【第62話】尊大な客
「さ、どうしたのだ。早くウマヅラのところまで案内しろ」
「案内と言ったってな……」
少女のどこまでも尊大な態度に、ロシュートはようやくウマコトが厄介事を押しつけてきたことを察した。しかしこういう時こそ冷静さが鍵を握る。雑用三昧でここまで来たと言っても過言ではない彼はそれくらいイヤというほどわかっているつもりだ。
ロシュートはとりあえず少女に目線を合わせて屈んだ。子供は、大人が上から威圧的な態度で接するのを嫌う。
「君をあの野……あの人たちのところに連れて行くのはいいけど、まずはお名前を聞いてもいいかな」
「わらわを案内するのに名前が必要か?」
うっ。
早速フォレストクラブ並みのガードを見せる少女。だがロシュートもここで折れるわけにはいかない。万が一この子が迷子……ないし家出なら、名前を呼んで探している親や張り紙があるかもしれないからだ。
「そ、そうだね。まずそもそも俺が名乗ってなかったな。俺はロシュート、ロシュート・キニアスだ。せっかく一緒に行動するんだし、君と仲良くしたいと思っているんだけど」
「仲良く?わらわと?そうやって擦り寄ってくる輩は皆なにか企んでおるに決まっている。だいたい、お主が名乗ったからと言って、わらわの名を教える理由がどこにある。等価交換だとでもいうつもりなら、今一度自分の名前の価値を考え直してみるがよいわ」
なぜこの少女はこんなにも辛辣なんだろう。
ロシュートが泣きたくなってきたところで、横からしなやかな指が何かを摘んで少女に差し出した。
「これ、私が焼いたお菓子です。甘いものはお好きですか?よかったら召し上がってください」
「おおっ、クッキーか!どれどれ、菓子禁止歴1週間のわらわが味見してやる……甘いっ!うまい!いい匂い!お主、なかなかやるな」
紙の包みを一瞬で奪い取り、中のクッキーを口に放り込んだ少女は口をモゴモゴさせながら感動の眼差しでサーシャを見上げる。彼女はにこり、と笑って
「お褒めいただき感謝いたします。申し遅れました、私はサーシャ・リンドベルト。お父様は『リンドベルトの憩いの宿』を経営しています」
「あー名前は聞いたことあるかも!わらわはリゼ。お主の名、よく覚えておこう」
「ありがとうございます、リゼさん」
「リゼさん、か。ムフフ……なあ、菓子はもっと持っておらぬのか?」
「まだありますけれど道端ではなんですから、これ以上はあなたを案内してからご馳走させてくださいね」
「わかった。早く案内してくれ」
尊大な態度は消えないままだが、黄金色の少女はサーシャの側面に回り込むと当然のようにその手を取った。先ほどまでは威嚇を止めない猛獣のようだった少女を今や年相応の女の子そのものへと一瞬で手懐けてしまったサーシャは当然のように最初の笑顔を崩さないままでいる。
「(サーシャ、すごいな。一体どういう魔法だ?)」
「(お子様でもお客様はお客様。対等な気持ちで接し、おもてなしすることが大切です。あのクッキーはできればあなたと食べたかったんですけど……気に入っていただけたみたいですね)」
ロシュートが耳打ちすると、宿の看板娘モードに切り替わっているサーシャは少し恥ずかしそうにしつつも胸を張って答えた。どこか満足げなのは彼女なりのプライドというやつだろうか。
(でもクッキーを持ってたならわざわざ店で食べなくてもよかった気もするが……店に入る時に言ってくれりゃよかったのに)
自分の腕に謙虚な幼馴染の少女が王都の高級菓子を目の前にして自分のがあるから大丈夫!などと言い出せるはずもないのだが、彼にそれを察知できるほどの経験値は蓄積されていない。
「それでロシュートさん、ウマコトさんたちの居場所に見当はつきそうですか?」
