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【第46話】なんでもアリ

 ロシュートは空を見上げていた。


 以前と違い、すぐに夢だと分かる。


 冷たい雨粒が落ち、頬に当たって弾け、静かに流れていく。


 周囲の様子はよくわからないが、血の海に身体を横たえていることは分かった。


 曇りきった空の寒々しさと違い、熱がこもって生暖かく、ひどい臭いのする固い地面の上。


 飽きるほどに見慣れた、知らない灰色の風景の中。


 たったの一言(ひとこと)がもう言えないことに気づき、彼は、ひとりで泣いていた。




「んあ……」


 夢に見た記憶が遠のいていく中、ロシュートは重いまぶたを開いた。長いこと寝ていたような気がするのだが、全く身体の疲れが取れている気がしない。手足を遠くに置いてきてしまったような、ここにあるのが自分の身体ではないような感覚。


 ぼやけていた視界が徐々に輪郭を取り戻す。周囲の様子から今いる場所がウィンディアン村、村長のロッジ内であることを把握した彼は、どうやら誰かに顔を覗き込まれているらしいことに気づいた。目に映るのは黒髪の人物。


「ユイナ、か……?」

「やあ、調子はどうだい?」

「うおあ寄るな気持ちわ痛ってえ何!?」


 妹だと思った人物が至近距離からいけ好かない笑顔で話しかけてきて、ロシュートは反射的に腹筋をバネにした頭突きを放とうとして失敗した。あまりにも痛む腹を慌てて押さえつつ、混乱する頭で視線を投げると黒髪の男が彼を見つめ返している。


 勢い口を開いたロシュートは色々思うことはあったが、とりあえず一番最初に思い浮かんだ言葉を選択した。


「ウマコト、なんでてめえがここに……!?」

「おいおいおーい!俺は佐藤誠(サトウマコト)だって言ってるでしょ!わざと?やっぱりわざとなのかい?」

「チッ、寝起きでいちばん見たくない顔を見ちまったよ」


 いつも通りのうざったい持ちネタを披露され、露骨に嫌悪感を表出するロシュート。しかし悪辣な態度には慣れっこと言わんばかりのウマコトはわざとらしく頬を膨らませた。


「そんなこと言っちゃってさ。君の命を救った執刀医に対してあんまりな態度だと思わないかい?俺は悲しいなぁ」

「えっ」

「ブラッドワイバーンの出血毒を塗った剣で切腹するなんて、時の戦国武将でもそこまで強烈なことはしないって。何針縫ったかわかんないよ。しかも丸3日寝込んでるし。あ、でもその覚悟、俺は尊敬するけど!」


 告げられた衝撃の事実にロシュートは硬直してしまった。


 執刀医。つまりウマコトが彼の傷を治すために医療手術を施したということだ。魔法による治療も発達してきている現在、ロシュートは王族や貴族のような権力者以外が()()()()()()()()を受けたという話は聞いたことがない。裏を返せば手術を行えるような人間などこの国中探しても数えるほどしかいないのだ。


 Sランク冒険者『なんでもアリ(オールラウンダー)』のサトウマコト。ロシュートは眼の前に立つ黒髪の男の底知れなさを実感し、背筋に寒いものを感じた。腹部の痛みも、心なしか少し存在感を増した気がする。


 そんな彼に構わず、ウマコトは自分が話したいように話し始める。


「ていうか君さ、自分がどうやって助かったのか覚えてる?」

「い、いや。倒れて後からはあんまり」

「サーシャちゃんだっけ?あの子が魔法機の『親機』を停止したすぐ後に俺が合流したんだけどさ、すごい泣いてるからなんだろうと思ったら君が倒れててびっくりしたよ!血がドバドバ出てるから事情を聞いたら自刃したとか言うからさらにびっくりしたんだけどね。でも気持ちは分かるよ、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……まあ、そうだが」


 ウマコトに屈託のない笑顔で同意を求められたロシュートは何か嫌な気持ちになったが、しかし否定することができずしぶしぶ肯定する。


 彼は以前からウマコトに、言っていることの正しさは分かりつつも、妙に同意しづらい不思議な感覚を覚えていた。ウマコトの纏う空気は快・不快では表現し難いものであり、言ってしまえば()()()()()()()()()()()()()()()()()()と会話をしているような異質さを感じてしまうのだ。


「それでとりあえず俺の『タイムキーパー』で君の傷口まわりの時間を遅くして体調の悪化を防ぎつつ、さてどうやって運ぼうかというところに君の妹、ユイナが現れたんだ。あの空飛ぶバイクに乗ってね」

