【第59話】コッテコテの貴族みたいなヤツ
「キミは理屈をつつきまわしているばかりで実験の意義を全く理解しようとしない愚か者だけど、その頭でっかちさはマギ研向きだ。呼ばれるのもナットクってものだよ」
「へぇ、お褒めにあずかり光栄だよフレストゥリ。そういう意味じゃイカレた実験をすることしか頭になくて倫理観のカケラもないお前みたいなのが王都に徴用される方が理解に苦しむけどね」
「言ってくれるじゃないか。マギ研にはキミみたいなのばっかりだからきっとボクが呼ばれたんだよ。愚鈍な猿ばかりでは何も前に進まないし、統率者が必要なのさ」
「何が統率者よ、急に薬品なんか取り出して。マッドサイエンティスト気取りの厨二病女は倫理観だけじゃなくて煽り耐性も皆無なの?ダッサ」
「これは理性のない獣が突然襲い掛かってくるのに備えた自衛の一手さ。そういう君だって杖を構えているじゃないか。脅しのつもりかい?」
「い、言わせておけば……!」
再会してまだ1分も経っていないというのにもう臨戦状態に突入しているユイナとフレストゥリ。王城の正面扉はまだ開いておらず、彼女らと同じくマギ研に招かれているのか入り口に待機していた人たちも異変に気付きざわつき始めた。一触即発の空気が漂う中、しょっぱなからあまりの事態にロシュートは額へ手を当てため息をつく。
「あのアホ、いやアホたちは何をやってるんだか」
「わ、わたしが止めてきますっ」
おろおろしつつも手にしたカバンをギュッと握りしめて駆けだそうとするサーシャをロシュートは手で制し、下がらせる。
「ここは人の目がある。しかも貴族も多いはずだ。サーシャが騒いでいるあいつらと一緒だと注目されたら、宿の評判にも影響があるかもしれない。俺が止めてくるから、サーシャは他人のフリをしていろ」
「でもっ」
「フレストゥリが持ってる薬の瓶も何が入ってるか分からんしな。とりあえずそこで大人しくててくれ。おいお前らいい加減に……」
なお飛び出そうとするサーシャを説得し、なおも言い争う2人の間にロシュート自らが割って入ろうとした、その時だった。
「君たち、静かにしたまえっ!」
王城大扉前の広場にまるで劇役者のような、よく通りハリのある男の声が響き渡った。今にも掴み合いそうになっていたユイナとフレストゥリ、そしてロシュートは揃って声のする方向を振り向く。
「まったく、田舎者の蛮族どもめ。君たちには往来で騒々しく争うことが恥ずべき行為であるという意識すらないのか?」
カツ、カツ、カツと靴が石材を叩く音と共に現れたのはいかにも貴族という感じの全身真っ白な礼服を着た奇妙な男だった。いや、少なくともロシュートの目には奇妙に映った、と言った方が正しいだろう。耳のあたりで綺麗に調髪された金色の前髪を左右に分けてあり、髪色と同じく金色の眼は好戦的につりあがっている。
「なんなの急に。いま私はこの倫理観マイナスのクレイジーマッドサイエンティスト気取りのヤバ女と話してんの、邪魔しないでくれる?というかお前は誰」
「フン、礼節の何たるかも知らない田舎者に名乗る名前などないが、どんな蛮族にも名を尋ねられたら答えるのが教養ある者の務め。仕方ない」
ユイナの怒りの視線を軽くいなすようにサッ、と髪をかき上げ、白スーツの男はユイナを見下すように顎を上げて答える。
「僕はセオロスティリス・レイクスベルト。君たちのようなごろつきと違って、真にこの国が必要としたために魔法技術研究所へ招待された、将来を嘱望される学者さ」
セオロスティリス・レイクスベルトと名乗った男は堂々とそう言い切った。周囲の人間が完全に静まり返る中、流石のユイナも気圧されたのか黙りこんでしまい、それがますますセオロスティリス・レイクスベルトの表情を得意げにする。唯一、フレストゥリのみ心の底から面倒くさそうな顔をしている。
「そう、レイクスベルト。ルドマンド国王直轄地の北の守りを務めるレイクスを預かる一族さ。君のような田舎者であっても、名前くらい聞いたことあるだろう?いや、聞いたことがあるはずだ。何せ僕の名前は論文で知れている。少しでも真面目に魔法学を学んだことがあるなら、ね」
