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【第74話】コイバナ

「なっ!?」

「よっと」


 会話中に突如気絶した衛兵が頭を打たないよう、サーロッテがサッとその背を支えた。ロシュートがよく見れば、衛兵の首に見覚えのある青白い十字が輝いている。


「これって!」

「モチロン援護射撃ニャ。ナイスタイミング、助かったよリリシア」

『……衛兵とむやみに接触するのは避けるというお話だったはずですが。そのためにわざわざ詰所の衛兵も処理したというのに。ゴルドラさん、まさか忘れてたなんておマヌケさんではありませんよね?』


 氷のように冷たく、棘のある言葉がサーロッテの懐から聞こえてきた。


 その声の主こそ光の十字を衛兵の首に突き立てた張本人、修道女のリリシア・コースタスだ。


 おそらく『コール』を組み込んだ装置を介してこちらの声を聞き、あちらの声を届けているのだろう。その顔を見なくても、皮肉たっぷりな表情がありありと想像できる。


「あのタイミングじゃ接触を回避する方が不自然ニャ。それにこういう時のためにオマエには配置についてもらっているんだし」

『あなたたちがボーっと無意味な会話をしていなければ気づけたはずです。そう何度も使える手ではないのですから慎重になってください。これだから不用意な人物を作戦に組み込むのは反対だったんですが。あなたのことですよ、ロシュート・キニアス』

「相変わらず手厳しいな……」

『あなたのような愚か者がユイナの兄であるなんて今でも信じたくないくらいですもの。あげく、魔法技術研究所などという場所に放り込んで。あそこはモレイクさんのような気の触れた人間の巣窟だというのに』

「とても自分の仲間に対する物言いとは思えねえ!」

『とはいえウマコトの望みですからね。とっととあの異端者に会ってきてくださいな。わたくしとしても、あの女が生きているなら悔い改める機会を与えられて好都合です』


 リリシアは棘だらけの言葉を言いたいだけ言うと静かになった。言葉通り先に進め、ということなのだろう。


「本当、何の淀みもなく棘のある言葉が出てきたな」

「そこがアイツの良いところでもある……そうでもないか、っと」


 サーロッテは寝息を立て始めた衛兵を近くの木にもたれさせ、手をパンパンと払った。


「先を急ぐとするかニャ。リリシアの言う通りアイツに頼ってばっかというわけにもいかないし、この状況がいつまでも続くわけじゃない」

「この状況って……?」


 ロシュートが聞き返すと、サーロッテはしばし悩んだ後、言った。


「いやニャ、実はいま警備が手薄なのはフレストゥリがマギ研の実験棟の方で騒ぎを起こしているからなんだニャ」

「へぇそんなことまで……ん?マギ研ってことは」

「そそ。多分オマエの妹も巻き込まれてるって待て待て!?そんなに血相を変えなくてもいいニャ!手筈ではちょっとやそっとでは収まらない騒ぎにはするけど、身の危険があるものじゃないのニャ!」

「そんなのわかんないだろ!?ユイナが怪我したらどうすんだ!」


 どこかへ走り出そうとするロシュートをサーロッテは爪を立てた手をポーチに引っかけてどうにか引き留める。


「あーもう!なんなのニャこの妹への異常な執着は!わかったわかった、どんな騒ぎを起こしているのか教えてやるからいったん落ち着くのニャ!」

「いったいどんな騒ぎなんだよ!?こんだけ警備が薄くなるような騒ぎがユイナに無害なわけが……」

「片っ端から男の局部に飛びついて衣服だけを溶かし、さらに眠らせてしまう魔法生物(スライム)がラボ中に放たれているはずニャ!研究者も衛兵も男が多いから、さっさと解決しないと全裸で朝まで寝る羽目になる大惨事!今ごろ大騒ぎのハズなんだニャ!」

「ハァ!?男の……服?」

「……」

「……」


 確かにそれならユイナは、まあちょっとイヤなものを見るかもしれないが、被害を受けることはなさそうである。むしろ、大喜び興味津々でその謎のスライムを追いかけまわしてそうではあるのだが。


 掴みかかっていたサーロッテから手を離し、ウームと考え込んだのち、ロシュートはひとつの疑問を呈した。


「なぜそんな生物を、しかもラボ中混乱させられるような状態で持っているんだ?フレストゥリは」

「そんなのオレに聞かれても困るニャ。発想の源はウマコトらしいけども」


 やっぱ魔法の勉強をしすぎるとよくわからないことを思いつくのはどこでも共通なのかな。


 ロシュートは自らの妹がこれまでにやってきた数々の変態的行動を思い出し、妙な納得と共に落ち着いたのだった。




「ところでさ、ロシュート」

「何?」

「オマエ、ぶっちゃけどっちと結婚する気ニャ」

「なんの話!?」


 大っぴらに道の真ん中を歩くのは避けつつ進み、だいぶ北の時計塔が近づいた折に飛び出た謎の問いに、ロシュートは思わず大声でリアクションしてしまった。


「いやニャに、オマエが侍らしている妹と妹みたいなもんのどっちなのかってことだけど」

「ユイナとサーシャのこと?どういう発想でそうなるんだよ。どっちも大切な仲間だ。そういう目で見たことはないよ」

「……ホントかニャ?」

「……」

「オレみたいなネコ獣人はちょっと汗のニオイを嗅げばそいつがウソをついているか分かるのニャ。どれどれ」

「……そういう目で見たことは、あんまり、ない」

「ふぅ~ん。まあ見抜けるってのはウソなんだけどニャ」


 嵌められた。


「そ、そんな話、今することじゃないだろ!」

「えー、暇なときはコイバナ?で間を持たせるもんだってウマコト言ってたニャ。お互いに親密になるんだとか」


 ウマコトの野郎っ……!