「お前いまサラっとまたあの妙な魔法を使ったって言わなかったか。あー待て、言わなくていい。『なんかおかしいですか?』はやめろ、ムカつくから」

「まだ何も言ってないのに……」


 片手を突き出し手のひらで激しく拒絶の意思を見せるロシュートにウマコトはすこしだけしゅん、としたように見えたが、すぐにいつもの調子を取り戻して喋り出す。


「で、どこまで話したっけ……あ、そうそうそれでユイナがサーシャちゃんをバイクに乗せて、俺は飛べるから時々『タイムキーパー』をかけつつ君を抱えてここまで運んだのさ。そこからはもう大変だったよ~ユイナがあのケータイみたいなのでフレストゥリを呼んでくれて、エルフのお婆さんと発明家2人でサーシャちゃんが作ってくれていた解毒薬を調整しつつ、彼女の【生命力】魔法に手伝ってもらいながら俺がちくちくぬいぬい、君の傷を止血して縫合したってワケ」

「そうだったのか……まあ、助けてくれたことには礼を言う。ありがとう」

「どういたしまして。これで君と少しは仲良くなれたかな?お兄さん」

「やめろ。調子に乗るな気持ち悪い」


 ロシュートは礼を言った途端に調子に乗り始めたウマコトの顔面を押し返してお兄さん呼びを拒否した。『なんでもアリ』の自称異世界人ウマコト、彼の悪気無さや人の好さを認識しつつ、しかしロシュートは彼の残虐な一面を思い出す。


 人を一面から見た印象で語るのは良くない、それは分かっていながら、やはりこの男とは何か決定的に分かり合えない。それは彼の異質性も一因だが、ロシュートには、それ以前のどこか根本的なところに衝突があるようにしか思えなかった。最も、それは彼自身にもうまく言葉にできないのだが。


 と、そこでロシュートはふとウマコトの話で気になる点があることに気づいた。


「なあ、俺を治療するとき、お前は【生命力】の魔法を使わなかったのか?俺はてっきり、お前がいつものインチキじみた魔法の才能でパパっと治しちまったのかと思ってたんだが」

「……ああ、確かに。そうだよね。『なんでもアリ』の俺にしちゃ()()()()()()よな」


 自身が投げかけた素朴な疑問とそれに対する返答で、しかし、彼はウマコトの纏う空気が少し変わったのを感じた。これもうまくは言い表せないが、なんとなく、ロシュートにはウマコトがどこか怒っているような、悲しんでいるような印象を覚えた。


 ウマコトはいつものいけ好かない照れ笑いのような表情で言う。


「実は俺の全属性への魔法適正ってのは【生命力】に関してはカバーしきれてなかったみたいなんだ。それどころかからっきしでさ。今までは身体強化系の魔法が使えないのかと思っていたんだけど、新分類でそれらすべてが【生命力】に関する魔法だってわかったんだよ。だから、実は『なんでもアリ(オールラウンダー)』ってのはちょっと嘘なんだよね。むしろ何にもできないって感じ?」


 いつものいやみったらしい謙遜を自然と口にする黒髪の自称異世界人は目を伏せ、続ける。


「本当に。何にもできないよ、俺は」

「いや……」


 いつも通りにいやみを返してやろうとしたロシュートは、言葉を最後まで絞り出すことができなかった。万能で、いけ好かない、ユイナをひどい目に合わせたらしいウマコト。カエデや、大風の使徒たちにした所業は何度考えても許せないし、徹底的に彼とは合わない。


 そのはずなのにロシュートは、相容れないはずの彼に同情のような感情が湧きあがるのを感じた。


「さて、と!」


 ぱんっ、と。


 彼の抱いた形容しがたい感情を打ち払うように手を叩いたウマコトは小さな端末を取り出した。ロシュートには見覚えのある、ユイナが使った遠隔会話の魔法【コール】を発動するための道具だ。


「【コール】!……お、つながった。これすごいね、本当にケータイみたいだ。ごめん、ごめんって、要件は話すから怒らないでよ。えっと、ロシュートが目を覚ましっ、あら、切れちゃった」


 ロシュートが何をしているのか聞き出す前にウマコトは会話を止めてしまった。端末を近くの机に置いた彼は振り返って肩をすくめる。


「やっぱり嫌われちゃってるかな、悲しいけど仕方ないよね。ところでロシュート、君もこれすごいと思わないかい?ニホンではこういうのをケータイって言って、そこら中のみんなが持ってたんだよ」

「ああ、ユイナも確かそんなこと言ってたな。私はこの世界のサンマ・サヨシなんだぞ!とかなんとか」

「ここの世界の人って本当にニホン人の名前聞き取るのヘタだよね。俺の名前もずーっと間違えるし。しっかし本当、物知りなのは知ってたけどまさかケータイを作っちゃうとは。彼女らしいよね」