「あいつらの居そうな場所、ギルドとかか?でも王都のギルドなんか行ったことないし……」
第一、一線級の依頼を受けまくっているウマコトたちが素直にこの街に留まっているものなのか?と、そこまで考えたロシュートは目の前の黄金の少女……リゼが"昨日"ウマコトたちに会った、と言っていたことを思い出した。ならばまだこの街にいる可能性は高い。さらに、もし彼らがいつもは依頼で飛び回っていて王都に定住していないのであれば、当然どこかに宿を取っているはず。ということは.......。
「俺たちの宿に向かおう」
「王都が手配している宿に、ですか?聞き込みをするなら酒場を探したほうがいいんじゃ......」
「それもいいけど、俺たちはこの街じゃまだ新参者。無数にある酒場の中から情報を得られそうなところを探すだけでも一苦労だろ?それに、宿を目指すのは何も行くアテがないからとりあえず、ってだけじゃないんだ」
首を傾げているサーシャとリゼに自分の考えを伝えるべく、ロシュートは頭の中で言いたいことを整理し組み立てていく。
「王都が俺たちに用意してくれたのは貴族御用達の高級宿だ。この国一番の最強冒険者パーティであるウマコトたちが宿泊するのならそのあたりの宿になるはず。どの宿に泊まっているかまではわからなくても、そこで聞き込みできたら目撃情報くらいは得られるさ。うまくいけば、あいつらが帰ってくるまで待たせてもらうこともできるだろうしな」
「わらわは待つ気などないが」
「お前はその気でも、時には大人しくしていなきゃいけない時もあるんだぞ」
ロシュートは屈み、割り込むようにご立派な意思表明を行ったリゼの髪を撫でた。艶のある美麗な黄金の髪の持ち主は不満げな表情を見せるも、ぱっちりとした視線が上目遣い気味であるためむしろ可愛らしい。
「.......ふん、分かっておる。子供扱いするでない」
そう言いながらサーシャの後ろに隠れるように移動しその袖を握る仕草はまさに子供そのものだが、余計に怒らせる意味もないので口には出さず、彼は伺うようにサーシャに目配せした。その意を汲み取った彼女はわかりました、と頷いて、
「ではさっそく移動しましょうか。お宿はこの通りを下って大きな噴水のある広場を右に行った先からたどり着けるはずです。お宿での聞き込みなら確かに私もお役に立てそうですし、さすがロシュートおに......ロシュートさんですね」
「まあ、うん。まずは噴水の広場だな。案内は任せてもいいか?」
「もちろんです」
サーシャの大げさで少し恥ずかしい言葉を肯定も否定もせずに流し、ロシュートはリゼの手を引く彼女の後ろからついていく。彼女たちの後ろ姿はまるで歳の離れた妹の手を引く姉のようにも見える。
(もし迷子なら、早く送り届けてやらないと。ウマコトの野郎が何か知っているといいんだけど)
幼き日、遠いニホンへ帰りたいと泣いていた妹の姿を思い出すと同時、ロシュートは自分の拳に軽く力が入っていることに気づく。
ユイナが帰りたいと思う場所は、今でもニホンなのだろうか。
そんな考えが、午後の日差しにうなされる彼の頭をよぎった。
「それでな、わらわが綺麗な石だと思っていたのはなんと、ブラッドワイバーンの卵だったのだ!」
「すごい、ブラッドワイバーンの卵なんて、私は見たことないですよ」
「とてつもなく珍しいからな!残念ながら母上に没収されてしまったが、育てていれば今ごろ危険度A、いやSクラスの立派な竜になっておったはず」
「そうですねぇ。今度は没収されないよう、ヒヨコなど孵してみたらどうですか。リゼさんがきちんと育てたら、きっと立派なニワトリになりますよ」
「ニワトリは火を吹かんからな……今度ウマヅラに火を吹く鳥を取ってきてもらおうかの。バジリナントカ、と言ったか。竜は無理でも、鳥なら母上も怒るまい」