「ホラホラ、おねーさんには全部お見通しニャ。言え」

「……だってそもそもだ。ユイナは妹だし、サーシャとは幼少期からずっと家族みたいなものなんだぞ。そんなこと、考える方がおかしいだろ」

「えー?アイを前にそういう障壁なんか関係ないって。大体、オマエはユイナと血もつながってなければサーシャちゃんの方もお前に尋常じゃなく懐いてるんだし。どっちでもちょっと押せばコロっといく感じだけども」

「そんなわけ……ってかちょっと待て。なんでお前が俺とユイナの血縁のことを知っている?」

「ウマコトに聞いたニャ。そしてウマコトはたぶんユイナから聞いている」

「あいつ、ウマコトに話したのか」

「少なくともオレや他の『ツインド・ロッド』の連中はユイナがパーティを抜けた後、オマエの話を最初に聞かされたタイミングでウマコトから聞いたニャ」


 かなり意外な事実だった。


 ユイナと自分があくまでも戸籍上兄妹関係にあるだけ、というのはほとんど誰にも話していない。少なくともリンドの街の人たちは戸籍を管理する役所の人以外は誰も知らないはずだ。そもそも、ユイナが異世界ニホンから来たなどと到底信じられないことを、誰が信じられるというのだろうか。


 それだけ、同じニホンから来たと言っているアイツのことをユイナは信頼していたということか。


「そんで?ギリのおニーチャン側から見た2人の女の子はどうなのニャ。印象だけでも教えてくれよォ」

「なんでそんなに聞きたがるんだよ……」

「言わないとここに置いてくニャ」

「マジでイイ性格してるよお前!」


 怒鳴ったところでこの色ボケ猫獣人はニヤニヤしているだけだ。


 ロシュートはため息をついて、とりあえず彼女を満足させるための回答をすることにした。


「ユイナは、まあなんというか、血縁があるとかないとか関係なしにずっと一緒に暮らしてきた家族なんだ。そりゃちょっとドキッとすることはあるし、大切に思っているけど、恋とかそういうのじゃなくて俺の人生そのものなんだよ。俺はあいつが安全で幸せに生きられるんだったら俺なんかと一緒じゃなくて、他の誰かと家族になって、できればそのまま子供に囲まれて生きていくのがいいって思っている」

(おも)っ」

「お前が言わせたんだろ」

「いやぁ、話には聞いていたがここまで重症だとは……サーシャちゃんの方はどうニャ?」

「サーシャにしたってほとんど一緒だよ。あいつのことは昔からずっと面倒を見ているし、慕ってくれているのだって分かってるよ。けど俺はずっと兄貴分としてサーシャと接してきているし、サーシャが俺を慕っているのだって同じハズだ。だいいち、リンドベルト家の令嬢なんだ。わざわざ俺なんかを選ばなくたって、もっといい相手がいくらでもいるだろ?もしヘンなのとくっつけられそうになったらそりゃ、助けるけどさ」

「こっちも思ったより重症だニャ……」

「さっきから言わせておいてヒドくない?」

「こんなに重い方が悪いニャ。というかこりゃーウマコトよりもヒドい」

「どういう比較基準なんだそれは」

「いつか確実に血を見ることになるニャ」

「そこまで言う!?」


 血を見るって……色恋の話をしていたはずだよな?ユイナやサーシャが浮気されたら俺がその相手を殺してしまうかもしれないという話をしているのか。そんなことは……多分、ないだろう。流石に。おそらく。9割ナイ。


「じゃあ聞くが、サーロッテの方はどうなんだよ。まさかとは思うが、ウマコトのことが好きだったりしないのか?」

「おっ、もうすぐ着くぞロシュート。警備もあるし、話はここまでニャ」

「お前覚えておけよマジで」


 ロシュートは悪態をついたが、しかし、サーロッテは本当に無茶苦茶を言っているわけではない。


 満月に照らされた時計塔。他の場所と違い、この騒ぎの最中にも入り口とその周辺に衛兵が置かれている不自然な警備態勢。


 肉親を殺された恨みを糧に蘇り、竜を駆って国への復讐をしようとした少女、ヴェルヴェットが幽閉されている塔は、もう目と鼻の先にあった。

実は長くなりすぎたので分割しただけで、話数的には前の話の後半と予定していた部分だったり。

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