 やたら訳知り顔でウンウンと頷いているウマコトにムカついたロシュートは思わず食って掛かる。


「お前、ユイナの理解者みたいなこと言ってるけど逆だからな。さっきも途中で会話を打ち切られていたのがいい証拠だ」

「よく相手が分かったね」

「文脈で分かるわ!あと声もちょっと聞こえたし」

「その距離で電話に出た妹の声が聞けるんだ……Aランク超えのドン引き兄パワーだ」


 大げさに怖がるふりをするウマコト。やはりいけ好かないと思いを確かにしつつ、しかしロシュートはさらに1点、聞いておきたかったことがあるのを思い出した。


「なあウマコト。ユイナが居ないうちに聞いておきたいんだが」

「なんだい?」

「お前、ユイナに何したんだ?」


 言いつつ睨むロシュートにきょとん、とした表情を返したウマコトはんん-、と唸って黙り込んだ。


 ユイナはウマコトのことを話したがらない。それこそ今回のような緊急事態でもない限り、いや今回でさえ顔もなるべく見たくないはず。だが、そのせいでロシュートは実際ウマコトがユイナに何をしたのかを知らないのだ。


 何かひどいことをした、というのは把握している。ロシュートは彼女が泣きながら帰ってきたあの日、最初は乱暴されたのかと思ったが、そうではないらしいことは教えて貰った。しかし、それだけ。ユイナが話したがらないなら知らないほうが良いのかもしれないが、知っておかないと何よりこの男自身から彼女を守れない。


 内容次第では目の前の男に殴りかかるつもりで、ロシュートは返答を待った。するとウマコトは唸った末、結局また照れ笑いのような表情を浮かべて言った。


「まあ、ちょっとそこは複雑でね」

「こんだけ待たせてそれかよ」

「あえて言うなら、まだ話すときではない、的な?」

「……ふざけるならいいけどよ。でも何だろうと、お前がユイナを傷つけたことに変わりはないんだ。俺は絶対に許さないぞ」

「まあ、だよね。お兄さんとしては」


 ロシュートがすごむと、少しため息をついたウマコトは部屋のドアの方へ移動しながら言った。


「俺っていつもこうなんだよね。どうしてか人を怒らせちゃうんだ。でも、最近ようやくいくらかは分かるようになってきたんだ」

「何が」

「人の沸点が、だよ」


 首を傾げるロシュートをそのままにして、ウマコトはドア横の壁、ドアから誰かが入ってきたら死角になる位置に背中をピタリとつけた。


「怒りへの理解が深まった割にはムカつく動きを現在進行中のようだが何のつもりだ?」

「慌てないで、これは必要なことなのさ」


 ますます首を傾げる彼はウマコトにバチンとやたら上手でこの上なくウザいウィンクを飛ばされ、身体中から辟易が溢れだすのを実感する。疲労感から肩を落とすロシュートに、ウマコトは笑って言った。


「ところでロシュート、親切心で言うけどちゃんと謝った方がいいよ」

「は?誰に」

「あの2人に。えーっと、なんだっけ。なんか約束があったとか?」

「約束……?あ」


 蘇る数週間前の記憶。病室にて。


 Q.自分のどんなところが悪かったか分かりましたか?

 A.帰りを待たせている人がいるのに命を捨てるような行動をとったことが悪かったと思います。

 Q.次からはどうしますか。

 A.無茶はせず、危なくなったら逃げます。そもそも危なくならないようにします。


 ユイナ、俺を助けてほしい。


 などなど。


 自ら先頭に立ち、出力を上げ続ける有害魔力波に率先して突っ込み、後のことは考えずに毒の短剣を腹に深々と突き刺しショックで気絶し危うく死ぬところだった男、ロシュートの顔から血の気が引いた。


「んじゃ、頑張って」

「ま、待て!ウマコト、頼む俺を隠してから」


 ドガァッ!と。


 ロシュートが無様に命乞いをする途中、無慈悲にもドアが壊れんばかりの勢いで開いた。


 そこから現れたのは2人の羅刹、いや、目に涙を浮かべながらもいつになく目つきが鋭くなり手がグーになっているサーシャと、すっかり目の下のクマも取れ、代わりに頬を燃え上がる憤怒で紅潮させ手に工具のような何かを握りしめたユイナだった。


「ふ、2人とも。悪かった、無茶したのは悪かったって。でもこっちは病み上がりでーーー」

「「問答無用っ!言って分からないならその身に分からせてやる、この大馬鹿お兄ちゃん(アニキ)ッ!!!」」


 妹と幼馴染から約束破りの制裁を受ける男の悲鳴が響く部屋。その開け放たれたドアからそろりと出、せめてもの慰めにと軽く手を振りながら『なんでもアリ』の超A級自称異世界人冒険者は静かにロッジを後にした。

読んでいただきありがとうございます!

次話が2章のラスト!

何事もなければ明日投稿します!

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