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【第49話】「私、起業することにしたから!」

 街の人間たちとエルフとの仲を取り持つ作戦を考えつつ午前中の依頼を一掃したロシュートはギルドに戻っていた。今日も冒険者や職員がせわしなく行き交う中、受付のマリーが偶然待機列が途切れた隙を見て頬杖をつき休憩しているのが彼の目に映る。ほぼ同時、彼女の方も街一番の雑用係の帰還に気がつき背筋を伸ばした。


「マリーさん、依頼終わりました」

「お疲れさま。報酬を渡すから冒険者証出してちょうだい」

「ほいほい、どうぞ」


 言われたとおりに差し出されたみどり色の冒険者証を達成済みの依頼書と共に手元に引き寄せ、マリーは少し噴き出すように笑った。


「な、なんですかいきなり笑って」

「だっておかしいんだもの。コレ持ってる冒険者がDランク(ざつよう)依頼をこなしているのが」


 マリーはみどり色に縁どられた冒険者証をつまみ、ぴらぴらと振りながら言った。


 冒険者証はその色によって区別される。緑色はBランクの証だ。


「別にいいじゃないですか。俺がDランク依頼をやったって他のやつの分を奪っちゃうほどこなせるわけじゃないんですし」

「いやいや、だってBランクよ?」


 ロシュートの反論を一蹴しつつ、マリーは笑いを含んだ声で続ける。


「冒険者パーティ『ブラッドマウス』は王都の指名依頼で見せた調査能力、戦闘能力が認められ、リーダーのロシュート・キニアスと2人のメンバー全員がBランク冒険者になった。だというのに街に戻ってきて受ける依頼はせいぜいCランク止まり。色々なやっかみや陰謀論のタネにされてるわよ、ここだけの話」

「勘弁してほしいですよ本当に。俺らは偶然が重なって過大評価されているだけなんですから。見た目の功績だけでポコポコランクが上がるこの仕組みに欠陥があるとしか思えない」

「伸び悩んでいるパーティが聞いたらボコボコにされそうなことを言うのねあなたは。ま、それがロシュートさんらしいと言えばらしいけど」


 深いため息をつくロシュートに微笑みかけるマリー。彼女に悪気はなく、むしろ応援するつもりで言ってくれていることくらいロシュートには分かっていたが、改めて言われると彼は胃のあたりに石を投げ込まれたような気分になった。


 確かにロシュートたちはBランク冒険者として評価されるようになった。街の人々からも未だに雑用で奔走する姿をさんざんからかわれている。しかしまさに午前中に直面したように、彼にはランクだけ上がっても解決できない問題が見えていた。


 それに、あくまでロシュートの至上目的は『(ユイナ)をなるべく危険のないマトモな職に就かせること』だ。ランクが上がれば実入りは良くなるが、同時に危険に直面する場面も増えてしまう。Cランクだけあれば多少生活が楽になる、としか思っていなかった彼からしてみればランクがこれだけ短期間に上がるのは完全に想定外であり、どうにか危険な指名依頼を受けずに済む方法はないかとさえ思っているほどであった。


「そうねぇ。そんなに危険な依頼を受けたくないのなら、いっそお店でも開いてみたら?」

「えっ!?」


 だから心中を見透かすような提案をしてきたマリーに対し、彼は思わず驚きの声を上げてしまった。ロシュートの反応が意外だったのか、マリーもまた少し身をのけぞらせている。


「そ、そんなに驚かなくても……ユイナさんは発明品を作る技術があるでしょう?最近もほら、エルフの男の子となんかヘンな機械をいじってるじゃない。冒険者としての名声もあるし、ブランド力は十分あるんじゃないかしら。サーシャさんも医薬品が作れるから商品ラインナップにも困らないと思うけど」

「そう言われてみれば確かにうまくいきそうな気もしますね」


 依頼をこなすのではなくむしろ依頼を出して原材料を集め、時には自力で調達し、ユイナの発想力で新たな道具を開発して販売。管理は自分とサーシャがやればユイナのだらけ癖は何とかなるだろうし、ミモザを正式に雇う手もある……と、そこまで考えたところでロシュートはひとつ問題があることに気がついた。


「でも俺ら店を開けるほどの資金はまだないんですよね……最近はちょっと余裕は出てきましたけど、まだ宿の修繕費も残っていますし」

「そういえばあなた達には借金があったわね。ますます面白いじゃないのあなたたち」


 リンドの街を席巻した『リンドベルトの憩いの宿爆破事件』のことを思い出して再び笑ったマリーは、でも心配いらないわ、と手を合わせた。


「資金面の問題は銀行に相談してみたらいいじゃない。お店を開くと言えば融資してくれるはずよ」

「借金に借金を重ねるというんですか!?」

「借金と言ったって、今回は明確に返すアテがあるじゃないの」


 借金、という単語に過剰反応を示すロシュートを諭しつつ、マリーは1枚の紙を取り出してサラサラと何かを書き始める。


「あなたたちにはBランク冒険者としての信用があるわ。ユイナさんの素行のことがちょっと問題になるかもしれないけれど、それを何とかするのがお目付け役(おにいちゃん)の仕事でしょう?それに、どうせ似たようなこと考えてるんじゃない?あなた」

