【第71話】何を知覚すべきで、何を知覚すべきでないのか
「へぇ、ブラッドワイバーンを乗り物に……」
「ああ。近くで見たけどすげえ迫力だったよ」
練兵場での一件があったその日の夜。ロシュートは宿でサーシャと一緒に彼女が用意を手伝ったという夕飯を食べながらその日の出来事を(兵士と手合わせをしてケガしたことや竜が暴れたことは伏せて)話していた。
「竜騎兵隊もそうだけど、カーネイルさんも強そうだったな。なんか見たこともない魔法を使ってた」
「見たことがないって、ユイナさんが時々発明するみたいな?」
「そこまで無法な感じじゃない。なんというか、カッチリ決まった型があるってよりは自然に身についているというか……」
カーネイルがブラッドワイバーンを斬り殺したように見えた、あの閃光。最初は剣かと思ったが、構えも違えばそもそも実体もない。光り輝く、魔法の刃としか言いようがなかった。
「それこそユイナが見ていたらどんな魔法か分かったかもしれないな。ところで今日サーシャは何をしてたんだ?何か用事があるとかって言っていたが」
「そっ」
何気ないロシュートの問いかけに、サーシャは目に見えて動揺した。
「じ、実はお父様とお母様に顔を見せに行っていました」
「そんなに慌てることか?」
「だって、本当はもっとちゃんと、ロシュートお兄ちゃんと一緒に行こうと思っていたんです。でもやっぱり抜け駆けは良くないというか、事を急ぎすぎても良いことないというか……ロシュートお兄ちゃんも、い、行きたかったですか?」
最後の方はゴニョゴニョとしていてよく聞こえなかったが、ロシュートはかぶりを振る。
「いろんな意味でお世話になっている身だし顔くらい見せておきたかったが、もうサーシャがひとりで行ってきたってんならまた改めて訪ねるのもヘンだしな。俺の話はした?」
「はい!とてもいい人だねと言ってました!」
「そりゃサーシャが紹介したらいい感じにしかならないかもしれないが……」
こちとらリンドベルト家の所有物件を破壊して借金すら背負っている身である。いったいどのように紹介したら「いい人」になるのか気になって仕方がない。だが言及してやぶ蛇になるのもはばかられるので、ここは黙っておくのが正解だろう。
「それと、お父様とお母様はしばらく家を空けると言っていました。今度は時間を作って、ロシュートお兄ちゃんとお酒を飲みたいとお父様が張り切っていましたよ」
「ごふっ!?」
「大丈夫ですか!?」
「いや、むせた、だけだから、ダイジョブ」
本当にどんな紹介の仕方をしたんだ!?
いつか来るサーシャ両親との対面が今から恐ろしくて仕方がない。
「い、家を空けるって、やっぱ仕事?それとも旅行かな」
「それが、よくわからないんですよね」
「よくわからない?」
ロシュートが訊き返すと、サーシャは亜麻色の髪をくるくると指で巻きながらウーンと唸った。
「なんでも緊急で田舎の方に呼び出されたとかで。お父様とお母様が直接行かなきゃいけないお仕事なんて、近年はほとんどなかったんですけども……しかもお仕事なのに私も連れてきたらいい、と言われたんだとか」
「え、じゃあサーシャは王都滞在を切り上げてそっちに?」
「いえ、断りました!私も『ブラッドマウス』の一員ですから。2週間滞在の『依頼』はきちんとこなします!」
サーシャは胸を張って満面の笑みでキッパリというと、拳を胸にドンと当てて得意げだ。もはや輝いてすら見える笑顔が労働でくたびれたロシュートの骨身に染みわたる。
「……ありがとな、サーシャ。元をたどればユイナが宿を吹っ飛ばしたのが原因なのに」
「何を言っているんですか。むしろ私がロシュートお兄ちゃんにずっとお世話になっているんですから。当然の恩返しをさせてもらっているんです。おじい様にしかられてしまうので、お金はきちんと返していただかないといけないんですけど……」
サーシャが苦笑いでそう付け加えるのを聞いて、ロシュートはハッとするような気持だった。
