【第82話】謝罪と再会
王城内では貴族院の人間の移動用に、専用の馬屋で多くの馬を待機させている。
馬屋、といってもただ小屋があるだけではなく、広大な敷地を活かしてちょっとした牧場のような放牧スペースまで用意されている。本物の牧場に比べれば狭いものの、昼間などはたくさんの馬が放牧されている様子が確認できる。時折、群れの中にはトカゲ車用のモリオオトカゲも混ざっているが。
ただし、今日に限っては、放牧されている馬やトカゲは一頭もいない。
「お嬢、この先は危険ですよ!どうかお引き取りを」
「ちょっとだけだから!いいではないか別にわらわが飼ってる竜なのだし!」
その入り口でリゼが見張りの衛兵と揉めているのを、ユイナは苦笑いで眺めていた。
そりゃあ止められるだろう。ユイナは牧場の真ん中に鎮座する巨体に目をやった。
赤黒い鱗、大きなあごとかぎ爪、長い尻尾。
見間違えようもない、本物のブラッドワイバーンがまるで猫のように丸くなって寝ているのが入り口からでも確認できる。
「まさかマジで竜がいるとは」
「フゥン、やっぱり竜騎兵隊の使っている1匹かな?完全に野生を無くしていそうな雰囲気だ、牙を抜かれるとはこのことだね」
「ほ、ほほほ本当に竜……!?」
のんきに呟く女二人と対照的にビビっているセロリを見て、ユイナは肩をすくめた。
「セロリくんさ、ブラッドワイバーン見るのもしかして初めて?」
「見たことがあるわけないだろう!あ、あんな凶悪生物、人間が手懐けるなんて聞いたことがない!」
「竜騎兵隊がもう試験的な制御を実証してるんだってさ。王城にいるのに噂すら聞いたことがなかったの?」
「聞いたことはあったが、そんなことがあるはずがないと決め込んでいた」
「正常性バイアスってやつか……」
ユイナはあきれ半分、冒険者でなければこんなものなのかな、という納得半分でいると、リゼが衛兵を横に押しのけたのが見えた。大きく手招きしている。
「おいお前たち!もう来てもよいぞ!」
「なあ小さじ脳、アレはもしかしてどっかの貴族の子供かい?ボクはここまでの暴虐を通せる権利を子供に与えるなんて、リスクの塊でしかないと思うのだけれどねぇ」
「私も詳しくは聞いていないけど、どうもエライ人がバックについていそうな感じはあるわ。親に一度会ってみたいような、会わない方がいいような……とにかく行こう。もっと近くで見たいし。ほら、セロリくんも行くよ」
「待ってくれ心の準備が……!」
ここまで来てビビりまくるセロリの腕を掴みつつ、ユイナはリゼの後を追ってブラッドワイバーンに近づいた。
そして近づいてみてわかったのだが、その竜はこうして牧場に放置されているだけの理由があるようだった。
まず両腕代わりの大きな翼は、その片方の根元にぐるぐると包帯のようなものが巻かれていた。人間用のものよりも遥かに粗雑だが丈夫そうな布にがっちり固められているため、飛ぶのも難しそうである。翼膜もところどころ縫われているようだった。
身体の方にもたくさんの包帯が巻かれており、口には噛みつきや火炎放射の防止用なのか、魔法陣が刻まれたマズルカバーが顎を縛るように固定している。アレでは口は少しだけしか開かず息苦しそうだが、安全上仕方がないのだろう。よく見れば爪や甲殻のトゲも刺さらないよう先端を切られ、やすりをかけられて丸くなっている。
間違いなくブラッドワイバーンではあるものの、かなりの手負いのようだ。冒険者が狩り損ねたものを保護したのだろうか?