「な、なぜ分かったんですか」

「マリーさんには全部お見通し。ここで何年人間観察やって来たと思ってんの……っと。はい、これ」


 そろそろマリーの読心術が怖くなってきたロシュートに、彼女は記入の済んだらしい紙を1枚差し出した。彼が手に取ってみると、紙の上の方に『ランク保証書』と書かれている。


「それはあなたたちのランクが正式にBランクに達しており、その実力が伴っていることを冒険者ギルドが保証する書類。融資を受けるときにあれば役に立つと思うわ」

「ありがとうございます。でもなんでこんなに……」


 色々してくれるんですか、と続けようとしたロシュートの言葉を遮るように片目を閉じ、いつものオトナな笑顔を浮かべたマリーは言った。


「あなたが街のために色々してくれているのをずっと見てきたもの。ちょっとくらいお節介を焼いたっていいでしょ?」


 そんなわけで。


 午後の依頼を確認して冒険者ギルドを出たロシュートは、一旦サーシャが昼食を作って待っているであろう家へ向かいつつ頭を悩ませていた。街の人たちのことも気になるが、とりあえず今は店を開くことについて考えを巡らせてみる。


「店を開けば身体的な危険度は確実に下がる。だがユイナに店なんてものがやれるのか?いやそもそも資金の問題は借金したとしても完全に解決したとは言えないわけで……サーシャにだって家業のことがあるからずっとは手伝っていられないだろうし……」


 考えても考えても、課題もその解決方法もぶつぶつと意味のない独り言になって口から溢れるのみだ。人生を大きく左右する決断なのでさっきの今で結論が出るわけもないのだが、思考が進むごとに新たな問題点や不確定要素が発覚していき、未来像が霧の中へと消えていく。


「そう簡単には決まらないか……」


 だんだん考えがまとまらなくなってきてしまったロシュートは空を見上げて大きく息を吐いた。


 妹が安全で、幸せに生きていくにはどうするのが最善策なのか。


 彼の頭の中にあるのはそれだけだった。


 そうこうしているうちに気がつけば家の傍まで歩いてしまっていたことに気づき、ロシュートは頬をぱしぱし、と叩いて自らを鼓舞する。


「考え始めただけでも一歩前進だ。今はサーシャのうまい昼飯でも食べて、午後に向けて英気を養うとしよう」


 悩みを一度呑み込み、代わりに幼馴染の手料理を口に入れようと決めたロシュートはドアノブをひねった。


「うわあああロシュートお兄ちゃんっ!」

「ただいまぐふぅっ!?」


 そして、家に入ったところで下腹部に突如走ってきたサーシャの突進を受けた。なんとか態勢を立て直したロシュートが見れば、世話焼き系幼馴染は目尻に涙を浮かべ、錯乱状態になっているようである。


「ユイナさんが、また変なことを!」

「えっ?」


 サーシャの言葉を受けて顔を上げたロシュートの目に映ったのは、寝間着のまま寝ぐせ跳ね放題、しかし目だけを異様にギラギラさせているユイナだった。傍らに立て置いた大きなボードは元はと言えばパーティの一週間の行動計画を整理するためのもののはずが、今は彼女が勝手に用意したのであろう別の資料によって占領・上書きされている。


「おっちょうどいいところに帰って来たな!アニキもサーシャを説得してくれない?」

「説得!?」


 いまいち状況がつかめないロシュートに、行動力の化身と化した妹は言い放った。


「私、起業することにしたから!」


「……は?」


 ロシュートはユイナの言ったことを理解するのに3秒かかった。その間もユイナはお構いなしに喋り続ける。


「さっそく今から銀行で起業資金を借りようと思ってたんだけど、サーシャがアニキに相談してからじゃないとダメだって一点張りでさ。アニキはもちろん賛成だよね!?」

「あっ、えっと……」


 妹からの厚い信頼が載った目線を突き刺されたロシュートの胸には、非常に複雑な感情が去来することとなった。


 提案そのものには全面反対というわけではないし、むしろこちらから提案しようとしていたところではあった。


 だが、妹の提案を無条件で承認するのは危険であると今までの経験で培われたカンが訴えている。


 そもそもユイナはサーシャを()()しろと言った。つまりこれは妹と比較してマトモな感性を持っているであろうサーシャをして何かしらのヤバさがある計画ということになる。


 また、机の上にはロシュートの昼食に用意されたのであろう魚のバターソテーと、彼が朝食に食べたものと同じメニューがそれぞれ湯気を上げており、ユイナがさっき起床したこと、起きてすぐサーシャが料理を準備している隙に計画披露会を不意打ち的に開催したこと、暴走するユイナを止めようとしたが孤立無援では力及ばずサーシャはパニックになってしまったことが推察された。


 それら諸般の事情を考慮し、兄が出した結論はひとつ。


「ユイナ、とりあえずいったん座れ。昼飯を食ってから考えよう」


 問題の先延ばしであった。

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