【第41話】「お仕置きです!」
薄く水の張った儀式場に着地したロシュートは脚部強化の魔法により衝撃をもともせず、すぐに短弓を構えて引き絞ると中央の魔法機に向かって矢を放つ。
大風の使徒たちの頭上を飛び越した矢は、しかし途中で失速してあらぬ方向へと墜落する。
ロシュートが見れば、周囲よりも装飾品が多いローブを着た大風の使徒たちが何人か魔法機の前に立っている。おそらく『宣教師』格の使徒であり、彼らの風魔法が矢を逸らしたのだと悟ったロシュートは軽く舌打ちした。
「ここから直接ってのは無理そうだな……!」
直前に着地し、ロシュートがぼやくのを聞いたエルフの青年、アダンは少し楽しそうに口を開く。
「じゃあどうしようかロシュートさん。とは言っても僕が見る限りは、ほぼ決まってそうだけど」
アダンの目線はまっすぐ、目の前に迫る大勢の大風の使徒たちに向いていた。彼らは各々手に魔導書を持ち、ゆらり、ゆらりとロシュートたちを包囲しようと迫っている。
それを見てもひるまないどころか、好戦的にも槍を構えるアダンを見たロシュートは思わず笑ってしまう。確かに、従来のエルフ像とはだいぶかけ離れているようだ。
「正面突破するしかなさそうだな!魔法機を動かしているのは台座の周りにある小さい魔法陣だ!本体は無理でも、アレくらいなら俺らで破壊できる!」
ロシュートが叫ぶように言うとアダン、そして次々降りて来たエルフの青年たちはみな一様に頷いた。
「サーシャ!みんなに身体強化の魔法をかけてくれ!」
「分かりましたっ!」
彼の真後ろに着地したサーシャはスッと立ち上がり、薙刀杖を真上に構える。
「『エンアムレス』っ!」
杖の先から放たれた光を浴びたロシュートたちは上半身に熱を帯びるのを感じた。
彼女が唱えた『エンアムレス』は『エンレグレス』同様『サンプル4』の応用版だ。身体全体の代謝を上げた『サンプル4』に対し、それぞれ上半身と下半身に強化部位を分けることで発動速度や発動するサーシャ自身への負荷を軽減しているらしい。改良者はもちろんユイナである。
「ありがとうサーシャさん!あなた達は俺らで守るから、援護よろしく!」
エルフの青年アダンはそう言って大風の使徒たちに突撃する。
「うおおっ!」
彼は槍を構え、素早く正面の大風の使徒の腹へ突き込んだ。使徒の身体がくの字に折れ曲がり、水の上に力なく倒れ込む。だが出血はない、アダンの持っている槍の穂先はなまくらになっていて、突き刺さらないようになっているのだ。
「俺たちでも倒せるぞ!みんな続け!」
「シャアアアアアアアアッ!」
純粋な腕力でひとり気絶させた剛腕のエルフが叫ぶと、残りのエルフの青年たちも続けて叫び突進していく。
各々持っている槍や薙刀で大風の使徒たちを相手取り次々撃破していくエルフたちの背中を見て、ロシュートは彼らの戦闘能力に舌を巻いた。サーシャの強化魔法を受けているとはいえ、長い寿命に比例するように長期間訓練に明け暮れた武器捌きは素人のそれに比べて完全に並外れている。
何よりエルフの青年たちは全くひるんでいない。こちらを殺しに来る相手と、殺さないように威力を落とした武器で戦わなければならないという状況がむしろ彼らの闘志を剝き出しにしているのだ。もちろん、ロシュートに比べて故郷を守る戦いをしている強い使命感もいい方向に作用している。守るべきものがある人間は強い。
「俺も負けてられねえなっ!」
ロシュートは小さく叫ぶと弓を構えた。
深呼吸をして集中し、エルフの青年たちと交戦している前線の後ろの方、魔導書を構えて何かの魔法を発動しようとしている大風の使徒へ狙いを定める。魔法の発動に集中している今なら『嵐の加護』をすり抜けて矢を射ることができるはずだ。
矢はその性質上、非殺傷というわけにはいかない。ものに『刺さる』特性がなければ、その重さで『衝突』させたり『殴る』ことができる槍などとは違って役に立たないからだ。
一歩間違えれば殺してしまう可能性があるその一射を、しかしロシュートはもう迷わない。
人の死を背負う覚悟をしたうえで、自分の守りたいものを優先するワガママを通す決意はとっくに固まっている。
