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【第77話】狼

「わかった、取引してやる。ただ、こちらの質問に答えるのが先だ」

「それでいい。ありがとう……質問はこの国が私を使って何をしようとしているか、だったっけ」

「ああ。あれだけのことをしたお前が、懲役刑にもならずにここに囚われているのは不自然だ。それこそ、国とお前の間になんか取引があったんじゃないのか」


 ロシュートが問うと、ヴェルヴェットは軽く首を傾げた。


「質問には答える。だけど、ひとつだけこちらからも聞かせてくれない?興味本位だから、答えなくてもいいけど………」

「なんだよ」

「ロシュート、だったね。あなたはどうしてそんなことを聞くの?こんなところまでリスクを冒してきてまで。あんなクソ野郎の依頼なんか、本来聞かなくていいじゃない」

「ユイナのためだ」


 彼は即答した。


「ユイナはようやくマギ研という、安定して安全な職についた。だけどそれはマギ研の背後についているこの国のことを信用できるからそう言えるだけなんだ。もし国がなにかヤバいことをしようとしているなら、俺はユイナを守らなくちゃならない」

「妹のためにそこまでするんだ?」

「俺はもうあいつに……ただひとりの家族に悲しい顔をしてほしくないだけだ」

「ただひとりの家族のために、ね」


 ロシュートの答えに、ヴェルヴェットはふっ、と笑った。


「じゃあ答えるね。私がここにいる理由、この国の間にある取引のこと」


 ヴェルヴェットは椅子に深く座り直すと、月光の差す天窓を仰いだ。


「テンペスタ大森林で『荒神様』……いや、ラ・テンペスタの復活に失敗した私は、目を覚ますと王都の救護院にいた。格子を嵌められた、罪人用の施設だったけど。身体中の魔力回路が炎症を起こしていた私は身動きを取ることすらできなかったのに、大袈裟に拘束されていたよ。それに、どうせ処刑されるであろう罪人に何を治療するというのか。早く殺せ、と思っていたんだよ。だが最低限治療が終わると、すぐにここに移された」


 死ぬことすら許さない拷問でも始まるのか、と別の意味で怯えたよ。と、投げやりに言いつつ、ヴェルヴェットは続ける。


「だけど、こっちに移された日の夜のことだ。今日のあなたのように、ある男が会いにきた。名乗らなかったけど、偉そうな男だった。紺色の髪に、漆黒のマントスーツ。眉間に皺の寄った、冷血で傲慢そうな男だ」


 その特徴に、ロシュートは覚えがあった。


「アンリットか……?」

「知っているの」

「確証はない」


 国家富強省の役人、アンリット・ラマラヤン。ユイナが店を始めるという計画書を銀行に突っぱねられた時に会った、マギ研への召集令状を持ってきた男だ。


 ヴェルヴェットの言う特徴的にはほぼ一致しているが、なぜ彼が……?


 考え込むロシュートをよそに、ヴェルヴェットは続ける。


「男は契約を持ちかけてきた。減刑する代わりに、竜を操る技術を兵士たちに教えろと。最初は断った。私はとっとと死にたいんだ、大歓迎だって」


 死にたい。


 ヴェルヴェットの言葉は、ロシュートの胸を突くような鋭さと重さを持っていた。


 ユイナが全てに絶望して泣いていたあの夜、彼女がこう言っていたとしたら、自分に何ができたのだろう。


「だが、私は要求を呑むしかなかった。あいつは、家族の命を握っている、と言ってきた」

「なっ!?それって立派な犯罪だろ!」


 思わず叫んだロシュートだったが、あることに気が付き冷静になった。


「というか、待ってくれ。聞いちゃ悪いけど、たしかお前の親は」

「ああ。親父はあのクソ野郎に殺されている。母親は元からいないし、兄弟だって物心つく前に死んでいる」

「だったら、家族って一体……」


 ヴェルヴェットは困惑するロシュートをじっと見ると、ふぅ、とため息をついてじゃあそこから話してやる、と区切った。まるで大勢へ重大発表をする前に、緊張をほぐすかのように。


「私があのクソ野郎に……ウマコトに何をされたかは知っているんだよね?」

「カエデから聞いた。斬り殺された、ハズだったと」


 ヴェルヴェットは頷くと、痛みを押さえるように眼帯で塞がれた左眼に手を添えて続ける。


「ウマコトにこの左眼ごと真っ直ぐに剣で斬られた私は気を失った。だがしばらくして気がついた私は、傷の痛みもわからないくらいにぼやけた思考で、なんとかアジトの外へ這い出したんだ。目的もなく、身体が動くからそうした、というだけだったけどね。もちろんすぐに力尽きた。血が出過ぎていたんだろうね、身体に力が入らなくなってまた気を失った。そしてそのまま死ぬ、はずだった」


 はず、の言葉にはヴェルヴェットの言い表し難い苦痛が込められているようだった。彼女はなおも苦しそうに、左手で今度は心臓のあたりを押さえる。


「何か大きなものをぶつけられているような衝撃と閃光だけは覚えている。詳しいことはまだわからない。だが、私は死の淵から()()()()()()()

「生き返ったって……そんな馬鹿な?」


 ロシュートの言葉に、ヴェルヴェットはかぶりを振る。


「死者を蘇生する方法なんかあるはずがない。でも確かにその時、目を閉じてしまう前にはほとんど感じられなかった心臓の鼓動がうるさいほどに感じられたのを覚えている。止まった心臓を、無理やり再始動させられたような感覚。そして、あまりの痛みに目を開けた私が見たのは……狼だ」

「狼……」


 思わず言葉を反復しながら、ロシュートはその獰猛な肉食獣のことを思い浮かべた。


 統率の取れた群れを成し、シカや家畜、時には魔物さえも仕留める。人間にとっては恐るべき脅威である一方で、作物を食い荒らす獣が増えすぎないようにしているのもまた彼ら。


 その在り方が人間の生活に小さくない影響を与え、時には信仰の対象にもなっている森の古き狩人たち。


「正確には、狼の仮面をつけた人間だった。男の声、だったと思う。ともかくそいつは私に『この世界に正しさなんてものがあると思うか』と聞いた……『あり得ない。正しさだけで動いているあんな化け物も、それを飼っているこの国も憎い』と、私は答えた。するとそいつは言ったんだ」


 ヴェルヴェットは深い息を吐いて、続けた。


「『なら、正しさに目が眩んだ国を作り直す手伝いをしてほしい』と。意味はわからなかったが、私は頷いた。それを聞いたそいつは私の口に何か、おそらく薬のようなものを押し込んだ。そのせいなのか私はまた気を失って、次に目を覚ました時には……」


 ヴェルヴェットは着せられていた上着を脱ぎ、眼帯も外した。


「こうなっていた」


 そこにあったのは、変わらず生々しい傷の跡。


 ロシュートは知っている。左眼からまっすぐ降りるのはウマコトがつけた傷だ。そのほかの傷は彼女の身体に魔法陣として刻まれているものだ。


 そして、確かに疑問だったのだ。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……そのあとのことだよ。私に、新しい家族ができたのは」


 月明かりが陰り、薄暗くなった牢獄にさらなる影を落として、ヴェルヴェットはそう呟いた。

今回はリアルが忙しかったので短めです!

もしかしたら、今週中にもう一回更新するかも?

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