自信に満ち溢れた態度を隠すこともなく迫るセオロスティリス・レイクスベルトをキッと睨み返すユイナ。先ほどとは別の緊張感にロシュートは息を呑んだ。
にらみ合うこと数秒。とうとうユイナが口を開いた。
「セオロ……なんて?聞き取れなかったからもう一回言ってくんない?」
「は?」
場を支配していた緊張感からあまりにもかけ離れたマヌケな問いに、セオロスティリス・レイクスベルトは思わず出たのであろう疑問符を継いだ。しかしすぐにハッと気がつくと、やや苦笑いながら自信ありげな表情を取り戻して言う。
「は、はん!まさか本当にレイクスベルト家を、そしてこの僕を知らないのか?どれだけ田舎者なのだ、君は。いいか、もう一度名乗ってやる。僕はセオロスティリス・レイクスベルト!歴史あるレイクスベルト家の嫡男にして、新進気鋭の魔法学者だ!」
「魔法学者……今日マギ研に配属なんだよね?私と一緒で」
「すでに論文も書いている!『魔力流量の制限による魔法陣設計』、マギ研の選出する年次最優秀論文の最終候補に残った論文だ!僕と共に魔法技術研究所に招待されているのなら、知らないはずがない!」
「そう言われてもなぁ。というかその年次最優秀論文って何?どっかの学校の卒業研究か何か?」
「き、君というやつは……!僕をどこまで愚弄する気だ!知らないというなら今ここで見せてやる」
言い争っていたフレストゥリとユイナの2人にも負けない剣幕で怒りだしたセオロスティリス・レイクスベルトは手にしたカバンから綺麗に綴じられた紙の束を取り出し、ユイナに叩きつけるように突き出した。
「これでも見覚えがないというのか!今日の魔法陣設計理論に一石を投じる着眼点が話題になっているだろう!」
「ん~?ああ、これ確かに見たことある」
「当然だ!本当は最優秀賞に輝くはずだったのが、審査が確定する直前、魔法技術研究所の発行する学会誌を読んだ研究者に手紙で欠点を指摘されてしまったのだ。指摘はもっともで、そこは僕も精進が必要な部分だとは自覚しているが、それでも最終審査に残っていた!知らないはずがない!」
「うんうん、その指摘した人の名前ってわかる?」
「どこの出身とも知らない名前だったが、指摘の内容は素晴らしかった。当然覚えている!」
先ほどとは対照的に、感情が高ぶる一方であるセオロ……なんとかという男に対して手渡された論文を流し読みしているユイナは冷静だった。彼女の問いにセオロなんちゃらが答える直前、ロシュートはユイナの表情が少し変化したことに気がついた。
そしてロシュートと違ってその表情など注目していなかったセオロスティリス・レイクスベルトはユイナの罠に気づかないまま、自身の論文の欠点を指摘した人物の名前を記憶の中から読み上げる。
「その研究者の名はユイナ・K・キニアス。僕の尊敬する研究者さ」
その言葉を聞いた者の反応は様々だった。
ロシュートはあーあ、と男に同情した。
サーシャは口を押えて静かに驚愕した。
フレストゥリはまさかの展開に笑いを押し殺そうとした。
そして、ユイナは勝ち誇った表情で、言った。
「いやぁ尊敬だなんて、照れちゃうね。どうもありがとう」
セオロスティリス・レイクスベルトは硬直した。
硬直して、数秒して、何が起きているのかをなんとか理解して、声を一音だけ出力する。
「……え?」
「いやーどっかで聞いたことある名前だとは思ったんだよ。ごめんね、私名前を覚えるの苦手でさ。そうだそうだ思い出したよ。なんとなく論文集を読んでたら見つけたんだった。基本的な発想は素晴らしいけど石橋叩いて叩き壊しちゃってるっていうかね、実用性って点ではちょっと疑問があったからそこのとこ意見書として出させてもらったんだよ」
「き、君は何を言って……まさかそんな」
脳内に理想像でもあったのだろうか。顔面蒼白になっているセオロスティリス・レイクスベルトに、ユイナは冒険者証を名刺代わりに差し出してニッコリ笑う。
「どうもー♪私はリンドの田舎者研究者、ユイナ・K・キニアス。これから同僚としてよろしくね、セロなんとかくん?」