そうだ。自分がしっかりしていなければ。今日一日は確かにくたびれるような出来事の連続だったが、Bランクの冒険者になったからってやはり油断してはいけない。サーシャの家へ誠実にこの借金を返し、ユイナの安全な立場を確立して初めて二人にまともに顔向けできるというものだ。自分が厚意に甘えるばかりでは、いつまでも二人が自立できないのだ。
「ありがとうサーシャ、ごちそうさま。王都の滞在期間だからって手は抜いていられないな。今日もさっさと寝て明日に……」
「あのっ、お疲れでしたらっ!」
ロシュートの話の終わり際に付け足した言葉と、少し裏返ったような声で切り出したサーシャとがかち合ってしまい、二人はしばらくまごまごと譲り合いをした末に譲り切ったロシュートが勝利(?)した。サーシャが打って変わって小声で話し出す。
「その、宿で軽く水浴びして就寝するのもいいと思うんですけど、よければ一緒に大衆浴場に行きませんか?お父様とお母様から、つい数か月前にできた新しい大衆浴場を教えていただいたんですけど……」
怯えるような、恥を忍んでいるような申し出だったが、昼間の労働と戦闘その他で消耗していたロシュートに断る理由はなかった。
サーシャとなら以前にも一緒に入浴していることだし。
「わ、すごいにぎやかですね」
着替えなどの荷物を袋に詰めて夜の王都の生活街を歩く。ロシュートにとっては当然初めての経験だったが、何度か王都を訪れているはずのサーシャもその人通りの多さに驚き、声をあげていた。
「なるほど。宿から反対側、しかもみんな夜に風呂に入りに来るからわかんなかったのか。王都の人の多さをイヤでも実感できる」
大通りのハズが人であふれている。夜間には馬車の通行も制限され、思い思いに歩く人で川のような流れができている場所さえあるようだ。
「街灯も実際についている所を見ると圧巻の数だな」
「ロシュートお兄ちゃんはここを通ったことがあるんですか?」
「昼間に依頼でランプの修理をちょっとやった。アレ、全部手作業でその日分の燃料入れて着火してんだ。王都だともっと洗練されていると思いきや、まさかの人海戦術さ。そういうサーシャこそ来たことないのか?」
「このような場所に夜来るなんて、以前はお父様とお母様が、許してくれませんでしたから。今回は、ロシュートお兄ちゃんも、一緒だから、許してくれたんだろうと思いますぅ」
「マジでずいぶん買われてるね、俺……だったらちゃんと役割は果たさないとなっ」
「きゃっ!?」
ロシュートは慣れない人込みであっぷあっぷとおぼれかけていたサーシャの手を掴み、そのやわらかい手のひらを強く引っ張らないようにしつつ、自分の真後ろへ誘導した。ロシュートが人の流れを分け、体格の小さいサーシャが流れに呑まれないようにするためだ。
「どうだ?歩きやすくなったか」
「ロシュートお兄ちゃんっ!いきなりこんっ……!手、手を!」
「おいバカ振りほどこうとするなっ!?」
「こ、こんな人混み、ロシュートお兄ちゃんの手を煩わせなくたって『エンアムレス』で強化した腕力で……!」
「こんなとこで戦闘用の【生命力】魔法なんか使ったら騒ぎになっちゃうだろ!ほらあぶねえからもっとこっちにっ!?」
あたふたとしている所でドンッ、とサーシャの背が押され、同時にロシュートが振り向いたまま前の人の背にぶつかる。
ちょうどサーシャの小柄な身体がすっぽりとロシュートの腕の中に納まる形になった。
もはや互いの鼓動すら聞こえるような距離。
まず真っ先にサーシャがけがをしていないかを確認しようとしたロシュートの鼻先を、亜麻色の髪から立ち上った花のような香りがくすぐる。その瞬間、その小柄な女の子をしっかり抱き止めてひとまず人の流れから離脱すべきであろうことを理解していたはずのロシュートの脳は完全に機能不全を起こしてしまった。
一体何を知覚すべきで、何を知覚すべきでないのか?
