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【第57話】ルドマンド街道1号線

 若く、鮮やかな緑が敷き詰められた草原地帯。人工的に作られた畑に植えられた穀物の苗は夏を照らす陽光を浴びて、その栄養を穂に蓄えている最中だ。


 時折存在する農家の家や牧場の他には何もない平原に走る一本の白い線。それは石畳であり、徒歩の人間に加えて行商の馬車ですら余裕ですれ違えるほどの大きな街道だ。


 王都への道、ルドマンド街道1号線。


 平原のど真ん中、丘陵地帯の上にそびえる国家中央の大都市へ向かって伸びるそんな大道路を、王都直轄の車両であることを示す煌びやかな白銀たてがみを持つ馬がけん引する馬車が走っている。


 車体には豪華な装飾などはないが質の良い木材が使用されていることは一目瞭然であり、何よりもスライム魔物の素材に化学変化を加えた弾性材料でコーティングされた車輪はその籠の中に乗る人間がいかに『特別』であるかを物語っている。


「ま、どうせアイツが考案したってことになっている弾性タイヤなんでしょうけど。まったく、最高の乗り心地ね。おおかたサスとか車軸のベアリングなんかもテキトーに絵に描いて技術屋に作らせているんだわ。ロクに仕組みを知りもしないクセによくもまあ自らの手柄のように現代(チート)知識を披露できるもんだ、ケッ」

「ゆ、ユイナさん。御者の人に聞こえちゃいますって。抑えてください」

「あー本も読みやすいわ本当に。車酔いなんか全然しないもんね。アイツのおかげでっ!」


 マギ研が手配した高級馬車に乗っているというのによくわからない怒りを露わにするユイナをサーシャがなだめる。


 今日既に3回はやったやり取りだが、一定時間で発作的に繰り返してしまうようだと気づいたロシュートは窓の外に過ぎ去っていく穀倉地帯の風景をぼんやりと眺めていた。


「アニキはムカつかないの?アイツ、たぶんマジで何も理解してないよ」

「そうなのかな。まあ、ウマコトも全部他人任せってことはないんじゃないか。ちょっとは考えてるよ多分」

「いーや絶対アイツは何も考えてないね!第一、ちょっとでも理解してたらお得意の『なんかおかしいですか?』のすっとぼけなんか出ないっつの」

「はいはい。怒るのもそれくらいにしておけよユイナ。あとちょっとで着くんだからさ。ほら、もう結構近くまで来てるぞ。窓でも開けてみたらどうだ」

「王都の関所ごとき何にも興味なんかないわ。見たければ勝手に見れば」

「じゃあなんで窓際に座ってんだ……サーシャはどうだ?こっちからならちょうど城壁と門が見えるぞ」

「えっ!あ、じゃ、じゃあお言葉に甘えて……!」


 ロシュートが促すと、不機嫌の収まらない妹とは正反対にそわそわしているサーシャが彼の方へ身を乗り出してきた。


 革張りでふかふかの座席は横一列に並んで座る形であり、彼女は兄妹に挟まれる形で真ん中の席に座っていたので窓の外を見るには必然そうするしかない……わけではない。馬車内には立って移動するのに十分なスペースがあるうえに、座席だって反対側にももう一列あるのだ。


 それでも彼女があえてロシュートの膝の上を横切る形で窓の外を見るのはもちろん他の目的があってのことだが、肝心の彼はというと一緒になって窓の外を見るのに夢中になっており、限りなく近づいた少女の頬にも、割とがっつり触れてしまっている柔らかいものにも気づいてはいない。


「ほらあそこ見てみろよ。城壁の上にデカいクロスボウみたいなのがある。アレで敵を攻撃する気なんだろうな」

「でも壁自体はそんなに大きくないんですよね。私もまじまじと見るのは初めてですけど、大きさだけならリンドのものより少し大きいくらいじゃないでしょうか」

「それこそ周りの王都直轄地の都市で防衛するからあんまりでかいのは要らないんだろうな。王城自体は丘の上にあるし、こんだけ周りが平原なら敵が攻めてきたって丸見えだ。そもそもルドマンドは西側をキリマラヤ山脈が横断してるから攻められにくい地形だって聞いたこともある……って、サーシャは何度か王都に行ったことがあるんだっけか。今更言われてもって感じだよな」

「行ったことあるといっても毎回お父様のところに数日訪ねるだけですから、王都の仕組みとかにはそんなに詳しくないんです。逆にロシュートお兄ちゃんは行ったことないのに詳しいんですね!すごいです」

