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【第86話】疑念

「プレゼント、本当にそんなのでよかったのか?」


 数時間後、数店舗回った末にロシュートたちが買ったのはブーツの手入れセットだった。皮がカビないように磨くための粉とブラシ、替えの靴紐などが一緒になって箱に入っている。ロシュートが実用性を重視して提案した結果なのだが、自分で提案しておいてちょっと味気ないように思えてしまっていた。


 しかし傍らを歩くグレースはいいんだぞ、と頷き、


「オイラのいとこは衛兵さんなんだ。靴が壊れてもすぐには替えてもらえないから、ずーっと同じ靴を修理しながら使っていると言っていた。オイラ、そのことをすっかり忘れてたからロシュートさんが提案してくれて助かったぞ」

「私たちだけで考えていたときはお菓子とかティーセットとか髪飾りとかしか思いつきませんでしたからね」

「それはそれでよさそうだけどな。髪飾りはともかく」


 適当に相づちしつつ、ロシュートはそろそろグレースが乙女なことに慣れてきていた。


 ロックベルト家のご令嬢。


 テンペスタ大森林で見た豪快さ、そして残虐さとは対を成すような印象だ。同一人物の中でもここまでの差が出るものなのかと頭を抱えたくなるが、彼女の仲間のリリシアやサーロッテも第一印象ほどとんでもない人間である印象はなかった。詳しくは聞けていないが、ユイナもフレストゥリとうまくやっているようだった。


 連鎖的に思い浮かぶのは彼女らを取りまとめるリーダー、ウマコト。


 あいつにも、何もかもが常識や倫理から外れたあの男にも何か違う一面があるのだろうか。


「お、いたいた!おーい!」


 ロシュートはグレースが大声で誰かを呼ぶ声にハッと我に返った。彼女が手を振る先には2人の男が立っている。


 そしてその片方、こちらに手を振り返している赤毛の男にロシュートは見覚えがあった。グレースと共に駆け寄って、それは確信に変わる。


「ツヨーシャ!久しぶりだぞ!」

「ぐおっ!グレース姉さん、相変わらず力が……」

「おお、ごめんごめん」


 グレースの骨を軋ませる抱擁から解放されたツヨーシャはロシュートの方を見て目を丸くした。


「あれ、あなたはロシュートさんじゃないですか。なぜグレース姉さんと一緒に?」

「そっちこそなんで……って、そうか。そういえばあんたの名字も」

「そう。改めまして、ツヨーシャ・ロックベルトです」


 ツヨーシャ・ロックベルトは丁寧に頭を下げる。衛兵の見学に行った際に手合わせした相手だったが、戦っているときの鬼気迫る様子からは想像できない腰の低さにロシュートはつい面食らってしまう。


「うん?ロシュートさん、ツヨーシャの知り合いか?」

「実は1回手合わせしたことがあって……その時は気づかなかったんだが、グレースのいとこだったのか。どうりで強かったわけだ」


 いとこが強かった、と聞いてグレースはムフーと自慢げに胸を張る。


「そうだろう!ツヨーシャはオイラたちの中でもかなりのウデだったんだぞ。頭もいいから王都の衛兵になる試験もすぐに合格したんだ。というか戦ったのか!いいなぁ、オイラもまたツヨーシャと戦いたいぞ」


 鼻息荒く迫るグレースをツヨーシャは手で押さえつつ、


「いまの俺じゃグレース姉さんには敵わないよ」

「そうかなぁ、1回だけ!ちょっとだけ()ってみない?もう引っ越すんだろ?王都から離れる前にさ……」


 じゃれる大型犬とその飼い主のようなやり取りにロシュートが苦笑していると、もう片方の男がお久しぶりです、と話しかけてきた。だがロシュートには、その金髪で清涼感のある笑顔の青年に見覚えはなく、怪訝な表情を浮かべてしまう。


 すると青年は笑って、


「覚えていますか?僕はユーリ、ユーリ・エリトーラです」

「ユーリって……ああ!あの竜の?」


 どうりで見覚えがないはずである。ロシュートが以前ユーリに会ったとき、それはすなわちブラッドワイバーンの暴走事故があったときだが、彼は高高度で竜を駆るためのゴーグルとマフラーをつけていた。ゴーグルを上げた一瞬だけ目元を見たが、加えてボリュームのある専用の服を身に着けていたために全体的な雰囲気があいまいとなっていたのだ。


 ユーリはシィー、と人差し指を立てると、


「竜騎兵隊のことは、秘匿こそしていませんがあまり堂々と広めるものではない、とカーネイルさんから言い含められているんです。ですから、あまり大声では言わないよう……」

「そ、それはすまなかった……でも大丈夫だったか?あの事故のあとは」

「ええ。あの時ほどではないにしろ、竜が少々暴れることはあったんです。彼の命を奪ってしまったことは気の毒ではありましたが、言ってしまえば、我々はあのような事態には慣れています」


