【第54話】戦いの準備
「こんばんは~!パーティの会場はこちらです!」
夕焼けに照らされた小広場の端でサーシャがまばらながら確実にやってくる人々を誘導しているのを眺めつつ、ロシュートは先に出来上がっていた料理を用意したテーブルに並べていた。
「ちょっと立地が悪いと思っていたこの家だけど、こうやって空き地を活用できるなら話は別だなぁ」
しみじみと呟く彼が立っているのは彼ら『ブラッドマウス』のメンバーが共に住んでいる民家の裏手の空き地だ。現在はサーシャが知り合いに頼んで借りた机などを並べ、パーティ会場として飾り付けられている。
そこそこ栄えているリンドの街だが街を囲む防御柵の近くはなんとなく住みづらいので、中心部を外れると小規模な空き地がぽつぽつと存在する。エルフたちの移住後はさすがに埋まりつつあるものの、ロシュートたちの家の裏は幸運にも……というよりユイナが毎回発明品をそこで試すことが街の皆に知れ渡っているからか、特に建築予定が立つこともなくまだ空いていた。
「ロシュート!」
フィイイイン、と風を切る音と共に頭上から声を投げかけられたロシュートが見上げると、金髪に翡翠の目をしたエルフの少年ミモザが操縦する空飛ぶ乗り物、ウィンドライダーが彼のそばに着陸しようとするところだった。ロシュートが近づくと、ミモザはウィンドライダーの出力を切ると買い物袋を手に降りてくる。
「お疲れミモザ。いきなりの頼み事でごめんな」
「いいよいいよ、先にコイツの試運転をしたかったから丁度良かった」
パタパタとウィンドライダーを手で叩きながら疑問を呈するミモザ。ロシュートが見てみると、確かに機体がどことなくキレイになっている気がする。以前はユイナの無茶な操縦によりあちらこちらに擦り傷があったのが、まるで作ったばかりのようにツルツルだ。
「ユイナのやつにあんなにこき使われてるのに、丁寧に整備したんだな」
「まあな。こいつはユイナの発明だけど、一応合作だから俺の発明でもある。いわば我が子みたいな……あっ我が子ってのは別にヘンな意味じゃなくてだな!?別にユイナと一緒に作ったとかアレな意味ではなくて……そ、そうだ。ロシュート、お前よくこんなに人を呼んだよなぁ。俺らの村のやつじゃない人もたくさんいるじゃんっ」
ミモザが勝手に自爆したのを見て呆れて肩をすくめつつも、ロシュートは声をかけた面々のことを思い浮かべる。
「マリーさんにハルベルトに……俺が呼んだのはほんの一部だよ。ただほとんどに知り合いも連れてきていいよとは言ったから、それで結構な人数が集まっちゃったんだけど」
「うちの村のやつらですらロシュートたちがパーティ開くって聞いたら行かないやつの方が少ないし、ロシュートたちは街の人気者だもんな」
「人気者というか有名雑用係というか……」
「それだけ愛されてるってことだろ。おんなじさ」
布に包まれた皿をロシュートに渡しつつ、ミモザは群衆の方に目をやり、すこしため息をついた。
「……しかし、大丈夫かなぁ」
「街の人たちとエルフとのこと?」
ミモザは静かに頷く。
「確かに俺たちはロシュートやサーシャ、そしてユイナにも感謝しているけど、正直街の人たちのことがなんというか、まだちょっと怖い。俺らが当たり前に思っていることをやって嫌がられたらこっちも嫌だし、逆にあっちの""あたりまえ""の意味が分からないこともあったりでさ」
普段人には言っていないのであろう居づらさを吐露するミモザ。それはユイナが懸念した通りのものであり、ロシュートが取り除きたい軋轢そのものだ。事実、いま集まっている人間も楽しく歓談しているように見えて街の人は街の人で、エルフはエルフで集まっている。
