【第34話】天才頭脳労働系冒険者ユイナ様
「あ~ロシュートくんにユイナちゃんも、おはよぉ」
村長のロッジ、その応接室に簡易的に作られた看護用のベッドで身を起こしているおっとりエルフのアケイシャは入ってきたロシュートたちを見るなりいつもののんびり口調で言った。一応重病人と聞いていたロシュートはそののんびり具合に緊張感を返せと言いたくなったが、それもまた快復した証なのだろうと気を確かに保った。
「アケイシャさん、よかった元気そうで。倒れたって聞いたときはどうなるかと」
「私もよぉ。最初はお腹が痛くなって、食べすぎかなぁって思っていたのにねぇ。まさか気絶しちゃうなんてねぇ」
ふふふ、と口に手を当てて笑うアケイシャ。ロシュートがよく見るとベッドサイドにある椅子にはミモザが座ったまま寝ていた。おそらく襲撃後間を開けずに看病していたのだろう。
姉弟愛だなぁ、とロシュートが少し感動していると、繊細な感性のカケラもないユイナがずい、と割り込んでアケイシャに顔を寄せた。
「それで、この私に『加護』についてイロイロやってほしいとか聞いたんですけど!」
「そうなのぉ?」
「ユ、ユイナさん、まず落ち着いてください」
暴走するユイナをサーシャは後ろから掴むと、そばにあった椅子に座らせ手早くロープを巻き付けて拘束してしまう。
「え、ちょっと!?」
「ユイナさんはお話が終わるまでそこに居てくださいね」
「何も縛ることはないと思うけど!」
「いいぞサーシャ。それで、アケイシャさんはいまどういう状況なんだ?」
「うわーん私の自由権が無視されてるよー」
ウソ泣きするユイナを放って話を進めるロシュート。サーシャもそれに倣い、手元にある紙の束をペラペラとめくった。ペンを使って何やら色々記録されており、どうやらそれがアケイシャの看護記録の様である。
「まずアケイシャさんが倒れた原因なんですけど、実は食べすぎが間接的に関わっているというのがピンネ師匠と私の結論です」
「え、本当に食べすぎだったのぉ?」
「どういうことだ、サーシャ」
「はい。これが分かったのはカエデさんとピンネ師匠のおかげなんですが、アケイシャさんがここのところすごくいっぱい食べていたのは覚えていますか?」
「あー確かにいつ見ても何か……干し肉とか食ってた気がするな確かに」
ロシュートが思い返してみれば、アケイシャは食事の前にも後にも何かしら口に入れていた。中でもよく覚えているのは干し肉をかじっていたところだ。彼はエルフは肉を食べないと思っていたため、積極的に肉を食べているアケイシャを見て自分の知識の浅さを恥じたものだ。
サーシャは軽く頷き、続ける。
「その干し肉なんですけど、ある時期より後に取った肉に、ロシュートお兄ちゃんたちが最初に取ってきたツカイジカの肉に含まれている成分と同じものが多く入っていることが分かったんです」
「それって、まさか毒!?」
「師匠の言葉を借りれば何をもって『毒』とするかはまだ断定できません。ですが、少なくともその成分がアケイシャさんの食欲を大きく増進させていたみたいで」
「この村で干し肉を積極的に食べていたのは2か月間でアケイシャだけ。毒に食欲を増進させる効果があったのなら、彼女があんなに食べていたのも説明がつく」
サーシャの言葉を、部屋に入ってきたカエデが引き継いだ。
「カエデちゃん、お見舞いに来てくれたのねぇ」
「目を覚ましたと聞いてな。干し肉は私が獲ってきた動物で出来ている。責任は私にもあるから、詳細を聞きに来た」
ロシュートの隣に座りつつそう言ったカエデの言葉に、サーシャは頷く。
「そして昨日の夜。村に襲撃が来る直前にアケイシャさんは苦しみだしました。具体的には、カエデさんが私を呼びに来て、ロシュートお兄ちゃんと一緒に出て行ってしばらくしてからです。その時、アケイシャさんの身体に刻まれた刺青……『嵐の加護』が、赤く光っていました」
