【第72話】満月
「ロシュートお兄ちゃん、本当に大丈夫ですか?」
「ああ。すまないが、この話は俺ひとりで聞きたいんだ。先に行っててくれないか?」
グレースに降ろしてもらったロシュートは1分だけ黙っていろとウマコトに頼みつつ、サーシャの目を見てそう言った。
「ロシュートお兄ちゃん、まーーーた危険をひとりで背負いこんでしまおうと思っていますよね」
「だ、大丈夫!そんな危険な話とかじゃない!ただその、面倒くさそうだから!」
「……」
サーシャのじとぉっと湿った視線がロシュートの顔にまとわりつく。いかんせん、彼は嘘をつくのが苦手だった。
「サーシャちゃんだったよね?大丈夫大丈夫、今回のお願いは俺の仲間にもついててもらうから。言っておくけど、俺の仲間はみんな強い!もう俺要らないんじゃないかな、って思うことも多いくらい!リーダーなのに要らない子、佐藤誠爆誕!って感じだから」
「お前は1分黙っておくこともできないのか?」
ロシュートはあまりのウザさに悪態をついたが、ウマコトとその仲間の強さは彼もサーシャもウィンディアン村での一件で十分知っている。サーシャはうつむいて深くため息をつくと、わかりました、と顔を上げる。
「ウマコトさんの言葉に免じて、今回はいいことにしてあげます。でも大ケガしたら、ロシュートお兄ちゃんのこと、嫌いになっちゃいますからね」
ロシュートが無言で頷くと、サーシャは再びグレースにひょい、と持ち上げられた。
「きゃあっ!?」
「じゃあサーシャさんはオイラと一緒に風呂に行こうぜ!いっかいリンドベルト家のご息女と話してみたかったんだ」
「お、お手柔らかに……ロシュートお兄ちゃん、先に行って待ってますからねぇ~!」
「いってらっしゃーい」
苦笑いのロシュートと手をヒラヒラ振るウマコトに見送られ、岩のような橙髪の巨躯とちびっこい亜麻色の髪の少女は雑踏をかき分けて去っていった。ロシュートはふぅ、とため息をつき、ウマコトの方を振り返る。
「んで?どうしてお前は俺が今日やったことを知っているんだ」
「待ってました!では説明しよう、それは」
「それはオレが説明するニャ」
シュババとポーズを取りながら高らかに声をあげたウマコトを遮るように、路地の奥から姿を現したのは黄毛のネコ獣人、サーロッテだ。
「すごい簡単に言うと、オレはここのところずっと王城にいて、アンタが練兵場であれやこれやしていたのを見ていたのニャ。もちろん目的は情報収集。オレら『ツインド・ロッド』は王城に自由に出入りできるから、まあ合法のスパイ活動って認識してくれりゃいいニャ」
ロシュートが黙っていると、何を思ったかこれいる?と手に持ったホットサンドを差し出してきたが、丁重にお断りした。結局自分でホットサンドを食べつつサーロッテは続ける。
「最近王城がどうもキナくさくてニャア。何やら陰謀が渦巻いているようなんで、どうにかその証拠を掴めないかと嗅ぎまわっているってワケ」
「それ俺に打ち明けちゃって大丈夫なのか?俺がもし王城に密告したら……」
「大丈夫ニャ。王城側はこのタイミングでマギ研にフレストゥリを採用した。人質のつもりなのかもしれないけど、城に出入りしているオレらがこんだけ泳がされているなら嗅ぎまわるくらいどうってことないというハラなんだろう。それに……」
サーロッテがウマコトをちら、と見ると、ウマコトは親指を立てて満面の笑みを浮かべた。
「みんな強いから大丈夫!」
「というわけニャ」
「それ信用して大丈夫なのか……?」
全部にツッコんでいては体力がもたない。ロシュートは頭を軽く振って、話を先に進めることにした。
「それで、ヴェルヴェットに会ってきてほしいってのはどういうことだよ。あいつはいま服役中で、面会することも出来ないって話だけど」
「うん。だから潜入してもらおうと思って」
「ハァ!?」
ウマコトがあまりにもあっさりと非合法な提案をするので、ロシュートは思わず大声をあげてしまった。
