【第52話】同類
「どぅああ~疲れたぁ」
帰宅後即自室に戻ってボッフ、とベッドにうつぶせダイブを決行したユイナは枕に顔をうずめてそのまま動かなくなった。一連の流れで妹が疲れていることは察していたロシュートだったが、彼にはどうしても今日のうちに話しておきたいことがあった。そう、エルフとリンドの人々の仲を取り持つ方法である。
「ユイナ、疲れてるところ悪いんだがさっき話してた相談をさせてくれないか」
「う゛ぇ~明日にしてよぉ。ユイナさんは天才だけど、今日はやっぱちょっとヘコんだし疲れたしぃ~。サーシャはちゃんと察して私を部屋に戻らせたと思うんだけどなぁ」
「いやサーシャは料理するのにお前が邪魔だから引っ込めただけだと思うけど」
「んなことないって。サーシャは私にめっちゃ優しいもん」
完全にグダグダ引きこもり状態へと切り替わったユイナはそう言うものの、実際にロシュートはユイナが降りてこないようにとサーシャから監視を頼まれている。ユイナを励ますために好物を作る気らしいのだが、とはいえ完成前の料理をつまみ食いされるのは彼女の流儀に反する。お客様には最高の状態で料理を提供するのが『リンドベルトの憩いの宿』の大事な接客理念なのだ。
「そんなに今日のいまからこのユイナ様の知恵を借りたいというのなら、ほら」
ずい、とロシュートの方にうつぶせのユイナが足を突き出してきた。ベッドに飛び込む際にブーツや靴下は脱ぎ散らかしており、白い肌に少し赤みの差した裸足が露出している。
「マッサージして~。ユイナさん久々の遠出で歩き疲れちゃったので」
「遠出って……ちょっとギルドの先まで歩いただけだろ」
「ふふふ。ユイナさん元からドア・トゥー・ドアな生活を送ってて自らの足で歩くなどそうそうなかったのです。アニキにとってはちょっとでも、私にとっては大変なご足労なのだよ」
「要は運動不足だろうが、自慢げに言うことじゃないぞ。てかお前ウィンディアン村での暮らしで体力とか付かなかったのかよ」
「全くそんなことはないよ。思い出してもみて、私はずっと村にいたし最後の方もウィンドライダーに乗ってただけであるぞよ。むしろウィンドライダーに乗ることで運動不足も加速しているわけ。だからほらぁ~」
自身の体力の無さをなぜか誇らしげなユイナの白い肌に赤みの差した足裏がパタパタと上下し、ロシュートにねぎらいの按摩を催促した。帰宅早々に服の結び目も緩みまくりのあまりにもだらしのない妹の姿に、兄はもう何度目かもわからない諦めのため息をつく。
「しょうがねえな。どこか痛いところがあったらおっしゃってください、お姫サマ」
だが調子の良いいつもの妹を見られることが少し嬉しくて、ロシュートは結局自らの座っていた椅子をベッドサイドまで引き、ユイナの足に手を添わせた。手のひらに少し高めの体温と、宣言通り全く歩いていないのがよくわかる柔らかい感触が伝わる。
「いやぁウチの執事はチョロくて助かるよイデデッ!?足裏のそんなところをグリグリしたら死んじゃうって!」
「姫、あまり調子にお乗りになるのはよろしくありませんのことよ」
「クッ、思わぬところで弱点を晒してしまうとは……まあ適当にイイ感じで揉んどいてよ。あと絶対筋肉痛が残らないようにしてね」
「はいはい」
軽口を聞き流しつつ、ロシュートは言われるままに妹の足を揉み始めた。親指の腹を使ってむにむに、むぎゅむぎゅと柔肌の奥の筋肉めがけて適当に押し込んでは離し、全体をムラなくほぐせるようように手を移動させていく。
彼がユイナに足のマッサージを頼まれるのはこれが初めてではない。村にいた頃から、少し遠出をしたり力仕事をするたびに筋肉痛を訴える妹の足や腰、肩などのマッサージをすることがあった。最初のうちはふとした拍子に悲しげな顔をするユイナの気を紛らわせるために彼自らやっていたことだが、いつしか何かと理由をつけてユイナの方からねだってくるようになったのだ。
「ああ〜やっぱいいわアニキの指圧……ちょうどいい感じに身体が整えられている感じがする」
「お褒めにあずかり光栄です。それで相談なんだが」
「何かね。この天才美少女冒険者ユイナ様に言ってみなさい」
指圧のたびに時々お゛ーとかあ゛ーとかまるで中年男性のような声でうめきつつ、相変わらず最高の自己評価を隠すことなく表明するユイナ。いつもなら呆れるところだが、頼み事のあるロシュートにとって妹が機嫌を取り戻しつつあるのはありがたい話だった。
「リンドの人たちとエルフたち、なんだかギクシャクしているだろ?俺たちは全力で依頼をこなしたけど、元を辿ればあのテンペスタ大森林での事件なんだ。事件に関わった冒険者の端くれとして、どうにかできないかなと思ってさ」
「アニキは冒険者のことを街の奉仕活動家だと思っているフシがあるもんね」
「ぼ、ぼら?」