だが、ロシュートが見ている事実はひとつだ。
「それでもみんな集まってくれた。本当に一緒にいるのが嫌なら、たとえユイナの知り合いでも来ないよ。だから、きっと仲良くなれるさ」
「……前から思ってたけど、ロシュートってすごく前向きだよな。ユイナが心配する理由もわかるっつーか」
「そうかな?世の中大抵のことはやってみたら何とかなる。似ているというよりは、俺がこの数ヶ月ユイナを働かせようと色々やってわかったことさ」
したり顔で語るロシュートを見て、ミモザは苦笑いしつつ言葉を続ける。
「まあ確かにユイナもだいぶ向こう見ずなところはあるし似たもの兄弟だよな、ロシュートたちは。ところでそのユイナがどこにも見当たらないんだけど、どこにいる?こっちの仕込みの方は昼のうちで確認は終わっててさ。一応最後に点検だけはするけど、もうそのまま始められるって報告したいんだ」
「ああ、それならもう少し待っててくれ。ちょうどいい頃合いだし、あいつは家にいるだろうから呼んでくるついでにお前の方は準備ができたって伝えておくよ。そうだな、ミモザはそれをいったん裏の方に置いてきてくれ。時間があるなら配膳をして、みんなをあっちの舞台のとこに集めててくれると助かる」
「舞台って、あの木箱を積んで作ったところか。そろそろ始まるんだね」
「そういうこと。じゃ、頼んだ」
「頼まれましたとも」
どん、と右手に握った拳で自らの胸を叩き、やや芝居ががった返事をしたミモザがウィンドライダーの魔法回路を再スタートして家の脇に作ったスペースへ停めにいく。それを音を背中で聞きつつ、ロシュートはユイナの部屋に向かった。
「ええ……いやこれ背中、えぐっ。ホテルの看板娘ってこんなのを、いやぁ……」
「ユイナ〜、ミモザの方は準備終わったってさ。聞こえてるか?」
ロシュートが二階へ上がる階段を登っている最中、ユイナの悲鳴のようなうめき声が聞こえてくる。流石に大丈夫だろうとは思いつつも妹の緊張した面持ちを思い出し、緊張しすぎて体調を崩すこともあるだろうかと心配になったロシュートは様子を確認しようとドアノブに手をかける。
「ユイナ、大丈夫か?無理そうなら最初の挨拶はやっぱり俺が代わりに……」
「あっ待ってアニキ開けないでっ!」
ガチャリ、と。
「えっ」
ドアを開ける音と妹の叫びと、どちらが先に聞こえたかといえば前者であった。ロシュートの視界に部屋の様子が読み取られていく。いつも通りに散らかった本や紙。流石に床の上に放置ではなく、机の上にまとめて置かれるようになった部屋食の皿。小さな丸いテーブル。
それらの上に散らかった服は寝間着以外にもう一組、さきほどユイナが外出していた際に着ていた服にいつものローブ。そして下着。
ついにロシュートが部屋の中央に目を向けると、そこには一糸まとわぬ姿でサーシャに借りた赤色のドレスを握りしめたユイナが硬直していた。口元がわなわなと震え、見る見るうちに顔が赤くなっていく。
一方のロシュートはそれを見てドキドキする……のではなく、今までと反応が異なる妹に困惑していた。ついこの間まで寝間着半脱げ黒髪ボサボサでベッドに転がっていた人間とは全く異なるレスポンス。思わずまじまじと見てしまう。
なるほど、髪はちゃんと整えたみたいだな、とか、意外と背は高くなったかもしれない、とか、少し日焼けしたが相変わらず真っ白いな、とか。一通り妹の無事と健康状態を確認した兄はそこでようやく、一応言っておかねばならないことに思い至った。
「あーすまん、着替え中だったな。それ着れたら降りて来いよ。ミモザも準備終わってるから、そろそろ始め」
「魔法陣リンク開始、パスを全開放、セーフティチェック省略、出力最大値……!」
