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【第75話】脳内桃色のやつばかり

 ゴォーン、ゴォーン、と石造りの時計塔が刻を告げている。


 庭園を飾る低木の陰に隠れたロシュートとサーロッテは状況を見定めた。ヴェルヴェットが囚われているという時計塔の見張りは3人。緊張感のない表情をしているが、全員腰に魔導書をぶら下げている。


「配置は手前に2人、入口はひとりか……」

「どうするんだサーロッテ。この数じゃ見つからずにすり抜けるのは流石に無理だし、リリシアに狙撃させるのだってかなり難しいぞ」

「手はあるニャ。とりあえずその魔導書はしまって大丈夫」

「あ、ああ」


 腰に下げた魔導書に伸びていた手を尻尾ではたかれ、ロシュートは動揺を隠すようにそれを引っ込めた。サーロッテはこちらを見ていなかったはずだが、こちらの動きを把握していたらしい。ふざけているように見えても、Sランク冒険者パーティに所属する冒険者であることの証といえるだろう。


 彼が内心恐れおののいていると、サーロッテは左手でポーチを探って一本の鍵を取り出した。


「手前の2人はオレが誘導してどかすニャ。残るひとりはいいタイミングでリリシアが狙撃するから、ロシュートはこれを使って扉を突破してくれ」

「誘導なんてできるのか?ついさっき入城許可証を出せなくてピンチになったばっかりだろ」

「や、入城許可証自体はあるのニャ」


 ロシュートに鍵を押し付けるように渡すと、今度は自身の胸元に手を突っ込んで魔法陣の描かれた板を取り出すサーロッテ。なぜそんな場所に、と突っ込みたい感情を抑え込み、ロシュートはそれを受け取った。


「ただ、認証が突破できるシロモノじゃない。あちらの冷静さを奪ってから使わないと意味がない見せかけだけのハリボテなんだニャ。だから……よっと」


 言い終わらないうちに、サーロッテは鋭い爪で自身の衣服を一気に引き裂いた。フサフサの毛並みが揃ったしなやかな肢体が危なく露出する。


 真剣モードだったロシュートもさすがに狼狽した。


「きゅ、急に何を!?色々見えてるって!」

「おんやぁ?ロシュート、もしかしてオマエはケモノもイケるクチかニャ?こりゃ一緒に行動したのはウカツだったかもニャあ」

「イケるとかイケないとかじゃないって……!とにかく何か隠すもの……」

「冗談ニャ。いやぁ~イジり甲斐があってカワイイやつだよオマエは。ウマコトなんか風呂あがりに出くわしたときだってシレっとしてて完全に脱ぎ損になっちまうのに」

「何か言った!?あ、俺の上着を貸せばいいのか……!?」

「ウフフ、とりあえず落ち着け。隠しちゃったら意味がないのニャ。まあそもそもご覧の通りのケガワなんで、このくらい見えてたってなんともないのだが。」


 小声であたふたとするロシュートをニヤニヤとひとしきり眺めまわすと、サーロッテはさらに尻尾のあたりから別の小さな木片を差し出す。


(ホント、身体中にものをしまってあるんだな)


 と一週回って感心するロシュートにも見覚えがある物体だ。


「ほいこれ。『コール』用の装置ニャ。オマエが持っとくニャ。フレストゥリのヤツが調整したヤツだけど、使い方はわかるよニャ?」

「い、意図がちょっとわからんのだけど」

「ンなもんオマエとリリシアとの連絡手段に決まっているニャ。オレはあそこの見張りを2人連れて離脱するから」

「そんなことできるのか?」

「そのために脱いだんだよ。オマエをせくしーに誘惑するためじゃなく」

「べっ、別に俺は見たいだなんて……」

「だから冗談だって。ま、見てろって。見張りが全部片付いたら、堂々と時計塔に入ればいいニャ。何かあったらリリシアに助けを求めることだニャ」

「あ、おいっ」


 言いたいことを全部言うと、サーロッテは低木の陰から飛び出し、手前にいる2人の衛兵に向かっていく。


 途中わざとらしく転び、ビリビリに破れた服に土ぼこりで汚れをつけている。さらにいつのまにやらその毛並みが水に濡れ、月光に照り返ったそれは彼女のボディラインを明確に主張していた。どうやら瓶に入れた水か何かで濡らしたようだが、ロシュートにはその瞬間が目撃できないほどの早業だ。