「あー、アレだよ。聖職者みたいな奉仕精神だねって言ってんの」
聞いたことのない言葉に困惑している兄を肩越しに振り返ったユイナは眉をハの字にしてあのねぇ、と苦言を呈する。
「いっつもやんなくていいことで走り回ってるじゃん。今回のソレだって私たちはしっかり依頼を遂行して、その後のことは行政の役割でしょ。アニキがわざわざ骨を折って解決すべき問題じゃないと思うけど」
「そうかもしれないけど、放っておけないだろ。目の前で見ちゃうと」
「言うと思った。でも優しさに付け込もうとしてくる人間なんてごまんといるし、まして種族間の軋轢なんてそう簡単に取り払えるものでもないじゃん。良かれと思ってやったことで自分が傷つくかもしれないとは思わないの?」
妹からの厳しい追及に、ロシュートは手を止めて考える。
ユイナの言うことは正しい。今までの人生でも何度か手痛いしっぺ返しを食らったことはあるし、なによりロシュートよりも厳しい環境で1年過ごし、傷ついて戻ってきた妹の言葉は決して軽くはない。しかし。
「失敗するのは怖いさ、傷つくのも嫌だ。できるならより安全に、平穏に暮らしたいとは常々考えている。けど目の前で困っている人を見て、見ないフリで通せるほど俺は賢くない。俺ができることならやってあげたいし、結果的に、そういうことが周りの環境を良くしていくんじゃないのかって思ってる」
それ以上に、誇れる兄でありたい。彼の願いはそれだけだった。
ユイナもその返答を見透かしていたようで、諦めたように短く息を吐いた。
「そういうところは本当に頑なだよね昔から。ある意味人生充実していそう」
「その通り。俺自身が強く望んでいるのでなければ、異世界から来たと言い張る身元不明の迷子の女の子をわざわざ妹として迎え入れたりしないだろ」
「それもそっか。名前も一緒にしてくれたしね」
「役所の人にうまく説明するの大変だったんだぞ?」
「何回も聞いたって、それ」
会話の合間、息を吸うほんの少しの静寂。目が合い、兄妹は同時に弾けるように笑った。
「あー、やっぱりちょっと嫌だなぁ。王都に行くの」
ひとしきり笑って、頭を元の位置に戻したユイナはぼやく。
「さっきも聞いたけどさ、そんなに嫌か?王都に行くのは。働く条件は悪くないし、お前自身が都会に行きたかったはずだろ。さみしいだなんだって、お前らしくもない」
「らしくもないって、それじゃ私が薄情者みたいじゃない」
ロシュートの率直な物言いにユイナは苦笑し、気恥ずかしさを誤魔化すために頭をかいた。
「少し前まではそうだったかもしれない。ずっと部屋の中にいて、知り合いらしい知り合いなんてアニキとサーシャ以外いなかったし。でも冒険者を再開してからはミモザとかアケイシャさんとかのエルフのひとたち、日ごろ街で会うひとたち……多くはないけど知り合いも増えちゃった。それを置き去りにして、お金を稼ぐために王都に行くって、あんまり気乗りしないなぁって」
細い声で、絶望しているというよりは仕方ないから呑み込んだものの消化不良であると表明するユイナ。妹らしからぬ素直な物言いにロシュートは思わず感嘆の声が出そうになったが、茶化していると捉えられても困るためぐっと堪えた。
「みんなを置き去りに、とは言ってもみんなはお前に置き去りにされたとは思わないだろうけどな」
「私が去っても気にする人なんていないって意味……?」
「違う違う!逆だよ、みんなお前が王都の研究者として出世することを喜んで送り出してくれるって意味で」
言葉を選んだつもりが逆に誤解を招いてしまったロシュートは慌てて訂正し、その途中で言葉を止めた。
「……そうか。ユイナはみんなに好かれているはずだよな」
「えっなに急に怖っ!?フォローするにしてもいきなり主語がデカすぎるしめちゃくちゃ不気味なんですが」
再び振り返り怪訝な顔をしているユイナに、ロシュートは微笑んで応える。
「いいことを思いついたんだ」
逆に不安を掻き立てる、何よりあまりにも身に覚えのあるその表情を見て、ユイナはハッとした。
「そ、そのこころは……?」
「ん?まだ秘密だ。ふふふ、サーシャにも話してこよう……まとまったらお前も呼ぶから寝て待ってていいぞ。じゃ」
「あっちょっと!」
ニヤニヤ笑ったまま、ロシュートは止める間もなく部屋を出て行ってしまった。ユイナは額に手を当てて大きくため息をつく。
ロシュート・キニアスは自分の兄。
ちょっと陽キャに寄っただけの自分の同類が、ロクなことを思いつくはずがない、と。
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追記:次回はちょっと短くなりますがやっぱ来週の日曜に更新します!
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