「うーんでも普通捕獲するならもっと傷つけないように捕獲しそうなもんだけどな。なんでこんなボロボロに……」
「おい、ベルセルク!起きろ!わらわが来たぞ!」
ユイナがブツブツひとり言を呟いている間にリゼは止める間もなく素早く竜に駆け寄ると、そのマズルカバーを手でベシベシと叩き始めた。すぐに眼が開き、縦長の瞳孔がまずリゼを見て、次にその後ろに立っている3人の方を向いた。
「ひいっ起きた!?」
「大丈夫だ!ベルセルクはいい子にしておるから。のう?」
リゼの問いに応えるように、ベルセルクは首を下げたままのし、のしと立ち上がった。そのたたずまいは大型の猛禽類の様でもあったが、いかんせん大型すぎる。慣れていると思っていハズだったのだが、ユイナのこめかみに冷や汗が一筋流れ下った。
竜が立ち上がったことで、流石にまずいと思ったのか入り口の衛兵が駆け寄ってくる。
「お嬢、それくらいにしておいたほうがいいですよ」
「何を言う!ベルセルクはわらわの竜、会いに来て何が悪いというのか!」
「しかし……」
「だいたい、わらわはお母様が危ないというからしょうがなくお前らに竜の卵を明け渡したのだぞ。だというのに自分たちは兵隊に使うとかいいわけして飼っているとは。しかもベルセルクは馬屋の奥の使っていないはずの倉庫の中でこっそり飼われていたのを見つけたのだぞ!ズルくてかなわんわ!だからわらわが一匹くらいもらっても構わんのだ。のう、ユイナ」
「のう、と言われてましても」
返答に窮したユイナは改めてブラッドワイバーンの顔をちら、と見た。
獲物を捕食するために正面についている相貌が、なんだか自分を睨んでいるような気がする。ここまで近づいても襲われていないので確かに安全に管理されているのだろうが、どことない敵意を感じずにはいられない。
「ねえねえ、ボクも触ってみていいかい?」
「もちろん!いじわるしないならベルセルクも触らせてくれるはずだからの」
「では遠慮なく」
そんなユイナの心配をよそに、フレストゥリはベルセルクと呼ばれている竜に近づきそのクチバシを撫でた。するとベルセルクは逆にフレストゥリの胸元に鼻先を押し付けるようにしながら喉を鳴らし始めた。世にも恐ろしい低いうなり声で。
「おお、まるで飼い犬の様じゃないか。図体はでかいが、よく飼いならされている」
「ベルセルクは人懐っこいうえ、賢いのだ。人見知りもしないし、翼だって触らせてくれるぞ。ほらベルセルク、『お手』!」
リゼが自慢げに右手を天に掲げると、ベルセルクはゆっくりと左翼をその小さな手が触れる位置まで下げた。尖りを取った翼爪をリゼの手が撫でまわす。
「おお!なるほど。ということはボクも……『お手』だ、ベルセルク!」
今度はフレストゥリが左手を掲げると、同じように右翼でちょん、とタッチするベルセルク。その巨体からはとても想像できない繊細な力加減で、フレストゥリの左腕が押し戻されるようなこともない。
「なるほど、これは愉快だねぇ。魔物を意のままに使役する感覚が実に良い」
「セロリとか言ったか、そこのお前もどうだ?ベルセルクに『お手』をさせてみよ」
「ぼ、僕は遠慮しておく」
「何を怖がっておる!?よぉしベルセルク、やれ!」
こっそり背中側に回り込もうとしていたセロリにリゼがビシィ!と指差しすると、ベルセルクは軽く唸りその筋肉質な脚で土を踏みしめながら彼に近づいていく。
「う、うわうわうわうわうわやめろやめろやめろぉ食べないでェ!!!」
ベロン、と。
腰を抜かしたセロリの顔……というより全身を、ベルセルクがマズルカバーの隙間から出した巨大な舌がよだれまみれにしてしまった。
「うわっははははははははは!情けないのう、ベルセルクはお前と『なかよし』しただけだ!喰おうとは微塵も思っとらんわ!」
「これはケッサクだ!セロリクン、あとで服についた唾液を採取させてもらうからねぇ!」
ゲラゲラ笑うリゼとフレストゥリ、呆然としているセロリ。
ユイナは自分だけこの輪に入れてもらっていないような疎外感を感じ、そっと右手を上げた。
「ベルセルク!お、『お手』!」
その声に反応し、ベルセルクの首がユイナの方を向く。
向いた、のだが。
「フンッ」
「あれ、そっぽ向かれたな」
ベルセルクは首をぷいっ、とユイナから逸らしてしまった。
「ユイナよ、もう少し近づいてみたらどうだ」
「そうする……ベルセルク!『お手』!!」
少し近づいてみて、ユイナは再度挑戦するが反応がない。
「あれ……?」
「おかしいのう。ベルセルク!『お手』!」
リゼが叫ぶと、いや、叫ぶ前からベルセルクは彼女の方をへ素早く振り向いた。へたり込んでいるセロリの頭上を丸太のように太い尻尾を通過させつつ、ベルセルクはリゼへの『なかよし』を開始する。
「あ、あははははっ!こら、こらベルセルク!いまは『お手』だ、『お手』!『なかよし』ではない!『お手』!」
リゼを散々舐めまわしたあげくに、ベルセルクはようやく彼女の手に再度左翼を差し出した。
「ふぅ。ちょっとヤンチャなのは困ったものだ。育ち盛りなのか、まあよい」
「ヤンチャで済ませるなよ!こんなの、万が一暴走したらどうするんだ!」
「そんなことはない!ベルセルクは賢いからな。ほら、お礼にあやつを乗せてやるのだ、ベルセルク」