「いやいや、ほとんどハルベルトのウケ売りだよ。とにかく王都は防備がすごいんだと。平原で敵を迎え撃つための兵士も山ほどいるらしい」

「へぇ~」


 都市単独ではなく国の構造から地形、資源量まで含めて鉄壁と言われるルドマンド王国の防御力は周辺諸国にも認知されているところであり、事実ルドマンドはここ数百年で国家間紛争を引き起こしたことも、巻き込まれたこともないのだ。


「まあ、地上での戦いしか想定してないから空から爆弾でも降らせれば簡単に制圧できちゃったりして」


 他の2人にとっては思いもよらないであろう過激な発想を、聞こえないような小声でひとり言として虚空に放つユイナ。まるで子供のように王都話で盛り上がる2人から目をそらすように、彼女は窓の外で走り去っていく石畳に視線を落としてため息をつく。


 あれだけ行きたかった大都市で、あれだけしたかったホワイトカラーな仕事に就けるというのにいつまでも不機嫌で、どうも詮無い考えばかりが浮かんできてしまう自分がますますイヤになる。


「せっかく送り出してもらったのになぁ」


 ぼやきながら、ユイナは3日前の夜のことを思い出す。ウィンディアン村の人、他の村のエルフの人、リンドの街の人たち……あの会場にいた人々は皆自分の門出を祝ってくれた。


 そして、月の下で泣いてくれた兄。


 気持ちはあの夜に吹っ切れたと思っていたのに、いまだに胸に渦巻くもやもやが消えない。それをどうしたらいいか分からず、ユイナは窓際で騒ぐ2人に吹っ掛ける。


「本当にさぁ、なんで2人ともついて来ちゃうんだ。ぜんぜん送り出された感ないじゃん」


 ユイナの八つ当たりにサーシャは困った顔をして黙ってしまうのに対し、ロシュートはやれやれ、と肩をすくめる。妹の癇癪には慣れっこではあるものの、今日はこれが1度目でもないので重症だ。


「王都に引っ越していきなりひとり暮らしするのは大変だろうから少しの間だけ手伝うってのを散々説明しただろ。アンリットの言ってた通り滞在費用は向こうが負担してくれているし、荷物だって先に送ってもらっている。なあ、どうしたんだよユイナ。不安なのは分かるけど、いつまでも言ってたって仕方ないのはお前も分かってるだろ。らしくもない」

「らしくって。アニキに私の何が分かるんだよ」

「1年近くも引きこもっていた誰かさんの世話をしてたから分からんものも分かるようになっているつもりだが」

「ぐっ、ぬぬぬ……」


 痛いところを突かれてユイナは言葉を詰まらせる。

 実のところ、分かられても困るのだ。

 自分を差し置いて楽しそうにしている2人にムカついていたことなんか。


「だいたい、こないだのことを酔っぱらってて覚えてないようなダメ人間になんか何言われても説得力無いっていうか」

「アレは無理やり飲まされたって……でも本当に何があったのか覚えてないんだ。なあ、やっぱ教えてくれないのか?俺が何を言ったのか」

「い、言いたくないっ!」

「そんな……俺は言えないレベルでひどい醜態を晒したとでもいうのか……?」


 顔を赤くした妹に全力で拒絶されたロシュートは必至に3日前のことを思い出そうとするも、泥酔の沼の中に沈んだ記憶はどうしても引き上げられていない。妹の反応からしてなにか思い出すのも嫌なことをしでかしたのかもしれないが、その内容も分からなければ謝りようもない。だから妹の機嫌が悪いのかもと思うし、それを受け流せずにさっきはちょっと言い過ぎてしまったかもしれないとも思う。かもしれない、がどうどう巡りする悪循環だ。


「うぅ、もう一生酒は飲まない」

「もう、しっかりしてくださいロシュートお兄ちゃん!お酒は次から気をつけて、ほどほどに楽しめばいいんですよ」

「うん……ありがとうサーシャ」

「ユイナさんも、一旦怒りを鎮めてください。酔っているときでも行動の責任はその人にあるとは思いますけど、覚えていない人を理由も明かさずに責めるのも理不尽ですよ」

「わかってるけど……まあ、はい」

「よろしい。さ、王城に謁見にも行くんですから、気を引き締めないと」


 サーシャにしかられ、兄妹はそれぞれに反省を抱いて窓枠に寄り掛かる。


 どうしてこう、うまくいかないのだろう。


 雲一つなく晴れた空のてっぺんへ差し掛かった太陽が照らす窓に、2つのため息がぶつかって消える。


 ままならない想いを引きずる馬車は、王都にたどり着こうとしていた。

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