」
「すみませんっ!今確認を……あれ」
「どうした?」
「あの……」
ロシュートに報告する前に、サーシャは二度、三度と目を擦って見直してみる。何かおかしい光景が見えているのかもしれないと思ったからだ。
だが、結果は変わらない。
城門の前も、その隣の詰め所も、そのさらに周辺を見ても。
「警備の衛兵さんが、ひとりもいません……」
城門は、不気味なくらいに静まり返っていた。
「本当か?それは好都合でもあるけど……とにかく行って確かめてみるか」
ロシュートは再びしゃがんでサーシャを降ろすと、少し顔を出して表通りに誰もいないことを確認してから跳ね橋へと向かった。
そして物陰からうかがうまでもなく、サーシャの言う通り衛兵が誰もいないことを視認する。
「夜でも跳ね橋が降りてるのはいつものこと、なんですよね?」
「そのはずだけど……」
サーシャの質問に首肯しつつ、しかしロシュートも違和感がぬぐえない。
王城はいつもは確かに警備されているのだが、その時でも外側まではあまり監視の目はない。顔の知れている人物で、かつ内部で攪乱があったとはいえ、以前サーロッテとロシュートが一気に王城まで近づけたのはそのためだ。
その時ですら、サーロッテは入城の許可証を確認されそうになっていた。もちろん見回っていた衛兵にだ。
ならば、なぜ今は衛兵がひとりも見当たらないんんだ……?
「……行くしかないか」
何らかの罠の可能性はある。だが、チャンスを不意にするわけにはいかない。
ロシュートはサーシャの手を引き、跳ね橋を渡り始めた。いつでも反応できるよう腰の魔導書を意識しつつ、城壁の上や詰め所を警戒する。
だが、拍子抜けするほど簡単に、2人は跳ね橋を渡って城門の前まで来た。
門扉は完全に開かれていて、まるで大きな怪物が口を開けているようだった。秘密の通路は門をくぐってすぐそこの倉庫内だが、城門周辺どころか、城内の敷地にも衛兵はひとりも見当たらない。
代わりにそこに居たのは、サイズの大きめな魔術師用のローブを羽織った、黒髪のーーー。
「に、にいちゃん!?サーシャも!」
叫び声をあげ、ロシュートたちに駆け寄ってきたのは、まさにいま探し求めていた妹。ユイナだった。
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