「ちょっと待て。アケイシャさん、だけ?」
「そう。ロシュートが見た、私の『加護』があの攻撃を受けたときの光と同じ。それが、この村ではアケイシャだけに起きた」
ロシュートたちが『ミュー・フォース』を受けたとき、彼らは中央にあった巨大結晶のかなり近くにいた。実際、フレストゥリの説明では一定範囲内の魔法陣を暴走させるとのことだったが、それでは同じく『嵐の加護』を持つウィンディアン村の全員に同じ攻撃が及んでいなければおかしいのだ。
ロシュートが驚きのあまり固まっていると、拘束されたままのユイナが口を開いた。
「なるほど。てことは、その毒か何かが体内の魔力流を活性化する作用があったかもしれないんだね」
「えっ、どういうことですか?」
「簡単じゃん。毒を盛られているのはおそらくアケイシャさんだけで、アケイシャさんだけがあの魔法機の攻撃を受けたんだ。状況的には、その毒が最有力容疑者だよね」
「わぁ、今のお話だけでそこまでわかるなんてユイナさんはすごいですねぇ」
縛られたままではあるが冷静に推理を語ったユイナはアケイシャに持ち上げられて調子に乗り始めている。その彼女が次なる言葉を語り出す前に、カエデがハッ、と何かに気づいた。
「アケイシャの受けた毒は森の動物たちの肉と同じで、その毒のせいで攻撃を受けた?ならば、森の動物たちはその魔法攻撃の影響を同じく受けてしまうはず」
「そうそう、それまさに今から私が言おうとしてたやつ!ほら、鹿の様子がおかしかったって話してたじゃない。それが毒の影響だったなら、ちょうどアケイシャの異常と繋がるでしょ」
「だが待て。私は確かに様子のおかしい動物は調査用に狩ったが、決して干し肉にはしてない。アケイシャが干し肉から毒を受けるのは変だ」
カエデの目に焦りが浮かぶ。実際に干し肉から毒は検出されているが、彼女がロシュートと共に発見した口のかぶれていたツカイジカのような、明らかに様子がおかしいと分かる獲物は干し肉の材料からは除外していた。それはすなわち、彼女の見落としやミスが今回の事態を招いていると考えたのだ。
だがユイナは首を横に振り、それを明確に否定する。
「様子がおかしくなくても、毒を受ける可能性は十分あるんだ。生物濃縮って知ってる?」
「いや。初耳」
「あーやっぱこの世界ではまだだよね。了解了解、ちょっと説明するから縄ほどいてくんない?」
「あ、はい……お願いします」
解説モードに入ったユイナはサーシャに縄を解かれると、紙束を取り出しその中の空白部分に応接室にあったペンとインクをひったくって図を描き始めた。周囲の全員がその手元を覗き込む形になる。
「例えばさ、木の実の中にほんの少し毒が入っているとする。それだけでは木の実は腐らないし、食べても気づかないくらいの量の毒が。その木の実をネズミが食べたとする。10個食べたとしたら、元の木の実の10倍の毒がネズミの体内に入る。これはわかるよね、カエデさん」
「ああ」
ユイナは紙にネズミの絵を描き、その上に10と書いた。
「ネズミは木の実の10倍の毒を受けたけど、ネズミは木の実より重いからそれくらいじゃ死なない。じゃあ今度はこのネズミをうーんと……ヘビで良いかな。ヘビが、ちょっと多いけど簡単のために10匹食べたとする。ヘビもネズミより大きいから死なない。さらに、このヘビを今度は鳥が10匹食べた。鳥も死なない。それで、この鳥をアケイシャが10羽食べたら毒は元の何倍かな?はいアニキ、お答えください」
「俺かよ!?あーちょっと待てよ……」
ロシュートは妹から冷ややかな視線を浴びせられつつも、ユイナが描いた動物の上の数字を指折り数えて必死に計算した。数十秒後、アケイシャが私ちょっと食べすぎじゃない?とやっと疑問に思ったころ、計算を終えた兄は答える。