 彼女、本業は手品師か何かだったんじゃなかろうか。


「そこの衛兵たち!」

「ん、ああこれはサーロッテさんってどうしたんですかその恰好!?」

「オマエら聞いてないのかニャ!?フレストゥリのヤツがラボの方で服を溶かす魔法生物をそこら中に放っちまって大変なんだニャ!オレも事態の収拾に来たんだけども、ラボに向かう途中に襲われちまってナ。逃げ回ってたらこんなとこまで」

「す、スライムどもが標的にするのは男性だけだと聞いていたんですが……」

「ンなこと知るかニャ!まったくどうしてこんなことに。いや、元はと言えばウチのヤツがやらかしたことではあるんだけども……とにかく【炎属性】の魔法が使えるヤツならネコでも駆り出したいくらいの状況なんだニャ。オマエら、外に配備されているのはたしか適性が【炎属性】の連中だろ?一緒に来てくれるかニャ」

「いやでも……俺らだってイヤですよそんな妙ちきりんな生物の相手なんか。内部の連中で十分でしょ?」

「十分じゃないからオレがこんな目に遭ってるんだニャ。フレストゥリには頭を下げさせるし、来てくれたらオレも個人的にお礼するから!お願いニャア~」

「し、しかしっ」

「あと服を着替えたいニャ。スライムのせいで手がベタベタしちまって着替えにくいから、それも手伝ってほしいニャ」

「行きましょう!」


 あまりにも色仕掛け耐性のない衛兵たちの手のひら返しに、ロシュートは思わず体勢を崩しそうになった。


 でも、ちょっとだけ気持ちは分かる。サーロッテは確かに獣人でフサフサした体毛に覆われているので見た目の肌露出は他の人間種と比べると少ないのだが、不思議と惹かれるものがある。言うなれば飼い猫を可愛がっていたと思っていたのに、ある日突然煽情的に見えてしまった時のような、背徳的欲望というか……。


『本当、男という生き物は終わってますね。図体ばかりデカくなる代わりに生殖以外の行動を考えられないように出来ているんでしょうか』


 サーロッテに連れられて去っていく衛兵たちの背中をロシュートが謎の切ない感情と共に見送っていると、懐に入れた端末からリリシアの冷たい声がした。


「あ、あいつらが男代表ってわけでもないから」

『どうだか。ホラ、あなたが鼻の下を伸ばしている間にもうひとりは片付けました』

「えっ!?」


 驚いたロシュートが見ると、時計塔の入り口扉の衛兵は壁に持たれて力なく座り込んでいた。その肩には青白く光る十字が突き立っている。


「いつのまに」

『『穢レヲ祓ウ聖樹苗(イノセント・シュート)』の効果時間はそこまで長くありません。何をボーっとしているんです?全身の血液を下半身に集中させてしまっているんですか』

「言われなくてもすぐ行くっての!」


 冷たい声にせっつかれるようにして、ロシュートは低木の陰から駆け出した。途中なんの遮蔽物もない場所を堂々と横切るのは緊張したが、リリシアが事前に対処していたのか特に誰からも咎められることなく扉の前にたどり着く。


