【第79話】隠し道
「今のは何?あなたの胸元から声がしたような気がしたけど……」
「これは『コール』っていう遠距離で会話ができる魔法で、ってそんなことは今はいい!俺がここに来ているのはちょっとナイショにしておかないといけなくて、見張りにバレるわけにはいかないんだ」
「入り口の鍵は針で開けてきたって言っていたよね。確かに見つかったらタダでは済まなさそう」
「冷静に言っている場合かよ!ここまでの通路は一本道。今から急いで戻るのは無理そうだし、どうしよう」
さっきまでの威勢の良さはどこへやら、慌てふためくロシュートを見てヴェルヴェットはため息をつく。
「最低限見つかりそうになった場合の対応とか考えてなかったの?」
「……竜たちの様子がおかしいのを見てお前が関わっていることを直感して以来、どうにか会って事情を聞くことしか考えていなかった」
「なんという……待って、竜たちの様子がおかしい?」
「言ってなかったか!?竜騎兵隊の乗るブラッドワイバーンはなんだか元気が無いっていうか、何かに怯えている感じで」
カツーン、カツーン、と。
廊下へつながる鉄扉の向こうから石畳を叩く踵の音がわずかに聞こえてきた。
見張りはもう、すぐそこまで来ている!
「ああクソッ!リリシアのやつ、知らせるったってこんなギリギリじゃ」
「あなた、確か【地属性】の魔法を使えたはずだよね?魔導書もあるみたいだし、その辺の壁を掘り返して隠れていればいいんじゃない?土壁だし」
「それは……いや、ダメだ!」
一瞬考えたロシュートは頭を抱える。
「【地属性】の魔法は土に魔力をしみ込ませて発動するんだ。万が一、残った魔力を分析でもされてここに俺が居たってバレるとマズい」
「残った魔力を分析して個人を特定って、そんなことできるの?聞いたことないけど」
「俺の妹ならできると言うぜ」
「よっぽど信頼しているのね、妹のことを。というかあなた、本当に無策で乗り込んできたの?」
「実はほんのちょっと前に作戦を聞かされてそのまま連れてこられたんだ」
「おいおい……妹の安全な身分のためだけにそこまでする?」
「もちろん」
混乱した状況下で、しかしロシュートは即答する。
「イヤなんだ、家族が暗い顔をしていることが。なんとなくだけどな。だから家族を失うっていうのはもっとイヤなんだよ。たとえ他人のことだって、想像するのもイヤだ。お前も、絶対に家族と再会させてやる」
切羽詰まっていながら、しかし、スピットを解放するというそれだけのはずの取引以上のことをしようとする愚かな男の言動に、ヴェルヴェットは文字通り目を丸くした。
どう考えてもそんなことを言っている場合ではない状況だというのに。
「俺は何としてでも、妹の身に降りかかる不幸を払わなくちゃいけない。俺の身は、最終的には正直どうなってもいいんだ。これを言うと妹は怒るんだけどな」
「カッコつけているとこ悪いけど、それこそここであなたが逮捕でもされようものならあなたの妹にも多大な迷惑が掛かるんじゃない?」
「そうなんだよ!だからどうにかしなきゃ……!お前の言う通り、イチかバチかで壁に隠れるか?」
家族のことしか考えていないホンモノの馬鹿だ。
「まったく、呆れてものも言えないな」
そう呟いたヴェルヴェットは笑っていた。
「久しぶりだよ、私以外のことをバカだと思ったのは。仕方ない、あなたが捕まって困るのは私もだし」
「何か手があるのか!?」
「ドアの真横の壁に張り付いていろ。注意は、引き付けてやる……からッ!」
左の眼窩に縫い付けられてる眼帯に手をかけたヴェルヴェットはそのまま、それを一息に引きちぎった。
「いっ……てえ、な。クソ」
「お前何をっ!」
あふれ出る血の中で、縫われ閉じた左まぶたの奥で何かがぼんやりと輝き始めた。
だが左眼だけじゃない。
ヴェルヴェットの身体を駆け巡る傷跡すべてが深紅の光に満ちていくと同時、ロシュートは背後の鉄扉が風に煽られてカタカタと震えるのを感じた。地下牢内に暴風が吹き始めているのだ。
「ロシュート、これを!」
「うおっ!?」
血にまみれた眼帯が風に乗ってロシュートの手元に運ばれてくる。
「その眼帯はあなたの妹がマントに使っていたのと似た魔法陣、私の魔力を無駄撃ちさせるシロモノ!私の血がついているから、嗅がせればお前が私と会ったことがスピットにもわかる!そしたら言うことも聞くはずだ!ほら、もうすぐ見張りが来るぞ!やつが入ってきたら、こっちに気を取られている隙にすり抜けろ!」