効果は抜群だった。
セロなんとかことセオロスティリス・レイクスベルトの頭の中で組み立てられていた理知的で品性のあるオトナな研究者の理想像が音を立てて崩れていく。その音が聞こえるかのような落胆ぶりは完全に外野であるロシュートの目で見てもわかった。
「確かに騒いでいた私も悪かったけど、いきなりケンカ腰で突っかかってくるからこうなるのよ。もう少し別の出会い方ならイメージが崩れるにしても穏やかに明かすことができたのに。ちょっとは反省できた?セオ、セロ……セロなんとかクン?」
作り笑いの方は引っ込めてユイナが問いかけるも、地面に手を突いてうなだれているセロなんとかからは当然返事がない。
一方でこらえていたものが決壊し、遠慮なく爆笑しているのはユイナの隣に立っている水色の髪の少女、フレストゥリだ。
「アーハハハハハハッ!こ、これはケッサクだよ!小さじ脳、キミもなかなかやるじゃないか!コトと次第によってはある意味殺人級のダメージになるよこれ!だって、素晴らしい、尊敬する研究者が、こんな、こんな最悪の形で目の前に現れるだなんて、アハッ、イヒヒヒヒヒッ!どうにかして今の一連の流れを保存しておきたかった……!」
「お前本当に性格悪いわよね」
「そもそも仕掛けたのはキミだろうユイナ。ならボクもキミも、同罪ッ!ぶっ、フフフッ!」
こらえようとするもなおも笑いが止まらないフレストゥリを、セオロスティリス・レイクスベルトはギッと睨みつけた。
「僕をこれ以上コケにするなら許さないぞ、『湖の狂人』が……!」
「おっ、その呼ばれ方は久しぶりだね。ならこっちもこう呼ぶべきかな?王都に下った『脱落者』一家のご子息サマ?」
会話は短く、さらに続く様子もない。
だが、たったそれだけの言葉で、その場にいる全員がさっきまでとは比べ物にならない剣呑を感じ取った。一触即発どころか、最初っから戦争をしているかのような緊迫感。
それを打ち破ったのは、横隔膜を揺らすような大きな鐘の音だった。
ゴォーン、ゴォーンと王城の一番上にある鐘が打ち鳴らされ、時刻が一回りしたことを告げる。ほぼ同時、王城の巨大な扉が鎖の仕掛けによって開かれた。扉の奥には赤い絨毯と巨大な階段が続いている。
この国そのものを動かす中枢、王への謁見の間へ続く通路だ。
「皆さま、お待たせいたしました」
いつの間にか現れていた衛兵の男がしん、と静まり返った群衆に頭を下げる。
「これより我らが王の御前にて任命式を執り行います。招待されている方はどうぞ中へお入りください」
言われずとも整列した者たちが入城していく、その後ろでゆっくりと立ち上がったセオロスティリス・レイクスベルトは服についた埃を払うと、ユイナとフレストゥリを睨みつける。
「この屈辱、絶対に忘れないからな……!」
そういうやいなや足早に列の中へ歩き去っていく白スーツの背中を見送りつつ、ユイナは軽くため息をついた。
「あんなコッテコテの貴族みたいなのって実在するんだな……」
「いい見せ物だったよ。流石は異世界人を自称するだけあって、笑いには貪欲と見える」
「……お前もなにか因縁がありそうだったけど」
ユイナが小声で問うと、まだケラケラと笑っているフレストゥリは一瞬真顔になり、しかしすぐにいつもの邪悪な笑みを取り戻して言った。
「ま、コッチにもお家の事情ってのは色々あるのさ。そういう意味じゃ、キミみたいに脳みそが足りなくたってお気楽に生きていける異世界人ってのは羨ましくもあるねぇ」
その羨望が真実かどうか判断する間もなく、フレストゥリは列に混ざっていく。取り残されかけたユイナが振り返ると、兄とサーシャは静かに手を振っていた。
「俺らは入城できないらしい。先に宿に行ってるから、ばっちりきめてこい」
「ユイナさん、大変でしょうけど、頑張ってくださいね!」
小さくも力強い応援にユイナはしっかり頷くと、不本意ながら同期になってしまった白衣の背中を追いかけるようにして列に混ざった。
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