「ちょっと痛いけど、我慢しろよっ!」
右手を離し、飛翔した矢が狙い通り大風の使徒の足元に突き刺さった。大風の使徒は矢に気づくもそのまま魔法を起動しようとするが、その暇を与えずにロシュートは矢につながった紐を掴んで詠唱する。
「『ソイルウィップ』!しばらく転がっててもらうぜ!」
紐を通して流れ込んだ魔力が土を蛇に変え、大風の使徒の足を絡め取る。転倒した使徒は脱出しようともがくが、混乱を極める戦場ではひとりで立ち上がることもままならない。ロシュートは焦げた魔力伝達用の紐を短剣で切断すると、そのまま他に魔導書を構えている大風の使徒を探して矢を射る。
もちろんすべてを魔法で無力化するわけにはいかず、中には直接矢を肩や腕に突き刺して魔導書を持てなくした大風の使徒もいる。やはりというか少し心は痛んだが、それで矢を射る手を止めるわけではない。
「よっし!とはいえキリがねえな。何かいい手は……」
見えている魔法攻撃はあらかた阻止したが、まだ集団の中で散発的に無力化したに過ぎない。今のところ中央の魔法機近くに立っている宣教師クラスの大風の使徒たちは防御に徹しているが、風魔法を使えるであろう彼らまで戦闘に参加し始める前に部下をあらかた無力化しておきたいのがロシュートの本音だった。
ロシュートたちはサーシャを中心にじりじりと前線を上げているが、やはりすべての大風の使徒を無力化できるわけではなく徐々に囲まれ始めている。ここらで円弧になった前線の一部でも一気に崩せればいいのだが。
「やっぱここはいつものやつで……ん、待てよ。そうか!」
そう考えていた彼は地属性魔法の威力を高めようとポーチから魔力を先んじて込めてある(とユイナが言っているが正直仕組みがよくわからない)『地属性強化ボール改』を取り出して、閃いた。
強化ボールは基本的に彼の近くの土に投げつけ、発動した地属性の魔法にそれを巻き込むことで威力を増幅させている。近くに投げるのは、単に彼の発動する魔法が触れた場所に存在する土に魔力を伝達することで発動しているからだ。
だが今は触れられない距離にある土にも魔力を流し込める状態だ。
ならば。
ロシュートは手の中で地属性強化ボールを握り砕くと、それらをばらまくように腕を振りかぶりながらそのまま魔導書に触れ、詠唱する。
「『ソイルショット』!」
詠唱の瞬間に手を開き、地属性強化ボール改を構成していた土はつぶてとなって射出された。ロシュートは土のつぶてが狙い通りエルフたちの頭を飛び越えて、前線の後ろの方にひしめく大風の使徒たちの足元にばら撒かれた。
「これで、いっけぇ!」
さらにロシュートは魔力伝達用の紐を矢にくくり、放物線を描くように放つ。警戒心の強くなってきた大風の使徒によって矢は逸らされ、誰に当たることもなく集団の中のどこかに落下するが、それでいい。
ロシュートはうまくいくか不安に思いつつも再び紐を掴むと、魔導書に触れて詠唱する。
「『ソイルタワー』ッ!」
「おおっ、なんだ!?」
次の瞬間、前線で戦うエルフたちから驚きの声が上がった。
それもそのはず、彼らの相手にしていた大風の使徒の背後で突如地面が広範囲に隆起したかと思うと、後方で待機していた赤いローブの者たちを吹き飛ばしたのだ。
「な、なるほど……うまくはいったが、かなり派手にやっちまったなってうおっ!?」
ロシュートは目論見が上手くいったことに安堵しつつも、連続して魔法を使用した反動でめまいを起こした。
今までは魔力が尽きかけるほどの魔法発動を行ってこなかった彼は我が身に起きた異変に動揺し足元をもつれさせたが、倒れる前にその身をサーシャが支えた。眉を吊り上げてこちらを見下ろす幼馴染にロシュートは力なく笑いかける。
「ロシュートお兄ちゃん、無理はしないでください!」
「わ、悪い。サーシャ、回復の魔法とか使えるか?」
「魔力切れなら……『ヴィタベート』っ!」
サーシャが詠唱し、彼女の魔力がロシュートへ流れ込む。魔力を分け与えるのは【生命力】魔法の本質であり、傷を治す性質のある『ヴァイタル・アクティベート』を短縮詠唱したことでロシュートの身体に起こった異常は静かに消えていった。
