【第64話】国防軍のエライさん
「はい、消毒するのでちょっとしみますよ~」
騒ぎが収まり群衆、というより観客たちがぞろぞろと帰っていく噴水広場にて。ロシュートたちと合流したサーシャは手持ちの医薬品と賊役の衛兵たちが持っていた応急治療用のキットを用いて負傷者の手当てを手伝っている。日ごろは簡易的な処置や【生命力】の魔法で雑に治療されているのか衛兵たちは彼女の治療をありがたがり、自前の医療班がいるにもかかわらず彼女の前には長蛇の列ができつつあった。
「グレース!わらわを肩に乗せよ、前に約束したであろう!」
「もちろんだ!オイラはたぶん思っているよりもでっかいから、怖かったら言うんだぞ」
「怖がるなどありえん!つべこべ言わずにとっとと……お、おっ、ふぅなかなかやるではないかオイ待て揺らすでない揺らすでない!」
「こらこら、いくらワルガキでもイジワルするのは良くないニャ」
「はっはっは!これも立派な大人になるための訓練だぞ!」
「遠慮せずしっかり掴まるんですよ。どうせ耳とか髪とか多少引っ張ったところでびくともしないんですから」
一方でリゼは無事にウマコトの仲間たちに合流して遊んでもらっている。彼女自身が言っていたように以前から面識はあるようで、グレースやサーロッテはもはや手慣れた雰囲気だ。その中でもリリシアからいつもの冷酷な雰囲気が完全に消えているのはロシュートにとってかなり意外だった。まあ、口調はいつもと変わらないようだが。
「どうやら驚かせてしまったようだね」
先ほどまでの緊迫感がウソのようにのんきな光景を横目に、マントスーツの男は微笑みながら切り出した。
「王都はかなり治安が良いんだけど、おかげで住人たちの緊張感がないというか、警戒心が極端に薄くてね。時折こうして実際の戦闘を見せるために街中で衛兵たちを使って訓練をしているんだ。もっとも、最近では彼らも慣れてしまったのか御覧の通りすっかりサプライズ的な見世物になっちゃっている。だからと言ってはなんだけど、勘違いしてしかも実際に乱入してくる人間なんて久しぶりでね」
「ははは、いやあの、お騒がせしました」
すっかり縮こまってしまったロシュートは小声で謝罪しつつペコペコと頭を下げた。マントスーツの男は怒るでもなく微笑みを崩さないため余計に居心地が悪い。
「謝ることはない。キミのような乱入者が現れるくらいでないと真に迫っているとは言えないだろう?とはいえ、次回からは多少周知をした方がいいかもしれないが……ああ、名乗るの忘れてたね。オレはカーネイル・イロンウェア。ルドマンド国防軍の少佐をやっている」
カーネイル、と名乗った男は帽子を取り、軽くお辞儀する。
「しょ、少佐……と言いますと?」
告げられた階級がよくわからずにおずおずと聞き返すロシュートを見たカーネイルは「そこまで怯えなくてもいいよ」と笑いながら言う。
「一応名乗る決まりだから言ったんだけど、階級なんてこれだけ平和だとお飾りみたいなものさ。単純に国防省のお役人と思ってくれていいよ。普段は王城で衛兵の訓練を仕切っている」
「はぁ……そうなんですね」
話の目的が見えず、気の抜けた返事をするしかないロシュートにカーネイルは続ける。
「訓練している身で言うのもなんだけど、多少の平和ボケがあるとはいえ衛兵たちは優秀だ。今回も訓練に巻き込む可能性があることを伝えていた彼ら『ツインド・ロッド』のメンバーに偽装を見抜かれた瞬間に展開、包囲して追い詰めたんだからね」
ツインド・ロッド、という聞きなれない名前にロシュートは一瞬混乱したが、文脈から察するにどうやらウマコトのパーティ名のようだ。何気に初めて聞く。
そういえば彼はウマコトが自分のパーティの名前を言っているのを見たことがなかった。単に言う必要がないから言っていない、という彼らしい理由かもしれないが、案外カッコつけた名前をつけちゃったせいであまり思い出したくないだけかも。ロシュート自身、最近『ブラッドマウス』ってどうなんだろう、とちょっと思っているくらいだ。とはいえパーティ名の変更手続きも面倒なのでやらないが。
今度隙を見て追及しておちょくってやろう、と自分のことを棚に上げた決意をしたところでロシュートの頭に疑問が浮かんだ。
「あの、衛兵さんたちの訓練なら彼らが賊を取り押さえる役をやらなくちゃいけないんじゃ?むしろウマコトの……えっと『ツインド・ロッド』の彼女たちが街を襲う役で」
「そりゃ彼女たちが襲う役になったら訓練とはいえSランク冒険者の印象を悪くすることになりかねないだろう?という世知辛い話もあるんだけど、ちゃんと軍事的な理由はある。さて、キミはこの王都をどういう街だと思う?」