「元の木の実の、10000個分だ」
「よくできました。それが生物濃縮。木の実を10000個直接食べるのは難しいけど、鳥を10羽食べるのはそれよりも簡単だよね。こうやって、食物連鎖……えっと、身体の大きい動物を食べるときは環境によってはすごい量の毒を受ける可能性があるんだよ。たとえそれぞれの生物が無事に見えても、それらを食べ続けることで毒は蓄積していく。アニキたちが見た口のかぶれた鹿は、たまたま毒が濃い部分に触れてしまったか単に食いしん坊だったんじゃないかな」
「待ってくれ。それって、もしかして思ったよりもヤバいことになってないか?」
「ロシュート、どういうこと」
カエデに聞かれたロシュートは確認するように妹の目を見るが、妹は肩をすくめてお答えください、と兄に示した。
この考えが合っていて欲しくない、と思いつつ、ロシュートは推測を口に出す。
「さっきまでは干し肉を食べていたアケイシャが今回毒を受けたと思っていたんだ。けど、その生物濃縮って最初は木の実なんだよな?それなら俺たち、いやウィンディアン村の住人、それだけじゃない。ここから輸出される食べ物を食べている街の人々も、少しずつ毒を浴びているってことなんじゃないかな、って。思ったんだが」
その場にいた全員の表情が凍り付く。
ユイナだけが、冷静な顔を保ったまま手をポンポン、と叩いた。
「アニキ、冴えてるね。だけどひとつ訂正するなら、生物濃縮の最初は木の実じゃない。木が吸い上げている水だよ。つまりこの森の動物たちの肉に不自然な毒が含まれているなら、誰かがこの森の水源に毒を流しているってことだよ」
水源を毒で汚染している誰か。誰も口に出さずとも、容疑者は自然と絞られている。
部屋に満ちた動揺が徐々に敵意に変わるのを感じたのか、ユイナは少し声を大きくして続ける。
「ま、あくまで状況証拠だけどね。毒の分析が完全に終わっているわけでもないし。けれど、止められるなら今のうちに止めておいた方がいい。さてと、とりあえずいったん毒に関する推理は区切って、アケイシャさんに『加護』についてちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」
「え、ええ。何かしらぁ、ユイナちゃん」
「もしかしてだけどさ、エルフのみんなが持っている『嵐の加護』って個人差があったりしない?」
「えー、あんまりよくわかっていないんだけどぉ……」
悪くなった雰囲気を破壊するべく唐突にアケイシャに質問を振るユイナ。アケイシャが答えあぐねていると、ユイナの意図を理解したカエデが代わりに答えた。
「その通り。加護には少しずつ個人差がある。エルフたちはみな基本的に『嵐の加護』で風を纏うことができるけど、それ以外の効果がある加護を持つ者はいる」
「やっぱりね。アニキに加護があるかもって言ってたから、それならエルフがみーんな全く同じ加護なわけはないと思っていたんだよ。それでアケイシャさん、なんか、人と違うなぁって思うことない?」
詰め寄るユイナに、アケイシャはうーんと考え込むと、数秒後、ひとつ思いついたように顔を上げた。
「森のラプトルさんたちは私には結構優しいかもしれないわぁ」
「確かにアケイシャさんって、俺たちが最初に会った時もラプトルを引き連れていたのに襲われていなかったよな。倒すのも大変だったなぁ……2週間しか経ってないのにもうだいぶ懐かしいけど」
「そ、そんなことが起きていたのか」
アケイシャがロシュート達と出会ったことの顛末を聞いていなかったカエデは驚愕しつつも、ロシュートの指摘に同意しつつ続けた。
「アケイシャは確かに昔からラプトルに襲われにくい。だからよく行商を任されていた。縁起がいいからと。もしかして『加護』にはそんな効果を持つものもあるのか?」