「彼女ね、服役しているっていうけど実はちょっと違うんだ。王城の一角にある塔の地下室に幽閉されている。だよねサーロッテ?」
コクンと頷くサーロッテを見て、ウマコトはそのまま続ける。あっけにとられてしまっているロシュートのことは気にもしていない。
「そこでロシュートには俺の仲間と協力して塔に潜入して彼女に会ってきてほしい。報酬は……彼女に会わせること自体、ってことで!」
「待て待て待て待て!色々突っ込みたいところはあるけど、とりあえず一番わけが分かんねえところを聞かせてもらうぞ」
ロシュートはビシ、とウマコトの半笑いな顔を指さして叫ぶように言う。
「なぜ、お前が行かない?俺みたいなマグレでBランクまできた冒険者よりも圧倒的に強い、『なんでもアリ』のSランク冒険者であるお前が」
至極もっともな指摘に、ウマコトは半笑いな顔を崩さず、しかし少し目を伏せた。
「俺はホラ、彼女に嫌われてるからね。何なら殺したと思っていたんだし。でも生きていたんだったら、治療してあげたくてね。ロシュートにはこれを彼女に渡してほしいんだ」
ウマコトはちいさな麻の袋を取り出すと、ロシュートに差し出した。怪訝な顔をしつつも受け取ったロシュートが見ると、どうやら瓶に入った軟膏と、使い方を書いた紙が入っているようだ。
「……自分で斬った人間を治療したいって、お前正気か?」
「あの時は必要だから斬っただけだよ。別に彼女のことは嫌いじゃないし、連行されるときに見た限りじゃ、魔力回路として刻んでいたあの傷はこれ以上放っておくときっと命にかかわる。どうにか薬を届けられないかと色々やったんだけどダメだったからさ。せめて助けられそうなものは助けないとね、人として」
その言葉を聞いたとき、ロシュートは正直心中ドン引きだった。
一度殺しかけた人間を、殺すつもりで斬った人間を助けたいだと?人として?ここまでの残虐な行いを経てもなお、この男は人として何かをしたいと思っていたのか。
一方で、ウマコトの口ぶりや表情は真剣そのものだった。既視感のある、自分を治療してくれたあの日にウマコトが一瞬見せたあの表情。
これが全部ウソで、自分を嵌めようとする罠の可能性はある。だが圧倒的な実力を誇るウマコトが、その気になれば仲間に命じて簡単に制圧できるであろう相手に頼み込む理由も見当たらない。
何より、ヴェルヴェットに会いたいのは自分も一緒なのだ。
カーネイルが隠している、彼女に関する何かを確かめるために。
利用されるなら、十分利用してやればいい。
「……わかったよ。引き受けた」
「ホント!?いやー助かる!ロシュートなら絶対引き受けてくれると思ってたんだよ!」
「だぁそのウザいノリを止めろ!」
飛び掛かる勢いで抱きついてくるウマコトを引きはがし、ロシュートは宣言する。
「ウマコト、今回はお前を信じてやる。もし今の話がウソだったりしたら、すぐにユイナに連絡を取ってお前の悪口を一生分吹き込んでやるからな」
「大丈夫、俺はウソなんかつかないよ昔っから」
ウマコトはニコニコと笑っている。さっきまでの表情がウソのように、いつもの軽薄な表情に戻っていた。
「それで、いつなんだ潜入しに行くのは。結構危ない橋を渡るんだから、手順とか確認しておきたいんだけど……」
「ん?今日、いまからだけど」
「今日いまからぁ!?」
驚きの声をあげるロシュートの腰に、素早く縄のようなものが巻き付いた。
「そんじゃ行くニャロシュート。舌はしまっておいた方がいいかもよ?『ウィンド』!」
「んぎっ!?」
サーロッテに何かされたのだとロシュートが気づいた次の瞬間、彼の身体はすさまじい突風によって宙を舞っていた。
路地から一気に明るい空の下へ放り出されたロシュートたちを照らす満月が、煌々と輝いていた。
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