問われ、ロシュートは少し前に街を見下ろしたときのことを思い出した。
「平和なんですけどちゃんと防御を意識しているというか、整然と区画整理がされていて、いざとなったら王城を守る仕組みが整っているように感じます」
「その通り。街をよく見ているね。王城を守る仕組みは整っている」
イントネーションで言葉に意図的な区切りをつけたカーネイルの顔からは笑顔が消えていた。その美しい顔に、ロシュートは総毛立つような感覚を覚える。整った顔立ちとは、表情ひとつでここまで異なる印象を与えるものなのだろうか。
「この街の防衛機構は衛兵たちが王城を守るのに適しているが、では住民をどうするか、見えるかい?有事の際、衛兵たちが最優先で守るのは王城。街の住民はギルドの冒険者たちが率先して守るように義務付けられているが……王都に攻め入られるような事態に専門の訓練をしていない冒険者たちがどれだけ対応できるかな?」
カーネイルの目線は遠い空を、いや、丘の上にある王城の方を見つめていた。
「冒険者たちが街中で賊に対応する訓練をしていれば、いざというとき住民を守れる。衛兵たちも、攻め込む側の視点を持っていれば、必然的にどこが防衛の弱点になるか、どこが住民にとって危険かを把握できる。この国の仕組みを変えるのには長い時間がかかるかもしれないが、オレの権限が及ぶ範囲で出来ることからやっておこうと思ってね」
そう語ったカーネイルは、パッと表情を戻して続ける。
「お堅い雰囲気になっちゃったね。要は日頃からの意識・訓練が大事ってことさ。心配しすぎだと、同僚にはよく言われるが、オレは丁度いいと思っている」
「いえ、うまく言えませんが……立派だと思います。俺なんかいつも家賃の支払いと借金の返済のことしか考えられていないのに」
「結構なことじゃないか。まずは国民が自分のことを考えられないことには、まともな国は運営できないからね。とはいえ、キミほどの冒険者がお金のことで四苦八苦しているというなんて、ギルドはもう少し報酬を上げるべきだとは思わないか。『ブラッドマウス』のリーダー、ロシュート・キニアスくん」
「なっ!?」
名乗った覚えはないのに名を呼ばれ、ロシュートは思わず飛び上がりそうになった。
「な、なぜ俺の名前を……?」
「逆に何で知らないと思ったんだい?元Aランク冒険者ユイナ・K・キニアスを冒険者に復帰させ、テンペスタ大森林で起きた汚染事件を劇的に解決した新進気鋭の冒険者。ユイナやSランク冒険者サト・ウマコトと同じく黒髪で、赤い短剣と【地属性】の魔法を器用に操り、時に自己犠牲すら厭わない戦いぶりは王都の方でもそれなりに有名だよ。さては、まだこっちのギルドには顔を出していないね?きっと引く手数多だと思うけど」
「あ、あはは。滞在期間も短いんで……」
まさか、そんなに有名になってしまっているとは。ロシュートはこめかみに冷や汗が垂れるのを感じた。もしリゼを探すために最初からギルドに行っていたら、彼女を目的地へ送り届けるどころではなくなっていたかもしれない。この認識のズレが何かトラブルの火種にならないだろうかと、彼の尽きせぬ悩みの種がまたひとつ増えた。
「ということは、まだ先約はないんだね?なら今度ヒマなときに王城の訓練所を見に来てくれないか。キミほどの実力者、オレが日ごろ世話を焼いている連中もひとめ見てみたいだろう。話はこちらで通しておくから」
「そういうのはそれこそウマコトに頼んだ方がいいんじゃ」
「彼は忙しすぎてね。キミは滞在中暇なんだろう?どこか1日でいい」
「いやぁ、どうなんでしょう……」
自分が過大評価されているようでむずがゆいうえ、騒動を起こしたさっきのいまということもあって乗り気ではないロシュートに、カーネイルはその変わらぬ笑顔を浮かべた顔をずいっと近づけた。
「キミにぜひ見せたいものがある。それとも、ギルドからルドマンド国防軍少佐からの指名依頼として手配してもらった方がいいかな?」
「わ、分かりました!時間を見て伺います……」
目が本気だった。なぜそこまで頑ななのか分からなかったが、もしかするとこのカーネイルという男の性格なのかもしれない。一瞬だけ垣間見た恐ろしい雰囲気といい、見てくれ通りに優しいだけでは国防軍のエライさんなど務まらないということなのだろう。
とんでもないところに来てしまったんだなぁ、とロシュートが今更実感していると、カーネイルの背後からサーシャが駆け寄ってくるのが見えた。
「ロシュートお兄ちゃん、こっちのお手伝いは終わりました。あとはリゼさんですけど……」
言いながら『ツインド・ロッド』の面々と遊んでいる少女の方向を振り返るサーシャ。その目線を追いつつ、ロシュートの代わりにカーネイルがなるほど、と口を開いた。
