【第7話】やはり風呂に幼馴染と入るのは間違っているだろうか?
ロシュートとサーシャがギルドに入ると、中は今までで聞いたことのないほどの喧騒でにぎわっていた。
酒場のテーブルは冒険者で溢れ、酒や食事を運ぶ職員さんが各テーブルを忙しそうに往来している。ロシュートが見る限り、めったに見かけないような重武装、高ランクの冒険者が特に多いようだ。
そんな混雑にも関わらず受付は空いており、二人はすんなりとマリーに報告することができた。
「お帰りなさいロシュートさんとお手伝いさん。何はともあれ依頼書をまず渡してちょうだい」
マリーに促され、ほいよとロシュートは依頼書の束を受付デスクに置いた。特に乱暴に置いたわけでもないが、ばさり、とそこに束ねられた紙の量を物語る音が鳴る。
「マリーさんが見繕ったやつは全部達成してきました。かなりギリギリだったけどこなせる量になってて、あなたの力量を思い知らされましたよ」
「そんなに恨み節にしなくても、全部はやらなくてよかったのに」
マリーはうふふ、と冗談めかして笑った。彼女はこうやって冒険者を手玉に取り、効率よくギルドに溜まった依頼をさばく技術に長けていることで有名だ。もちろん彼女の提案がうまく考えられた条件や量になっているためにできる芸当であり、それを気に入って乗せられていることを承知で提案通りに依頼を受ける冒険者も多い。
「でもそのぶん報酬はたくさんあるのよ、はいこれ」
マリーは依頼書の束と入れ替えるようにして硬貨で太った報酬袋を差し出した。ロシュートがそれを手に取ってみると、体感でいつも1日で稼いでいる量の3倍はあるような感じがした。
目先の金に一喜一憂しないようにと心がけている彼だったが、今回ばかりはにやけてしまう。特に危険もなく依頼を遂行できたのも頬が緩んだ要因だ。
「わあ、これなら毎日でもパンとシチューを食べられますよロシュートさん」
「ちょ、ちょっとサーシャ……!声が大きいぞ」
冒険者が報酬を受け取るところを初めて見たサーシャが思わず感嘆の声を漏らすと、それが聞こえたのか受付に近い位置の席に座って食事をしていた冒険者の何人かが二人を見て笑った。ほとんどがBランク以上の冒険者である彼らからすればなんとなく懐かしいやり取りだったのだろう。ロシュートは注目を浴びて少し恥ずかしかった。
「恥じることないじゃない、あなたたちの活躍に対する正当な対価よ。実はすでに依頼者の何人かから次もお願いしたいとご指名があるくらいなんだから」
「それは嬉しいですけど、ちょっと困ります。今回手伝ってくれたサーシャは……」
「知っている、普段は宿屋の看板娘さんだものね。私も王都に行ったときにはよく使っているのよ」
「あっ、いつも『リンドベルトの憩いの宿』をご懇意にして下さりありがとうございます!」
お得意様を発見し、宿屋モードのサーシャは反射的に頭を下げた。マリーはそれを見てニコニコ笑いながら、ずい、とカウンターに身を乗り出してロシュートに顔を近づける。
「彼女、たしか魔法適正の登録自体はされているはずよね?腕もいいみたいだし、仲もいい。次の依頼に指名もされている。パーティメンバーにはぴったりなんじゃない?」
マリーの言葉の意味をロシュートは考えるまでもなく理解した。彼女は彼の冒険者証を失効させないためにサーシャを冒険者として登録させ、パーティに入れろと言っているのだ。
ロシュートは首を横に振る。
「サーシャは今日たまたま手伝ってくれただけで、普段は宿屋の業務で忙しいんです。俺の都合でこいつに苦労はさせられないですよ」
「ロシュートおに……ロシュートさん、私は冒険者になるの嫌じゃないです!宿屋とも両立できます!」
「その彼女はこう言っているけど?」
ロシュートの言葉に食いつくようにサーシャが主張するのを聞き、マリーはわざとらしく首を傾げる。ロシュートはしかし、それでも首を縦に振らない。彼は傍らのサーシャに向き直る。
「サーシャ、確かに登録するだけなら最低限冒険者証を維持する分だけ依頼をこなせば宿屋と両立できるかもしれない。だが冒険者に登録することそれ自体にはリスクがあるのは知っているな?非常時には有効な冒険者証を持つ冒険者に召集がかかり、王都が発行する危険な依頼をこなさなきゃいけなくなる場合があるということを」
「で、でも……」
「最近は良くなっているけど、お前は身体が弱い。俺は小さいころから一緒だったそんなお前を危険な目に遭わせるようなことはしたくないんだ。わかってくれるか」
ロシュートはなおも食い下がろうとするサーシャに念を押すようにそう言って、彼女の頭を軽く撫でる。突然のことにサーシャは目を丸くしたが、それ以上の言葉を飲み込むようにしてうつむき、小さくうなずいた。
「はぁーーー」
「な、なんですか」
マリーの長いため息にロシュートは少したじろいだ。じとぉ、と湿り気を感じるマリーの目線が彼に突き刺さる。彼女は特に魔法を使うわけでもないのに考えていることを見抜いている、少なくともそう感じるために彼はたまにあるその視線がすこし苦手だった。