「ありがとうサーシャ、助かった!」
「魔法を使いすぎて倒れちゃうなんて何考えてるんですか!自分の身体も大事にしてください!」
「わ、悪かったよ……サーシャ、危ないっ!」
ロシュートはもの凄い剣幕で怒るサーシャの背後に大風の使徒が近づいてきていることに気がついた。エルフの青年たちの防御をすり抜けて中に入ってきてしまったらしい。
相手は2人。それぞれ魔導書を構え、ロシュートたちに手を伸ばしてきている。ロシュートはすぐに彼らがカエデの言っていた『洗脳魔法』を使用しに来ていることを察し、サーシャを庇って前に出た。
「ロシュートお兄ちゃん、ここは私が!」
「いや、お前は下がってろ!」
薙刀杖を構えたサーシャを手で制しつつ、ロシュートは短剣を抜いて大風の使徒に相対した。
虚ろな目で伸ばされる手を躱して軽く切りつける。使徒が痛みに手を引っ込めたところで一気に接近し、体当たりで転倒させたロシュートは『ソイルウィップ』を詠唱し、その身体を地面に縛りつける。
「これであとひとりっ」
「ロシュートお兄ちゃん、後ろ!」
サーシャの声を聞いたロシュートは反射的に身を逸らすと、接近していたもうひとりの使徒の手が空を掴む。いつの間にかその手が届いてしまうところまで来ていた大風の使徒からいったん距離を取るべく、彼は飛びのき短剣を構える。
「危ない、助かっ」
「ロシュートお兄ちゃんから、離れてください!!!『エンアムレス』ッ」
だがロシュートが礼を言うのに割り込み、サーシャは腕力強化の魔法を詠唱しつつ薙刀杖を薙いで大風の使徒の背中に叩きつけた。さらに使徒がよろけた所でさらにその足を払い、みぞおちにズドッと杖薙刀の柄を突き入れて意識を奪う。
「た……」
一瞬で大人の男性を制圧したサーシャの迫力に圧倒され、思わず言葉を途切れさせて立ち尽くすロシュート。
そんな彼を振り向いたサーシャは、ニコリ、と笑って言う。
「ロシュートお兄ちゃん?」
「ハイ」
「無理はしないで、って言ったばかりですよね?」
「ハイ」
「私も戦えるので、戦わせてくださいね?」
「イヤデモ……」
「いいですね?」
「ハイ」
有無を言わさずにロシュートの返答を聞いたサーシャはありがとうございます、と言って軽く頭を下げると、杖薙刀を構えて前線の方へ向き直る」
「では行きますよ!ロシュートお兄ちゃん、援護お願いします」
「お、おう!」
「『エンレグレス』っ!」
脚部に強化を施し、サーシャは戦車のように前線へと突っ込んだ。
「なっ、サーシャちゃん!君は後ろに……」
「黙っててくださいっ!」
驚くエルフたちをしかりつけつつ、サーシャは杖薙刀を振るって次々と大風の使徒たちを無力化していく。
強化した腕力で薙刀を振り回し、強化した脚力がその動きを堅牢に支えつつ時に蹴り、さらには素手による殴りまで加えた大立ち回り。反撃に遭っても受けた傷の程度を一目で判断し、軽傷を放っておきつつ深い傷は『ヴィタベート』を自身にかけて回復させる。
ロシュートたちはここで初めて、実はこのメンバーの中で一番強いのはサーシャではないか?ということに気づいた。
守護対象だなんてとんでもない。自分たちはむしろ彼女に守られる立場だったのだ。
「自分たちの信念のためとはいえ、たくさんの人間を巻き込んで死のうだなんて許すわけにはいきません!これはお仕置きです!キチンと反省してください!」
大風の使徒たちの列の一か所を大きく崩し、(本当に死んでいるわけではないが)死屍累々の中に杖薙刀を構えて立つサーシャは叫ぶ。周囲の大風の使徒たちをその言葉でひるませる彼女の姿は、彼らの眼にはもはや神々しくさえ映った。
辺りをギロリと睨んだサーシャは、最後に眉を吊り上げたままロシュートの方を見る。
「ロシュートお兄ちゃんもですよ!帰ったら覚悟しててください、お説教です!」
流れ矢的な理不尽を感じつつもとても言い返せない雰囲気に、ロシュートは無言で頷くことしかできなかった。
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