ロシュートは反射的に文句のひとつでも言ってやろうと思ったが、暴風の音に混ざって靴の音がすぐそこまで来ているのを聞き、急いで蝶番側の壁に張り付いた。
それを見届けたヴェルヴェットはにっ、と笑うと、半狂乱になったように叫び出す。
直後、天窓が吹き飛んだかと思うと、天井へ殺到する空気に引っ張られるようにして鉄扉がドバン!と勢いよく開き、ほぼ同時に見張りをやっていた衛兵が飛び込んで来た。
「ああああああああああああああああああああっ!!!」
「おいお前、何をやっている!?今すぐこの魔法を止めろっ!」
風に背中を押されるようにして格子に詰め寄りながら混乱して叫ぶ衛兵の背後を、ロシュートは必至で風に逆らいながらすり抜けた。
廊下の方へ踏み出そうとした直後、今度は風が逆の向きに、つまりは天窓から時計塔入口へと抜ける方向に吹き始めた。暴風を背中に浴びるロシュートが廊下へ放り出されると同時、見張りが尻もちをついた音を追いかけるように鉄扉が乱暴に閉められた。
思わず声が出そうになったが、ロシュートはなんとかこらえて廊下を走り切り、弱くなった風を受けた松明がゆらめくらせん階段を駆け上ると、風の影響でやや重たくなった扉を力ずくで引っ張り開け、時計塔の外へと飛び出す。
時間も経ったしもう見張りが目を覚ましているのではないかと素早く確認すると、心配をよそに見張りはまだ扉の横の壁に持たれて寝息を立てていた。
「リリシアの魔法、ちゃんと効いているみたいだな」
『夜明けまでは目を覚まさないと言ったでしょう』
「うおびっくりしたぁ!」
ひとり言のつもりだった呟きに『コール』越しの返答に思わずのけぞるロシュート。
遠く離れた人間と会話できるという事象は未だに慣れない。そもそも仕組みもよくわからないし。
「まあ仕組みなんか聞いたら聞いたでめんどくさそうだ」
『何をブツブツと言っているんです。ともかく、誰かさんが大暴れしてくれたおかげで結構な騒ぎになるはず。ラボの方に割かれている人員からも何人か応援が来るでしょう。ボーっとしていないで撤退しますよ』
「アレは俺じゃなくてヴェルヴェットが……」
『そんなものどっちでも同じだと分からないのですか?愚か者。その中身のない頭脳を働かせる労力を有効活用して時計塔裏手の小庭園まで来てください。出口まで案内しますので』
「出口?」
リリシアのいう方には確かに小庭園があるが、王城の正門は反対側。あるのは城壁だけのハズなのだが。しかしモタモタしてまた罵倒されるのも気分が悪い。ロシュートは言われたまま塔の裏手に回り、小さな屋根付きのスペースにちょっとしたテーブルと椅子があるだけの小庭園のあたりを見回した。
「リリシア?どこに……」
『あなたが今見ている場所より少し左です』
胸元から飛んでくる指示音声の通りに首を左方向へ向け、よーく目を凝らしてみると確かに植え込みの陰にしゃがみ込んでいる人影を見つけることができた。
紺色の修道服で身体をすっぽりと覆ってしまっているそのシルエットは間違いなくリリシアだ。同じ色の布に包まれた長い棒状のものを肩にかけているが、おそらく彼女が狙撃に使っているクロスボウだろう。
彼が近寄ると、目元を覆うフードの下から冷たい眼光がぎろり、と睨んできた。
「やっと来ましたか」
「おうおう文句ならこっちだっていっぱいあるんだぞ。だけど先にここから出たい、出口は本当にここにあるのか?見たところただの庭園だし、後ろは城壁みたいだけど……」
「当然です、嘘をつく理由がありません。こちらへ」
腰を屈めたまま移動するリリシアの後ろを、ロシュートも腰を屈めて続いて移動する。
修道服に覆われているリリシアの体格は普段かなり分かりづらいが、いま彼の目の前にある彼女の背部は姿勢が姿勢だけにその華奢さを如実に縁取っている。
もしかするとイメージよりずっと幼い感じなのかもしれない。
「妙なことを考えないでくださいよ。教義に従い、その煩悩ごと昇天させないといけなくなります」
「か、考えちゃいないって」
「どうだか。さて、ここです……よっ」
ロシュートに警告を発しつつ、立ち止まったリリシアが足元の土を払う。そこには鉄のフタのようなものが埋まっており、彼女はその取っ手を掴むと引っ張って開けた。
地面にぽっかりと開いた穴には梯子が備えつけられており、すぐ下に人が二人ほど通れるくらいの薄暗い通路が続いていた。
日曜更新分を書いてみたら思ったより長くなっちゃったので分けちゃいました。
後ろ部分は日曜日に更新されるので、もう少し待ってね。
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