「いや、あなたも大概カタブツだなと思って。でも言いたいことはわかるわ。冒険者になることには確かにそれだけでもリスクがある。そこもしっかり話し合って、同意できるパーティメンバーを集めるのも大事だもの。でも本当に、間に合わなくなるのだけはやめてよね?」
「わかってますって。それじゃ、今日はこの辺で失礼します。明日またよろしくお願いしますね」
「はい、よろしくお願いしますね」
もはや隠す気もないあきれ顔で手を振るマリーに送り出され、ロシュートとサーシャはギルドを後にする。ギルド内の騒々しさが嘘のように外は静まり返っていた。
「……」
「……」
たがいに無言。
ロシュートはサーシャを送ってから自分の安宿に直帰しようと考えていたが、どことなくトボトボと歩く彼女のことが気にかかってしまう。やはり理由があるとはいえ彼女の意見を真っ向から否定したのがまずかったのだと彼は反省する。
ロシュートにとってこうして自身の言動を日の終わりに省みることはもはや日課になっていた。
「……あー、そうだ。サーシャ、大衆浴場に行かないか。今日一日疲れただろ、俺がお金も出すからさ」
そして彼は何とかこの気まずさを和らげる方法はないかと、サーシャにそう提案した。
実際彼らは一日働きづめで汗だくだ。この街の人々は普段は一日の終わりに身体を拭く程度で風呂に入ることはあまりないが、その代わり大衆浴場には王都のウワサを集めた新聞や冷たい飲み物が買える売店が備えつけられておりちょっとした娯楽施設となっている。
ロシュートはユイナが以前「ちょっと大きい街まで来てもスーパー銭湯が娯楽の中心とかマジかよどうなってんだこの異世界は……」とよくわからない文句を言っていたのを思い出したが、彼自身にとって街は十分発展したよい場所である。
「お風呂ですか?いいですね、行きましょう!ただ、お金は自分で出しますけど」
「いや、いいよ今日は迷惑もかけちゃったから」
「いいえ、自分で出します。というか、私の方がロシュートお兄ちゃんよりお金持ってるんですからね」
ふふん、とサーシャは顔をパッと明るくし、冗談めかしてそう言った。そんな彼女の表情を見てロシュートは胸をなでおろす気分である。サーシャはいつも明るく振舞っているため、彼女が落ち込んでいるだけでロシュートはもやもやとしてたまらないのであった。
大衆浴場は大きな石造りの建物である。
内部は入ってすぐの売店と受付カウンターから脱衣所、そして大浴場と繋がる構造になっている。ロシュートはサーシャと別れ男性脱衣所で服を脱いで大浴場に進んだ。
大浴場では壁沿いに湯が出るシャワーのついた蛇口があり、中央に大きな浴槽がある。ロシュートは手順通りにまず壁沿いのシャワーで身体と頭を洗おうとしたが、そこで異変に気がついた。
いつもならそこには皆で使う固形せっけんが置いてあるのだが、彼が見る限りせっけんはどこにも見当たらず代わりに液体の入ったボトルが置いてあった。一応、せっけんと書いてあるが頭用と身体用に分かれているようだ。
「これ、なんだ……?」
彼が戸惑っているとちょうど湯から上がって出ていくところだった八百屋のおっちゃんが教えてくれた。
「ロシュート、それ最新のせっけんらしいぜ。ちゃんと泡立つ。なんでもスライムの身体を研究したとかなんとかで、王都じゃもう流行りまくってるんだと」
「ほへー、いつの間にそんなことに」
「正式な名前はシャンピーだか、シャンプーだか……開発に協力したのはあのサトウマコトとかいう冒険者らしい。いやーすげえなやっぱSランクは。そんじゃ、またな」
「……」
ロシュートは試しに頭用と書かれたボトル内の液体で頭を洗ってみた。すごい泡立つし、水で流すと全く髪に残らない。彼らが今まで使用していたせっけんとは何だったのかと思う快適さである。しかも少し香水のようないい匂いすらする。
なんか悔しいが今回はウマコトの勝利を認めて新型液体せっけんを堪能したロシュートは、身体中の泡をさっぱり洗い流すと大浴槽に足先からゆっくり入った。
「ふぅ~~~~~」
思わず声が出てしまう。彼は18歳で飲酒は可能だが、あまり酒を飲まないため労働の疲れを癒す主な方法はときたまあるこの大浴場での入浴なのだった。
彼は肩まで湯につかりつつぼんやりと周囲を眺める。ギルドの酒場は盛況だったが入浴している客はまばらだ。
大浴場はかなりの広さがあり、浴槽の向こう側の端にいる人間の人相はよくわからないレベルのため男女共用でありいわゆる混浴である。
要するに男性は入り口が右側にあるため自然と浴槽の右側に、女性は左側に固まるため、あえて仕切りなど設ける必要がないということだ。夫婦で大衆浴場に来ている人々などは中央付近で入浴することもある。
もちろん男女どちらかがその気になれば、浴槽の反対側に行くことも可能だ。
「ロシュートお兄ちゃん……?」
結論から言えば、サーシャがいつの間にかロシュートの隣までやってきていた。
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