「まー否定はできないよね。しかもそれでいくと、毒の効果が少しだけ予想つくんじゃない?」
ユイナの言葉に全員がまさか、と考えた直後、我慢できなかったサーシャが口を開く。
「も、もしかしてですけど、ラプトルの襲撃はアケイシャさんの『嵐の加護』の魔法陣が暴走して、えっと、逆にラプトルたちを怒らせるというか、挑発するようになったからなんじゃないですか?」
「たぶん正解!サーシャ、1点獲得。これなら大風の使徒たちにとってラプトルの襲撃が予想外でもおかしくないよね」
「わ、わーい?」
ユイナの適当な加点にとりあえず手を上げて喜ぶサーシャ。それを見て満足げに頷くと、ユイナは再び推理を語り始める。
「まだ証明も何もできていないけど、現時点の状況証拠を推理するなら3つのことが仮定できる。
1つ、最近この森の食物を食べてた生き物はほぼ全員何者かが流した毒を受けているが、特にアケイシャは多く食べたためにかなりの量の毒を受けている。
2つ、あの結晶魔法機の攻撃は魔法陣を暴走させ、毒を多く受けている者には特に強い影響が出る。体内に魔法陣を持つ動物・魔物が凶暴になっているのもこのせいだと思う。
そして3つ、毒あるいは魔法陣の暴走のどちらかが原因で、加護の効果が反転する。私があの結晶を解析した限りじゃ、前者の可能性が高いかな」
指を3本立てて得意げなユイナの語りを聞き、カエデは拳を強く握りこんでいた。
「それでは、やはり大風の使徒たちを止めることはできない、ということか」
「おや、それまたどうして」
「この村に残った彼らの生き残りに聞いた。彼らは詳しいことは知らなかったが、巨大な結晶はいくつも設置する計画があると話した。毒はすでに私たちの体内にあり、彼らが結晶を起動すれば加護を持つ私たちは魔法陣の暴走があって近づけない。ロシュートたちも、魔法陣を使うことはできない。そんな状況で、彼らの悪事を止めることなんて……!」
「カエデ……」
同郷のエルフたちが中心となって引き起こした事態、さらに首謀者は自分に復讐を企てている人間であるためにカエデは重い責任を感じていた。ロシュートにその心中を詳しく知ることはできなくても、普段冷静なカエデが感情を露わにしたことの意味を察することはできる。
再び部屋に重たい空気が横たわったが、それを壊したのはまたしてもユイナだった。
「ふっふっふ。この天才頭脳労働系冒険者ユイナ様を侮るでないぞ、皆の衆」
「おいお前こんな時までふざけるなら流石に俺も怒るぞ」
「あ、アニキ落ち着いて!なんで私の周りには怒るぞって言った段階で怒ってる人の方が多いの!?そして人の話は最後まで聞きなさい!」
ギロリと睨みつけてくる兄をなだめつつ、取り出した紙束をペラペラとめくったユイナはその中の1ページを皆に見せつけた。
「ジャーン!ちょうどこんなところに魔法陣用の抵抗と回路遮断のアイデアが!魔力の変換構造を研究しているときに偶然思いついたんだよね!これを使えば、魔法陣の暴走も何のそのさ!」
ジャーン、と言われましても。その色々小難しいことが書いてある紙を見せられましても。
先ほどとはまた別の重さを持った空気に押しつぶされる前に、ロシュートは皆を代表して挙手した。
「妹よ、頼むから俺たちにもわかる言葉で説明してくれないか?」
「あーもう知識チートを披露しようとしたらすぐこれだから異世界ってやつは!」
うがー!と頭を掻きむしり、ユイナはボサボサになった黒髪も気にせずロシュートに片手を突き出した。
「とりあえずアニキは短剣貸して!事態の解決に必要なことだから!!」
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