 一通り再会のやりとりを終えたのか、取り出したプレゼントを渡し始めたグレースとサーシャを見て、ユーリは区切るように嘆息すると、


「あちらはサーシャ・リンドベルトさんですね。ツヨーシャの転属祝いを一緒に選んでいたのですか?」

「あ、ああ。そうだが、なぜサーシャのことも知っているんだ?」

「そりゃあ、あなた方『ブラッドマウス』は有名ですから……と誤魔化してもいいのですが、ここにいるのは当事者だけですしね」


 ユーリは素早く周囲を見渡した。他の通行人は近くにいない。


「実のところ、テンペスタ大森林での一件について僕も調査書を読んだのです」

「そうなのか?いやでも待て、アレって確か当事者以外には秘密のハズじゃ……」


 ロシュートの疑問に、ユーリはかぶりを振る。


「公にはそのようになっていますが、実際のところ、森での解毒作業を行っている衛兵たちにも一定の情報は共有されているのです」

「解毒作業、か。なんというか、大変そうだよな」


 テンペスタ大森林の事件で土や水、木々、動物までもが『大風の使徒』によって汚染されてしまった。詳しい手順や方法は知らないが、その除染作業を行っているのが衛兵たちというのはロシュートも聞いている。


「実際に事件を解決したあなた方ほどではありません……が、実際にかなり手のかかる事態になっているようです。僕らが転属となったのもそれが理由のようで」

「僕ら、って……ツヨーシャと、あんたもなのか?」


 ユーリは残念そうに頷いた。


「ええ。ツヨーシャも僕も、いざとなったら王城をお守りする役を任ぜられていた衛兵なんですが、人手が足りないとかでリンドへの転属……実質的には、テンペスタ大森林での除染作業員としての動員となりました」

「え、ちょっと待て」


 湧きあがった疑念が、ロシュートを話の途中で割り込ませた。


「あんたたちは確か王城で平時はずっと戦闘訓練をやっているんじゃなかったのか?カーネイルの秘蔵の部隊とかって。ツヨーシャもだし、何ならユーリは竜騎兵隊として訓練してたじゃないか。なにもあんたたちじゃなくても、他にいる普通の警備兵じゃダメだったのか?」

「実は僕もそう思って何か手違いではないか、と確認したのですが。ツヨーシャはどこにいても国を守る使命に変わりはない、と意気込んでいましたが、僕は正直なところ、落胆の方が大きいのです」


 プレゼントをその場で開封して確認し、盛り上がっている3人に再び目線をやったユーリは羨望を隠さなかった。


「確かに森には危険な魔物も出るでしょうが、どの衛兵も訓練は受けていますし、それこそあなた方のような冒険者たちもいます。そんな中、なぜ我々のようなより高度な訓練を受けた部隊を王都から外してしまうのでしょう」


 ユーリは細く鋭い目を閉じるように、力なく笑った。


「いけませんね。僕も任ぜられた使命を全うしよう、と頭で思ってはいても、なぜ王都を守る任から外れてまでテンペスタ大森林に赴かなければならないのか、納得がいっていないのです」

「ああ、それは、そうだな……」


 だがロシュートもまた、全身の力が抜けていくようだった。


 言われてみればそうだ。確かにテンペスタ大森林の汚染はひどかったが、食べるものに気をつけていれば特に直接的な危険があるわけでもない。魔物の凶暴化もウィンディアン村のエルフたちで対応可能なレベルだったのだから、冒険者ギルドもあるリンドで護衛をつければ特に問題もないはず。


 汚染のことを公にするわけにはいかないから、という事情も、専門の科学者でもない衛兵にそれを任せ、情報を伝えるのなら遅かれ早かれ広く知れることになるわけで、冒険者に護衛を頼めない理由としては弱い。むしろ王都からの指名依頼には信用が重要だと冒険者たちは分かっているから、秘密にしていろと言ったら黙っているはずなのだ。


 ならば、なぜこんなに高い戦力となる特殊訓練を受けた衛兵をリンドへ送るんだ……?


「ロシュートさん、ありがとうな!おかげで喜んでもらえたぞ!」

「すみませんロシュートお兄ちゃん、そちらのお話が終わってからにしようと言ったのですが、グレースさんがどうしても今渡すと聞かなくて……ロシュートお兄ちゃん?」

「あ、ああ。すまない。少し考え事をしていた」


 サーシャの呼びかけにとりあえず返事をするロシュート。


 だが、頭の中では首をもたげた疑念が大きくとぐろを巻く。


「ありがとうロシュートさん。あなたたちもすぐリンドに帰ってくるんですよね?その時は俺たちにリンドを案内してください!」

「僕からもお願いします。では……」


 衛兵の2人が去っていく背中に無言で手を振りつつも、ロシュートは決意していた。


 リンドへと帰る前に、絶対に、ユイナと話しておかなくてはならない。


 そしてーーー。


 テンペスタ大森林での事件の首謀者ヴェルヴェットは、竜を操る方法を聞き出すために隔離・監禁されていた。


 一部の衛兵たちは彼女からもたらされた情報によって竜を操る訓練を受け、強大な攻撃力を持ちはじめていた。


 そこには国家ぐるみの陰謀の陰があり、その竜を操る訓練を受けた竜騎兵隊も、リンドへと送られ始めているいま。


 もう時間はない。


 カーネイルにも、もう一度話を聞く必要があるだろう。


 見上げた王城の背後で、強い風に吹かれた雲が遠くへと足早に逃げ去っていくのが見えた。

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