ようやくヨロヨロと立ち上がって必死に抗議の声をあげるセロリの目の前に、ベルセルクの大きな翼がゆっくりと降ろされた。姿勢が下げられていて、よじ登れる程度の角度だ。
「ほら、乗るがいいセロリよ。ベルセルクに乗せてもらうのは光栄なことなのだぞ」
「そ、そんなこと言われたって」
「さっさと乗れ!」
「はいぃ!うわぁああああああ!?」
もうすっかり心を折られてしまったセロリは自分よりひとまわり、いやふたまわりは年下であろう少女に命令されるがまま、必死に目の前の竜にしがみついた。途中でじれったくなったのか、ベルセルクは翼を器用に跳ね上げ、転がすようにセロリを背中に転がして運ぶと、再び姿勢を起こした。
「どうだ。良い景色であろう」
「おろ、降ろして……降ろしてください……」
リゼは得意げだが、ベルセルクの背中にしがみつくセロリはもう涙で顔がぐしゃぐしゃだ。
「ふむ、ちと高すぎたか」
「多分そういう問題じゃないよリゼ」
「ユイナがそう言うなら。おい、降ろしてやれ!」
リゼの掛け声で、今度は背中からうまく滑らされ地面に転がされたセロリは、恐怖の限界だったのかもはや無表情となっていた。
「うわぁ……」
「よぉしベルセルク、今度はボクを乗せてくれたまえ」
「ベルセルク、次はこっちだ」
ユイナがセロリに憐みの目を向けている間に、今度はフレストゥリがベルセルクの翼に足をかけていた。セロリと違って軽い身のこなしで素早く背中にしがみつく。
「ほうほうなるほど!これは確かに良い!あとはここに安定して座れれば空中から酸の雨を降らせて……いや直接爆発物を落としてしまうのもアリか……」
フレストゥリはブツブツと呟くが、地面にいるユイナたちにはそれが聞こえていない。だが、その表情がすべてを物語っていた。
「うわ、物騒なことを考えているときの顔してる。リゼ、あいつ早く降ろした方がいいよ」
「そうだな、ユイナも早く乗りたいのだろ?」
「そりゃ乗ってみたいけど……」
「ベルセルク!次はユイナを頼む!」
リゼが声をかけると、名残惜しそうにしがみつくフレストゥリを優しく振り落としたベルセルクは、またもユイナをじっと見つめた。
「な、なによ」
「……フンッ」
「またそっぽ向かれた!?」
「どうしたのかの。ユイナ、お前ベルセルクにいじわるしたのか?」
「いじわるもなにも今日初めて会ったよ!そりゃブラッドワイバーンは今まで何回か倒しているけどさ……」
「それだな。ユイナ、ベルセルクにごめんなさいするのだ」
「ええ!?ほかのブラッドワイバーンとベルセルクは関係なくなうおぁあ!?」
ユイナは突然真横から吹き付けられた風圧におどろき尻もちをついた。いつのまにかベルセルクが鼻先を近づけていて、思い切り鼻息をふきつけたのだ。
「ほ、本当に怒ってる、なんで……?」
「……」
ユイナは自分をじっと睨みつけるベルセルクの眼を見つめ返す。
やはり敵意を感じる眼だ。でもどちらかといえば、殺されるような恐怖はない。なんと言えばいいのか、謝るタイミングが分からなくなっている喧嘩中の友達とばったり休日に出くわしてしまった時のような、そういう気まずさだ。
しかし王城にいる竜と喧嘩するようなことがあっただろうか?というかそもそも、ブラッドワイバーンと喧嘩ってどういう状況なんだ。
「ご、ごめんね……?」
とりあえずユイナは頭を下げてみた。ベルセルクは顔を上げてもまだ睨みつけてきていたが、フンッ、と鼻息を鳴らすと再び顔を逸らした。
しかし今度は、しぶしぶ、といった感じではあるものの、ユイナの前に翼が下りてきていた。
「仲直りできたようだな!」
「仲直り、できているのかなぁ……なんかわかんないけど、本当にごめんね?乗らせてもらうね」
ユイナはベルセルクの表情 (?)を伺いつつ、翼に足をかける。他の2人の時と違い、ベルセルクは一切のサポートをしてくれなかったが、ユイナはなんとかその背までよじ登った。
「はぁ、はぁ……なんか疲れたけど、これがブラッドワイバーンの背中かぁ。たしか逆鱗に触っちゃいけないんだよね。どこにあるんだろ」
「ユイナ!ベルセルクの背中からの景色、すごいだろう!」
「ああ、景色ね!えーっとねぇ、ん?」
ユイナはベルセルクの背中の鱗を眺める視線を上げ、いつもより遠くまで見える視線の高さを認識した。とはいえ、ウィンドライダーで飛んでいた時にもっともっと高い視点を経験しているので、そこまでの感動はないのだが。
それより気になったのは、牧場へ向かってくる人影だ。
入り口の衛兵がなにやら話しているのは部下らしき人間を2人連れている黒っぽい服を着た明らかなお偉方。おそらく貴族院の人間だろう。というか、何ならちょっと見覚えがある気がする。
「なんだっけ……アンリットさん?」
ユイナが自分の企業案を突っぱねられた日、銀行で彼女にマギ研への招待があることを知らせに来た役人の名前を思い出し、呟いたその時。
一瞬、世界が静止したかのような静寂があり。
それを台無しにするかのような、自然の力をそのまま叩きつけるような暴風が吹き荒れた。
「ギァ、アアアア、アアアアアアアアアアアアア!」
ユイナが今まさに背中に乗っているブラッドワイバーン、ベルセルクが悲痛に咆哮したのは、その直後であった。
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