夢のような心地のする匂い?
あれやこれやの柔らかさ?
長髪の隙間から覗く耳まで上気したその表情?
もうひとりの妹、のハズである。感覚としては。
だから妙なことを感じてはいけないはずなのだがー--!
「おっ!何かと思ったらロシュートさんたち!」
「のわぁっ!?」
「きゃああああっ!?」
と、そんなふたりきりの不思議甘ったる空間をぶっ壊したのは聞き覚えのある明朗快活な声。
直後、ロシュートとサーシャは宙を舞ったー--いや、吊り上げられた。
橙色の短く切った髪とさわやかな笑顔、岩のような巨躯の女。
「グレース・ロックベルト!?」
「そうそうオイラだ!大丈夫か?オイラの尻にぶつかって転びそうになっていたけども」
「おかげさまで助かったよ……いろんな意味で」
「な、なんの用事ですかいきなり往来で人をつまみ上げるなんてっ!」
「ちょうど呼びに行ってくれって言われてたのさ!ラッキーだなぁオイラ」
グレースに持ち上げられてぷらんぷらんと揺れながら、ロシュートは安堵しサーシャはやや不満げだ。だがふたりが無事であればそれ以外は気にもしないといった風に、グレースは人混みを横切って脇道までふたりを運んだ。
そしてそこに待っていた人物の顔を見た瞬間に、ロシュートは察した。大ため息とともに。
「おーい!ふたりとも連れてきたぞ!」
「おっ、早かったね。流石だよグレース……一応用事があるのはロシュートだけだったんだけども、そこはまあしょうがないか。ウン、俺だと連れ出すことすら無理なんだし。ちょっと意外な登場方式だけども、そういう偶然もあるよね!」
あーもうすでにうざったい。言い回しが。もう。
ムカつくほど純真そうな笑顔を浮かべる黒衣の黒髪男に、ロシュートは辟易とした表情を隠そうともしない。
「俺は何もお願いされないぞ、ウマコト」
「おいおいおいおいおいおおー---い!だから、何度も、俺は佐藤誠だって、言ってるでしょっ!?このやり取りももう何回目!?他の人たちは百歩譲っていいかもしれないけど、君だけは俺の名前を正しく認識してくれるものだとずっと信じているのにこの仕打ちはマジで酷くないか!?」
サト・ウマコト。
最強の『なんでもアリ』Sランク冒険者は、もう何度も聞いた自己紹介を、改めて披露した。
「妹は絶対渡さないし、面倒ごとなら自力で解決するかほかに頼んでくれ」
「そんな取り付く島もない!でもたぶん君も興味あることだと思うけど!聞かなくていいのかなー?カナ?」
「……」
あんまりにもウザいのでロシュートがダンマリを決め込んでいると、ウマコトは頭をぽりぽりと掻いて、仕方ないなぁ、と呟いた。
「では単刀直入に。練兵場の竜の件でアツいと君の中で話題な、ヴェルヴェット・イナストルの話だよ。彼女に会ってきてほしいんだけど」
「っ!?」
今日、まさに今日だ。
ロシュートは練兵場を、そこの竜騎兵隊とカーネイルの態度を見て彼女に確認したいことができた。それで会えないかをカーネイルに尋ね、実質的な門前払いを食らったのが、今日。
それを、なぜこの男は……!?
ロシュートの表情が変わったのを見て、ウマコトはニコっと笑った。
「お、聞く気になった?よかった~」
大通りの喧騒が、どこか遠い場所から聞こえてくるようだった。
ちょっと考え事があり、更新遅れました!すみません!
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