「あとはこの鍵で開ければ……」

『時計塔の上階には時計を管理している者がいます。基本的には時計の機構の音で何も聞こえないはずですがあまり騒がしくしないようにしてください』

「そっとだな。そっと……ん?」


 ロシュートは鍵穴に鍵を入れようと何回か試すが、鍵が入らない。


 サーロッテに渡された鍵と、扉の錠とが明らかに対応していなかった。


「おいおい、鍵が変えられちまってるぞ」

『……ゴルドラさんが今日の昼に確認した際には鍵は変わっていなかったハズですが』

「困ったな。そこらの衛兵が新しい鍵を持っていたりしないかな?」

『身体を調べるのですか?構いませんが、その際には『穢レヲ祓ウ聖樹苗』をもう一回撃ち込まないと目が覚めてしまうかもしれませんよ』

「もう一回撃ち込めば目は覚めないのか」

『ええ。その場合昏倒時間に悪影響があると思いますが。許容できる程度です』

「具体的には?」

『今の状態なら何もしなくても夜明けまでには目覚めますし、衝撃があれば起きます。もう一発撃ちこむと、明日の夜まで、あるいは永遠に目が覚めない可能性があります』

「ぜんぜん許容できなかった!」

『そうですか?彼らは青の原罪を償おうとすらしない異端者ですよ』

「却下だ却下!俺からすればお前の言動が異端だよ。しかしそうか……それならコイツを試してみるしかないかな」


 リリシアの恐ろしい提案を拒否しつつ、ロシュートはポーチから小さな木のケースを取り出した。


『それはなんです?爆薬ですか』

「静かにしろって言ってたのはお前だろ……」

『なんと。わたくしの言葉を理解するだけの知能があったんですね』

「さっきまで成り立ってた会話はなんだったんだよじゃあ。さておき、これは針のセットだ。今からこれで鍵を開ける」

『あなたは盗人でもあったのですね。いよいよあなたのような兄の元でユイナが育ったのが奇跡じゃないですか』

「もうそれでいいよ……」


 訂正する気力も無くしたロシュートは適当に見繕った針を2本鍵穴に差し込み、意識を集中した。


 指先から跳ね返ってくる感触が内部の凹凸や機構がどうなっているのかを教えてくれる。


「なるほど。複雑な構造だがギミックを詰め込みすぎているな。かえって開錠までの道のりは分かりやすい。鍵穴も薄いけど普通のものよりか幅が広いし、手持ちでそのまま開けられそうだ」

『え、本当に盗人の才能があるんですかあなた。どうしてまだ収監されてないんです?』

「そりゃドロボウなんかしたことないからだ。地味だし、そうそう使う場面もないからこの技術(スキル)を披露することもあんまりないけどな」

『恐ろしい。ユイナにも教えてあげないと』

「あいつはもう知ってるよ。というか、あいつの何を開けるってんだよ許可も無しに」


 リリシアの憎まれ口を適度に跳ね返しつつ、ロシュートは開錠作業を進める。今回集中力が要るのは最初だけで、構造さえ分かってしまえばむしろ他の錠よりも楽なほどだった。


 静けさの中、あくびが出そうなのをこらえて指先を動かしていると『コール』用の端末から小さな雑音が聞こえた。リリシアが通話を繋いだらしい。


『……ところで、あなたに聞きたいことがあるのですが』

「なんだよ」

『ユイナには、その、恋人がいたりしますか』

「マジでなんなんだよ!?」


 こっちは今違法なのを承知で繊細な作業をしているというのに。ウマコトのパーティメンバーは揃いも揃って脳内桃色の連中しかいないのか?


 あとひとり、残るグレース・ロックベルトと入浴しているはずのサーシャは大丈夫であろうか。


『どうなんです』

「……まあ、少なくとも今はいないような気がするが」

『そうなんですね!なるほど』


 何がなるほどなのか。


 そういえば以前テンペスタ大森林で最初に会ったときもカエデ相手に異常な興奮を見せていた気がするが、この女はもしかしてそういうアレなのかもしれない。男嫌いみたいだし、辻褄は合う。


「ユイナはやらんぞ」

『な、何を!?あなたになんの権利があって妹の恋路を遮るのですか!』

「お前が一方的に好きなんだろあいつを。ユイナの方がお前を好きなら認めてやらんこともないけどな。そうじゃなさそうだし」

『これから好きになるかもしれないじゃないですか』

「少なくとも女と見るや片っ端から飛びついている節操なしと付き合うなんてことにはならないだろうよ。あいつに人を見る目があるとは言えんが、それくらいは嗅ぎ分けられる」

『ぐっ……』


 とんでもない冷血女だと思っていたが、なるほど。御し方が分かってきた。


『そ、それでもユイナはわたくしにとって特別なんです。信じてくださいお兄さん。この通りです』

「お前プライドとかないのか」

『外堀を埋めないことにはプライドも何もないでしょう』


 今から埋まると思うなよ、その外堀。


「特別ったって、お前もあいつの才能に惚れたタチか?ウマコトもそんな感じだったけど」

『失礼な。わたくしの彼女に対する想いはもっと特別です。なんせ彼女は青き原罪に穢れていない、正真正銘の赤き純粋人だったんですから』

「……なに言ってんだか分らんから次会うまでに整理しておいてくれ、よっと」


 ガチリ、と手ごたえがあった。


「開錠成功、と」


 やろうと思えば本当にドロボウできるんだろうな、俺は。


 最新式っぽい錠前を針数本で攻略してしまったロシュートは今更な罪悪感を少しだけ感じたのだった。

あけましておめでとうございます!

今年もよろしくお願いします。

というか、たぶん今年中には終わるので、応援よろしくです!

↓以下テンプレ


読んでいただきありがとうございます!

更新は隔週予定で、ゲリラ更新するときはTwitterでお知らせします!

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