「ん?」
伝言するだけして一階に戻ろうとした兄は背後から物騒な単語を聞き振り返る。
そこには彼を殺意を込めて見つめるまなざしと、同じくこちらに向いた待機魔力が漏れ出し紅のオーラを帯びた杖が。持ち主はもちろん妹だ。
「うわ、うわうわうわやめろユイナ!また部屋を吹っ飛ばす気か!?なんか悪かったんなら謝るから!」
「超古典的ラノベ的スケベイベントぶちかましといてとぼけるんじゃないっ!歯を食いしばれぇ!」
「ヤバい逃げっ!?」
「遅いっ!」
詠唱と魔法発動の準備が整い、階段へ逃げようとするロシュートの背中に黄色い閃光が迸る。
「『試作攪拌式純粋魔力干渉光波』ァ!」
「ぐぉっ!?」
ユイナが叫び、渦巻く光線が杖の先からズバチィ!と発射される。光線が瞬く間にロシュートの背中に直撃した次の瞬間、彼はグンッと後ろに強く引っ張られる。するとまるで見えないロープで括られ引きずられるように、ロシュートは後ろ向きのままユイナの部屋まで引き戻された。なんとかバランスを取って転倒するのは避けられたが、背後から感じる妹の怒りに冷や汗がにじみ出る。
「兄ちゃん。一度だけチャンスをあげよう」
「は、はい。なんでしょうか」
「私が何で怒ってるかわかる?」
「何でって……」
答えを間違えたら殺される。
確信めいた予感に従って、ロシュートは喉の奥から声を絞り出す。
「不注意にも突然扉を開けて、ハダカを見てしまったから、とか……?」
「おーすごい。やってることはラノベ的でもそこら辺の自覚はあるあたり実に現代的だねぇ」
言ってることの意味はよく分からないが、そのにこやかな声からして助かったかも?とロシュートが思った直後、彼の背中に張り付いているロープのような光線が引っ張られて彼は否応なしに妹の方へと向き直ることとなった。
いつの間にやらシャツを羽織りとりあえずの体裁だけ整えたらしい妹はにこやかな表情だ。
不気味なくらいに。
「ご、ごめんなさい。俺が不注意だったよ」
おずおずと伺いを立てたロシュートにユイナはウンウンと優しく頷く。
「乙女の部屋へ無遠慮に入って着替えを見てしまったことを謝れる、これは素晴らしいことですわ」
「な、何その口調」
「近年謝れない若者も増えていますものねぇ。謝罪の言葉があるならその点については許してあげますわよ」
「つまり……?」
「つまりですわ」
ニコリ、と笑った妹が大きく手のひらを開いたのを、兄は見た。
「残念ながら不正解ですのよ!一発貰っとけぇ!」
パァン!とある種心地のよい音が部屋に響き渡る。不埒な男に古来から見舞われてきた日本の伝統芸が炸裂し、ロシュートは頬に真っ赤な手のひらの跡を残した状態で部屋を後にすることになった。
パーティの参加者のうち、耳の良いエルフの何人かはその音に気づき、全てを察したという。
「まったくあのバカアニキは何考えてんだか……まあしょうがないか。あのアニキだもんな」
ひとり部屋に残ったユイナはドレスに袖を通す。なんだかんだで緊張がほぐれ、先ほどまで恥ずかしかったそれを普通に着ることができていた。
姿見に映る自分はいつもの野暮ったさがかなりマシになっている気がする。髪も切ったし、眉も整えたし。うぶ毛も剃った。まともな化粧品がこの世界にはまだ存在していないことが残念だが、リップくらいはあるらしい。サーシャに習ったやり方でそれを薄くつけ、腰に手を当ててよし、と呟く。
「これで少しは私を見る目も変わるでしょ」
準備は万端。
王都に行く前の最後の機会。ユイナの戦いが、ひそかに始まっていた。
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