「リゼさんは物知りですねぇ」
火を吹くという一点を譲らない限り親は怒るだろうな、と先を行くリゼがサーシャに語る本当かわからない自慢話を聞きながら歩くロシュート。そもそも、ブラッドワイバーンの卵は大人がやっと抱えられる大きさなのだ。採取の危険性は言うまでもなく、まして少女が持ち帰れるワケがない。
「さ、そろそろ噴水広場に着きますよ。そこの角を曲がれば、ってアレ?」
言葉の途中、何かを目にしたサーシャは立ち止まった。ロシュートが追いつくと、彼女が目にしたものの正体が彼にも見えた。
人だかり。それもかなりの数が、噴水広場があるらしい場所を取り囲んでいた。
「なんだ、何か催し物でもやっているのか?」
「どうなんでしょう。流石にこの人の量だと何も見えませんね……」
サーシャは目一杯背伸びをするが、もともと小柄な彼女では分厚い人の壁の先まで見ることができない。わらわにも見せろ!とせがんだリゼを持ち上げても結果は同じだった。
「とにかく迂回するしかなさそうですね。この辺りの路地には詳しくないので、少し時間がかかるかもしれないですけど……」
「そうだな。この人混みを掻き分けて進むと危ないだろうから素直に他の道を」
ズドォッ!と。
何か大きなものが落下したような音とそれに連鎖する悲鳴が群衆の中心部から響き、彼らの会話をかき消した。
「なんっ!?」
平和だと信じて疑っていなかった王都で発生した騒然に驚愕するロシュートの耳に男の粗野な叫びが聞こえる。
「バレちまったらしょうがねえ、ここにいる全員ぶっ殺してやる!」
動き出す理由は、それだけで十分だった。
「サーシャ、その子を頼む!」
「えっ、ロシュートお兄ちゃん!?」
ロシュートは腰の短剣が定位置に収まっているのを確認すると、ウエストポーチに挟んだ魔導書を掴みつつ、魔力を練り込んだ土のボールを舗装路に叩きつけるようにして押し込んだ。
「『ソイルタワー』っ!」
呪文を詠唱、それに呼応した土の塔が舗装路の下から彼の足元へ垂直に突き上がる。人垣をゆうに超える高さを確保し広場の様子を視認したロシュートは、そこで武器を振るう人影に思わず叫んだ。
「グレースに、リリシア、サーロッテ!?」
岩のような巨躯の女、肌の見えないシスター、そしてネコ獣人の女。見間違えようのない、ウマコトのパーティメンバーだ。
彼女らはそれぞれの得物を手に十数人の男たちと相対していた。男たちは一見普通の市民と変わらない格好だが、手には大型のナイフやメイス、起動済みの魔導書など、明らかに致死性の武器を携えている。先ほどの叫び声の主がこの男たちなら、市民に化けていた賊だろうか。既に戦闘は始まっており、先ほどの地響きはグレースが巨大なこん棒を地面に叩きつけた音だったらしい。しかし遠距離攻撃を得意とするリリシアは応戦しているものの近距離に迫った賊に苦戦しており、その援護に入ろうとするサーロッテも複数の族に行く手を阻まれている。
明らかな形勢不利。ならば、やることはひとつだ。
「待ってください!何をするつもりなんです!?」
再び魔導書に触れ、土の塔へさらに手を突くロシュートを見て声を上げるサーシャ。しかし彼は焦る幼馴染の方を見ないまま叫ぶ。
「ちょっと跳んで人助けに!『ソイルタワー』!」
「あのっロシュートお兄ちゃん!!話を聞い」
サーシャの叫びがロシュートの耳に入る前に、彼の身体は斜め上へ角度をつけてせり出した土の塔の勢いに任せて宙を舞った。
人だかりを一気に跳び越え、争いの渦中へと躍り出る。
お盆で投稿遅れました!明日以降投稿頻度はまた元に戻るかと。
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