「サーシャ・リンドベルトくんだね。キミのおかげでウチの兵士たちも元気になったようだ。礼を言うよ」
「ありがとうございます、カーネイル少佐。でもどうして私の名を……?」
「キミが衛兵たちからオレの名前を聞いたのと理屈は一緒さ。そしてもうひとつの心配事、お嬢のこともオレたちに任せてくれていい。保護者を知っているんでね、連れて行こう」
「えっ?」
きょとん、としているサーシャに微笑みかけると、カーネイルはリゼの居る方へ歩み出す。
「それでは、オレたちはこの辺で撤退かな。ロシュートくんはくれぐれもよろしくね?また会おう」
そしてロシュートの方を振り返って目を細めながらそう言った。一方のリゼはと言うと、彼の接近に気づいたグレースによって胸元に抱きかかえられた状態で何やら焦っている。
「な、なぜカーネイルがここに!?待て、もしかしてそこのお主ら衛兵か?なぜいつもの恰好をしておらん!?」
「お嬢、オレらは私服で訓練してるときもあるのさ。それと、遊ぶのに夢中になってオレに気づかないようじゃ、大人のレディと呼ぶにはまだまだ早いようだね」
「ぐ、ぐぬぬぬぬぬぬ!おのれロシュート、騙したなぁ!!」
やり取りを見るに、知り合いというのはどうやら本当らしい。そして彼女はお嬢と呼ばれていることから推測するに王都貴族院の誰かの娘、とかそんなところなのだろう。衛兵に引き渡され小脇に抱えられたリゼからなぜか自分に向けられている怒りに理不尽を感じつつも、とりあえず一件落着を見てホッとため息をつくロシュート。
そうして去っていくカーネイルと衛兵一行の背中を見送ったあと、サーロッテがロシュートの方へ近づいてきた。
「リゼ様を連れてきてくれて助かったニャ。アイツ、ウマコトのヤツがテキトーにした約束を本気にしていたみたいでニャア、お前らが面倒見てくれなかったらどこまで行ってたか分かんなかった。礼を言うよ」
「俺らからすればただ一方的に絡まれただけ、って感じだけど……」
ロシュートが今度は疲れからくるため息をつくと「確かに大変でしたね」と同意しつつも、笑顔を浮かべているサーシャが彼の顔を見上げるようにして言う。
「でも楽しかったですよね?」
「まあ、それはそうかもしれないけど……」
「ふふ。次にお会いしたときこそ手作りのお菓子をご馳走してあげたいですね」
サーシャは本気でリゼの世話焼きが楽しかった様子だ。彼女は宿の看板娘だし、あのような小さな王様のような態度の子供を接客するのはいつもと違う面白さがあるのかもしれない、とロシュートは想像を巡らせる。
「それじゃ、オレたちもそろそろ失礼するニャ。王都にいるんなら、また会うかもな」
「おう、また……あ、ちょっと待って!」
「ん、なんニャ」
去ろうとしたサーロッテを見送りかけて、ロシュートはどうしても確かめたいことがあったことを思い出した。懐から王都からの手紙に同封されていた宿の案内状をサーロッテに見せる。
「お前たち、ってかウマコトが取ってる宿って俺らの宿と一緒だったりする?ここなんだけど」
「んー?あー全然違うニャ。そもそもオレらはそんな来客用の宿屋通りじゃなくて、もうちっと丘のところの居住区画にウマコトが家を持っているからニャア」
「家!?で、でも依頼で忙しくてずっと王都にいるわけじゃないんだろ……?」
推測を大きく外したロシュートが驚愕の声を挙げるも、サーロッテは不思議そうに首を傾げて
「そりゃ大体飛び回っているけども、別に拠点なんかいくつあってもいいのニャ。こっちにもひとつあるし、あちこちにある。リンドにもひとつあるニャ。ときどきどの家に何を置いているのか忘れちまうこともあるけど、そういう時はウマコトに言えば買えるし」
「あー、なるほど……」
「どんな想像していたのかは知らニャいけど、ウマコトのヤツは結構金持ちなんだぜ?んじゃ、またニャ」
今度こそ去っていったサーロッテを見送りつつ、ロシュートは肩を落とした。
「すごいんですねウマコトさんって……」
「いけ好かない度が上がる一方だ全く……でもよかった。これでやっと安心したぜ」
「何か心配事があったんですか?」
サーシャの問いに、ロシュートはここ一番のさわやかな笑顔で答えた。
「高級な宿って聞いたからもしかしたら、って思ってたんだけどさ。ヤツと同じ屋根の下で寝るわけじゃなくて、本当に良かった」
説明多めになっちゃったかも?
↓以下テンプレ
読んでいただきありがとうございます!
更新は隔週予定で、ゲリラ更新するときはTwitterでお知らせします!
評価や感想をもらえると嬉しいです!




